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主役は遅れて現れる。

<1> 第一試合 開始前


 満員御礼の札が立ち並びます。

蟻の入る隙間もない程に埋め尽くされた、この第一コロシアムにおいてアビアス学園最大のイベント”舞台“が始まりました。

実況は私、白ゴブリン・T。レフリーはキング・バフォメット。そして、解説は学園代表として苦無彩影先生。アシスタントとして学生側からバニー・ピンクパンサーさんにおいでいただいております。

お二方、今日はよろしくお願いします。


「どーも」

「頑張ります。よろしくお願いいたします」


 息の合うのか? のお二人です。

 さて、お二方。今回の“舞台”をいかがお考えでしょうか?

まず、解説者の苦無彩影先生にお聞きしたいと思います。先生、如何お考えですか?


「そうですね。“舞台”は何でも有りの武闘大会ですので、卑劣と云う言葉が存在しません。思う存分に闘ってほしいですね」


なるほど、なるほど。教育者として完璧な回答ですね。ちょっぴり悲しい。


「なんで? 」


 さて、ね。えーっと、その他、レポーターとして涙ゴブリン・Mさんが観客席にスタンバイしています。涙さん、聞こえますか?


「はい、涙です。聞こえています、白ゴブリン・Tさん」

 

本日はよろしくお願いします。そちらの状況はいかがですか?


「盛り上がっていますよ! 聞こえていますでしょうか? この咆哮を! ツバキ飛び散る涙の汗を、震える身体を張ってお伝えしたいと思います。以上、実況席にお返しいたします」


ありがとうございました、涙ゴブリン・Mさん。妙な言い回しですが、気にせずに、観客席からの“熱い涙”を届けてください。


「はい。了解いたしました」


 さあ、実況も解説もアシスタントもレポーターも観客も選手もレフリーも、ヤル気十分、気合満載です。


おっと、此処で宣誓コメントです。こんなの必要を疑いますが、スポンサーの意向なので逆らえません。

誓うのは唯一の学生スポンサーである金豚です。彼の体液、ゲットした? 私も先程、ゲットいたしました。彼は真面目に自身の安全を考えた方が良いでしょう。


「僕の『ピー』は一千万円! 」


皆さん。我慢してね。

さて、規制音が入りましたが、宣誓も一応は無事に終了です。時刻は刻々と迫り、第一試合開始は目前であります。震える程の興奮を抑えつつ、我ら開始のゴングを待っています。

開始ゴングがなるまでの間、今回の”舞台“の予定を紹介していきたいと思います。アビアス学園の歴史に相応しい、また、皆さんの期待に応える秀逸な学生たちがそろっています。

どの試合も白熱の死闘となる事は間違いが無いでしょう。皆さん大いに張ってください。


第一試合、エンジュ・バルボッサ VS M・J・クラリス

第二試合、二階堂 和十 VS デル・ツヴァイリヒト・ボロックス

第三試合、準決勝戦

第四試合、決勝戦


ここで、コロシアムの中央に位置するリングには、第一試合を行う選手の入場が始まりました。

まず、姿を見せたのはエンジュ・バルボッサであります。ご覧ください、この大観衆の前に現れた小さき姿を!

エンジュ・バルボッサ。新鋭の一年生選手であります。

小柄な身体をアビアス学園の制服に包み、ゆっくりとした足取りでリングに向かいます。さあ、その足取りと共に私自身のテンションも確実に上昇している!


小さな身体を学生の戦闘服で纏い、光の道を歩いてくるぞ。ショートボブが黄金色に輝き、その近寄り難さは高級外車並だ。

ん? ナンダアレハ。あ! ヘソが出ている! 良いのか! これは。

学園の制服に多少のアレンジを加え、どうだ、これぞ乙女の戦闘服や! サービスしますよ、の井出達だ。スッテキーィ!

ショート丈の上着、ショートのスカート。ちらりと見えるおへそ腹部が眩しいぞ。トリプルショートは何の意思表示だ? 

機動性か、サービス精神か、それとも皆を喰い尽くす作戦を考えての選択なのか、分からない。分からないが、ヒャッホゥ! どっちにしたって大興奮。僕らはそんなキミが大好きだ! 

