第38話 プロ試験終了。果たして結果は?
美波は俺の『春虫秋草』を手にして複雑そうな表情だった。
自分だけクリアアイテムである『春虫秋草』を入手出来ず、ずっと苛立ちを抱えていた美波だったが、こういう形で譲渡されるのは予想外だったらしい。
その表情は怒りから困惑へと変わった。
「さすがに悪い。これは受け取れない」
「いいから受け取れって。俺はまた次回の試験に挑戦するからさ」
「それなら今回は私が不合格でいい。只野はここまで来るのに苦労してたけど私は結構楽勝だった。只野はもう一回受験しても受かる保証はない」
「痛いところを突かれてるな。まあ美波なら再受験しても合格しそうだな」
「そうでしょ。だから私が不合格でいい。『春虫秋草』は只野が持ってて」
「ありがとよ。その気持だけで十分だ。やっぱり『春虫秋草』は美波が貰ってくれ」
俺は美波の手に無理矢理『春虫秋草』を押し付けた。
眉根を寄せて珍しくシリアスな表情になる美波。
未練が無い事をアピールするためにニッコリと笑顔を作った。
美波の小さな背中をバンと叩いてやる。
美波は溜め息を付いて「受け取っておく」とつぶやいた。
これでいいんだ。
借金返済で苦労している美波が、プロ探索士になって少しでも収入が増えるんだったら、俺も喜ばしい事だ。
今回は不合格だったが、またガチャを引いてスキルを充実させ、次回はもっと優秀な成績で合格出来るよう頑張ろう。
俺は意外と晴れやかな気持ちだった。
皆に明るく声をかける。
「さあ皆、ダンジョン探索は行きよりも帰りが危険だぞ。注意して帰ろう。「行きはよいよい帰りは怖い」ってな」
戸惑う三人を先導するように、俺は昇りの階段へと歩きだした。
帰りの道中も慎重に歩みを進めた。
目的を果たして気が逸った探索士が帰りの道で油断して命を落とす、なんて話はよく聞くもの。
俺と美波が斥候を務め、しっかり索敵した上で魔物との戦闘を極力避けた。
猫田が本調子では無いので安全地帯の階段で、休みを入れながら地上の出口を目指した。
危険だった50層、40層を越えると、ある程度全滅の危険は回避出来るエリアになってくる。
まだまだ油断は出来ないが、これくらいの層に出る魔物なら、遅れは取ることはないだろう。
32層の階段を登ろうとした時だった。
階段の壁に背を当てて、誰かが蹲っている。
茶色い地味な革鎧と胸当てを着用し、長い槍で身体を支えている。
初めは誰か分からなかったが、桃色の髪の毛に見覚えがあった。
あのやかましいボクっ娘で変な語尾の今浪萌仁香か。
こちらの気配に気付いたらしい。
明らかに体調が悪そうで顔を上げるのも辛そうだ。
萌仁香は真っ青な顔で目の下に大きなくまを作っていた。
それでもこちらを認めるとニンマリと不気味な笑顔で微笑んだ。
「こ、これは地獄に仏だじぇ……。こんなところで知り合いに会えるだなんてボクはついてるんだじぇ……」
「一体どうしたんだ? えらく調子が悪そうだが」
「ゆ、油断してしまったじぇ。地上に戻る途中でナイトホーントに襲われちまったんだじぇ。アンデッド系は注意してたけどまさかこんなに強烈な状態異常攻撃持ちの魔物がいるとは、思わなかったじぇ」
「ナイトホーントに襲われたって事は虚脱状態か。治癒魔法はかけたのか?」
「それが虚脱状態の治癒魔法は持ってないんだじぇ。状態異常回復薬をかけてもこの有様なんだじぇ。な、なんとか這いつくばって階段まで逃げ延びて、ご覧の有様なんだじぇ」
「助けてくれる仲間はいないのか」
「ボクはソロ専なんだじぇ。ここまで来るのに時間がかかってしまったからか、人が通ったのは君たちが初めてなんだじぇ」
なるほど。大体状況は掴めた。
萌仁香が単独行の帰り道で敵に襲われ、虚脱の状態異常をかけられた。
命からがら安全地帯の階段に逃げ込み、助けが来るのを待っていたって事か。
萌仁香の話を聞いていた、美波の瞳が怪しく光った。
いつもの鉄面皮から一転、ニヤッと口角が上がった。
絶対何か悪いことを思いついた顔だ。
「おい。萌仁香。助けてやってもいいぞ」
「ほ、本当か美波。お、お前に借りを作るのは癪だが、今は贅沢を言ってられないじぇ」
美波に対してはなぜかいつも対抗心剥き出しの萌仁香である。
それでも今が緊急事態だと自覚してるのか、珍しく下手に出る。
「3、4時間待っても誰も来なくて參っていたんだじぇ。このままだと試験が終了するまでこのままだと覚悟してたんだじぇ」
「そうだろう。私たちは55層まで潜ったから間違いなく最後尾のパーティーだと思う。つまりこれがお前にとってのラストチャンスだ」
「ラストチャンス……?」
「『春虫秋草』は手に入れたか。持ってるなら出しな」
「んなっ!?」
美波が萌仁香に『春虫秋草』を要求した。
やっぱりそんな事だろうと思った!
