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望んだ事。

・望んだ事。


 私は一歩、踏み出した。ツヴァイリヒトは身動ぎすらしなかった。


「ツヴァイリヒトさん。先程の“お付き合い”の件ですが、撤回いたします。雷で脅して申し訳ありませんでしたわ」


 振り返り微笑んだ後、私は風に身を絡ませた。風使いである私にとって風に乗る事は容易い。そのまま、コロシアムを目指し、M・J・クラリスの傍に降り立った。背後には、震えるイーサーちゃんがいる。


「苦無先生。少女に乱暴は止めていただけなくて? 見ていて不愉快ですわ」

 

黒スーツに身を包んだ苦無彩影の瞳が私を射った。私を前にしてか、威圧的な態度がさらに増す。


「サタナキア。忠告は届かなかった? 」


「届きましたわ。けれど、あんな忠告なんて無視ですわ」


「やはりムカつく生徒よね。貴女はもう少し利口かと思っていたけれど」


「嫌悪はお互い様ですわ。加えて私は利口でなく、賢いのですわ。数々の試験でダントツ優秀な成績がそれを証明しております」


「なら、もっと、生き方は上手な筈よね」


 面の皮だけの笑顔を苦無彩影は見せる。取り巻きの連中は笑っている。こいつらは本当の馬鹿だ。


「お言葉を訂正させていただきますわ」

 

私はイーサーちゃんの頭に手を乗せた。ふわふわで、ちょぴり冷たい感触だった。涙で濡れた瞳が私を見上げる。


「賢さとは多様な面で優秀である事を意味します。私は優れた選択や判断をして素晴らしい人生を送るつもりですの」


「イイコトよね」


「ただ、優れた選択と判断が他者と一致するとは限りませんわ」

 

私の掌の上に、そっと触れるものが有った。見るとクラリスの手が重なっている。今夜のチャンピオンが私に見せた感謝だろうと勝手に判断する。


「さらに言わせていただきますと、賢さ”は“狡さ”とは違いますの。“無秩序から秩序ができる”なんて言葉は詭弁ですわ。誤魔化す為の狡さ、指導力不足の証明ですわよ」


「言うわね。何も知ら無い癖に」


 その言葉にピン、と来た。苦無彩影は切り札を隠している。だが、ここで退く訳にはいかない。


「ですが、自分で考えて行動するくらいは出来ますのよ」


 切り札を掲げ、怒りまくると思ったが、違った。苦無彩影は冷静さを見せ私に歩み寄る。


「サタナキア・ウエストランド。そして、M・J・クラリス。貴女たち、頭を冷やして聞きなさい。恐らく、貴女たちは危険な立場にいるのよ」


「危険なのは苦無先生の所為でしょう」

「その通りだと思います」


 私とクラリスは身構えた。苦無彩影は構えてはいないが、彼女ほどの腕前なら、何処から手裏剣が飛んできてもおかしくない。それに、周囲は能力未知数の大馬鹿どもに囲まれている。


