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第50話 美波のミッションを手伝う。成金じじいを護衛せよ

 仕事も終わり、自宅で一人晩飯を食べていると美波からメッセージが届いた。

 確認すると、相変わらず一言だけのあっさりした内容だった。

 

<明日ひまか?>

 

 こいつのメッセージはいつも前後の文脈を予想できなくて困る。


<暇だけど、俺に何か用でもあるのか? ちゃんと要件も書け>

<ミッションを受注したんだが面倒そうな内容で困ってる>

<探索士協会から仕事を受けたのか?>

<いや。ネットで検索したら出てきた>

<怪しいな。それって違法じゃないのか?>

<多分大丈夫。報酬が一番多い仕事を受けたら、依頼主がクソ面倒臭いじじいだった>

<それはご愁傷さま。引き受けたミッションはちゃんとこなせよ>

<私一人じゃ無理かもしれない。只野手伝ってくれ>


 あの美波が俺にお願いするなんて珍しい。

 話だけでも聞いてやるか。 


<手伝うかどうかは別にして、まずはミッションの内容を教えてくれ>

<金持ってるじじいが足に怪我をしたらしい。その治療のためダンジョンの中で回復ポーションを使いたいから護衛しろだって>

<思い切り違法じゃないか。探索士以外の一般人はダンジョンに入れないだろ。ダンジョン産のアイテムも使用は禁止されてるぞ>


探索士協会を通さない一般のミッションは、法に触れる様な怪しい仕事も多いと聞く。


<それがそのじじい、最近探索士資格を取ったらしい>

<やってる事が思い切りグレーゾーンだな。そのじじいモラル足りてるのか?>

<知らん。電話で話した印象では老害選手権があれば優勝出来そうなくらいの老害だった>

<それは面倒臭いな>

<だから只野手伝ってくれ。仕事中居眠りしないで頑張るから頼む>

<仕事中に居眠りしないのは当前の事だろうが! 俺の店じゃ無かったらとっくにクビだぞ、全く。仕方ない手伝ってやる>

<恩に着る>


 そう言って美波は漫★画次郎の「お前ならやれる!」というセリフのスタンプを送ってきた。

 やるのはお前だろうが。







 翌日、美波を車に乗せY県にある『栗駒ダンジョン』へと向かった。

 『栗駒ダンジョン』は全21層の小中規模のダンジョンで、今の俺ならソロでも踏破出来そうな難易度だった。

 依頼主の最も近場のダンジョンなので、待ち合わせがここになった。


 『栗駒ダンジョン』の入口前には、田舎のホームセンターくらいの広さの駐車場があった。

 そこに場違いな黒いリムジンが停車していた。


 美波が電話で到着した旨を伝えると、運転手が後部座席のドアを開き、車椅子に老人を乗せて運んだ。

 白髪頭で鷲鼻の偉そうな男であった。

 「へ」の字形の口がいかにも気難しそうだ。


 車椅子を運転手(付き人?)に押させてこちらに向かってくる。

 老人は痰の絡んだ声で叫ぶ。


「おい。なぜ二人いる。ヒガシという小娘一人と聞いていたぞ」

「ヒガシじゃなくてミナミだ。あと漢字が全然違う。美しい波で美波と読む」

「小蝿の名前なんぞ一々覚えてられるか。金は一人分しか払わんぞ」

「それで結構だ。この男は私の連れだから気にするな」

「ふん。砂利ガキの分際でさかりがつきおって。保健所に行って去勢でもしてこい」

「下衆な勘ぐりはよせ。ただの仕事仲間だ」

「どうだか。まったくこれだから最近の若造どもは……」


 確かにこのじじいは話が通じなさそうだ。

 恐らくこれまでの人生は金と権威を利用し、自分の意見を強引に押し通してきたのだろう。

 初めから自分の独断と偏見で決めてかかり、他人の意見など聞くつもりもないって感じだ。


「回復用のポーションは用意したな?」

「ちゃんと上級ポーションを買ってきてある。あとで5万円精算するからな」

「5万などはした金だ。下級国民の懐事情と一緒にするな。ダンジョンに入ってすぐポーションを使用するから、効果が現れるまで魔物からワシを守れ。分かったな?」

「りょうかーい」

 


 付き人とは入口前で別れ、じじいの車椅子を俺が押す。

 ダンジョンの内部に入ったので、早速車椅子を停めじじいの治療に入る。


 美波に見張り役を頼み、じじいのズボンを捲らせ、痛めているという足を出す。


「あれ? どこを痛めているんだ? パッと見て傷なんて無いけど」

「両方の膝だ。いいから早くポーションをかけろ馬鹿者」


 偉そうな物言いにイラつく。

 まあすぐに済む仕事だし、さっさと終わらせよう。

 俺はじじいの膝に上級ポーションをかけていった。


 魔法にしろポーションにしろ治癒が終わるまでには結構時間がかかる。

 戦闘手段の無いじじいだと、この隙を突かれ魔物に襲われるかもしれない。

 

