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兄弟。

・兄弟。


「ところで、二階堂和十君。私を覚えている? 」


 青色の瞳を逸らさずに、ツヴァイリヒトが云った。瞳が放つ青色が強すぎて、冷たい印象を与える。が、それ以上に魅了される美しさがあった。


「ああ」


 アビアス学園で出会った銀髪碧眼のツヴァイリヒトの美しさに目を奪われた。そして、忘れられない程の衝撃を受けた。


「そう。私も覚えているわ。何故かしらね」


 だが、それが再会である事をツヴァイリヒトは知らない。

ツヴァイリヒトは微笑とも冷笑とも思える表情で髪を流した。長い銀髪に隠された鋭角状の耳朶が微かに覗き、俺はこの対戦相手が狼系獣人である事を再認識する。狼系にはスピードと鋭利な爪、牙がある。相手の隙を見逃さず一瞬の間に致命傷を与えるのが定石だった。


― 隙は見せられない。


 構えた悪離馬の剣先上にツヴァイリヒトの喉元がある。この構えは隙が少ない上に、攻守のいずれにも移りやすい。俺は呼吸を静めて、対戦相手の動きに注意を払った。視点を動かさずに、視界を広げる。


― 短刀?


 その時、予期せぬものが見えた。ツヴァイリヒトはアビアス学園正規の制服姿だが、腰の付近に鞘に包まれた短刀を有している。俺が感じた意外性にツヴァイリヒトは気が付いた様だった。


「私が刃物を使うのはヘンかしら? 」


 差し出すようにツヴァイリヒトは腰に差していた短刀を手にする。そして、構えた。


― しかも、居合か。


 正直、ツヴァイリヒトが刃物を使う事は意外だった。狼系獣人は鈍刀など比肩できぬほどの鋭利な爪牙を持っているのだから、刃物を使う必要が無い。むしろハンデとなる筈だった。


「ああ」


「でも、結構上手なのよ」


 青い瞳が疾走する。瞬間的に俺は身体を引いた。引いた身を掠め、風となった甘い香りが過ぎた。目で追いかけた俺を一瞬の銀色が射る。


「ね。上手でしょ? 」


 体位を移動させた俺だが、構えだけは崩さなかった。狼獣人が刀を使う事は意外だったが、ツヴァイリヒトの素早い動きと、短刀を組み合わせた居合術は理にかなっている事を知った。


「まあ。ボチボチだ」


 正直な感想を述べる。そして、聞いてみた。


「だが、いま、抜かなかったな。何故だ? 」


「だって」


 ツヴァイリヒトは髪を掻き上げる。額が露わになり、記憶の中の面影と重なる。


「抜いたら、折られていたでしょう」


 青い瞳、銀色の髪。美しい顔に残酷な笑みが浮かんだ。それでも、やはり面影は消えない。俺はツヴァイリヒトを躊躇せずに斬り捨てる事が出来るか不安になった。


― だが、必ず斬る。


 俺は何度も誓った言葉をくり返す。その為に俺は此処に居る。迷い、悩み、その結果、この場所でツヴァイリヒトを斬る事に決めた筈。面影を見ただけで揺らぐ決心を俺は恥じた。


「再開するぜ」


 家名の恥、父親への嘲笑。それらを雪ぐ為、俺はこの場でツヴァイリヒトを斬る。そしてこの大会で優勝し、以前の栄華を取戻すのだ。


「良いわよ」


 コロシアムの上は照らされ、昼間以上に明るい。四方から照らされた俺たちの身体は影を失い、宙に浮かんでいるようにも見える。


「あ。やっぱり、ちょっと待ってくれる。今度は私から質問」


「………。 何だ」


 俺は動揺した。


― まさか、思いだしたのか。


 そんな筈は無い、と俺は否定する。

母について何も語らなかった父。そんな父の態度から幼心にも、なにか事情があると俺は察する事が出来た。だが、母を想う気持ちは抑えられず、従者の一人に泣きつき、母の居場所を聞いた。

『行かぬ方が良いかと思います』

 だが、俺はその忠告を聞き捨てて、母の元へ走り出していた。


「前からさ、君は懐かしさを感じさせる匂いがするんだ。ひょっとして、昔々に会ったがあるのかな? 」

 

匂いの記憶。懐かしい匂い、過去に嗅いだことのある匂い。人間である俺には当然その記憶はある。ウルフマンであるツヴァイリヒトには尚の事だろう。


「無い。皆無だ」


俺はすかさず否定した。匂いは切欠となり、過去を蘇らせる。わずかな甘い香りでさえ、ある情景を映像化させるには十分だったのだから。


「俺たちはこの学園で出会った。以上、話すことは無い」


 すかさず摺足でツヴァイリヒトに向かった。ツヴァイリヒトの青い瞳は吞み込まれそうなほど深く透明で、銀色の髪は全てを跳ね除ける程、強く輝いていた。


「いくぞ、構えろ! 」


 同時に俺は踏み込み、悪離馬を突き出した。剣先がツヴァイリヒトの喉元へ伸びる。そして、手応えがあった。


「………。 痛い。酷いじゃないかーッ」


 悪離馬の刀先はレフリー、キング・バフォメットの額に有った。


― ! 何でこんなところに?


