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私はベコでは有りません。

・私はベコではありません。


<2> 第一試合


 再開のゴングが鳴らされました。私は舞台上で対戦相手のエンジュ・バルボッサを見つめます。


「遅かったな。このひょろガリ勉眼鏡ピアス遅刻馬鹿」


 エンジュ・バルボッサは私に向かって叫びました。二度もガリ勉で馬鹿と罵られると流石に気分を害します。ですが、眼鏡を掛けたガリ勉である事は事実ですし、鼻チャームをしている事、遅刻魔というのも事実です。ただ、少なくとも彼女よりは馬鹿では無い筈。


「先の言葉、一つだけ訂正をして下さい。私は比較的優秀です。馬鹿はあなたの方ですよ」


 私の要求は無視されました。それどころかエンジュは爆笑しています。


「傑作だ! ガリ勉は世間ズレしているから面白れぇ! 」


 カチンカチンカチン、と頭に正六面体をぶつけられたような衝撃がありました。私は今、揶揄われている、おちょくられている、馬鹿にされている、と実感しました。世間とのズレを自任している私ですが、これは紛れもなく大正解だとおもいます。他に考えられる事はありません。


― 屈辱。


 ちょっと無視できない程の腹立たしさです。だからと云って、私はヒステリックに喚く事を善しとしていません。そんな事は見苦しいだけです。上京し、心に抱くは都会派のクールビューティになる事。でも、こう云った場合、相応の返答をしない事を尚、善しとしていませんでした。


「エンジュさんは生意気ですね」


 私の気が立ってくるのを感じます。神経が過敏になり、鼻先のピアスが反射して赤い光が目に入りました。心臓の鼓動が早まり、身体の火照りを感じます。


「生意気だぁ? 散々待たせておいて、詫びの一言も無い。どんだけ無神経なんだよ。面の皮が厚いにも程があるぜ! 」


 確かに、一理あります。盗人にも三分の理。あれ? この使い方は正しくないのかも。とにかく、私が遅刻したことは事実ですからこの場合は従う方が正しい。正しい行いをする事は、己の器量の大きさでもあると思います。


「遅刻してすみませんでした」


 私は素直に従います。


「ああ? 聞こえんなァ。もっとデカい声で言えよ。たらふく待たされた、この会場の皆さんに向かってよぉ」


 コチンカチンコチン。どこまでも性根の腐った、汚い嫌な奴です。


「皆様、どうもすみませんでした」 


私は声を張り上げました。大声を出すのは苦手だったので、調子っぱずれの見苦しい叫びになりました。そんな自分が格好悪くて、チョッピリ涙が出てしまいました。


「結構だぜ。以後、気を付けるこったナ。迷走の女」


「………。 」


これ程、コテンパにしたいと思った相手は久々です。身体の火照りが強まり、血が熱くて堪りません。


「少し、思いやりとか、マナーを覚えた方が良いと思いますよ――― 」


「馬鹿野郎。同学年のくせに大人ぶりやがって。この糞くらえだぁ! 」


 私の言葉を遮り、汚らしい言葉と共に、エンジュが何かを投げつけてきました。


「何ん? 糞やと!? 」


予期せぬモノに私はたじろぎました。勿論、糞でないとは思いますが相手が相手です。向かい合って数分で、下品で粗野で悪賢いと理解した相手です。しかも、同学年の癖に幼すぎる思考回路と身体の発達。この対戦相手にはマナーやエチケット等、一般常識の考え方が通用しないと考えるべきです。それともこれが流行りの都会のルールなのでしょうか?


― まさかね。しかし、やっぱ、ねーべ。だけんど、まさか! ひょっとすると……。


私は後ずさるようにその飛翔する物体を避けました。凝視する程に、宙にあるその黒々とした物体が排泄物に見えてしまいます。暗示に罹ってしまったのか、それともリアル排泄物なのか、こんなくだらない葛藤をしている自分にとてもモヤモヤします。


― どっちら?