 探索士に護衛を頼んだのは良い考えだ。

 自宅などで勝手に魔道具を使用すれば厳罰に処される。

 わざわざ探索士資格を取得したり、妙に法を遵守しているし、もしかしてこのじじい法を犯すことが出来ない公的な偉い立場の人間なのかもしれない。


 それから5分ほどが経過した。

 俺たちの元に寄ってきた雑魚どもは美波が倒してくれていた。

 ポーションの効果が現れるのを待っていたのだが、じじいの反応から全然回復してないのが分かる。


「おい小娘! 貴様ちゃんとしたポーションを買ってきたのだろうな」

「探索士協会お墨付きの正規店で買ってきたっての。領収書も渡しただろ」

「むむ。では一体なぜワシの膝が治らんのだ」


 なんとなく嫌な予感がしてじじいを問い詰める。


「おい爺さん。病院ではなんて診断されたんだ?」

「関節リウマチだ。治療が効かず徐々に悪化していくパターンで手の施しようがないと言われた。それで探索士どもが使ってるポーションさえ使えば良くなると思ったわけだ」


 その言葉に頭を抱える。

 

「ポーションが効くのは外傷だけだ。病気や感染症などには効果はない。リウマチなんて原因すら分かってないんだからポーションなんか効くわけないだろ」

「なんだと!? それじゃワシの膝は治らんのか? ふざけるな! どうしてワシがこんな目に遭わなければならんのだ」

「俺に言われても困るわ」

「き、貴様治癒魔法は使えんのか!? 試しにかけてみせろ」

「無駄だと思うぜ。ヒールも病気は治せないからな」

「いいからやってみんか!」


 まったく。殿様かよ。

 この傲慢さは死ぬまで治らないんだろうな。


 俺は『ジェネヒール』をじじいの膝にかけてやった。

 一分毎に効いてるか確認したがダメだった。

 5分ほどかけてやったが、効果がない事に気付くとガックリと肩を落とした。


 雑魚を狩っていた美波がじじいに声をかける。


「残念だったな。ダンジョンの中も奇跡が起こるわけじゃない。金持ってるんだから病院に行って気長に治すといいよ」

「ああ……」


 じじいはすっかりしょぼくれてしまった。

 憎まれ口を叩く気力もないらしい。

 この一瞬でプラス5歳から10歳くらい老け込んだように見える。


「元気出せ。別に死ぬわけじゃない」

「そうじゃな……。ミナミとか言ったな。貴様はなぜ探索士になったんじゃ」

「金が必要だからだ。ポーション代と報酬はきっちり請求するぞ。支払わないなんて抜かしたら最下層に置き去りにするからな」

「ふっ。たくましい小娘だ。戦後すっかり腑抜けてしまった日本人にお前さんのような娘っ子もいたとはな」


 じじいはこの日初めて小さく笑った。

 その笑顔には名状しがたい寂しさがこもっていた。






 じじいはリムジンに乗って去っていった。

 もう二度とダンジョンに潜る事はないだろう。

 

「面倒なじじいだったな」

「ああ。まさに老害だった」

「でもいずれは俺たちもああなるんだぜ。老いは誰にも等しく訪れるもんだ」

「私は老けない。永遠の17歳だ」

「声優とかアイドルみたいだな。ていうかお前まだ15だろ」

「同じようなもんだ。どうせ私はあんなにしわだらけになるまで長生き出来ない」

「探索士は短命だからな。とは言えそれ以外の生き方だってあるだろう? 好きな人と結婚して家庭に入るとかさ」

「そんな生き方は考えた事もなかった。魔物に殺されてダンジョンで野垂れ死ぬ運命しかないと思っていた」

「どんな修羅の世界で生きてるんだよ」


 半年ほどの付き合いだがまだ美波については知らない事も多い。

 それでも少しずつ心を開いてくれているのは感じている。


「結婚するなら年収1億以上、身長190センチ以上、学歴はアイビーリーグ卒以上で」

「理想が高過ぎてドン引きだよ。寧ろ清々しいわ」

「貧困女子なんだから夢くらい見させろ。……只野は金を稼げる能力が有って良かったな。探索士以外でも食べていける」

「でも俺の夢は億万長者になることではなくS級探索士になることだからな。夢の為なら死ねる、なんて言うのは格好つけ過ぎだが、もう安全な場所で冒険をしない人生は過ごしたくないんだ」


 その言葉に美波が小さく身体を震わせた。

 ほんの一瞬だった為、見過ごしてしまいそうだったが、美波らしくない珍しい仕草だった。


「只野は弱いからな。気を抜くとすぐ死にそうだ」

「弱くて悪かったな。これでも師匠に鍛えられて大分強くなったんだぞ。カーバルくんもいるし」

「どうだか。稼ぐ場所が無くなるから只野には死なれると困る。……危なくなったら私が守ってあげるよ」

「ははは。ありがとよ」

「だからどこにもいなくなるなよ。私が探索士を辞める時が来るかもしれないんだから」



 そう言って美波は急にそっぽを向いた。

 いつもの軽口だろうか。言葉の意味はよく分からなかった。

 美波の横顔は心なしかいつもより赤かった。

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