エロレフリー
・エロレフリー。
私は腕を振って、拳にぶら下がったプラッシーを振り払いました。
「イタイ―でしょ? いっぺんにチクチクっと来たら、泣いちゃうよぉ」
「いいえ。泣かないと思います」
私は、ちょっとだけ、強がってみせます。
「泣くよー。間違いない。ひゃははは。あー、オモロ。一方的な展開は愉快だぜ」
次いで四方から唸りを上げ、鞭状になった蔓が飛んできました。音で大体の位置を判断して、私は身体を逸らします。空振りとなった蔓には、絡みつくような繊毛がびっしりと生えているのが見えました。コイツはそこそこにデカい饅頭型の木霊です。ぶんぶんと長い枝を振り回す奴の半分くらい、跳ねるチクチクの2,3倍位の大きさです。それが横並びで整列し、饅頭型の図体を波立たせながら、繊毛びっちりの蔓を振り回しています。既にいくつかのプラッシーがそれらに絡みつき、突き刺さっていました。
― 『何でもあり』とは云ったものですね。
振り回される枝、暴れる蔓、跳ねる棘棘を躱しながら私はレフリー・バフォメットを見ました。
“キング”の称号を持つ学園最強の男は、コロシアム上を覆いつくした木霊達に追いやられ、隅の方でついでとばかりに縛られ、刺され、叩かれています。
「ハイハイハイハイハイハイッ! 乱痴気騒ぎの始まりだァ、踊れ、踊れ、踊れィ! 」
ノロノリの狂乱状態でエンジュが煽ります。そんな先導者に感化され、木霊達は暴走気味です。私は襲って来た棍棒状の枝をへし折り、それを手に取って振り回しました。ぐちゃり、ぐちゃり、とプラッシーを潰し、止まらない枝蔓攻撃を叩き落とします。
「何やってんだァ、パンピーィ。ちゃんと狙えよ! チェリオも全然ダメじゃねえかよ! 」
私は攻撃を払い、また受けながらエンジュに近づくタイミングを計ります。ですが、なかなかそのチャンスがありません。そうしている間にもプラッシーの棘で制服は裂け、チェリオの繊毛がそれらを剥ぎ取っていきます。しかも、エンジュがちょくちょく召喚するので、パンピー、プラッシー、チェリオは一向に減らない。ここに来て、私はエンジュ・バルボッサの実力を見たと思いました。
連続した召喚を続ける体力と、召喚した木霊達を感化させる能力は稀有なモノです。そもそも、これだけの木霊をいっぺんに召喚できる事は、精霊たちから滅茶苦茶、愛されている事を意味します。
― 福音者の印は伊達ではなかったようですねぇ。
ですが、凶暴化したとはいえ、本来は非力な木霊達。私がこの試合で受けた怪我やダメージは未だ軽度ですし、体力も限界には、まだまだ程遠い位置にありました。
― だけど、私の敵じゃあ、無いですよ。
そんな私でしたが、実は非常に危機的状況に居たのです。それを教えてくれたのはイーサーでした。
「おねーちゃん! パンツ見えてるよ! 」
「え?」
イーサーの指摘に私は視線を下げます。すると、裂けたスカートの間からふとももが露わになっています。先程、繊毛に絡みつかれた際、抑えた拍子で裂けたのでしょう。その他、肩やお腹回りの布地も引き裂かれ、剥ぎ取られていました。
― やっばい。危機的状況だ………。
体力の限界は随分先です。ですが、身体を覆う布地には限界が見えてきました。このままでは乙女の全てを露呈してしまう事も遠くは無い。この状況を打破するには?
― すかさず、瞬殺すべし。
それしかありません。私はエンジュを瞬殺する宣言をした事を思い出します。色々な木霊が登場したので、すっかり忘れていました。
― そろそろ行動を開始しないと。大ピンチ到来です。
身体を翻す度に、引き裂かれた布地が素肌をくすぐります。縦に裂けたスカートは切り込んだスリットスカートとなって私の脚を観客に晒しました。パワーアップした脚は自分で見てもヤバすぎる太さです。
― 速攻か!