確認する事は簡単です。だけど、確認してもし本物ならどうでしょう? 観衆の眼前で糞の確認をした女として記憶されてしまう事は間違いありません。

私は16歳になったばかり。それに、アビアス学園での生活はまだ始まったばかりです。飛翔物の確認と残りの月日を明るく楽しく朗らかな青春時代として過ごす事を天秤に掛ければ、どちらに傾くかは明白な事です。


― 無理や。出来ん。


えんがちょ、えんがちょ、と左脳の囁きが聞こえます。封印した記憶の蓋が開きかかり、私はちょっとした呆け状態に入りました。あれ程たぎっていた血潮がいつの間にか、すっかり静まっていました。

その間、私は舞台の事を忘れていました。

激闘コロシアムの中に居て下品で粗野で悪賢き発育イマイチな対戦相手の事をすっかり忘れていたのです。その結果、隙が出来てしまい、卑劣で下品で粗野で悪賢く、発育がイマイチなエンジュはやはり、そう云った事に容赦なく、隙を見逃しませんでした。


「ぱぁんち! 」

 

小憎らしい対戦相手が叫びました。途端に私は衝撃を腹部に感じます。メチャ憎らしい程のクリーンヒットで息が一瞬止まりました。


― どない、 


した、と思う暇も無く連続した攻撃が私の身体に打ち込まれました。衝撃で眼鏡が飛び、唇が裂けます。


「コノヤロ、コノヤロ! 」


 殴打される私に向かって、コメディアン調にエンジュは叫びます。そのフザケタ叫び声に応じて、四方八方から棍棒の衝撃が私を襲ってくるのです。


「ちいとばっかり待てや! 鯖江を落としてもうたろ! 」


 唸る棍棒の位置を私は耳で判断し、一撃をお見舞いします。手応えを感じた後、私はしゃがみこみ、鯖江、鯖江、と手探りで周囲を探りました。


「おいおいおい。サバエって何だよ? 」


「鯖江も知らんと? やっぱ、おめえ、阿保じゃ。めちゃ阿保ちゃい。頭の病気じゃなかと? 」


 私は、はっ、としました。自制心を紛失していた事に気が付いたのです。そしてタイミング良く、びう、と唸る棍棒の一撃が私の額に当たりました。棍棒は砕け、それと一緒に私の混乱した思いが霧散します。正気付いた代償として、私の額からゆっくり血がしたたりました。

地面にポタリ、ポタリと滴った赤い滴は、静まった鼓動と喧しい程の嘲笑を私に教えてくれました。


― いかんなァ。


 初舞台、遅刻、下品な対戦相手、イーサーとの約束と眼鏡の紛失。それらが重なり、私は舞い上がっていたようです。ですが、今、それらの殆どが吹っ切れました。


「調子に乗るのも今のうちです。眼鏡を見つけたら覚悟してくださいね」


 私は意識的に冷静に振る舞いました。行動と思考にはタイム差はありますが、やがて一致します。冷静な考えになるには、冷静な行為をする事。そして、私は何事にも優先させて、私は眼鏡を求めました。

私の唯一ともいえるウイークポイントは近視です。

正直、眼鏡が無いと私は無力です。どんなに怒りがマックスハートでも手も足も出ない。聴力もそこそこ働きますが、こういった場合、聴力ではやはりそこそこの働きしか期待できないものです。


― 何処だ? マイ・サバエは。


 この間もエンジュの攻撃は続きます。小憎らしい打撃が背中や腕、頭部へ加えられますが、私は耐えるしかありません。


「クラリスおねーちゃん。眼鏡は斜め前だよ! 右のほう! 」


― なんと!


 近くでイーサーの金切り声がしました。私はその声に従い、右手を伸ばしました。もうちょい、先! そこ右! そんなイーサーの声に従うと指先に柔らかな感触があります。


― なんと?


「そこじゃない! その隣!」


 グニ、としたイヤラシイ感触のモノを払い捨て、私はさらに手を伸ばします。


「それ! 」


― なんとう!


