第53話 温泉へ行こう③ 赤夜叉から仲間を守れ! 『幻の秘湯』を堪能する
その秘湯は確かに野湯と呼ぶのに相応しかった。
適当な岩を積み上げて作られた粗野な囲いに、お湯を貯めただけのものだった。5、6人も入れば一杯になってしまう大きさだ。
第4層の整備された温泉とはかけ離れたものだった。
だが美しい黄金色のお湯から、大小様々な泡が湧き上がるその様は不思議と人を惹きつける魅力を放っていた。
「入る順番を決めましょうか」
「男女分かれた方がいいよな。俺たちが後でいいぜ」
温泉の入り方を巡って議論が持たれた。
まずは女性陣6人が先に入浴し、男性陣4人が見張りに付くことになった。
秘湯は背後と右側を壁に囲まれていたので、見張りは二方向で済んだ。
俺と佐治が左側を見張り、ムッツとモヒカンが下側を見張った。
女性陣は全員B級以上の強者だが、男たちは大分戦力に不安を抱えていた。
佐治は実質戦力にならないので、魔物が現れたら俺一人で戦わないといけない。
というより、佐治も守りながら戦わなきゃだな。
見張りの俺たちは秘湯を背にして30メートルくらいの距離で監視についた。
あまり離れると無防備な彼女たちを守りきれないので結構近めだ。
女性たちが湯に浸かる音が気配で伝わってくる。
今振り返ればすっぽんぽんのあられもない姿の裸体を拝めるだろう。
もっとも、そんな事したらどんな罰を受けるか分からん。冗談じゃなく八つ裂きにされるかも。
「おいおいアリサ。お前意外とデカ乳なんだじぇな。知らなかったじぇ」
「うふふ。貴方には負けるわよ萌仁香」
「巨乳って言ったらステファニーは大き過ぎだにゃ。グラビアアイドルでもこんなサイズは見たことないにゃ」
「本当ですカー? アメリカだと私より大きい人ばかりデース」
「全米やべえ」
「ちょ、ちょっと皆さん! この話題は止めましょうよ!」
後ろから聞こえてくる若い女性たちのおっぱいトークを聞いて、佐治が身震いする。
「まったく生殺しだぜ。なんつう会話してやがる」
「間違っても振り向くなよ。可愛い顔して皆化け物みたいな女たちだからな」
「振り向いた瞬間に首が跳ね飛ばされそうだな」
「冗談じゃなく本当にその通りになりそうで嫌になるよ。……ん?」
前方の竹林から何かが近づいてくる気配を感じる。
竹と竹の間から確認すると、赤毛の体高2メートルくらいの魔物が駆けてくる。
「くそ。魔物が来やがった! 佐治、俺の後ろにいてくれ」
「わ、分かった! 頼んだぞ只野」
一匹だけだしなんとかなるだろうと思ったが、敵は中々手強そうだ。
燃えるような赤毛で、マウンテンゴリラのようにごつい身体の猿だった。
ムッツも確認出来たのか、持ち場から声をかけてくれる。
「只野ちゃん気を付けて! そいつは赤夜叉よ。腕力はかなりのものだわ。上手く距離を取って戦ってちょうだい」
「了解!」
俺は前方約30メートルくらいの距離に接近した赤夜叉にデッドブルからエネルギー弾を放った。
弾丸は赤夜叉の作る分厚いバリアに弾かれ、方向が逸れる。
「バリア持ちか。ならこっちはどうだ?」
物理が弾かれるなら魔法攻撃はどうだ。
アースメーカーで魔法攻撃を放つ。
赤夜叉の手前2、3メートルの辺りの地面に弾丸を射出する。
するとつららのように鋭く尖った円錐状の土がいくつも出来上がる。
鋭い先端が赤夜叉の胴体に深く突き刺さる、……はずだったが赤夜叉の突進の前に土魔法は脆くも砕け散った。
「結構固いな、あいつの外皮。バリアもあるし厄介だな」
