第39話 美波の平凡なスクールライフ
夏休みが終わり、全国の小中高校では二学期が始まった。
X県の公立高校の屋上で、制服のまま寝転がる少女がいた。
黒髪ボブヘアーに、ぱっちりとした大きな瞳を気怠そうに半開きにしている。
覇気のない日本人形の様な佇まいの少女だった。
そんな彼女の元に金髪にマスクをした不良少女が近づいてきた。
取り巻きも時代錯誤のパーマ頭に、地面まで届きそうな長スカートを穿いていた。
令和のこの時代に彼女たちだけヤンキー全盛期に逆戻りしてしまったかのようである。
取り巻きのリーダーと思しき金髪マスクが、寝転がる少女に低い声で凄む。
「おいてめえ。美波。何勝手にウチらの縄張りに入り込んでやがる。そもそも屋上は立入禁止だぞコラ」
二人の取り巻きもリーダーに続く。
「そうだそうだ! ウチらのショバで調子こいてんじゃねえぞ」
「舐めてんじゃねえぞ! クラァ!」
自分たちの縄張りなどと主張しているが、彼女たちも立入禁止の屋上に勝手に入り込んでいるだけである。
要は自分たち身内だけで利用するから、部外者である少女には出ていけという事だ。
「うるさ……」
美波と呼ばれた少女は非常に面倒臭そうな表情で立ち上がり、何も言わずあっさりと去っていった。
取り巻きたちは自分たちのリーダーである金髪マスクを褒め讃える。
「さすが千草さんッス! 半端ねえッスわ! 一生ついていくッス」
「あのプロ探索士の美波を追い払うとかマジ神っしょ! 千草さんの迫力にビビってアイツ何も言えなくなってるじゃないすか!」
「おう。まあな」
美波が最年少B級探索士昇格記録を打ち立て、プロの探索士になったニュースは全校に轟いた。
今や、このなんの特色もない県立高校において一番のスターである。
彼女の元には毎日の様にマスコミが詰めかけ、取材のため校長室にしょっちゅう出入りしている。
千草にはそれが面白くなかった。
彼女は一年生ながら、この学園の女番長であった。
千草に恐れ平伏さない者はこの学園に存在しない。
ところがこの美波という女はいつでも野良猫の様に自由気ままに行動していて、まるで自分を畏怖しておらず、どれだけ強く脅しつけても柳に風だった。
探索士という仕事が何をしているのか分からないが、千草はこの美波という少女が気に入らなかったのである。
(あの野郎。何回言っても勝手に屋上に上がり込みやがって。そんなに日向ぼっこがしてえのかよ。ムカつくぜ。いつか絶対ボコボコにしてやんよ)
千草はあの不思議な少女をいつの日か自分に屈服させてやろうと心に誓った。
終業のチャイムが鳴ると、美波は駐輪場に行き愛車のボロボロのママチャリに乗った。
変速ギアもなく、油が差されてないため、車輪の滑りも悪い。
並の女子高生の脚力では数分漕いだだけで、太ももがパンパンになってしまいそうな重いペダルを、軽々と漕ぐ。
目的地は『南新橋ダンジョン』だ。
放課後はいつもガチャ屋の手伝いのバイトに行っている。
『南新橋ダンジョン』入口に到着すると、貧相な男が出迎えてくれた。
雇用主の只野一人である。
身長はやや高めだが、ガリガリの痩せぎすだ。
プロ探索士試験に備えてジム通いを始めたので、これでも筋肉は付いてきた方である。
最初に会った時は病人か中毒患者と思ったくらい不健康な成りをしていた。
只野といくつか言葉を交わすと、営業を開始した。
ここのところ客足は少ない。
以前は客の羽振りが良かったが、常連客が100回の回数制限を迎えてしまったため売上は頭打ちらしい。
またガチャ屋に恨みのある者が流したデマや悪評のせいで新規の客もめっきり減った。
只野は「これは何か新たな手を打たなければな」と頭を掻いていた。
数時間の営業が終わるとバイト代と、只野自身がGPガチャで引いた『販売不可』のスキルカードを何枚か貰った。
ショップでは売れないが使用する分には問題ないらしい。
美波は帰りに業務スーパーに寄って、食料品を買い込むと自宅のボロアパートに帰宅した。
15歳の少女が住む部屋としては些か安普請である。
以前は一軒家に住んでいたが、親が失踪してから借金取りに差し押さえられてしまったのだ。
もやしと外国産の鶏肉の切れ端を炒めておかずを作り、白米と味噌汁で夕食を取った。
小柄だが非常に健啖である彼女は、なるべく食事には気を使っていた。
その分、他の女子高生の様なファッションや美容、流行については疎かった。
食事を終えると中学時代のジャージを脱いでシャワーを浴びる事にした。
そこでシャンプーを切らしている事に気付く。
面倒だが仕方がない。
近くのドラッグストアまで買いに行く事にした。
駅前まで行くのが面倒なので近場の古ぼけた薬局でシャンプーを買った。
ポイントカードも無いし、ちょっと割高だったのが不満だ。
おまけにシャンプーを入れる袋は、ビニールではなく紙袋である。
エコのつもりだろうがこっちの方が経費が高くつくだろうに。
赤いジャージのまま帰路につく途中、5、6台のバイクのエンジン音が聞こえた。