 イーサーの叫びと私が眼鏡の存在を確信するのは、ほぼ同時でした。


「おねーちゃん。頑張れ! 」


ジャジャジャーン、ジャジャジャーン、ジャジャジャーン。と、効果音を口ずさみ、私は変身ヒーローのごとく眼鏡を掛けます。多少、フレームが歪み、レンズが汚れているようですが、この際は仕方なしです。それに、見える事には問題はありません。だから私の気分は変身後の無敵ヒーローでした。

これで私は、全く以て敵無しの状況です。

良好になった視界で周囲を見ると、舞台袖にはセコンドをしてくれたイーサーが居ました。不安そうな顔に涙を溜めた目で私を見つめています。


「ゴーゴー、イケイケ」


 汚物に集るハエのような攻撃の中、エンジュ・バルボッサの呟きが聞こえました。私は立ち上がりました。唸る棍棒の一つを叩き壊し、もう一つを引き千切ります。


― ん? コレ何だ。


 クリアな視界で改めて見ると、私が棍棒かと思っていたのは太い枝でした。エンジュの隣に動物だか植物だかハッキリしないヘンな木霊がいます。葉っぱが茂り、洞のある胴体があります。一見して怪しげな生物です。しかもタコのような足が幾つもありました。


「パンピーィ、アタック。絶好調乱舞!! 」


 そんな怪しげな生物の隣で、エンジュ・バルボッサは大はしゃぎしています。今迄の一方的な展開で会場はエンジュの勝利を確信しているのかもしれません。そんなチャラ男たちのイケイケ、ゴーゴーの声援を受け、エンジュの気分は最高潮なのでしょう。腕を振り振り、お尻もフリフリ、ヤンキー鼓舞を丸出しです。ヘンテコな踊りで恥ずかしく無いのかな、見ている私が赤面ものです。


「おねーちゃん! おねーちゃん! おねーちゃん! 」


そんな中、イーサーは私を応援してくれていました。私は頷き、手を振って無事をアピールしました。


「お姉ちゃん。負けるなぁ」


 イーサーの声援を全身に受け、私は口元を拭いました。唇からの出血は止まっているようです。私は片手で攻撃を流し、さらに額の傷の具合も確認しました。こちらの出血も止まっています。


「ペッ」


 私は血の味が残る唾液を吐き出しました。打撲と出血は軽微です。共にそれ程のダメージには至っていませんが、怒りはマックスレンジを疾うに超えています。


― レッドゾーンに突入しました。


下品で粗野で卑怯、無知と不意打ち。しかも木霊使い。私の大嫌いなモノを5つも備えている対戦相手にこれ以上、好き勝手をさせるつもりは毛頭ありませんでした。


― 容赦無しです。


 流した血の量は少ないが、受けた精神的苦痛は小さくは無い。じっくりと虐めたい欲求が身体の底から込み上げます。ですが、イーサーとの約束があります。あまり時間を掛ける訳にはいきません。

それらを加味して、短時間で徹底的にコテンパにする事にしました。我ながらの解決策だと思います。


― 今から圧倒的、比肩でない程の強さを見せてあげますよ。


私は意識を集中し、身体の変化に精神を集中させました。静まっていた血潮が熱くたぎります。


「もーん」

 

角が少しだけ伸び、黒髪の間から先端を出しました。腕と脚と身体全体の筋肉は盛り上がり、体躯が逞しくなります。

太くなった首回りに対応できず、襟のボタンが弾けて地面に転がりました。腕、肩、腹部、胸。身体全体の制服の生地が目一杯伸ばされて、身体に密着します。 


「乳牛かと思ったら、肉牛かよ。どうりで貧乳な訳だなぁ」


「オイオイ。お前は世紀覇者か? 」


「うわ。ガキっぽい下着だなぁ。野暮ったいぜ、お前」


 この間もエンジュ・バルボッサからの攻撃は続いていました。引っ切り無しにぺしぺし、と身体に当たる攻撃は、やはりハエの群がりを連想させる程度のモノです。が、エンジュの吐く暴言は相変わらずのムカつき効果を有していて、聞く度に心臓に突き刺さります。


「言葉の暴力しか使えないヒトと、真の格闘ファイターとの実力の違いを教えてあげます。ただ、瞬殺になると思うので、その違いをこの場で感じる事は出来ないと思います。医務室でその差を痛感してください。身に付いて離れない、のた打ち回るほどの痛みと共に去れ」


