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第71話 明らかになる手口。敵首領、撹王。

 X駅無差別テロ事件から二ヶ月が経過していた。


 俺は近場のダンジョンでステフから銃のレクチャーを受けていた。


 身の丈3メートルを超えるハイオークが眼前に迫る。

 マジックガン『アースメーカー』を地面に射出すると、ハイオークの足元に尖った岩が生み出された。

 岩がウニの様に鋭く尖り、先端がハイオークの太ももに突き刺さる。

 ハイオークは痛みで絶叫した。


「ナイス足止めデスネー! フィニッシュお願いしマース」

「OK! 『デッドブル』でのクォーターショットだ」


 歩みが止まったハイオーク目掛けて、ゲージに二、三割ほど充填されたエネルギー弾を撃ち放つ。

 土手っ腹に風穴を開けると、遅れて衝撃が拡散する。

 200キロはありそうなハイオークの身体が後ろに倒れる。

 地響きと共に敵は崩れ落ち、光を放って消失した。


「イエーイ。ナイスファイトデース! ハイオークを寄せ付けないなんてとても強くなりましたネ。カズヒト!」

「サンキュー。それもこれもステフの指導が素晴らしいからだよ。俺は良い師匠に出会えたよ」

「褒めても何も出ませんヨー。それにしてもエナジーガンの使い方が見事デシタ。力加減が分かってきましたネ?」

「ああ。どれくらいエネルギーを込めれば敵を倒せるか分かりかけてきたよ。ハイオークは巨体だけど胴体は柔らかいから四分の一くらいの威力で倒せるだろうってな」

「さすがデース。でもマジックガンはもっと上達させまショーウ。上手に使えばハイオークも土魔法で仕留められますヨ」

「あー。なんだか魔法の操作は苦手でな。発現させた土や岩を、丸、三角、四角みたいに大まかな形にしか出来ないんだよ」

「徐々に良くなってきてマース。練習あるのみデースヨ」

「そうだな。了解」



 俺たちのやりとりを聞いていたカーバルくんが、自分も混ぜて混ぜてと俺の足にすがりつく。

 ペットのワンちゃんみたいな行動だ。

 あれから更に大きくなり中型犬くらいの大きさに成長していた。

 翡翠色の美しい毛並みは、撫でるとモフモフで気持ちいい。

 

