第45話 大型ダンジョンの難易度を痛感する
30層を越えてから所川ダンジョンの難易度は更に跳ね上がった。
魔物も強いし、地形も毎回変わるので対応に苦慮した。
溶岩地帯を越えたら、鍾乳洞のようなひんやりとした洞窟になったり、古代ギリシアの都市の様な中世風の迷宮になったりと、1階毎に驚くほど構造を変えていった。
全81層からなる『所川ダンジョン』の半分も到達してないというのに、この厳しさである。
萌仁香が槍に身体を預けて、大きく息を吐いた。
「一体このダンジョンはどうなってるんだじぇ? 下に降りる度に魔物は変わるしフロアは別物になるしで対応に困ってしまうじぇ」
困惑気味の萌仁香をアリサが励ます。
「大型ダンジョンは地下に潜れば潜るほど、時空の歪みが大きくなっていくそうよ。下層では物理法則がねじ曲がっている様な超常現象が起こるフロアもあるわ」
「階段を降りる度に違うフロアになる時点で、ここも既に超常現象が起こってるじぇ」
「確かにそうね。でも下層になるともっと面白いものが現れるのよ。ワープゾーンとか別の空間に通じてる扉とか魔物だらけの部屋とかね。あと開くたびに新しいアイテムが出現する宝箱とかもあるわ」
「それこそRPGの世界だじぇなー」
「一節によれば古代から突如ダンジョンが出現する事があって、その探索を記した記録がRPGの元になったなんて話もあるわよ」
ダンジョンが現れたのって30年前じゃなかったのか。
神話に登場するクレタ島のラビリンスとか、迷宮に関する逸話は数多くあるから丸っきり嘘ではないと思うけど。
雑談しているところに、前方から魔物の気配を感じた。
上半身は人間の女性のようだが、背中に大きな翼を持ち、足の先は大きな鉤爪になっていた。
アリサが鋭く注意を促す。
「あれはハーピーよ。スピードもあるし、強力な風魔法を使うから気を付けて」
ハーピーはこちらに向かって大きな翼を広げて、ゆっくりと飛んできた。
先頭にいた美波と萌仁香が応戦する。
「『断空斬』」
「『乱れ突き』だじぇ!」
二人の放った斬撃と刺突攻撃は、突如スピードを上げたハーピーにあっさり回避された。
緩急を付けたチェンジ・オブ・ペースの動作に驚く二人。
「急に早っ。なんか人間みたいな動き」
「しくじったじぇ! 後詰めを頼むじぇ!」
俺は飛翔するハーピー目掛けてやたらめったら『乱れ撃ち』をお見舞いした。
が、残像を残して銃弾を華麗に回避する。
ハーピーは中衛の俺を飛び越え、後衛にいた猫田、メイ、アリサに襲いかかっていった。
「すまん! 撃ち漏らしちまった! 攻撃が来るからガードしてくれ!」
ハーピーは急降下し滑空しながら鉤爪を繰り出した。
まるで鷲が獲物を捕らえるかの様な動きだ。
猫田とメイは慌てて魔法攻撃を放とうとするが、とてもそんな時間的余裕は無かった。
「ま、まずいにゃ!」
「だ、だめ……間に合わない!!」
猫田とメイが鋭い鉤爪に引き裂かれる、その刹那。
「『風の牢獄』」
「ピギャッ!?」
ハーピーは目測を誤って地面に激しく叩きつけられた。
頭部から地面に激突し、相当なダメージを負ったらしい。
ピクピクと痙攣していた。
それでもなんとか立ち直ると、もう一度翼を羽ばたかせて、宙に舞い上がろうとした。
ところが翼を羽ばたかせても、上空に舞い上がっていかず、2、3メートルほど浮いてからバランスを崩して地面に墜落した。
ハーピーは一体何が起こっているのか理解出来ない表情だった。
なまじ顔は人間なので、その表情から困惑と苦悩がありありと伝わってくる。
「アリサ。一体奴に何をしたんだ?」
「『風の牢獄』と言ってね。飛行型の魔物に対してデバフを与えて飛行を出来なくさせる魔法をかけたのよ」
アリサは敵のタイプを見極めてあらゆる風魔法を駆使し、実に優雅にスマートに戦う。
これが新四天王の実力なのか。同じB級探索士とは思えない。
まさに『疾風』のアリサと呼ばれるだけはある。