 私は軽く腕を回しました。太くなった腕は触れた物を引き千切り、当たる物を簡単に粉砕します。


「そーかい、爽快。なんちゃって」


 私はエンジュ・バルボッサが白黒の混血児である事は知っていました。純血ではない癖に、額には白系の印がちゃんとあって、しかもあれは超生意気にも最高祝福の証です。こんな不真面目なヒトが祝福を受けるなんて、ずるい。福音を与えるヒトがヒト間違えをしたとしか思えません。それとも、やはり、世界は不公平なのでしょうか。


「つまり、“なんちゃって”の攻撃は此処までにしてくれってコトだろ。了解、了解。こちらもダレてきたんで、マジ攻撃をやらかそうと思っていたんだよなァ。ほんじゃ、開始するぜ、泣いても知らねーよ」


 私もエンジュの本気を感じました。背が伸びた訳でも、バストが大きくなった訳でもない。なのに、先程までとは確実に違います。云ってみれば凶暴な内面が一層の凶暴性を放ち始めたようなものでしょうか。私を睨む、エンジュ・バルボッサの瞳が怪しく輝きだしたのが印象的です。


「大量召喚! 来いヤァ! 」


白系召喚者とは思えない尖がった凶暴性が、私に突き刺さってきました。


― 福音者の癖に! この邪心はナニ。


 エンジュにも良心はある筈です。そんな事を微塵も感じさせない振舞ばかりですが、ヒトだもの、それに類する心理が無い筈は無い。ただ、白系召喚者のくせに邪心を併せ持つなんて、どう考えても生意気です。粗野で下品で不真面目でズルくて恵まれている奴なんか、私は超が付くほど大嫌い。


「カモーン! カモンカモンカモン!! 」


 エンジュは下品な叫びで、舞台を緑あふれる森林地帯に変化させます。怪しいタコ樹の他に棘棘を備えた小さな植物群がコロシアムの上に現れ、あっという間に地面を覆いつくしてしまいました。


「第二弾はプラッシーアタック。痛いぞぅ、アチャー! オチャー! カトチャー!  」


 エンジュは奇声を放ちます。それが合図だったようで、小さなトゲトゲ達がピョンピョンと飛び跳ね始めました。中には足を滑らせ、尻餅をついたり、隣の棘に刺されてお団子兄弟状態になるお間抜けさんもいました。


― ちょと、可愛いかも。


 予期せぬ木霊達に拍子抜けしました。エンジュンの禍々しさとは程遠い可愛らしさです。恐らく、エンジュが呼び出したタコ樹、トゲトゲ団子の木霊達は血に飢えたモンスターという訳では無さそうです。きっと本当は人里離れた場所で太陽や風や雨と微睡むだけの精霊たちで、彼らに攻撃的な気質など備わっていなかったと思います。


― 召喚者の影響ですね。きっと。


召喚者の影響とは、云ってみればエンジュのわがままに付き合わされただけの事です。そう考えると、ますますエンジュの事が許せなくなりました。他人のわがままに振り舞わされる事は、とても煩わしい。そんな自分勝手な女を私は『超黴菌ちゃん』以外知りませんでした。


― ますます、瞬殺の必要がありますねぇ。


 私はエンジュ・バルボッサを見据えて身構えました。眼光同士が衝突し、弾ける火花の感覚がありました。これは戦いが最高潮を迎え、クライマックスに向かう際に、許された感覚だと思います。


「やる気になったなァ。ほんじゃ、こちとらもう一丁、サービスだ。チェリオ―ッ、カモーン! 」


 飛び跳ねながら踊るトゲトゲの隙間に、新たな木霊が現れました。饅頭型の身体から触手がうねり、揺れています。


「まずはプラッシーでチクチク~ッ。んで、チェリオで拘束~ッ。止めはパンピーィ、乱打でキメッ! 」


 押し合い、へし合いながら棘棘たちが飛び跳ねながら私に向かってきます。どんなモノか、と、取りあえず、目の前の一匹(?)を殴ってみました。


― このチッコイのがプラッシーね。へー、ほー、あ! イタッ。


 想像より棘が固い事に驚きです。これ程固いトゲトゲを持ったプラッシーが一挙に来たら、間違いなく身体中が穴だらけだと思います。


― これは意外に手強そうですね。

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