このまま一気に駆け寄って、エンジュの鳩尾に重い一撃を当てる。それで終了! と、意気込みましたが、この足の踏み場もないほどに混雑した木霊達の中に突入する事は、虎口に入る事を意味します。それは、露呈の可能性を高めてしまう事になります。もし、一撃の前に全てを露呈してしまったら一大事です。勝負に勝っても社会的な敗北者確定です。
― ん~。
唸る音と共に、パンピーの攻撃が眼前に迫りました。瞬時に私は手にした棍棒でそれを打ち払います。当たりが激しかった為か、鈍い衝撃と共に手にした棍棒が折れました。折れた棍棒は薄皮一枚でつながり、プランプラン、と揺れています。
― ん~!
私は今朝方、殺った野良トロールを思い出します。奴は折れた棍棒を使用済みクリネックス同様に捨てていました。だから、たったの一撃で、ぺらぺらのチラガーになった。ならば私は………。
私はプランプラン、と揺れる棍棒を引き千切り、二つの木片にしました。まず、右手のそれをエンジュ目掛けて投げつけます。木片は轟音を響かせてエンジュの頬を掠めました。
「惜しい! 」
あとちょい左で、エンジュ・バルボッサの顔面中央でした。
「て、テメェ! 」
奇襲を受けたエンジュが狂乱ダンスを止めました。驚きと怒りの入り混じった声を上げ、私を見上げます。
「なんですか? 」
私はすかさずもう一塊を投げます。
「
けっ! ナンだこの糞球は! パンピーィ、打ち返せ! 」
エンジュの指示で隣にいるパンピーが長い枝を振りました。振り回すいくつもの枝の中の一本が轟音放つ、木塊をジャストミートします。
「よっしゃー! 」
見事、快音を響かせ、パンピーはそれを打ち返しました。エンジュの歓声に押され、打球(?)は勢いを増して、コロシアムの隅に佇むレフリー・バフォメットを強襲しました。
「ピーーーーーーーーーッ! 」
観客、聴衆、全てを一身に集める程の甲高い悲鳴を上げ、レフリーが倒れました。私は視界の端で悶えるレフリーを見つめます。そして、反対側の隅にエンジュの姿を確認しました。
― 呆けている!
観客同様にエンジュもレフリーに釘付けです。途端に、ビビビ、と、背筋に天からのメッセージを感じます。行動一番、私は一気に駆け寄りました。目指すはレフリー、キング・バフォメットです。
「はあはあはあはあはあはあはあはあは………。 」
喘ぎ、桃色に染まったレフリーを難なく担ぎ上げ、私は有無も言わさずエンジュめがけて投げつけました。丸首ブーン、と声を上げながら、枝蔓棘を弾き飛ばし飛んでいくレフリーは未だ唖然とするエンジュを真正面から襲います。直後、激突し、テメェ! ツマんねんだよ、と倒れるエンジュとキング・バフォメットの姿が重なるのが見えました。
― 好機到来! ダッシュです!
エンジュの指示が途切れたのでしょう、木霊達の動きが止まりました。この機を逃さず私はエンジュに駆け寄り、トドメの一撃を加える。それでこの試合をオシマイにしましょう。
― 瞬殺、瞬殺!
元々、走るのは苦手ですが、今はそんな事を云っている場合ではない。瞬殺と呼ぶには時間が掛かりすぎです。だから私は、自身で最速とも思えるスピードで駆け出します。ふうふう、ひいひい。なのに、走っても走ってもエンジュに近づけません。
― 何でんだぁ? まさか、結界と?
