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第59話 ヌシとの激闘! 釣りキチじいさんの戦い

 俺と爺さんは第27層の河川敷で黙々と釣りを続けた。

 釣りキチじいさんは見事な腕前で次々と魚を釣り上げていった。


 2、3メートル級の魚型の魔物を10匹ほど釣ったが、爺さんが求めているのはこれじゃないらしい。


「中々現れんもんじゃのう」

「そのヌシってのは爺さんの竿にかかった事があるんだろう?」

「ああ。これまで四度ワシの竿にヌシが食いついた。最初は一瞬で竿だけを持ってかれてのう。次にかかった時は竿にしがみつき体ごと引っ張られ川に引きずり込まれた。貯金をはたいて筋力上昇(中)を購入し、三度目は踏ん張る事が出来たが竿がへし折られてしもうた。前回は新調した【オメガ・カーボンロッド】のおかげで善戦出来たんじゃがラインが切られてしもうた」

「それで今回は準備万端って事なのか」

「ああ。ラインは特殊な素材を幾重にも編み込んだ物を用意した。ラインブレイクが起こる事はないじゃろう。あとはワシの釣り人としての力量次第じゃ」

「凄い情熱だな。よっぽどヌシを釣り上げたいんだな」

「ワシにとってこの糸魚ダンジョンのヌシを釣り上げる事が人生の全てじゃ。その為なら全てを捨てても構わん」


 そんな殊勝な事を言われるとどうしても釣らせてやりたくなる。


 過去四回しかかかってないのに今日釣れる保証はあるのか不安だが。

 それでもこれだけ準備してきたのだからせめてヒットはして欲しいところだ。



 安全確認のため、遠くを見渡すと300メートルほど先の丘の上から魔物が数匹現れた。

 爺さんを釣りに集中させるために、魔物を狩りに行ってくる事にした。


「爺さん。遠くに魔物が現れたから狩ってくるよ」

「おう。頼んだぞい、……!! 来た!」


 小柄な爺さんの体が宙に浮いた。

 猛烈な引きの強さに体が浮き上がる。

 なんとか地面に着地すると、両足の靴底が地面にめり込んでいく。


「大丈夫か爺さん! まさかヌシがかかったのか?」

「そのまさかじゃ。まったく意中の相手は気まぐれで困ったもんじゃ」


 俺は大急ぎで爺さんの体を支えてやった。

 爺さん越しに伝わってくるが凄まじいパワーだ。

 竿に手を貸し立てるのを手伝う。


「ふう。助かったぞい」

「どういたしまして。って、そう言えば丘の上から魔物が迫ってるんだった!」


 すでにその距離100メートルほどに迫っていた。

 馬鹿でかい蟹と巻き貝の魔物だ。

 やはり水棲の魔物が多いらしい。


「ここは任せて、お前さんはあの魔物共を倒してきてくれ」

「だけど爺さん一人で大丈夫か? こ、この引きの強さじゃ川に引きずり込まれちまうぞっ!」

「釣りキチじいさんを舐めるんじゃない。ワシの全てをかけてヌシを釣り上げてくれようぞ」

「分かった。無茶はするんじゃないぞ爺さん。直ぐに倒して戻ってくる!」



 俺は蟹と巻き貝の化け物の元へ駆け出していった。


 なるべく時間をかけずに倒さないと爺さんの身が持たない。

 デッドブルにエネルギーを注入し、30%ほど充填させていく。

 

 狙いをお化け蟹に定める。

 立ち上がると3メートルくらいありそうな巨体の持ち主だ。

 恐らく甲殻も固いだろう。

 

 アースメーカーで土壁を作り、上手く誘導して比較的脆そうな内側の腹を狙う事にした。

 2、30メートルまで接近した辺りで、ようやくチャンスが訪れた。

 内側の白い腹目掛けてデッドブルで30%ショットを放つ。


 エナジーショットはお化け蟹の胴体を見事貫通。

 仰向けに倒れて泡を吹くと、蟹野郎は消失した。



 次は厄介そうな巻き貝の魔物だ。

 貝の部分は見るからに固そうだ。

 顔と手足を僅かに露出して、手足をチョコマカ動かしやってくる。

 意外とスピードもある。


 出力を絞ってエナジーショットを連発してみた。

 顔や手足を狙っているのだが、的が小さくすばしこくて中々当たらない。

 貝の部分はやはり頑丈で、当たっても銃弾が弾かれた。


「やはり面倒な敵だ。これ以上爺さんに近づけたくないな」

 