セクシー、プリティー、キミ、ビューチィー。彼女を優勝にしては如何ですか? 苦無彩影先生。


「あのさぁ」


 さあさあ、期待で胸が高鳴ります。第一声、何を言うつもりだ? 苦無彩影!


「こんな実況で、良いと思っているの? 」


 なんと! 返答の前にダメ出しだ。反省。以後、慎みます。で、苦無先生。僕らの希望はどうなるでしょうか?


「当然、却下」


残念。

僕らは未成年者だから、まあ、それが妥当だ、当然だ。ぜんぜん、悔しくなんかないぞ。へっ。と、皆の者、中央に注目ダ~!! 此処でコロシアムのエンジュ・バルボッサに動きが見られた。片手を天に突き出し、何かを叫んでいる。もう少し、もう少しで下乳が見えるうー。もっとだ、もっともっとダァ! ダァ! ダァ! ダァ! 残念、見えない。しかし、突如の叫びに何の意味があるのでしょう。一体、この叫びはナニ? 貫一のごとき咆哮であります。カーネ、カネカネカネレオン。違う! そんな爬虫類では無い! 獣王のごとき咆哮は、叫びだ。我が露出に悔いなし! 勝負の結果がどうであろうと自分には後悔が無い。そんな決意表明に違いない! 美少女戦士のヤル気十分、迫力満点の姿だァ。どうですか、バニー・ピンクパンサーさん。これから舞台での一戦を待つ後輩の姿を見て?


「恰好良いです。頑張って欲しいですね。ちなみに、あの制服は私がデザインしました」


 ドッカーン。大興奮の火付け役はすぐ隣にいた! 解説&セクシープロデューサー、バニー・ピンクパンサー! 今夜は帰らせないぜィ。


「自分の顔見てから言って下さい。私は終わったら帰ります」


つれない素振りが、OH! OH! OH!


「はあ? 意味わかんない」


ナニがダメでも大興奮ってことですヨ。ん? おんや、スゲー! ミス・バニー、あんたすっげーよ! 大興奮! 成熟ボディとはこの事だぁ! 兎のようにかわいらしく、豹のように恐ろしく。どちらももピンキークイーン。名は体を表す、昔の人は賢い! 波打際ギリギリの、ミス・ボディライン。バストもアンダーもボーダーラインまでギリギリギリだァ! 音声のみの方、ヒジョーに残念! あんたらはもっさいなぁ! コレカラハどうしたって超薄型コンパクト画面内臓の携帯端末機の出番だよ、アナタに大興奮なのだ! ところで、そんな恰好で恥ずかしくは無いですか? 使用されている布地が少ない分、安上がりですか? 鬼娘ちゃんをご存知ですか? 男子からの視線は快感ですか?


「先生、このヒト、かなりキモチ悪いのですけど」


「ねー、なんだか、危ないわよね」


 御二方、大変失敬いたしました。私は自他共に認めるジャントルメンです。話を戻しましょう。えー、ミス・バニー、エンジュ・バルボッサのようにプロデュースした選手は他に居るのですか?


「まあ、いますよ。その子もいずれお目にかかると思います」


 そ、それは期待大だ! ますます興奮! 超興奮! いやあ、楽しみですね苦無彩影先生。この興奮が日常でも必要だと思いませんか! ここで、アビアス学園プレゼンツ、バニー・ピンクパンサー制服プロジェクトを再提案します。


「安物メッキは直ぐにはがれるわ。それから、君。クドイわね。そんな事、学園の代表として即時却下します。それより阿保な考えは止める事。舞台終了後、阿保君の為に補講を企画したので感謝するように」

 ズガン! それは要らぬお節介という凶器だぁ。マイハートにはその傷跡がシッカト残った。だが、めげてはいられない。気を取り直して実況に専念するぞ。負けるな、最強の実況者。自己応援の魔術シャン! お聞きの皆さんも私に応援のメッセージをお願いします。

おや、そうこうしている間に、エンジュ・バルボッサのパフォーマンスに応え、会場内はエンジュ・コールの大合唱が始まっているぞ! 聞いてください、この大声援。ややや、タバ娘ーとか、ヤンキィ頑張れと聞こえますが。何のことでしょうか? 苦無先生?