白系術者は敵手を払う結界を張ることが出来ます。だが、それはレベルの高い術者に限ったことで、ひっくり返った甲虫みたいに暴れているこの対戦相手には縁も所縁も無い事だと思っていました。ですが、エンジュは意外に実力者です。しかも、福音の証を有する者。
事実、私はエンジュに近づく事が出来ません。目と先に転がっている小憎らしい対戦相手に近づき、止めを刺すことが出来ないのです。これは結界の作用に依るモノだと考えるしか説明できないぞ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! 」
困る私に、頼りになるセコンドの声が聞こえました。
「曲がっているよ! まっすぐ走っていないからイケないんだよ! 焦らず、ゆっくり、歩いていけば大丈夫。まっすぐ進めるよ! 」
― そか!
私は再三、イーサーに救われています。状況を確認する力、そして判断力。あどけない少女にしか思えなかったイーサーが頼もしく見えてしまう。コレって、私がまだ未熟ってことでしょうか。
とにかく私は、イーサーのアドバイスに従い走る事を止めました。一足、一足、踏みしめながらエンジュ・バルボッサの命を絶ちに向かいます。瞬殺の宣言を反古にしたほど、時間を必要としましたが、一歩、一歩と確実にエンジュとの距離が縮まっていくことを実感する事は嬉しい。しかもその間、幸いな事にパンピー、プラッシー、チェリオは眠ったように動きませんでした。
― あと三歩、二歩、一歩。
と、到着直前で私をあざ笑うかのようにエンジュが起き上がったのです。フォークが触れる瞬間に、お愉しみのデザートを取られたようなショックがありました。
本人にその気がなくともそのように他人が感じてしまう。感じさせる。それを人柄だと云うのだな、と知りました。
「痛ててぇ。なんだ、コイツ。ぶっ飛んできて腹立つなぁ。死ね、この阿保レフリー。ん? なんだ、離れねーぞ? コイツ。おい、なんだ? 離せ! わーっつ! そんなトコ、触るんじゃねぇ! 揉むなこの野郎! テッ、テメー! ぶっ殺してやる」
人目を気にせず、己の欲望に忠実である事。それでこそ“キング”の称号を継ぐ者に相応しい。私はキング・バフォメットの貪欲性に己の未熟さを見せつけられました。しかも、これで終わりでは有りません。キング・バフォメットはエンジュ・バルボッサにのしかかり、卑猥行為を始めます。
ゴクリ、と生唾を呑む大音がありました。息を殺し、超満員の観客はリング上の成り行きを見つめています。
― え? え? えーとぉ?
私は免疫の無い事態に思考が停止し、レフリー、キング・バフォメットの卑猥な行為を見つめる事しか出来ませんでした。そんな中、キング・バフォメットはますますエスカレートしていきます。エンジュ・バルボッサも必死の抵抗をしているようですが、ほとんど未経験の私にはその真偽がつきません。
― ワザとなのか錯乱しているのか拒否しているのか喜んでいるのかはたまた他の理由があるのか私じゃ判断できん。色々な趣味のヒトがおるそうだから、邪魔になるかもしれんしなあ。
ドキドキしながら考えます。舞台は教育の一環。本当に色々と教わるなぁ。
「てめぇ! 止めろ止めろ止めろ止めてくれぇ。嫌だ嫌だ嫌だよぉ! た、助けて~。マジで嫌だよー、コイツ、超キモイ」
「お姉ちゃん! あのちっちゃなお姉ちゃんが可哀想だよぉ。あんなに嫌がっているよぉ。助けてあげて! 」
― は! そうだ!
イーサーの叫びに私は気づきます。この蛮行はレフリーの完全なる越権行為です。そして社会なら即殺モノの痴漢行為。制裁しなければなりません。
― 少女の敵は鬼畜なり。
固めた拳は鉄よりも堅固となり、腕の筋肉には血管が浮き上がります。
「破っ! 」
轟音を上げる右拳。空を斬り、気を裂く強烈な一撃です。悪鬼に当たる瞬間、私の左脳が囁きました。
『敵はエンジュ・バルボッサよ』
私は足を止め、手を止めました。そして考えます。『舞台』そこは社会では無い。そしてそこには独特の規則(法)が存在する――。
― 必殺の一撃を打ち込むのは“試合の敵”か“女の敵”か?