マフラーを弄っているのか、けたたましい騒音が響き渡る。
目の前を低速で蛇行運転しながら、ガラの悪い男たちが走り抜けていく。
先頭の男が美波を見て無粋な言葉を発した。
当然ながら無視をする。過剰に反応すれば相手を喜ばせるだけだ。
最後尾の単車に、猿轡を噛まされた少女が乗せられていた。
その金髪に見覚えがあった。
いつも屋上で惰眠を貪っていると邪魔をしてくるスケバンだ。
そのバイクの一団は荒れた貸倉庫へと入っていった。
男たちは貸倉庫の中央に集まると、荷台から千草を持ち上げ放り投げた。
手を後ろに縛られ、猿轡を噛まされたまま、千草は地べたから男たちを睨みつけた。
リーゼントの男が素っ頓狂な声で彼女の心を折る。
「そんなに睨んだってダメだよ千草ちゃーん。よくも俺の大事な彼女を泣かしてくれたな。これからお前には罰を受けてもらうからな。覚悟しておけ」
千草は猿轡越しに「ウーウー」となにやら唸っている。
スカジャンの男が猿轡を外すと、千草は男たちに吠えかかった。
「てめえら自分が何してるか分かってんのか? 無理矢理拉致りやがって。サツにぶちまけられたくなかったら私を離しやがれ!」
「まあ今のところは拉致監禁ってところか? これからそこに暴行と強姦が足されるんだけどな」
「なっ!?」
「おいおい。自分が犯される事に気付いてなかったのか? 頭の中お花畑かよ? これだから処女ってのは堪らねえぜ」
「くっ! や、やめろ! こんな事してただで済むと思うな! お前ら全員豚箱行きだぞ」
「別にいいよ。年少なんて何度も行ってるし。寧ろ俺たちの世界じゃマエが付けば箔がつくってもんだぜ」
そういってリーゼントは下卑た哄笑を上げる。
取り巻きの男たちの鼻息の荒く興奮した姿に、千草は生まれて初めて心底から恐怖と絶望を感じた。
今までの自分からは想像も出来ない程の甲高い悲鳴が絞り出た。
「いや……、いやーーーーーーーー!!」
「おい、カメラ回しておけよ。売っぱらってもいいし捕まったらリベンジポルノでネットに流すって言えば脅しにも使えるからな」
「やめて……お願い。やめて……」
「おお。よく見りゃこいつ可愛い顔してんじゃん。糞ダサいマスクと脱色した金髪のせいで田舎のドブスヤンキーかと思ったぜ」
「やだ……。助けて……」
「よっしゃお前ら左右から腕抑えろ。終わったら交代してやっからよ」
「いや、いやーーーーー!! 助けてママーーーーー!!」
千草の叫びが貸倉庫に響いた、その時だった。
ギィィィと重い貸倉庫の扉が開いた。
そこに立っていたのは赤いジャージに、紙袋を顔に被った小柄な人物だった。
突然の闖入者に、リーゼントが慌てて誰何する。
「だ、誰だてめえ!!」
紙袋頭のジャージ人間は無言で彼らに歩み寄ると突如スピードを上げ、一瞬で数十メートルの間合いを詰めた。
呆然と立ち尽くすリーゼントの横を、弾丸の様にすり抜けると、遅れて衝撃音が響き渡った。
隣にいたスカジャンの男がふっ飛ばされて、貸倉庫のトタンの壁に激突していた。
何が起こっているのか理解出来ないまま、次から次へとヤンキーたちは叩きのめされていった。
野生動物の襲撃にあったかの様にボロボロになる仲間たちを見て、リーゼントは震え上がった。
アワアワと指先を震わせ命乞いをするも、無情にも紙袋頭の胴回し回転蹴りを受けて、十数メートルふっ飛ばされる。
血と反吐を大量に吐き出してリーゼントは完全に沈黙した。
事態を把握出来ていないのは千草も同じだった。
彼女は呆然として固まったまま地面にしゃがみ込んでいた。
自分に危害を加えようとしていた下衆共が皆倒されているこの状況と、自分に優しく手を差し伸べてくれた事から、紙袋頭が自分を助け出しに来てくれた正義の味方だと理解出来た。
「あ、ありがとよ」
「礼はいい。事後処理の為に警察に通報した方がいい」
「ああそうだね。あんたその声……女なのか?」
「……ん。それじゃ」
そう言って紙袋頭は走り去っていった。
扉の前でなにやらシャンプーの様な物を拾って、一瞬で消え去っていった。
X県の公立高校の屋上にて、制服のまま寝転がる少女がいた。
空を見上げて、眠たげに瞳を半開きにしている。
そんな彼女の元に金髪にマスクをした不良少女が近づいてきた。
今日は取り巻きはいないようだ。
少女は余計な事を言われる前に立ち去ろうとした。
ところが金髪の不良少女は彼女を押し留めた。
「寝てろよ。ここはお前の場所だ」
「ん。いいの?」
「ああ。……その、昨日は助けてくれてありがとよ」
「なんの事?」
「とぼけなくていい。ジャージの胸元にお前の名前が小さく書いてあったからな」
「そゆことね」
「ふっ。まぬけなヒーローもいたもんだぜ。アッハッハッハ」
「ふぅん。んじゃ居ていいなら寝るわ」
金髪マスクの不良少女はどこまでもマイペースな黒猫の様な少女を見て、楽しげに笑った――。
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