第72話 もう一人の『スキルガチャダス』の能力者
薄暗いボーリング場の「倉庫」と呼ばれた一室に、多くの人間が立ち並んでいる。
その数20名ほど。
皆、どこか生気をなくしたかのような表情をし「あー。うー」と唸り声を上げていた。
倉庫にゴスロリ少女アンネと、黒いローブを着た撹王が現れた。
「はーい。皆注目してー。ちゃんとお金は持ったよね♪」
半ば意識を無くした人々は、アンネの呼びかけに視線を集める。
そして札束を握りしめた手を上げた。
それぞれ数枚から数十枚の一万円札の束を掴んでいた。
「それじゃ撹王。『顧客』は集めたんでガチャをお願い♪」
「ご苦労。では始めようか。……『スキルガチャダス』!!」
撹王が低い声でそう叫ぶと、目の前に突如ガチャ筐体が現れた。
持ち主のオーラを纏っているかの様に、黒く禍々しい意匠である。
「それじゃ皆一列に並んでねー。順番にガチャを引いて頂戴♪」
人々はアンネの言葉通り、黒いガチャ筐体の前に一列に並んで、ガチャを引いていった。
それぞれが用意したと思われる一万円札を次々と挿入していく。
ダイヤルを回すと、スキルカードが現れた。
「一度に10枚まで入れられるよー。10万円以上持ってる人は、11連ガチャが引けるからまとめて入れてね♪」
ガチャを引き終えた者は、スキルカードを内容も確かめずにアンネに手渡した。
倉庫の中の全員がガチャを引き終えると、撹王は『亜空間移動』と呟き黒いゲートを生み出した。
役目を終えた『顧客』たちはのろのろと黒い渦巻きの中に入っていった。
「便利な能力だよねー。URアクティブスキル『亜空間移動』って。皆それぞれお家に帰れるんでしょ♪」
「いや、面倒なので帰りの座標は一つに設定してある」
「ええー? どこにしてるの♪」
「国会議事堂だ」
「あちゃー♪」
翌日、国会議事堂の本会議場に突如20人を超える男女が現れたニュースが報道されるのであった。
「アンネ。ガチャの結果はどうだった?」
「待ってー。今カードを確認しているから……。うーんと全部で1274枚だね。【SSR】は一枚だけで『全状態異常耐性』だって♪」
「ふむ。それはアンネにやろう。自由に使うといい」
「本当ー!? 貰っちゃっていいのー♪」
「私はURパッシブスキル『全状態異常無効』を習得しているから不要だ」
「ありがとうー撹王! ところで今【UR】をいくつ持ってるの?」
「『スキルガチャダス』も含めてまだ3つだけだ。まだガチャを通算三十万回ほどしか引いてないからな」
「URが3つもあるなんて凄すぎだよー! S級探索士にだって引けを取らないんじゃない?」
「相手にもよるな。まだまだS級全員に完勝するだけの力はない。もっと『スキルガチャダス』でカードを集めなくてはな」
「そだねー。撹王の『亜空間移動』と私の『ヒプノシス・オーダー』があればいくらでも『顧客』は集められるもんね♪」
「頼りにしてるぞ。我々『レイジ・リベリオン』はもっと拡大していかなければならないからな」
「うん! 任せてー♪」
撹王はアンネの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「おいおい。お二人さん。随分楽しそうじゃねえかよ」
薄暗いボーリング場にハスキーな女性の声が響く。
暗がりからニヤニヤと笑う若い女性が現れた。
明るい頭髪を頭頂部でまとめたポニーテールにしている。
ホットパンツからのぞく、張りのある太ももが印象的だ。
「ミレイか」
「おう撹王。『顧客』への営業は終わったのか?」
「ああ。滞りなくな。たった今国会議事堂へとお帰り願ったところだ」
「ダハハハハ! まーた面白い事考えるなあんたは」
アンネは、ミレイの撹王に対する口の聞き方に釘を刺す。
「ミレイちゃん。撹王にあんたなんて言っちゃダメだよ。ボスは敬わないとだよ♪」