「私には責任があるわ。アンタみたいな小憎らしい奴等もひっくるめて、学園の安全を守る義務があるの」


「それはとても感謝すべき事ですわ。だけれど、それとイーサーに何の関係が有りますの?」


「この場がパニックになるから控えていたのだけれどね。仕方がないわ」


苦無彩影は切り札をここで使うようだ。


「私達がイーサーを危惧している理由を教えてあげるわ。

先日、秘密裏にスライム狩りが行われたの。生息地と考えられていたダウンタウンに腕利きハンターが集結してね。数人の犠牲者を出しながらも退治には成功したわ」


 苦無彩影の話の最中から、包囲網が狭まりだした。それに比例し、私の手を握るクラリスに力が籠った。彼女はその力以上に決意をしている事は間違いが無い。


「私もスライムは知っています」


 穏やかな口調でクラリスは言葉を発した。


「けれど、それとイーサーは無関係です」


「そうかしら? 危険地帯において、正体不明の女の子が発見された。それもたった一人で。なんだか、不自然よね」


「不自然なのは苦無彩影ですわ。ダウンタウンのスライム狩りなんて、この場とは無関係です」


「本来ならね。でも、そうで無い可能性もあるの」


「まるで説得力がありませんわね。おっしゃっている事の意味が分かりません」


「じゃあ、ハッキリ言うわ。私はそこのイーサーちゃんがスライムであると思っているの」


 苦無彩影は私達の背後に隠れているイーサーを指さした。敵意剥き出しの視線とぶつかり、イーサーはさらに委縮する。


「下らないですわね。お話にもなりませんわ。推測どころか、想像、妄想でしかありませんわよ」


「想像、推測、妄想? ふふ、そうね。でも、危険が僅かでも推測できるならば、対策を講じる必要があるのよ。それが責任だわ」


さらに包囲網は狭まった。しかも、増援らしき人影が駆け寄ってくる。


「調査隊が情報を得てきていたのよ。スライム狩りに参加したハンターの証言よ。

彼は絶命の寸前のスライムから細胞片が分離して、逃げるのを見たと証言したの。多数の中の一片を取り逃がし、結果として狩りは失敗。さらに損害は甚大。これでは無能の証明よね。公に出来ないのもお分かりかしら」


苦無彩影は私の口調を真似て見せる。馬鹿にされた事は間違いない。


「たった一片の細胞でも成長し、復活してしまう。そんなスライムの性質の怖さを理解できる? 」


「当然、分かりますわ。それと、」


苦無彩影が右手で私を制する。訊ねたくせに、言わせないなんて妖怪のような女だ。


「分離した身体の一部が生命活動を維持し、成長していく例は多いわ。二人ともお利口だからその位は知っていると思うけれど? 」


 “賢い”と言わなかったのは考えを改めたのか、それとも嫌味なのか、恐らく後者だろう。


「知っています。ですが、その類は原始的な生物に多く、知能レベルは低い筈です」


 クラリスの言葉は、再び苦無彩影に邪魔された。『だから、イーサーはスライムでは無い』と、クラリスは続けたかったようだ。みんなの教科書にはそのように記載されている。

クラリスは純粋に真面目な性格のため、少々甘いところがある。


「うーん、ちょっと残念ね、クラリス。サタナキアはその正解がわかるかしら? 」


「お望みなら、お答えいたしますわ」


「是非、聞きたいわね」


 挑戦的でもあり、期待するようでもある態度を苦無先生は見せる。そんな態度を構わずに私はサクリ、と言った。


「原始的な生物ではなくて、原始的な組織を持った生物が正しい答えですわ」


「まあまあね。素早さや、狡猾さ、攻撃力の強いモンスターは沢山いるわ。スライムのそれらは最低レベルだけれど、恐怖度は高いわ。それは『原始的な組織である』事に他ならない」


 苦無彩影の視線に射貫かれ、イーサーは身体を縮ませる。クラリスは自身の陰にイーサーを隠した。


「その子を渡して、クラリス。詳しくは調査委員会が調べる。おっと、サタナキアは邪魔をしないでね」


 スゴイ殺気で睨まれた。そんな殺気と同様に、至近距離からの飛び刃は防ぎ難い。


「調査委員会が調べた結果、イーサーがスライムだった場合はどうなるのですか? 」

 

「危険なモンスターには当然の処置がされます」


 何でもない事のように苦無彩影は躊躇なく答えた。私だって本当に危険なモンスターだったら、その処置を求めるだろう。


「酷い」


 クラリスの言葉を訂正したく思ったが、この場は口を閉ざしたままにする。


「酷い? それは違うわ。危険を野放しにする方が酷いわ。理解していないようだけれど、あなた達の強さは限定的なのよ。私達が定めた範囲内での強さなのよ。つまり、お庭で遊んでいる幼児とかわらないわ。驕りは命取りね」


 そうなのかもしれない。だが、誤解はお互い様だ。

私は危険なモンスターを肯定している訳でも、大人達の保護を否定しているのではない。苦無彩影が主張するイーサーの危険を疑問視しているだけだ。


「つまり、危険から学生を守っているのですね」


 ぼつり、とクラリスが呟く。


「そう。学園教師は学生を全力で守るわ」


 クラリスの呟きに苦無彩影が答えた。

青春モノならば、反目していた教師と生徒が心を通わせる場面だ。そんな場面にピッタリのセリフなのに、目の前にいる苦無彩影の人相が悪すぎる。


「なら、私は、イーサーをアビアス学園に入学させることを希望します。イーサーが私達と同じアビアス学園の生徒になる事を希望します」


「なるほど! それは良いアイデアですわ! 」


 クラリスの機転に苦無彩影の動きが止まる。その隙を私は見逃さない。突風で数人を吹き飛ばし、包囲網に穴をあけた。


「クラリス! 行ってくださいな! 」

 