 戦闘面でも物理と魔法反射のサポート魔法をかけてくれるので助かっている。

 さっきの戦闘でハイオークに迫られても余裕があったのは、最後の砦としてカーバルくんの魔法があるからだ。


 カーバルくんは不思議な力で宙にフヨフヨと浮くと、俺の肩にしなだれかかった。

 結構重たい。

 これはおんぶが出来るのは今のうちだけだな。


「オー。可愛らしいガーディアンデスネー」

「ガーディアン?」

「アメリカでは召喚獣をガーディアンと呼んだりしマース。最後に自分を助けてくれる存在だからデース」

「なるほど。良い呼び名だ。もしもの時は頼んだぞ? カーバルくん」

「きゅっきゅきゅぅー!」




 ダンジョンから帰還し、ステフから食事の誘いを受けたが断った。


「すまんな。食事はまた今度誘ってくれ。実はこれから行くところがあるんだ」

「オー。そう言えばカズヒトは『技討隊』に加入したんですヨネ。頑張ってくださいネー」

「ありがとう。行ってくるよ」


 別れ際、ステフは熱烈なハグ&キスで見送ってくれた。

 ふくよかな胸が、腕に押し付けられる。

 俺は腕に神経を集中させ柔らかい胸の感触を楽しむ。


 この柔らかさ、控えめに言って最高だ。

 正直言ってこの儀式を毎回楽しみにしている自分がいた。

 活力を得て『技討隊』の仕事場へと向かった。






 『技討隊』とは『技能犯罪討伐特別部隊』の略称だ。

 主にダンジョン探索士から構成され、急増する『スキル犯罪者』への取り締まりを目的に結成された。

 B級以上の任意の探索士のみで構成されているため、皆他の仕事の合間に『技討隊』の任務に参加していた。

 今のところ繁華街のパトロールが中心であるが、『スキル犯罪』の多い都会では現場に急行し、実際に犯人と交戦した者もいる。

 危険なスキルに対抗するため、魔物の素材から作られたフルフェイスのヘルメットとボディアーマーの装備を着用し、全身黒で武装したその姿はまさに特殊部隊といったものだ。




 俺はX駅付近を相棒の、先輩探索士『韋駄天のマサカズ』と共にパトロールしていた。

 彼は韋駄天の二つ名があるとはとても思えない様な、出っ腹の中年である。


 二ヶ月前のテロ事件以来、X県では『スキル犯罪』は起こっていなかった。

 マサカズさんが退屈そうに欠伸をしながら俺に質問をする。


「ふあー、暇だな。まあ何も起きないのが一番なんだけどな。只野はどうして『技討隊』に参加したんだ?」

「テロ事件の被害者と面識がありまして。私怨じゃないですけど、これ以上犠牲者は出したくないなと考えました」

「そうだったのか。それは気の毒にな。すまんな、こんな事聞いてしまって」 

「いえ。気にしないでください。マサカズさんはどういった理由で『技討隊』に?」

「俺はそのー。……借金があってだな。報酬目当てというかー。あぁ! なんかお前の志望動機聞いた後じゃ俺すげえダサい奴みたいだわ! 金の亡者か!」

「そんな事ないっすよ。お金を稼ぐのも立派な理由ですって」



 あのテロ事件で髭もじゃが亡くなり、娘のまいんは祖父母に引き取られたそうだ。

 孤児院などに行かなくて良かったと思うと同時に、そもそもあのテロ事件がなかったらまいんはパパを失う事はなかったはず。

 やはり犯罪組織『レイジ・リベリオン』の奴らは絶対に許せない。



「しかしあいつらに関する情報がまるで出てこないな。警察庁のサイバー犯罪対策課も動いてるのによ」

「おかしいっすよね。全くボロを出さないなんて。逮捕者はネット経由で『レイジ・リベリオン』に誘われた者も多いはずなのに」

「どんな手口を使っているんだろうな。失踪事件も多発してるから何か関連性があるのかもな」

「とても少数では出来ないですよね」

「ああ。なんでも規模が拡大して、親玉を筆頭に幹部なんてのもいるなんて噂だぜ。これ以上奴らがデカくなったら俺たちB級じゃ太刀打ち出来ないぜ? S級探索士にでも頼らないとな」

「そうならないように今のうちに尻尾を掴まないとっすね」

「だな」


 犯罪組織『レイジ・リベリオン』。

 奴らは一体今どこにいて、どんな活動をしているのだろうか。









 とある地方の公営住宅の一室。

 四畳半の狭い部屋の中はゴミで埋め尽くされていた。

 昼間なのに室内は薄暗い。

 人目を避けてカーテンは閉め切られているからだ。


 小太りの青年は椅子に腰掛けそわそわと貧乏揺すりをしていた。

 突如、青年の前に2メートル程の大きさの黒い渦巻きが現れた。


 ――本当に出た! あのメールの内容は本当だったんだ。


 先日、ネットの掲示板に社会への不満を書き込んでいると「貴方のお悩み解消します」というメールが届いた。

 いつもだったら迷惑メールと切り捨てるところだが、そのメールには迷惑メールだと割り切れない不思議な魅力があり思わず現在の心情、鬱憤、思いの丈を文面に込め返信してしまった。

 すると直ぐに返信があり、幾度か送信者とやり取りを交わすと、不思議と胸のつかえが下りた気がした。

 

 ――この人は俺の苦しみを分かってくれる。この人ならすべて打ち明けてもいい。



 青年の元にやがて「貴方の考えは素晴らしい。我々の思想と共鳴する点も多い。是非仲間に加わって欲しい」とのメールが届いた。

 これまでの人生で自分を肯定される事のなかった青年は、そのメッセージに甚く感動した。


 是非加入したい旨を告げると「お迎えに上がる。機密保持のため黒いゲートを潜って来てくれ」との返信があった。


 黒いゲートとはこの事か。

 潜るのには勇気がいったが、あの人と会って直接話がしたい気持ちが勝った。

 青年は意を決して、不気味に蠢く渦巻きの中に飛び込んだ。

 




 目を開くと、そこは薄暗く、埃っぽい空間だった。

 周囲を見渡すと、ボーリングのレーンが見える。

 どうやら雰囲気から察するに潰れたボーリング場らしい。


 戸惑う青年の前に、ゴシックロリィタに身を包んだ少女が現れた。

 レッドブラウンの長く重そうな髪をツインテールにしている。

 片目にはファッションなのか眼帯をしていた。

 きめ細やかな肌はまるで人形の様だった。


 青年は謎の美少女に見惚れていると、彼女はニッコリと笑みを作りこう言った。


「はーい。迷える子豚さん1名ご案内ー♪」

「え? え? はひっ?」

「キョドり過ぎー。さすがに君じゃ『顧客』しか務まらないよね。ごめんねー♪」

「ど、どゆこと?」 


 ゴスロリ少女は青年に向かって掌を向け、スキルを放った。


「『ヒプノシス・オーダー』♪」

「ほあ?」


 妖しい光を浴びると青年の瞳は途端に生気を失った。

 半開きの目をトロンとさせ、身体はすっかり脱力している。


「それじゃ出番が来るまでちょっと邪魔だから倉庫に行ってて♪」

「……りょうかい」


 青年は指示された方向へと歩いていった。

 足取りはまるで夢遊病患者のようである。



「ご苦労だったな。アンネ」


 アンネと呼ばれたゴスロリ少女の後ろから、黒いローブを被った男が現れた。


「どういたしまして。まあ催眠は私の仕事だからね。()()()()()()()撹王かくおうの為にしっかり頑張らないと♪」

「ああ。しっかり励んでくれ」


 撹王と呼ばれた長身の男は、フードの下で薄く唇を吊り上げた――。

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