実況、解説も途絶え、静まり返った舞台会場は冬の湖面のように冷たく静かでした。
エンジュのピンク色な悲鳴とキング・バフォメットの熱く荒い卑猥な鼻息はその冷たい湖面に投げ込まれた小石で、それらが創った小さな波紋を観客たちはじっと見つめている。今はそんな情況でした。
「お姉ちゃん。あのヒト悪いヒトでしょ? 速くヤッつけてよ~。あのお姉ちゃん、泣いている。可哀想だよ」
― イーサー。その通りよね。
この静寂に飲み込まれ、波紋を見つめる一員でしかなかった自分を恥じました。いかなる状況でも悪事は悪事でしかない。
― 悪鬼撲殺!
私は拳を握り、レフリー、キング・バフォメットに向かいます。悪は悪です。例え、規則が無くとも守るべきモノは必ずある筈です。大きな正義の為に小悪を許すなど、詭弁です。悪事に大小など無いのですから。
― 覚悟!
怒りの剛腕が鳴ります。静寂を引き裂き、邪な存在を粉砕するために。
しかし、その静寂をぶち壊したのは私の剛拳ではありませんでした。一鳴が響き、静寂の湖面が波立ちます。一瞬で大気は暴れ、激しい雷光が私の鼻先を掠めて地面に突き刺さりました。その衝撃で足元が揺れました。
― 何事!
とっさに庇った目が、くんずほぐれつの二人を直撃した落雷を目撃しています。飛散した電気が微炭酸のような刺激となって、身体の中を過ぎていきました。
― ふへえ。ビックリしたなぁ、もう。
エンジュ・バルボッサとレフリー、キング・バフォメットの身体から嫌な臭いの煙が立ち上っています。焦げ付き、倒れた二人は微動だにしません。そして、舞台上を窮屈にしていた木霊達は全てその姿を消していました。暴風、落雷で消滅したのか、エンジュ・バルボッサの召喚能力が消えた為なのか、いずれでしょう。
― えーっと、私は何をすれば良いんだ?
ずっと握ったままの拳を私は解きました。このコロシアムの上に拳を振り下ろすべき相手はありません。
「おねーちゃんの勝ちだよぉ! やったー! 」
イーサーが歓声を上げます。数テンポ遅れて、観客の喧騒が復活しました。実況、解説も同様です。実況者が試合終了のゴングを鳴らせ! と、叫びました。
私は試合終了のゴングを聞きながら思います。
― これ程、実感の無い勝利は初めてです。
でも、とにかく勝利しました。乙女の危惧も回避でき、ほっ、と一安心です。気を緩め、イーサーの喜びに応えようと目を向けた時、イーサーの背後に女性の姿を確認しました。その女性は危険な香りを漂わせながらイーサーへと近づいて来ます。
「イーサー! 」
危ない、と叫ぶより早く、その女性はイーサーの隣に居ました。超高速です。私は彼女の動きを追う事が出来ませんでした。
― 速い! ヤバい!
しかし、女性はイーサーには目もくれません。イーサーの隣からコロシアムに向かって叫んだのです。
「バフォメットォ! アンタ、何、してんのぉ~」
女性はキング・バフォメットを呼びました。長い緑髪を掻き上げると、羊角が見えました。小振りな腰にもう片手を当てて、伸びているキング・バフォメットを睨んでいます。真っ赤な口紅が似合うS級美人ですが、細い眉や、やや高い声からはキツメな性格を感じました。
― 羊角。すると、この女性………。
「もう、試合は終わったわよっ」
思考を遮るほどの強風が吹き、雷鳴が響きます。
「早く、離れんかぁい!」
稲妻が再度、キング・バフォメットを襲いました。