「お聞きの通りですよ。エンジュ・バルボッサは煙草好きなヤンキイ少女なんです」

 

ギョギョギョギョ! コイツは驚きだ! 清楚で可憐な少女にしか見えない、エンジュ・バルボッサにそんな裏面が有ったとは! まさに仮面武道会! そんな姿はお天道様も気が付くめぇい! 闇に隠れたアビアス学園。その深淵の一部をエンジュ・バルボッサが担っているのか!


「清楚? ヘソ出しヤンキーが? 」


その点は訂正します。厳しいですね、先生。


「それに彼女の煙草好きは有名です。みんな、知っている事よ。ねえ、バニー? 」


「はい。常に煙を纏っていますしね。陽の下、闇の中でもしっかりと」


 おっとー! 未成年者の喫煙の事実を把握し、尚且つそれを黙認している事は犯罪ではないのか! 今、私はアビアス学園の暗黒闇を覗いてしまった! いいのか学園長! 怠慢だぞ、教師陣!


「問題ありません。学校教育法が改定され、アビアス学園は新特殊教育法の下に有ります。学園の自主性、特殊性が認められていますから。オールOK」


 ナントー! 苦無彩影、速攻の解説だぁ! しかも、キビシィー。冷たい視線を感じるぞ。まるでアフリカマイマイになった気分だ。ティーチャー苦無! ここで、詳しい説明をお願いしたいと思います。学んでレベルアップ! ニセモノなんか喰いたくない。飯で騙されるなんて御免んだぞう。


「セシボーン。知ったかぶりの貧乏人は大抵騙されていますよ。まあ、ぶっちゃけね、アビアス学園は多様な生徒が集う学園です。人間、獣人、特殊能力者。雑多なヒトが集まります。文化、習慣、育ち方、考え方。髪、肌、目の色。手、脚、指の本数。髪の先からつま先まで、あらゆるものが異なったヒトが集う場所で、最良のルール決定はどのような方法だと思いますか? 」


 ナントー! 聞いている筈が、逆に質問されたぁ。ここは答えるべきか考えろお、考えたぞ、答えろ! 答えるんだ、オーマイ頭脳、ファイト!


「何もしないが答えですよね、先生」


「正解です」


 酷い! 私を差し置いて、バニー・ピンクパンサーが答えてしまった。なんて展開だ! これは予期せぬ展開の連続だァ。しかっも、正解だった。このような展開を予想できず、加えてボタン早押しにも敗れた実況者は為す術がないぞ。ここは黙り込むしかないのか。


「ボタンは私も押していませんよ」


「煩い、ウザすぎる。超面倒な実況者を送って来たのね。放送研究会の連中は」


 至近距離から美女二人の言葉が棘となって、私の身体に突き刺さった。だが、痛みは無い。むしろ、なんだなんだこの快感は? 未知の快感に私の身体は震え、真に驚愕、ガクガクの展開になった。こうなったら最後の最後の最後の昇天の瞬間までお付き合い願いたいなぁ! あー、そこそこ。新境地はもうすぐナノだーァ。


「実況さん。あそこ。カンペが出ていますよ」


 何? カンペが出ているだと? そんな筈は、とバニー・ピンクパンサーの示す方向に私は目を向けた。な、ナンテこったいデレクターの藤村が髭を震わせているぞ! 先端までの激しい震えで、震度はかなりデカそうだ! 震源地は何処だ! みんな逃げ出す準備は出来たか! テロップはちゃんと、避難警報はちゃんと流れるのか! ちゃんとしてくれ! マスコミ機関。


「戻れ! (怒)ですって。真面目にやれって、事よ」

 

ご丁寧にありがとう。ティチャー苦無。だが、あの程度は読めるぞ。(怒)の意味も分かる。補講は無用だ。講義も不要だ! テレビもラジオもましてやビデオなんて超不用品! 眠らない身体と、全て欲しがる欲望だけが青春の全てなのだ!


「で、センセイ。何もしないで放っておく事が一番良い理由なのですけれど、無秩序の中にいずれ秩序が現れて、その秩序が次第に規則や法律になるってコトですよね」


 おーっと! 突っ込みは皆無。放っておかれたのは私だ! ナンテ解説者だ!