傍にツヴァイリヒトの姿は既に無かった。首筋が凍り、俺は背後に気配を感じた。身体を翻し、悪離馬でその気配を薙ぐ。


「アッブナーイ」


 ツヴァイリヒトは上体を反らし、研ぎ澄まされた剣先を身体のすれすれで躱した。胸元のボタンが刀身に当たり弾け飛ぶ。


「スウェー! 」


「猪口才だぜ」


 俺は勢いを殺さずに、足払いを掛けた。遠心力を活かした速度十分な蹴りだったが、ツヴァイリヒトは後方に跳ね上がり、それを難なく躱した。だが、逃がしはしない。大きく踏み込み、悪離馬を突き出した。


「チョット、タイム」


 突きの勢いが止まる。ツヴァイリヒトはもう一躍で俺と距離を取り、片手を広げて中断を要求した。


「邪魔だから、上着を脱ぎたいのだけれど良いかしら? 」


ツヴァイリヒトはボタンが弾け飛んだ上着を引っ張った。前身頃がだらしなく垂れていては、動きの邪魔になって当然だ。


「構わない」


 俺は了承する。あと半歩の踏み込みでツヴァイリヒトを捉える好機だったが、その脚が重かった。


「ありがと」


 ああ、と、俺は悪離馬を振った。その動作に、わずかだがいつもと違うモノを感じた。


― なんだ? 


懐から和紙を取り出し、刀身を拭った。拭いつつ確認したが、悪離馬には傷や汚れは一切なく、刀身からはいつもと同じ冷気が流れていた。俺は疑問を抱きつつ、和紙を仕舞った。


― 気のせいなのか。


 だが、俺はそれを認めたくない気持ちがあった。むしろ、胸の奥で何らかの異常を望んでいる、そんな気持ちだ。


― 未熟だぞ。


 やはり気を静めても、集中しても脳裏に浮かぶ一文字を俺は消し去る事が出来ない。その一文字が苦悩の原因でもあるのに。

ツヴァイリヒトは上着を脱ぎ、コロシアムの端に行った。白いシャツの姿になったツヴァイリヒトは溢れる光と同化し、此処からでは溶けてしまったように見えにくい。


「和十・二階堂くうーん」


 気が逸れていた俺は不意な声に肩を突かれ、は、とする。振り向くと、レフリー、キング・バフォメットの顔が間近にあった。額から血を流し、外観は悲惨な領域に達している。


「見てくれるよなァ! この傷をサ」


「何故? 」


「何故? だとおぉぉぉ!」


 高圧的な雄たけびを上げるキング・バフォメット。


「嫌なら君の負けにしちゃうゾ」


「………。 傷を見ればいいのですね」


― そういえばあの時、コイツ、ツヴァイリヒトの後ろで何をしていたんだ?


浮かんだ謎を振り払いつつ、俺は彼の額に開いた傷を覗く。悪離馬は対悪鬼に秀でている為、キング・バフォメットとの相性は良い。刀先が一寸程、触れただけだが十分な切れ味が確認できた。


「中身が無い。空っぽです」

 

俺は見たまんまを報告する。


「馬鹿な事を言うなよな」


 覗いている傷口から言葉が漏れた。ヲウヲウと反響して、洞窟の奥底からの叫びのように聞きにくい声だった。


「叩いてもスカスカです」


「そんな筈は無い。ちゃんと確認し、ろ、よぉ」


「なら」


 俺は傷口に悪離馬の先っちょを当てる。


「突っ込んで、確認します」


「ふじゃっけんな! 」


 途端、俺は身を翻した。その際、刀先が傷口を舐めたようだが気にしている暇は無い。わーわーわー、とキング・バフォメットが悲鳴を上げた。やっぱり生きている。


― 惜しい。


それが確認できてしまったことが、とても悔しい。


「こっちの都合で、試合再開。モ・ン・ク・ある? 」


 死角からのアクロバティックな回し蹴りが頬を掠めた。体勢を崩しかけた俺をツヴァイリヒトは逃がさない。蹴り足をレフリーの顔面にヒットさせ、その反動を活かした連続蹴りで俺に迫った。こんなに自由で、レフリーの必要性はあるのか?