すかさず、クラリスがイーサーの手を引き走り出した。目指すはコロシアムの端にしゃがみこむゴブリンだ。


「実況者さん! 」


 走りながらクラリスが叫んだ。鈍足のクラリスは既にイーサーに手を引かれている状況だ。


「今回の優勝者、M・J・クラリスは『イーサーをアビアス学園に入学させる事』を執行者に依頼します」


「え? え? え? 良いの? 」


「良いってば、さ。早う、せんか! くらすけんぞ! 」


「くらすけ? 違いますよ、私は白ゴブリン・Tです。ゴブリンズの人気者……。 」


「早ぐしろ、ってばよ! 」


「ハイハイ。分かりました。容易い事ですよ、おーい、執行者! 現れてください。契約の時だよん」


 ふ、っと宙に一冊のノートが現れた。分厚く、存在感が重々しい。白ゴブを目指し、ゆっくりと下りて来る。


「それじゃあ、このノートに記入をして下さい。余白に落書きしない事。それと、前頁を手繰っちゃダメ。ああ、二度目だから分かるよね」


 宙に浮かぶノートを手にして、白ゴブはクラリスに差し出す。


「では、どうぞ! 」


 クラリスとイーサーはそのノートまで、あと数歩の距離だ。


「生徒の自主性を妨げる事は不本意だけれど、裏口入学は認められないわ」

 

苦無彩影は多数の投げ刃を取り出す。私はその動きに気が付いたが、懲りもせずに飛び掛かってくる連中の相手で手が一杯だった。


「クラリス! イーサー! 避けてください! 」


 彩影の手から投げ刃が飛んだ。直線や弧を描き、幾つもの影がクラリスとイーサーを襲う。クラリスはイーサーをその身体に包み込む。背中には数本の刃が刺さり、小豆色のジャージに深紅のシミが浮かびあがる。


「苦無先生! 行き過ぎた体罰は教師として失格ですわよ! 」


 私は叫んだ。その間も身を躱し、邪魔者を払う事で忙しい。


「この程度は指導範囲よ。それに私は体罰容認派だしね」

 

そういって彩影は、再度、構えた。そして、投げる。

 風で飛び去る刃物を弾くまでコンマ数秒かかってしまう。そのコンマ秒で刃物はクラリス達を襲うだろう。


― 間に合わないですわ!


その時、飛び刃の前に銀色の光が現れた。そして、甲高い金属音が響く。一瞬の反射光と金属音の後に散らばった刃物が見えた。


「ツヴァイリヒトさん」


 私の声が届いたのだろう、彼女は例のごとく肩を竦めた。


「今の内よ。急いで」


 ツヴァイリヒトはクラリスを急かし、その背後で身構える。クラリスは背中の傷をモノともせずに立ち上がり、ノートに手を伸ばした。執行者のノートは白ゴブリン・Tの手を離れ、床に転がっている。


「ペンを貸してください」


 ヘタレのごとく震えながら白ゴブリン・Tはクラリスにペンを渡した。クラリスはペンを握り、イーサーに訊ねる。


「イーサー。あのね、一緒にこの学園で勉強しない? 学園には怖い先生もいるけれど、それだけじゃない。勉強だってとても楽しいわ。なによりも一緒に居て欲しいの。イーサーには、これからもずっと、私と一緒にいて欲しい。友達になって欲しいの」


「ずっと、お姉ちゃんと一緒? 」


「そうよ、イヤ? 」


「ううん。嫌じゃないよ。わたしもそうしたい! 一緒に居たい」


「良かった」


 クラリスは左手にノート、右手にペンを持ちイーサーを包み込んだ。


「じゃあ、イーサーのお名前を教えて。本当のお名前よ、憶えている? 」


「うん。ヨシア・フォン・イーサー」


「そう、良かった」


 クラリスの右手が動いた。ゆっくりと、しっかりと。まるでペンの動きが此処にまで伝わってくるようだ。


「M・J・クラリスはヨシア・フォン・イーサーをアビアス学園に入学させる事を希望します」


 そして、クラリスは書き終えた。その途端、ノートは再び浮かび上がり、宙に溶けていく。


「お! 今度は叶ったようですね。おめっとサーン! 」


 復活し、軽薄に叫ぶ実況者とは反対に、クラリスはその場に崩れ落ちた。それでも、私たちは手を休める事すら出来ない。苦無彩影と取り巻き連中が諦めたのは、その15分後だった。



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