「またまた、大正解。バニーさん、その通りです。多様なヒトが集まればトラブル発生は当然です。トラブルを想定した規則の設定も大切ですが、履行するのは結局、個人です。一人一人の個人の意思に依ります。もし強引に規則を設定し、それを強制させるならば、その規則は反発の対象となります。敢えてそれを犯そうとするヒトビトが現れてしまうのです。もし、そんな彼らが共闘したら? リーダーが現れ、十分な攻撃力を備えたとしたら? そうなれば烏合の混乱から一気に状況が変わります。体制への強硬なレジスタンスの完成へと最悪の状況となってしまうのです」


「昔の、学生運動の発端も強引な規則押し付けだったと聞きます」


「そうですね。切っ掛けの一つであることは間違いありません。それで体制側は放っておく必要性を学びました。経験、歴史は私たちに教えてくれますよ。故意に手を付けず、無秩序の状態にしておく。そしてその中からいくつかの集団が台頭し、争いが生じる。争いは疲弊します。疲弊した彼等の間で妥協や折り合いが付けば、それが混沌から生まれた規則、ルール、法律です。それを破った者には強烈なお仕置きがあるのだから施工力は抜群です」


「なんだか、抗争休止中のマフィアですね」


「そう! 均衡した勢力同士の緊張感の下での平和。でも、施工のシステムとしてはこれが最高です。そして、これを映画バリの流血の掟としない為には何が必要だと思いますか? 」


 再度の質問だ。主導権を握るチャンスッ到来! えー、っと。えっとデスネ。挨拶をする。握手を習慣づける。手洗い、うがいを忘れない。……。


「教育です。個人の能力がある水準以上であれば越えてはいけないラインの認識が出来る。おして、自己の利益、不利益が想像できる。つまり、トラブル解消に真に重要なのは規則でなく、トラブルを回避、解決しようとする個人の意志と、方法やその事象後の事を考え、想像が出来る知性です。それらを学び、育む場としてアビアス学園が存在するのです」


「成程。そこで、アビアス学園のフリーな教育論に繋がる訳ですね」


「そう。なかなか上手でしょ」


 確かに巧い。上手すぎるぞ、この人のは! 裏社会ネタだらけ、表無しの最強プレゼンマスターの誕生だ! 国際競技の誘致の際は心強い事、間違いない!


「それにしても、クラリスは未だ来ないの? 開始時間はそろそろの筈だけれど」


「エンジュも煙草に火をつけましたよ。気合十分だったのに。待ちくたびれたのね」


 ナニナニナニィ! 舞台上のエンジュ・バルボッサ! うわ、今度は口から大量の煙を吐いたァ。あれでは怒る火山の噴火口だ! 大地の逆鱗に触れた者の宿命、古代都市ポンペイのようにこの学園のすべてを消そうとするのか! いいや、それは違う! そんな事は学園生徒会が許さない。だとしたらナンダ? あれで姿を消そうとするのか! そうだ、それに違いない。バルボッサは現代によみがえった忍者だったのだ! 幼少の頃に誰もが憧れた忍者が今、此処に現れた。秘技“煙隠れ”と共に! OH! クノイチニンジャ、ビーテフル。 ハラキリゲイシャニンジャトウメボシィ!


「完璧、違うわ」


 おうっと! ここで白けた解説が入る。その正体は苦無彩影だぁ。


「呼び捨てにしないでくれるかな」


「実況さん。エンジュは、ショッポを愛飲しています」


 マジか! ここでもう一人の解説者、バニー・ピンクパンサーも白けたコメントをしたぞ。大変だ、このままでは放送事故になりかねない。それを回避できるのは解説者の私だけだぁ。回避しろ! 全力をもって! ウメボシィ!


