ウィトゥルム・オプティクム
激しく揺れる機体。鳴り止まないブザー。顔面蒼白のミサキ、そして諦めた俺。
いやもう、これ、無理やん。もう。
操縦ができなくなり、既に操縦桿からは手を離して完璧に諦めている。
ミサトはブツブツと念仏を唱えるようにさきほど寄った宇宙船修理工場の悪口をつぶやいている。
白くて小さい星が、だんだん大きくなっていく。さらに加速し始めた宇宙船の目線には、硬そうな灰色の地表。ああ、もうこれ終わったわ。死んだわ。最後の最後にミサキと結婚できたから良かったものの、あんなに楽しみにしていた新婚旅行でこんな目に合うとは。なんて人生だ。これじゃ……
気付いたら顔に光が射していた。ああ、これが天国の光か。俺、やっぱり死んだんだな。肩の力がふっと抜ける。体からすうっと何かが抜けていく。これが成仏の瞬間なのかな。意外と普通だな。上から体が見えたりするのかな。
と思っていたが。
あれ?
特に動きはなにもない。
ていうかだんだん体中が痛くなってきた。
あれ?
もしかしてまだ死んでない?
何かが抜けたのは多分、力が硬直していたのが解けただけで、なんでもなかったようだ。
ほっぺをつねってみたが、痛い。
やっぱり死んでなかったんだ。
助かったんだ!!
周りを確認するために眼鏡に手をかけた瞬間。
いって。
ガラス片が人差し指に切り傷を作った。また新しい傷が増えた。
ガラスが割れたということは……まさか!
そう、眼鏡が壊れていたのだ。なんて日だ!
宇宙船の壁をガンガン叩いて悔しがっていると、ミサトがゆっくり起き上がった。
「光……ここは、天国?」
「ちがうよ」
あ、こういう風にしてたんだ、俺。
なんだか客観的に見ると滑稽だな。
「カイト! 無事だったのね!」
そういって抱きついてキスしてきたミサト。
そうだ、俺たち新婚で、今は新婚旅行の真っ最中だったんだ。
「ふたりとも助かったんだな! でもここ、どこだ?」
「知らない星ね。Wi-Fiもつながらないみたい。一緒に探検してみる?」
「いや、俺はここに残るよ。なんてったって船を直さないと地球にも帰れないし、それにまずは眼鏡を直さないと何も見えやしない」
「そっか。宇宙船が壊れた時に自動で地球にSOS信号が行く保険に入っててよかったよね。宇宙レスキュー隊が来るまではサバイバルしないといけないわけだし、私だけでも外の様子を確かめてくるね」
「ありがとう。頼んだよ」
ぴょんぴょん跳ねながらウキウキ気分で外に出ようとするミサトに光線銃を手渡し、行方を見守った。
といっても、数メートル先に行ったミサトの輪郭はもうぼやけすぎて何が何だか分からないが。
まずはメガネの修理から。昔の眼鏡みたいに工具が必要じゃない最新の眼鏡だから、素人の俺でもすぐに直った。でもただ直すだけじゃ面白くないので、とっておきの改造もしておいた。
さて、宇宙船の修理に取り掛からないと。まずは修理マニュアルを探してと。簡単な部分は今のうちに自分でやっておいて、難しい部分はレスキュー隊の人に任せよう。それが一番効率が良い。俺はまだまだ新婚旅行の次の日程を諦めているわけではないから。
俺はまず外壁の修理キットを取り出し、スペアの外壁を取り付ける作業をすることにした。
地球時間で言うと数時間で簡単な修理を済ませ、地球からのレスキュー隊を待てる状態には戻すことが出来た。あとはミサトが戻ってきて数日間サバイバルすればきっとレスキュー隊が助けに来てくれることだろう。
さて、ミサトはどこまで行ったのだろう。
けっこう時間も経っているし、もう戻ってきても良い頃だとは思うが。
ということで、付近にいないか探してみることにした。しかし探せど探せどいやしない。もう地球時間で数えると、かれこれ1時間はあるきまわっている。岩と霧しかない灰色の寂れた星。こんな星、とっとと出ていかないと。ハネムーンらしさのかけらもない。一体どこに行ったんだ、ミサト。まさかもう宇宙船に戻っていたりして。岩が影になっていて見えてない部分も多いし、もしかしたら俺が見えていないところを通って帰っているのかもしれない。疲れたし、俺も帰ろう。
しばらく歩き続け、宇宙船らしきものが霧の隙間から見え始めたその時!