「おい只野! 落ち着いて分析してる場合か! このまま突進食らったらお前も死んじまうぞ」
「そうだな。突進の速度を落としておくか」
俺は20メートルくらいに迫った赤夜叉の手前にに向かって土壁を作った。
急ごしらえなので薄い土壁だ。
当然、簡単に突き破られる。
それに懲りずに俺は赤夜叉の前にいくつも土壁を築き上げた。
赤夜叉が土壁を破壊する度に徐々に突進の速度は落ちていき、土壁を破壊するためにエネルギーを使ったのか、俺の目の前に辿り着く頃には相当へばっていた。
それでものろのろとだが、その巨体を活かしたタックル攻撃を俺に仕掛けてくる。
「きゅうう~!!」
突如俺の前に出来た分厚い青い壁に激突して、赤夜叉は後方に弾き飛ばされた。
カーバルくんの物理反射魔法である。
わけも分からず転倒する赤夜叉に向かい、俺はデッドブルにじっくり溜めたエネルギー弾を発射する。
分厚い外皮を考慮して20%ショットを放った。
体勢を整える時間も、回避する間も与えなかったため、赤夜叉は俺のエネルギー弾を土手っ腹に食らった。
着弾の衝撃が拡がり、電気ショックの様に身体が跳ねた。
そのまま赤夜叉は動かなくなり、キラキラと光を発して消失していった。
「20%も要らなかったな。相変わらずエナジーガンは出力調整が難しい」
「只野……。俺からしたら今のお前も十分化け物だぜ」
佐治はぽかんと口を開けて俺を讃えてくれた。
その後も、見張りとして寄ってきた魔物を何匹か仕留めた。
30分ほど女性陣は秘湯を堪能し、俺たち男性陣と交代となった。
美波が「いい湯だったぞ」と上気した顔で言う。見るとお肌もゆで卵のようにツヤツヤになっていた。これはかなり期待出来るかもしれない。
近くの岩場に荷物を置いて服を脱ぎ、裸になる。
早速『幻の秘湯』を観察してみる。
硫黄などの匂いは無い。白濁が強い温泉などは硫黄泉が多いとの事だが、キラキラと輝く透き通った黄金色のお湯だ。
つま先から少しずつ湯に身を沈める。
温度はそこまで熱くない40度ほどか。
底からプクプクと泡が吹き出て足裏をくすぐる。
体全体が湯に浸かると、全身を泡で包まれた。
細かな泡や、大きめの泡の弾ける感触が心地よい。
「こんな不思議な温泉初めてだ。たまらんぜ」
「苦労してここまで来たかいがあったわね。これは並の探索士じゃ辿り着くのも困難でしょうね」
「ああ。この湯に浸かるには見張りも含めて最低でもC級探索士10人くらい必要だな。確かにこれは『幻の秘湯』だ」
俺たち野郎4人衆もたっぷりと秘湯を楽しんだ。
その後、3時間ほどかけて地上へと帰還した。
この日は近くの鬼怒川温泉街の旅館に宿泊する事になっていた。
温泉街を散策するとやたらと足湯スポットを見つける。その後土産を買ったり食事をしたりと観光を満喫した。
旅館には温泉が併設されていたため、女性陣はまた入浴しにいった。こういう欲求に対するエネルギーは女性の方が圧倒的に強いものだ。
佐治とモヒカンは濃い一日を送った為か、すっかり疲れ果てていた。
翌日、朝風呂に浸かってから旅館を出た。
帰りの車中は疲れていたのか、皆ぐっすりと眠りこけていた。
X駅で皆を下ろし、鬼怒川温泉ダンジョン旅行は終了した。
この面子じゃなければ『幻の秘湯』には入れなかっただろう。
自宅に着き、記念に撮影した写真を眺める。
そこにはそれぞれの楽しそうな瞬間が切り取られていた。
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