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結局。

・結局。


<8> 保健室にて  最終話


横たわるM・J・クラリスの脇でイーサーは泣き続けていた。


「心配なさらないでも大丈夫ですわよ。滅多な事では壊れない身体だと、檳榔樹先生もおっしゃったでしょう」

 

サタナキア・ウエストランドが慰める。外見や雰囲気に似合わず、優しい性格だと改めて思う。真面目で賢く、勇気もある。ヘンな喋りの奴だが、それも個性だ。


「でも、血がいっぱい出ていたし、可哀想だよ、クラリスお姉ちゃん」


「もう『お姉ちゃん』は御止めになる事ね。イーサーさんも学園の生徒ですから」


「でも、でも」


「まあ、いきなりは難しいですわよね。でも、徐々に慣れますわ。そう思いません? ツヴァイリヒトさん」


 私は肩を竦めて答えた。先の件で私とサタナキアはそれで十分な関係となった。正直、嬉しいが、おまけとして、苦無彩影先生の目の敵になってしまった。まあ、教師と生徒は対立する立場であるのが普通なので、気にしても仕方がない。


「そうだ。自己紹介が未だでしたわね。私はサタナキア・ウエストランド。あちらはデル・ツヴァイリヒト・ボロックスさんですわ。ああ、彼女の方はご存知でしたわよね、クラリスの決勝戦の相手だったのですから」


 ヨシア・フォン・イーサーは私を見つめる。緑色に輝く瞳には邪な色は一切なく、表情にはあどけなさが残る。だが、やはり私は彼女からは匂いが漂っている。近くで嗅ぎ、それを確信した。決勝戦から私を躊躇させる原因はやはり彼女にあった。


「ツヴァイリヒトお姉ちゃん。ありがとう」


 私のモヤモヤした感情に当人は気が付いていないらしい。イーサーの感謝の気持ちは本物としか思えない。私は表情を隠し、指をひらひらさせて応えた。


― 確認は後にしよう。


 私はそう決心する。そもそも、イーサーは過去の記憶を失っていた。覚えていたのは『ヨシア・フォン・イーサー』という名前だけ。自身がモンスター“スライム”であった事すら、記憶に無いのだ。


「それにしても苦無先生もヤリますわね。イーサーがスライムだって見抜くなんて。あの眼力を殿様方に向ければ、良縁に恵まれるでしょうにね」

 

思わずニヤリ、としてしまった。此処は皆で笑う場面。だが、イーサーはスライムと云う言葉に身を固めた。


「お姉ちゃんたちは、私が怖い? 」


 イーサーがおずおずと訊ねる。私はサタナキアに目配せをした。役割分担を決めてはいないが、そんな事は言わずとも決まっている。私は肩を竦めただけで、サタナキアは理解し、イーサーを優しく包んだ。


「怖くないですわ。あの時、イーサーは自分の正体を曝して、クラリスの傷口を包み込み、出血を止めました。あのまま出血が続いたら、クラリスは確実に危なかった筈です」


「でも、あの時は必至で。何も考えていなかったんだよ」


「それが素敵な事ですよ。無意識の行為にヒトの内面が現れます。つまり、あの時の行動は、イーサーが芯から優しいヒトである事の証明ですよ」


 そうして、サタナキアはイーサー強く抱きしめた。


「イーサーは優しい女の子。怖い筈、ありませんよ」

 

今の処、確かに怖くは無い。それは私も同感だった。


「うーん。イーサー」


 ベッドのクラリスが声を上げた。すかさずイーサーは駆け寄りクラリスの手を取った。


「お姉ちゃん! 私は此処だよ! 」


 イーサーの声が届いたのだろう、クラリスが目を開けた。


「お姉ちゃん! クラリスお姉ちゃん! 」


「イーサー? ああ、良かった」


 ほっとした表情になったクラリスが、イーサーに手を伸ばす。イーサーはその手をしっかと握った。


「お姉ちゃん。これから、ずっと一緒だよ。私達、ずっと一緒なの! 」


「え? 本当?」


 クラリスにはすぐに状況が呑み込めたようだった。恐らく、完全に気を失うまでの出来事は覚えているのだろう。肉体的にも精神的にも相当なタフな奴である。


「クラリスさん」


 サタナキアが声を掛ける。


「ご気分は如何かしら? 」


「あ。えーっと、貴女は? 」


「サタナキア・ウエストランドですわ。今後、よろしくお付き合いくださってね」


「え、あ、はい。此方こそよろしくお願いします」


 クラリスが半身を起こした。枕元に置かれた眼鏡をイーサーが手渡す。


「貴女が来てくれて、とても心強かったです。ありがとうございます。サタナキア・ウエストランドさん」


眼鏡を掛け、クラリスは私達と向き合う。


「サタナキアで結構ですわ。私と貴女は同学年ですから」


「え? すると、一年生ですか? 」


「私もクラリスもツヴァイリヒトも一学年生。そして、イーサーも同じ学年ですわ」

 