「しょっぱい実力ね」


「そんな事よりも苦無先生。バフォメットが何かしようとしていますよ」


 なんだとぅ? 皆、注目せよ! コロシアムに目を向けるんだぁ。レフリーに動きがあったぞ。ナンダ、どーした? トイレか? いや、トイレじゃなさそうだ。おうっと! キング・バフォメットが両腕を突き上げ、観客に注目を促している! 右手にはしっかりとゴールデンマイクが握られている! 変身する気なのか? いや、それは無いだろう、流石に。じゃあ、ナンダナンダナンダ! 何をする気なんだ? レフリー、キング・バフォメットォ!


「えー。テステステステス、テステステステス。只今、マイクのテスト中ゥ」


 おーっと、マイクテストだったぁ。今更マイクのテストかよ! 先にしておけ、馬鹿メット!


「えー。観客の皆様にご連絡が有ります。試合開始まで、1分を切りました。エンジュ・バルボッサの対戦者、M・J・クラリスの到着が遅れております。その為、開始時間を若干、遅らせたいと思うのですが、いかがでしょう?」


 なんとー! M・J・クラリスが来ていない? 慌てて周囲を伺うが、やはり居なーい。当然、会場内は嵐のブーイング旋風だ。恐怖に駆られたか? プレッシャーに負けたのか! どうなんだぁ! どうしたんだぁ! M・J・クラリス! 何処にいるー。苦無先生。どうしてだぁと思います? ミス、グラマーもコメントを!


「逃げた、とか。そんな事は無いと思いますよ」


 おっとー!苦無彩影のコメントが入ったぞ。何故だ? 何故そう考えるのかぁ!


「M・J・クラリスは強い娘です。パワー、肉体的には比肩が無い程にずば抜けている。精神面も成熟しており、知性も十分に備わっています。あくまで私見ですが、私は今回の舞台で最優勝候補だと考えています」


 なんとぉ! M・J・クラリスは地獄の現国教師、苦無彩影が認める程の実力者だったぁ。じゃあ、何故、姿を見せない? どうした、何処に行ったんだ? 探せ、ケルベロス・クラリス嬢を!


「そうね、探してきて。恐らく、迷子だから」


「いや、絶対そうですよ、先生」


 え? 今、何を言ったと?


「迷子になっていると言ったんです」


 迷子とぉ? M・J・クラリスは迷子になっているとぉ? ナンダソレハ! 地獄の番犬、クラリス嬢は小学生なのか!


「馬鹿ね。ただ方向音痴なのよ、あのコ」


 此処で再び驚きの事実が発覚だァ。M・J・クラリスは方向音痴だったぁ! じゃあ、番犬は不適なキャッチフレーズだった。ああ、せめて、戦略だと言ってくれればもう少し盛り上がったのにい! 気が利かないなぁ。


「知るか! 」


「確か、彼女、ミノタウロスの血統でしたよね。イヌじゃ、無い」


 地獄からのダブルコメント、炸裂だぁ。燃え上がった観客が、一気にクールダウン。遅刻、迷子&ダサコメ。キビシィ―! まあ、とにかく、M・J・クラリスは迷子になっているとの事。何処だ、何処にいる! 誰かミノタウロス娘を探しに行ってくれ! おっとお! 此処でレフリー、キング・バフォメットが再び、マイクを握るぅ!


「えー。エンジュ・バルボッサは開始時間の延長に同意してくれました。観客の皆さんは、いかがですかぁ!」


 何がいかがだ、もっと洒落た訊き方は出来ないのか! ダサダサレフリーに観客は戸惑っているぞ!


「駄目ね。遅刻はダメ」


 おうっと、隣で吐かれた一言が刃物の様に突き刺さる。ナント、学園代表の解説者の見解は不可だぁ。何故、何故なんだァ! 教えてくれ、手裏剣ヘックス・苦無彩影。


「舞台は真剣勝負の場ですが、授業の一環です。世間の生死を賭けた戦いでは、何をやっても、どんなコトをやっても言い訳は要らない。最終的には生存者が全てです。けれど、これは授業。遅刻はダメ。ゴング前に来なければエンジュ・バルボッサの不戦勝とします」


 そっかー。学園代表の言葉は学園の意思だ。極めて重い。決定事項だと判断して良いのですかー、皆さん!


