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三つのキーワードから紡ぐ物語

ドアベルに呼ばれた気がした

無作為に選んだ三つのキーワードから小説を書いています。

今作のキーワードは「夏休み 音 カード」です。


 社会人の夏休みは短い。

 まぁうちの会社は一週間あるから、長い方なのかもしれないけど。学生の時なんて一ヵ月も休みだったわけで……。私も、一ヵ月休みが欲しい。切実に。でもそんなに休んだら、戻った時の仕事が恐ろしいなーなんて、現実的なことが頭を過ぎる。

 あぁ、仕事も何も考えず、休みたい。


 そんな夏休みが終わるのはあっという間だ。

 えっ、私何してたっけ?ってくらい秒で終わった。

 今日は夏休み最終日。

 せっかくあと一日休みがあるのに、最終日って、明日が仕事だってことばっかり考えちゃって全然休めない。朝からぐだぐだそんなこと考えてばっかりで、もうお昼。

「……よし、ちょっと散歩がてら、ランチでも食べに行こうかな」

 休み最後の一日を満喫しないと。化粧をするのも億劫だけど、このままダラダラと終わるのも嫌だ。

 ひとまず最低限の化粧をして、服は動きやすいラフなものにして、出かけるのを決めてからわずか10分で家を出る。女らしくないと言われようが、知り合いに会うでもない休みの日は、自分に手をかけるつもりはさらさらない。


 外は散歩日和のいい天気だった。……いい天気過ぎてかなり暑いかもしれない。外に出るのは早まったかな。家を出て数歩で、冷房の効いていた自宅に戻ろうかと悩むレベルの暑さだ。

 …………うーーん…………いや、行く!せっかく化粧までしたんだから、戻るのも損な気がするし。

 私はそのまま、あてもなく歩き出した。


 今の家に引っ越してきたのは、大学を卒業してすぐ。だいたい四年前のことだ。四年も住んでるわりに、駅と自宅の往復ばかりで、普段使うスーパーとか以外はどこに何のお店があるかもよくわかってない。

 今日は散歩だし、まずは普段歩かない道を歩いてみることにした。

 ここで携帯で飲食店を検索しないのが、散歩のポイントだ。何かを目指して歩くんじゃなくて、あてもなく歩くのがいい。たまにはそんなこともしてみたい。帰りは携帯で地図見ればいいし、迷っても問題ない。


 コンビニ、ラーメン屋、カフェ。

 民家が多いけど、たまにお店にも遭遇する。いい感じのカフェがあったら入ってみようかとも思ってるけど、なんだかピンと来なくて、お店の前で足を止めてはまた歩き出す。


 一時間くらい歩いたところで、私は心が折れそうになっていた。汗もかいてるし、喉が渇きを訴えてる。もうダメだ。ピンと来ないとか関係ない。次に見つけた店に入ろうと決めた。



 ――カランカラン。



 気持ち急ぎ足でお店を探しながら歩いていると、背後からドアベルの音がした。振り返ると、家と家の間にこじんまりとした喫茶店が目に入る。すごくレトロで、いい感じの喫茶店だ。

 でも、さっき通った時に何で気づかなかったんだろ?

 軽く首を傾げたけど、まぁ暑さで注意力散漫だったんだろうと結論付けて、さっさとお店に入ることにする。もう暑さが限界だ。とりあえず何か飲みたい。あと冷房の効いた店内に入りたい。

 古めかしいドアを開けると、さっき聞いたドアベルの音がした。店内からはひんやりと心地良い空気が流れてくる。

「いらっしゃいませ」

 40代くらいだろうか。人の好さそうな顔をしたおじさんが、カウンター越しに声をかけてきた。うん、いい雰囲気だ。

「お好きなお席へどうぞ」

 さほど広くない店内には、二人掛けのテーブル席が二つと、カウンター席がいくつかがあったけど、お客さんはいなかった。お盆だし、こんな住宅街の真ん中にあるからあんまり人が来ないのかな。

 私は奥にあるテーブル席に座ることにした。

「この店は初めてですよね?」

 キョロキョロと店内を見ていると、喫茶店のマスター、っていう肩書がよく似合うおじさんが、お水を持って来てくれた。

 私が初めてだとわかるってことは、普段は常連さんばっかりのお店なのかもしれない。それともキョロキョロしてたからそう思われたのか……だったらちょっと恥ずかしい。

「はい。この辺りを散歩してて、たまたま見つけて……すごくいい雰囲気のお店ですね」

 マスターはにっこりと笑って会釈をした。

「ありがとうございます。こちらメニューです。他にお客さんもいませんし、ゆっくりしていって下さいね」


 マスターのその言葉のせいか、お店の居心地が良すぎたせいか、美味しいパスタを食べた後に、珈琲を二杯も飲んで長居をしてしまった。

 鞄に入れっぱなしだった文庫本も読み終わったし、そろそろ帰るかと席を立った。

「お帰りですか?」

 声をかけられて思わず肩が跳ねた。

 ずっとカウンターにいたと思うんだけど、声をかけられるまでマスターを意識しなかった。何て言うか、お店と一体化してる感じのマスターだ。

「はい。すごく居心地がよくて、のんびりしちゃいましたけど、そろそろ帰ります」

 これまたレトロなレジでお会計をしてもらいながら時計を見ると、もう五時を回っていた。

「わっ、こんなに長いしちゃってたんですね。すみません」

 お店に入ったのは確か一時前だったから、三時間以上居座ってたらしい。

「いえいえ、お客様に寛いでいただけるのが何よりですからね。っと、そうだ、こちらは初めていらっしゃったお客様にお配りしてるんです。あまり初めての方はいらっしゃらないので、お渡しするのを忘れるところでした」

 マスターが笑いながら渡してくれたのは、小さなカード。ポイントカードくらいのサイズだけど、お店の名前しか書いてない。

「これは……?」

「この店のカードです。これがあれば、いつでもこのお店に来れますよ」

 なんだろう?おまじない的なあれだろうか。それとも記念みたいな……?

「ありがとうございます。また来ますね」

 とりあえずカードを財布に収め、ドアに手をかける。ドアベルの音と共に、熱気が流れてくる。


「ええ、またの起こしを、お待ちしております」


 五時とはいえ、外はまだまだ暑い。でもなんだかとてもスッキリしてるし、明日からも頑張れそうな気がした。

 さて、家の方向は……と携帯で地図アプリを開いたら、一時間も歩いたはずなのに、私の現在地は家のすぐ裏手だった。

「あれ?歩き回ってるうちに戻ってきちゃってたのかな……?」

 ま、すぐ帰れるに越したことはないし、こんなに近いならあのお店にも通えそうだ。

 今晩の夕食を考えながら、私は足取りも軽く帰路についた。



 ――カランカラン。



 背後でまた小さく、ドアベルの音がした気がした。

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