驚くクラリス。それは私も同じだった。クラリスはともかく、サタナキアは間違いなく年上だと思っていた。


「ですから、サタナキアで結構ですのよ」

 

にたり、とほほ笑むサタナキアに私は肩を竦めるしかない。


 

 その後、しばらくして、檳榔樹先生が戻って来た。回復したクラリスを見て、もう大丈夫だから出て行って、と私達は保険室を追い出された。

追い出された私たちはサタナキアを先頭にして、ぶらぶらと歩きだした。私は離れがたい気持ちを抱えていたのだが、遠慮があった。

それを口にする程、勇気の必要とする事は少ないだろう。


「皆さん、今後の予定はございます? 」


サタナキアが振り返った。見込んだ通り、サタナキアは勇気のある奴だ。


「ご予定が無ければ、クラリスの優勝をお祝いしません? 」


「優勝のお祝い? え、そんな事、しなくても良いですよ」


 クラリスが言った。


「あら、御都合がおありですの? 」


 サタナキアが覗き込むように訊ねた。


「否、全然、全く無いけれど、なんだか、悪いし」


「遠慮なさらないで! 私達、お友達じゃありませんか。そうですわね、ツヴァイリヒト? 」


 孤児で半端者の私は、幼い頃から蚊帳の外で過ごした経験しかない。だから、『お友達』と認識された事は初めてだった。動揺を隠しながらも、私は肩を竦め、頷く。


「ほら。イーサーはどう? クラリスのお祝いをしたくありませんか? 」


「したいけれど、私も一緒で良いの? 」


 イーサーも戸惑っている。


「当然ですわ。私とツヴァイリヒトとクラリスとイーサーはいつも一緒。ずっとお友達ですわ! 」


「じゃあ、派手にやろうか」


 私が言うと、クラリスとイーサーは少し驚いたように、そしてとても嬉しそうに顔を見合わす。


「これで決定ですわ。では、このまま行きましょう。素敵なお店にご案内いたしますわ」


「あ、でも」


 クラリスがサタナキアを止める。


「お金がかかるんじゃ、ないの? 」


「ご心配いりません」


 サタナキアが言い切った。やはり、コイツはお嬢様なのか?


「コレが有ります」


 サタナキアが頭上に掲げたのは四角い紙きれだった。


「それ、なに? 」


 他メンバーを代表してイーサーが訊ねた。この短時間で、役割が定着してきたように思える。


「これは、投票券ですわ! 」


「サタナキア、やるじゃん」


「ツヴァイリヒトは察しが良くて、頼もしいです」


 ウインクをするサタナキアを見て、可笑しさが込み上げてきた。勇気も度胸も満点な羊角の悪魔系少女。流石、サタナキアだと感心する。クラリスとイーサーはまだ、分からない様子だった。


「サタナキアはクラリスに賭けていたんだよ」

 

彼女等のクエスチョンは私の答えで解消した。そして二人はくすくすと笑いだす。


「当然ですわ。クラリスは彩影先生のお墨付き、超本命ですものね。これで今夜の資金はばっちりですわ」


 『私に賭けてくれなかったな』なんて事を考えてしまったが、優勝よりも数倍も嬉しい気がする。


「では、行きましょうか」

 

サタナキアが歩き出す。その後ろをクラリスとイーサーが並び、私は最後尾から付いていく。クラリスが言った。


「私、優勝できて、本当に良かった」


 隣を歩くイーサーをひょいと担ぎ上げる。タフで怪力。そして、生真面目なM・J・クラリス。


「おめでとう。クラリスお姉ちゃん。でも、本当は何をお願いしたかったの? 」


 首にしがみついているスライム少女のイーサーが気にする事は当然だ。それに、私とサタナキアも当然、関心が有る。


「確かに、お願いしたかった事は他に有りましたよ」

 

肩にイーサーを乗せたまま、クラリスはイーサーに答える。私の眼には少しだけ、イーサーの腕が弛んだように見えた。


「でも、良いのです。結局は叶ったのですから」


「え? お願いしていないのに、叶ったの? 願いは何だったの?」


 イーサーの緑色の瞳を覗き込み、クラリスが言った。


「超最高のお友達が欲しいです!! 」


 先頭でサタナキアが笑った。クラリスとイーサーも笑い出す。私も、肩を竦め、笑った。私達の学園生活は始まったばかりだ。



              了

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