「さあ。飛べない鳥人は取るに足らない存在よ。フィニッシュはお任せするわ」
「それなら『素材化』を持ってる俺が仕留めよう」
戸惑うハーピー目掛けて『魔弾』を放った。
意外と打たれ弱いタイプらしく、数発の『魔弾』であっさり倒せた。
ドロップアイテムは『鳥人の羽毛』と手のひらサイズの紫色の魔石だった。
魔石は色によって、魔力含有量が異なり、緑→青→紫→赤といった順で高く買い取って貰える。
このサイズの紫の魔石なら15~20万円位で売れるだろう。
6人で山分けとは言え、美味しい報酬だ。
アリサがそろそろ潮時だといった表情で皆に語りかけた。
「そろそろ地上に帰還した方が良いかもしれないわね」
「ああ。今のハーピーに為す術もない俺たちじゃここから先は厳しいと思う。大怪我する前に引き返そう」
俺たちの提案に萌仁香と猫田が悔しそうに承諾する。
「仕方ないにゃ。それにしても今日は全然ダメだったにゃ。アリサにゃんがいなかったら何回死んでたんだろうって話だにゃ」
「ぐぬぬぬ。天才であるはずのボクが何も出来なかったじぇ。こんな屈辱は初めてだじぇ」
美波とメイも思うところがあるのか表情が暗い。
「攻撃が効かないし当たらないしで散々。実力不足を痛感した」
「わ、私ももっと皆さんを守れる様な防御スキルを身に着けないといけませんね……」
アリサは最後まで皆を牽引し続けるようにパンパンと手を叩いて鼓舞をする。
「さあ。反省は地上に着いてからでも出来るわ。帰りの道中も気を抜かずにね」
俺は探索士としてもリーダーとしてもすべてにおいてアリサとの力量の差を感じていた。
地上への帰還後、ショッピングセンターにてドロップアイテムの換金を行った。
初回の探索という事もあり戦闘をなるたけ回避してたのでアイテムは少なめだ。
それでも全部で91万5600円になった。6人で分けると1人頭15万円ほど。
毎度の事だが、命がけの潜行って事を考えると高いのか安いのか分からなくなる。
アリサがいなかったらマグマドラゴンとハーピーに殺されていたかもしれない。
探索士は実入りも多いが、武器防具魔道具など揃えると支出も大きい。
特に皆スキルカードを購入するための資金捻出に喘いでいる。
俺のスキルガチャ屋よりカードショップの方が人気が高いのは、皆ピンポイントで必要なスキルを補強したいからだろう。
所川ハイランドパーク内のフードコートに寄って、軽く食事をする事になった。
実質反省会であるため、皆どこか表情が冴えない。
今日一日で自分の実力を知ってしまったのかもしれない。
アリサがアイスコーヒーをすすりながら、切り出した。
「皆お疲れ様。『所川ダンジョン』初探索を終えてどうだった?」
萌仁香はたこ焼きを摘んだまま、怒りに打ちひしがれていた。
「全然ダメだったじぇ! まさかこんなに大型ダンジョンが厳しいだなんて思わなかったじぇ。天才美少女なんて自称してた自分が恥ずかしいじぇ」
美波がボソリと「今更気付いたのかよ」とつぶやいた。
アリサは優しく微笑み萌仁香を諭す。
「大丈夫よ。皆最初は自信を失くすものよ。いわば負けイベントみたいなものね。その体験を今後にどう活かすかは本人次第。安全圏で堅実な探索をするも良し、少しずつ版図を広げるも良しよ」
S級探索士を目指す俺としてはこんなところで躓いている場合ではない。
もっともっと強くならないとA級昇格すら見えてこない。
今のアリサでさえB級で燻っているのだ。
せめてアリサと同じくらいの強さを身に着けられる様になりたい。
「なあアリサ。俺たち駆け出しのB級探索士と、B級の頂点にいるお前とでは一体何が違うんだ? 足りないものがあれば教えてくれ」
俺の質問の回答に興味津々なのか皆、アリサへと視線を集める。
アリサはストローに付いた口紅を拭いながら答える。
「そうね。只野くんたち駆け出しに一番足りてないのは――」
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