「待ってください」


 ここで、ちょっと待ってコールが入った! 期待通りだ! ナイスナイスなタイミング! 最高のタイミングでマッタが掛かり、ますますヒートアップの予感だ。学生代表コメンテーター、バニー・ピンクパンサー! イイシゴトシテマスネェ。


「苦無先生。真剣勝負だからこそ、ここは暫く待つべきです。エンジュも不戦勝なんて望んではいないと思います! 」


 熱いぜ! 命を懸けた少年少女たちの想いが此処にはある。舞台、それは真剣勝負と微塵も変わらない決闘の場。そうだ、決闘場だ! この舞台は決闘場なのだぁ! 邪魔をするなァ、くされ女教師! 俺達は舞台を、コロシアムを、学園を、国を愛している。名女優、キャップは叫んだかもしれない。『みんな愛国心よおおお』

溢れる程の想い、熱意の言葉は学園に届くのか。凍結の魔女、苦無彩影の凍てついた心を溶かせるのだろうか!


「とにかく、開始時間までは待ちます。にしても、品位のない実況者ね」


 おっとー! いきなりの大声援でなにも聞こえないぞ! なあああんにも、聞こえない! 会場内に目を向けると、観客が総立ちだァ! なんだ、どうした、どうなった? やや! 犯人はアイツだ! エンジュ・バルボッサだ!


「よく聞け! 甘ちょろい想いで、此処に居るんじゃねんだぁ! アタシはヤルまで下りねえぞ! 」


 エンジュの掲げた右手にはマイクが光る! どうした、何処から取り出したぁ? お前のポッケは四次元かぁ!


「あ。バフォメットが伸びている」

 

ん? おうっと、ナンだ、あの舞台上でうずくまる影は誰だ! 誰だ? 何者だァ!


「だから、バフォメットだって」


 そんな事、分かっている。分かっているぞ、ミス・ピンクパンサー。これは盛り上げるテクだ。わざととぼけるのもテクなのだぁ。言葉のテクニシャンを見縊るなぁ。


「おらあ、クラリス! 早く来いヤァ!! 」


 舞台上で叫ぶ姿はババかイーノキ、タカーダのようだ。わっしょいわっしょぃ、もっとやれ! 叫びまくる、がなりまくる。そのまま歌い、踊ってくれ! 学園の最強アイドル、此処に君臨だぁ。その名はその名は、エ、ン、ジュ~ バルボッサ!


「えー? アイドルとして、エンジュは最凶よね」


「センセイもそう思います? 見た目は可愛いんだけれど、性格が乱暴すぎて」


「あれであのコ、白属性なのよ。一応」


「本当ですか! 意外です。性格は間違いなくB系ですけれど。ショッポ好きでハイボール好き。これもW系では無いな。って、むしろ、乙女でない」


「まあ、それは個人の趣味だから。真に珍しいのは黒白の混血児ってコトかな」


「えー。B・Wの混血って本当に珍しいですよ。両親は何処で出会ったんですかね」


「それがね、此処なの。エンジュの両親はアビアス学園の卒業者よ」


「うわ! なんか、運命的! 」


「人生いろいろ、青春時代もいろいろよ。だから皆さん、学園生活を目一杯楽しんでね」


 アイドル論が一転し、青春への訓示へと変わった。綺麗なまとめ方に感動すら覚えたぞ。流石、現国教師、苦無彩影。言葉の軽業として敬意を表するぞぃ!


「この実況者、生意気ね。舞台が終わったら覚悟してなさい」


 ………。 不安定な足場、崖っぷちに立たされた一瞬の沈黙。恐る恐るプロデューサー藤村の様子を伺う。相も変わらず髭がこまめに震えているぞ! オイ。腹が先程より膨らんでいないか。ん? 何か、喰ったろう? 本番中だぞ! 仕方のない奴だなぁ。ん、OK? そうか、何とかOKのサインが出た。放送事故には至っていない。そうだ、集中しろ、実況者! 先を考えるな。脅迫に負けるな。信念を貫き続けろ! ケチャップなんかに惑わされるな! と、どうした、この怒涛の大声援は! 苦境の実況者の想いに心を動かされた人々からの声援なのか! いや、違う。ここにきて、やっとこさ対戦者が現れたぁ! ずいぶん待たせたなあ、コノヤロ! M・J・クラリス!

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