治療してやる代わりにクリアアイテムを寄越せって事か。
おそらく『春虫秋草』を持っていない俺のことを思っての行動だろう。
いくらなんでも萌仁香が可愛そうなので止めに入る。
「おい。美波。さすがにそれは可愛そうじゃないか」
「なぜだ。別にルールは破っていない。強奪したわけでもないし危害を加えるわけでもない。これはただの交渉だ」
「交渉って言ったって。それじゃ萌仁香が合格出来ないじゃないか」
「どの道私たちが放置すれば、こいつはここで蹲り一歩も動けず不合格だろ。命を助けてやるだけましだと思う」
「うーん。しかしだな。やはり探索士たるもの困ってる同業者がいたら救出するべきじゃないか」
「只野は甘い。すべてが甘い。プロなら自分の成果を優先すべき」
俺たちが喧々諤々と萌仁香の処遇を巡り話し合っていると、この桃色髪の少女はとんでもない事を口走った。
「なんだかよく分からないが『春虫秋草』が必要なんだじぇ?」
「ああ。あと只野の一人分だけ足りない。だからお前が持ってるなら寄越せと言っている」
「別にいいじぇ」
「え?」
「ほら。渡すじぇ」
そう言うと、萌仁香はフラフラの手付きで鞄から『春虫秋草』を取り出した。
それをあっさりと俺に譲ってくれた。
美波は唖然とした顔で固まった。
確かに、萌仁香の強情な性格なら駄々をこねたり一悶着あるかと思った。
「さあ『春虫秋草』は渡したじぇ。ボクの治療をお願いするじぇ」
「あ、ああ。メイ、虚脱状態を治癒する魔法は持ってるか?」
「は、はい! 『ジェネコラプスケア』!」
メイが治癒魔法をかけると、一瞬で萌仁香の症状は緩和し、元気に立ち上がり始めた。
「おお! 身体に力が戻ったじぇ! ありがとうだじぇ!」
「あ、ああ。それはどういたしまして。しかし、お前の分の『春虫秋草』を俺が貰って良かったのか? これでお前は不合格が確定してしまったが……」
「不合格? なんのことだじぇ?」
「へ?」
「『春虫秋草』ならここにもう一本あるんだじぇ」
そう言うと萌仁香は懐から新たな『春虫秋草』を取り出した!
あまりの想定外の状況に皆、口をポッカリと開けて固まってしまった。
萌仁香が不思議そうに周囲を見渡す。
「ん? 一体どうしたんだじぇ?」
「お、お前、どうしてもう一本『春虫秋草』を持っているんだ?」
「どうしてって? 一本だけだと失くしたら不安だしスペアを採集しておいたんだじぇ」
「「「「……………………」」」」
その言葉に俺たち4人は烈火の怒りに包まれた。
こいつのせいでとんでもない手間と苦労を押し付けられてしまった。
猫田なんてコカトリスに危うく毒殺されそうになったんだぞ。
鬼の形相で詰め寄る4人に、萌仁香は状況が掴めず冷や汗を流しながら「な、なにを怒ってるんだじぇ?」と困惑していた。
その後萌仁香は袋叩きにあい、滾々と説教をされた。
泣きながら「ボクが悪かったから許してくれだじぇ」と地面に頭をこすりつける。
本来であれば萌仁香の行いは妨害行為に該当するので試験官に告発すれば即失格だが、さすがにそこまでしなくても良いだろう。
本人も反省している事なのでこの辺で特別に許してやることにした。
美波は怒りが収まらないのか、まだ萌仁香のケツを蹴っ飛ばしていた。
数時間後。
俺たち4人と萌仁香が地上出口に辿り着き、最終三次試験は終了した。
長かったプロ試験もこれでようやく幕が閉じた。
本当大変だったぜ。
25人の参加者のうち合格者は12人だけだった。
合格者の中にはムッツや土門、『秋田の希望』畠山栄作がいた。
多くの受験者は50層に辿り着けずギブアップして帰還していたとの事。
やはりパーティーを組んで挑んだのは正解だった。
その後、合格者12人に対し試験官代表からお祝いと労いの言葉を掛けられた。
あれだけ表情が険しかった代表が初めて薄く笑ってくれた。
今後の手続きなどの説明を受け俺達はそれぞれの帰路へと向かった。
途中、ムッツ、メイ、猫田、萌仁香と連絡先を交換し「またパーティーを組んで探索しよう」と約束を交わした。
後日、『B級探索士昇格試験 合格通知書』がポストに投函されていて、俺は晴れてプロの探索士となった。
夢のS級探索士までの道はまだまだ遥か先だけど、目標にまた一歩近づいたような気がした――。
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