人影が見えた。それも、二人!?
何やら一人が暴れていて、もうひとりが押さえつけている様子。眼鏡は直ったけど霧でよく見えない。でも声は聞こえる。この声は……ミサトだ!
慌てて走り寄ると、そこには確かにミサトと、見知らぬ人がいた。
異星人だ。
青い肌でふわふわした金髪の美形。
だが恐ろしいことに足は6本でとにかく身長がデカイ。ミサトの2倍はありそうだ。
そんな化物に捕まったミサトの手元には、あのレーザー銃が……ない。
どうやら取られてしまったか壊されてしまったのだろう。
「カイト!」
ミサトが俺の存在に気付いた。と同時に、異星人も俺の存在に気付いた。何を言っているのか分からないが、言語が話せるらしい。宇宙船の中には翻訳機が入っていたはずだから、取りに行こうとしたその瞬間!
異星人は6本の足のうち1本をミサトの顔の横に位置づけ、あたかも「それ以上近づいたら刺すぞ」と言いたさげにかまえている。畜生、人質ってわけか。
でもね?
こっちには秘密兵器があるんだよ!
直した眼鏡の横にスッと右の指先を持っていく。そして目線を異星人に合わせる。
「こっちを見やがれええええ!」
俺の声に反応した異星人は俺を睨み返してきた。
よし、今だ!!
「喰らえ! ウィトゥルム・オプティクムぅぅぅぅぅ!!」
その瞬間、異星人の目は焼けただれ、痛さからか異星人はその場で狂ったように転げ回りながら鳴き叫んだ。ミサトは異星人から解放され、俺の元へと走ってきた。女の子特有の脇を締めて手を真横にふるタイプの走り方。かわいい。世界一かわいいよミサト。
すぐにレスキュー隊がすぐに駆けつけてくれて、一緒に来ていた連邦宇宙軍が周囲を守る中、レスキュー隊員たちが残りの部分も修理してくれたおかげで宇宙船は直った。
俺はミサトをお姫様抱っこしながら、脳内BGMを背に宇宙船に乗り込んだ。
最後にレスキュー隊からの「良い旅を!」という通信信号をキャッチし、俺等は元の指定航路に戻った。
「ねえ、最後のあの技、なんであんな呪文なんか知ってたの?」
「呪文?」
「なんかオプチなんとかって」
「ああ、あれ呪文じゃないよ」
「え、じゃあなんなの? あれ」
「ただラテン語で眼鏡って言っただけだけど」
「なぁんだ。てかなんでラテン語なんて」
「え、だってかっこいいじゃん」
「それだけかよ」
中二病丸出しである。
「地球にいるときはコンタクトだったのに、おしゃれメガネなんかで来てよかったわね。さすがにコンタクトにはこんな仕掛け出来なかったでしょうね」
「そうだな。ミサトもいつもの眼鏡で来ればよかったのに」
「いやよ、もう眼鏡は卒業したの。あなたがこっちのほうが綺麗だって言ってくれたんじゃない」
「ごめん、嘘ついてた」
「え?」
「コンタクトの方が可愛いじゃなくて、どっちも可愛いよ」
「もう!」
ミサトとのハネムーンは、まだまだ続く。
と、いう結末だったら良かったのに。
最後のひとときを妄想で済ませてしまう俺、最高に中二病だ。
宇宙船はそのまま月に突っ込み、大きな破裂音とともに大破した。
これがホントの破音月?