「ピーーー! 」


 レフリーのカラコロとした絶叫がコロシアムに響いた。


「全然、無いぜ」


 俺もレフリーの存在を無視する事にした。

俺は体勢を崩しながらも悪離馬を一閃させる。下段から振り上げた刀身を搔い潜り、ツヴァイリヒトは俺の顔面に蹴りを当てた。頭が左右に揺らされ、一瞬、目の前が空白となる。


「ツ! 」


 薄れそうになった意識を気力で引き戻す。ツヴァイリヒトの蹴り自体の衝撃は大したモノでは無い。が、速度が速く、狙いが正確なので集約した威力があった。


― 急所は危ない。


 片手を着き、俺は倒れかかった身体を支える。そして未だ宙にあるツヴァイリヒトの身体へ悪離馬を突き刺した。


― 残像!


 右手に手ごたえは無かった。


「君、騙されたよ」


 突然、現れた細い脚に俺は、はっ、とする。黒いローファー、黒のストッキングと紺色のスカートが目の前にあった。前触れもなく紺色の布地が翻り、考える間もなく鼻根部に衝撃を受けた。俺の頭の中を雷光が走る。


「ぐッ」


 俺は数メートル程蹴り飛ばされた。地面に叩きつけられて、呼吸が一瞬、止まる。


「カハッ」


意識的に息を吐き続け、肺の中の空気を全部吐き出した。息を出し切り、呼吸を整える。この数秒間、ツヴァイリヒトからの攻撃は無い。


― どうした?


と、右手が軽い事に気が付いた。目を向けると握っていた筈の悪離馬が無い。俺は跳ね起き、悪離馬を求めた。だが、傍に悪離馬は無かった。


― 何処だ。


「探し物はコレ? 」


ツヴァイリヒトの声に顔を上げる。刀身を光らせた悪離馬がその足元に転がっているのが見えた。俺は舌打ちして立ち上がる。


「その刀。丁寧に扱え。足蹴にしたら許さんぜ」


「はい。了解」


 ツヴァイリヒトは屈み、悪離馬を取った。腰の折り方、腕の伸ばし方、そして柄を持ってから、立ち上がるまでの動き。全てが静かな所作で舞いのように優雅だ。

 ツヴァイリヒトは青い瞳で悪離馬を見つめる。


「愚直な程、真っ直ぐな直刀。それに澄み切った刀身。綺麗な刀ね。名はナニ? 」


「悪離馬だ」


 ツヴァイリヒトには多少の審美眼があるようだ。そして、美醜が分かる事に俺はある満足感を得た。


「ふーん。銘は? 」


「無い」


「珍しい。無銘?」


「二階堂家伝来の刀は殆どが無銘だ。敢えて入れていない」


「そうなんだ」


「返せよ。悪離馬はお前には扱える業物でないぜ」


 名刀と云われる優れた業物は持ち主を選ぶ。そして刀の意に反する持ち主には必ず厄災があった。ボロックスにそのような厄など、あって欲しくは無い。


「モチ。私にはコレが有るもの」


 コレとは腰の括れの辺りに吊るした短刀の事だろう。短刀だが反りがあるくらい、若干の長さがあった。ツヴァイリヒトは細い指先で、その曲線をなぞった。


「あれぇ? どうしたのかな。コノ子、震えている」


「震えている? 」


 震える。それは先程、悪離馬がみせた違和感と同じだった。そしてそれは俺にある疑念を抱かせた。


「何度目でも、ファースト・コールは震えるのさ。ベイビィ」


 気が利かず、空気が読めないキング・バフォメットがツヴァイリヒトの背後で立ち上がる。無用な嘴を挟むレフリーを俺たちは無視した。


「ム、無視しないでぇ」


 チャンス、とばかりに邪な笑みを満載にしたレフリーがツヴァイリヒトに抱き着く。その寸前、キング・バフォメットの鳩尾にツヴァイリヒトは肘を当てた。


「さ、さいこうぅ。痛」


崩れ落ちる邪魔者を見て俺は満足感を得る。そして、固く握っている拳に気が付いた。


― 落ち着け。


 俺は自身に言い聞かせた。ツヴァイリヒトは敵だぞ、と。


「とにかく、悪離馬を返せ」


「良いわよ。じゃあ、ゆっくり歩いてきてよ。不意打ちは無し。騙さないでよ」


「よく言うぜ。不意打ち、騙し討ちは狼人の十八番だ。今の言葉、そっくり返すぜ」


「超、侮辱。でも、仕方ないかも 」


 俺はゆっくりとツヴァイリヒトに近づく。白く磨かれたYシャツと紺色のスカートの際、腰のくびれ付近にある短刀を凝視しながら。


― 兄弟刀、か。


 それが俺の抱いた疑念だった。


喧しい程の観客の歓声、熱を発する照射光を忘れ、俺は記憶を辿る。そして、二階堂家最高の刃匠と云われた父の言葉を思い出していた。

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