 巻き貝の化け物は頑丈な貝の部分に隠れながらチョコマカと歩を進めてくる。



「久し振りにあの魔法をぶっ放すか」


 貝の魔物に向かってアースメーカーで土壁を作った。

 そのまま魔物を囲む様にぐるりと一周土壁を築く。


 土壁の強度を増すために、カーバルくんに物理反射魔法をかけてもらう。

 これで土壁の牢獄の出来上がりだ。

 

 俺は土壁の牢獄の中に向かって【SR】炎魔法『ハイフレイム』を唱えた。

 巻き貝の化け物は逃げ出そうにも、逃げ出せず蒸し焼きとなる。

 香ばしい匂いを残して、巻き貝は消滅した。


 俺はマナ切れを起こしたため、地面にしゃがみ込んでしまう。

 魔力回復用ポーションを取り出し、マナを充填した。


「やはり【SR】魔法を使うには魔力が足りないな。【SR】魔法を使える魔力上昇のパッシブを習得しないと」




 呑気に戦力分析をしていると、爺さんの絶叫が聞こえた。

 今にも川に引きずり込まれそうになっている。


「やばっ。爺さんもう少しだけ耐えてくれ!」


 全力で駆け出して釣りキチじいさんのサポートに向かう。

 間一髪爺さんの体を抱きとめる。


「た、助かったぞい。今のは正直やばかったわい」

「危なかったな。しかしこいつ全然弱ってないな。引きの強さが変わってないぜ」

「いや、そんな事はないぞい。大分バテてきとる。まずは自由に泳がせてこいつの体力を削ぐんじゃ」

「よっしゃ! 協力するぜ。頑張れ爺さん」

「合点承知!」



 ここから俺と爺さんの地獄の綱引きが始まった。

 俺がさっき釣り上げたカジキは、犬の散歩レベルだったが、今回は相撲取りと綱引きをしている気分だった。

 なにせ相手はこちらの数倍の重量である。


 腕だけではなく、背中や腰、全身の筋肉が悲鳴を上げていく。

 これは久し振りに筋肉痛になりそうだ。



 格闘する事、十数分。

 ようやく相手の動きが鈍まった。


「好機到来じゃ! 巻いていくぞい!」


 リールを巻いて少しずつヌシを手繰り寄せていく。 

 リールの重さも尋常じゃないらしい。


 ハンドルが指に食い込んだのか爺さんの指から鮮血が滴り落ちていた。


「爺さん大丈夫か? 俺が代わりにリールを巻こうか?」

「だ、大丈夫じゃ。これだけはワシにやらせてくれんかのう。ヌシに敬意を払いたいんじゃ」

「……ああ、もちろんだ。頑張れ爺さん! あとちょっとだぜ」



 重いリールを少しずつ巻いていき、当たりがあって30分。

 遂にヌシの全貌が現れた。

 丸い頭部が見えて一瞬、イルカと間違えてしまった。


 ヌシは黄金色に輝く巨大な鯛だった。

 

 爺さんと共にヌシを岸に引き上げる。

 俺の釣ったカジキの数倍はありそうな大きさだった。


「うおおおおおお!! デカイなんてもんじゃないぞ! やったな爺さん!」

「ああ。ありがとう。……本当にありがとう」


 感無量で言葉の出ない爺さんの背中を叩く。

 爺さんはじんわりと余韻を楽しんでから、カメラを取り出し俺に記念撮影をするよう頼んだ。

 何枚か写真を撮ってやると、爺さんはヌシを我が子を見るような愛おしい目で眺めた。


「こいつは逃してやろうと思う。手を貸してくれんかのう」

「あれ? リリースはしない主義なんじゃないのか?」

「ここで殺してしまっては二度とこいつとの勝負を楽しめんからのう。今度はお前さんの手を借りずにワシ一人で釣り上げてみせるわい」

「……そっか。良い判断だと思うぜ。また頑張れよ爺さん」



 俺と爺さんはこの馬鹿重いヌシを押して、川へと逃してやった。

 ヌシは元気に泳いでいくと、遠くで高く飛び跳ねた。

 

 その姿はまるで、釣りキチじいさんという好敵手に合図を送るかのようであった。

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