「固い事言うなってアンネ。そう言えば話変わるけどさ、撹王と同じ能力を持ってる奴がいるんだよな。ガチャ屋高野だっけ?」
「スキルガチャ屋只野だな。奴がどうした?」
「いやさ。そいつ邪魔じゃね? ぶっ殺すか監禁して催眠かけた方がよくね?」
「不要だ。奴にそんな価値はない」
「だって撹王と同じガチャを引かせる能力使えんだろ? それって危険じゃねーの?」
「ふっ。『スキルガチャダス』の本質も分からず、小金目当てに商売をしてる雑魚だ。我々にとって何の障害にもならん。放っておけ」
「掃除屋としては危険な目はさっさと摘むに限るんだけどね。まっ、指令さえあればいつでもぶっ殺しに行ってくるからよ」
「悪い虫が疼いたならダンジョンにでも行って魔物を狩ってこい。お前は不要な人間まで殺し過ぎる」
「だって魔物は殺したら消えてお終いじゃん? 人間は殺しても死体が残るからなんか楽しいんだよね。自分の作品が残るって言う感じ? ああ。撹王がそんな事言うから興奮してきちゃった」
ミレイは両手を後頭部に添え、天井を仰ぎ見る。
その瞳には感情の色が読み取れない、漆黒の闇が蠢いていた。
彼女は目標を定めたように三白眼を細め、ペロリと赤い舌を出した。
年の瀬も迫った12月。
俺はいつも通り、美波とガチャ屋の営業を行っていた。
普段と変わらぬ平凡な日常が、目の前でガチャを引いた客のリアクションで一変した。
すだれハゲの冴えない猫背のおっさんはカードを見つめると突如奇声を発した。
「……んなーーーっ!? う、嘘だろぉぉぉ!? あ、あばばばばばばばばばばばばばば!!」
カードを握りしめた手がカタカタと震え、目を白黒とさせている。
客の謎すぎる反応に俺と美波は目を合わせ、首をかしげた。
「お客さん。どうされたんですか?」
「で、出た……」
「はい?」
「出たんだよ!! URがっ!!」
「まさかぁ。お客さん冗談はほどほどにしてくださいよ。……ってほげげー!? 本当だっ! URって書いてるーっ!?」
そこにはこれまで見たこともない立体的なプリズムがきらめく幾何学模様のスキルカードがあった。
子供の頃カードダスで引いたキラカードの様に、目に痛い程の光沢を放っていた。
カードにはURパッシブスキル『100%クリティカル攻撃』と記載されていた。
なんだよ!? 『100%クリティカル攻撃』ってチート過ぎるだろ。
【SSR】から【UR】にレアリティが上がると異次元の強さへと変わるらしい。
美波がつまらなさそうに「これはたまげた」とつぶやいた。
「これがURか……。俺も初めてみたぜ」
「お、おい。ガチャ屋! これ貰っていいんだよな? ていうか渡さんぞ。これは俺のもんだ!」
「え、ええもちろん。お客様が引いたカードですのでご自由にどうぞ」
「やった……やったぞー! これで俺も億万長者だっ!! うおおおおっ! ソープ、キャバクラ、フィリピンパブーーッ!!」
URスキルカードは最低買取価格が10億円以上だって聞いた。
すだれハゲのおっさんは我を忘れて歓喜の叫び声を上げている。
店の前で夜の店を叫ぶのは止めて欲しい。
おっさんの喜びの声を聞きつけた通行人が口々に噂し合う。
「おい! スキルガチャ屋でURが出たってよ」
「UR!? 何かの冗談だろ」
「どうやらマジらしいぜ。かー羨ましい! 売っ払えば一生遊んで暮らせるじゃねえか」
「お、おい。本当なのかよ。……オレもガチャ引いてみようかな」
「ちょっと行ってみようぜ」
「お、おれも」
URの宣伝効果は凄まじかった。
客が次から次へと押し寄せてくる。
このフィーバーは『南新橋ダンジョン』でガチャを始めた頃以来だ。
「ハッハッハー! 捲土重来!! 雌伏の時を経てまた俺の時代がやって来たぜ!」
豪快な笑い声を上げる俺に、美波は冷めた声で「調子に乗るのだけは一丁前だな」とつぶやいた。
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