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お節介者

・お節介者。


<7> 閉会の場


 優勝者の会見が始まった。相も変わらず実況者は喧しく叫びまわり、解説者はガサツなツッコミを繰り返している。


「まるで夫婦漫才ですわ」


 私は腕を組み、観客席の最後尾に寄りかかっていた。隣にはデル・ツヴァイリヒト・ボロックスが立っている。


「でも、苦無先生は見る目がありますわ」


 予想通り、優勝者にはM・J・クラリスだった。


「完全実力での勝利では有りませんが、それでも優勝には変わりありません。残念でしたわね、デル・ツヴァイリヒト・ボロックスさん」


 私の言葉に、隣の狼系獣人の美少女は肩をすくめた。しかしそれは何の意味も無い、只のポーズである事は明白だ。


「別に、それ程でも」


 それは、陰影のある声色にも表れていた。彼女には怪我も無く、呼吸すら乱れが無い。負けたという実感は無いのだろう。


「優勝の証として、M・J・クラリスは何を望むかしら? 分かります? 」


「分かる筈ない」


 彼女は吐き捨てるように言った。短いその言葉は、“一刻も早く私から離れたい”という気持ちの表れだ。いきなり接近した私に、警戒心を持つのは当然だ。


「貴女は何をお願いするつもりでしたの? 」


「忘れちゃった」


「そうですか」


 私にもどうでも良い事だった。私が彼女を引き留めた理由はこんな無駄話をする事では無い。


「それより、羊角さん。あたしに何の御用ですか? 」


 出会ってからの彼女に隙は無かった。

狼系はスピードや攻撃性に優れている獣人だ。だが、真に狼系の強みは皮膚感覚だと私は考えている。つまり、危険を察知する能力の事だ。そして、彼女を見てその考えがハズレで無い事を知った。


「狼さんが羊を怖がること、ありませんわよ」

 

私は微笑みを彼女に向けた。


「そんなに凄まないで。ゴロピカドンは苦手なの」


「冗談が上手ですわ」


「巧いのは貴女でしょう」


 デル・ツヴァイリヒト・ボロックスの言葉に驚いた振りをする。


「心外ですわね」


 彼女はニコリともせずに首を振った。誤魔化すな、というゼスチャーらしい。


「結構ですわ」


 私は十分に満足をする。やはり彼女は皮膚感覚に優れていた。しかも勘が鋭い。私には彼女が必要だ。


「改めて、自己紹介をいたします。私、サタナキア・ウエストランドと申します。親しいお付き合いをお願いできませんかしら? 」


「断ったら? 」


「ゴロピカドン。ですわ」


 ボロックスは無言で肩を竦める。了解、もしくは諦めの意思表示だろう。


「とても結構ですわ」


 その時、観客が騒ぎだした。私は舞台を意識していなかったので、その理由が分からない。


「何事ですの? 突然」


 呟くと、ボロックスがすんなりと教えてくれた。


「M・J・クラリスがイーサーの家を知りたいと言ったわ」


「まあ、優しいヒト。折角の機会をあの子に譲るなんて」

 

 私は目を細め、クラリスを見る。そして、隣のボロックスに訊ねた。


「そう思いません? 」


「まあね」


「本当は何を望んでいたのでしょうね。彼女は」


「そうね、何かしらね」


 優勝者である三つ編みお下げの少女は、地味で優しかった。なのに、他人を軽く凌駕する強さを備えている。私はそんな彼女にも興味を持った。そして、彼女の望む物が想像できる程、容易いもので無い事を祈った。

強さ、美しさ、賢さ、権力、お金、永遠の命。

 この類を望むのは大抵、自己顕示欲の強い暴れ者だ。クラリスはその類で無い。


「きっと難しい事ね」


ボロックスが言った。


「勘だけれど」


ボロックスの言葉に、私は心底からにこりとできた。

 


 実況者の叫びが会場内に響いく。


「何だと―! 優勝者の希望、望みが叶えられなぃ? そんな事が、許されるのかー! “舞台”は“契約”の場だぞ! 偉大なる方々は一体どうしたんだぁ」


「どうしたのかしら? 」


 私の興味はやはり、舞台には無かった。だから、ボロックスに訊ねた。


「クラリスの依頼が執行者から拒否されたの」


「まあ。初めてのケースだわ」


 アビアス学園の武闘大会である“舞台”は“契約”の場だった。

舞台の優勝者は執行者と呼ばれる存在と契約を交わす事が出来る。そして、交わした契約は完全に執行さるのだ。


「アビアス学園伝統の破綻ね」


「アビアス学園伝説の誕生よ」


 ボロックスは肩を竦める私も真似て、肩を竦めた。

驚きと喜び、歓声と罵声でざわつく会場に苦無彩影の声が響いた。


「学園側から説明させていただきます。

えー、優勝者、M・J・クラリスさんの依頼は迷子のイーサーちゃんを家族の元へ届けてほしいとの事でした。だが、執行者はそれを拒否しました。初のケースなので説明を要請したところ、以下の回答を得ました。


1)少女の家族は存在しない。

2)自宅と呼べる場所、施設も無い。


既に、派遣した調査隊からの報告により、執行者の回答が事実である事が分かりました。

この事態に学園側も困惑しております」


 観客は少女への同情的な声と非道的な声を上げる。どちらにしても彼等には何の関係も無い。無責任な立場にあれば、ヒトは同情的にも非道的にもなれる。さらに、恥もプライドも無い。


「ここで、私は疑問を持ちました。

そもそも、少女が発見されたのはダウンタウンです。あのような場所に幼い少女が一人でいられるでしょうか? 」


 苦無彩影がヒステリックに叫んだ。好かない教師だが、こんな変貌はらしく無い。


「絶対に不可能です。あのダウンタウンですよ。最危険地域です。実際、M・J・クラリスもトロールに襲われました。クラリス並みの実力者でなければ、単独での撃退は難しかったでしょう」


「マジか! マジマジか! マジだ! マジマジだ! 」

 

実況者の軽薄な合いの手が入る。黙ってて、と苦無彩影は実況者を殴る。それでいい。


「ダウンタウンは都市伝説の宝庫です。でも、それらはまるっきり嘘ではない筈。煙が有る所には必ず、火種が存在する。火種となる幻は確実にあるのです」


「えー! じゃあ、あんなコト、こんなコトは現実に有ったと? 」


 めげない実況者が叫ぶ。タフなだけなら、このゴブリンはかなりのレベルだろう。


「はい。恐らく、間違いなく有った筈です」


 真偽怪しげな言葉を連ねた苦無彩影は暫し間を置く。

観客の意識、視線がイーサーちゃんに集まるようにしているのだろう。悪意に満ちた視線ばかりだと認識しているくせに。


「年増女の扇動は質が悪いわ。教師だけあって嫌味な奴よね」

 

私は思わず呟いてしまった。隣のボロックスが“そうなんだ”という視線を送ってくる。


「私、苦無彩影先生が嫌いですの。ハッキリ言って、ああゆう女はムナクソ悪いですわね」


ボロックスが肩を竦めた。きっと了解か諦め。それが何を意味するのか、これから次第に分かってくるだろう。


「クラリス。イーサーちゃんを此処まで連れてきて下さい」


「でも、イーサーは嫌がっています」


「早くなさい! 」

 

コロシアム上のやり取りがマイクで拾われ、拡散される。私は敵意に満ちた視線をコロシアムに向けた。

コロシアム上にはクラリスと少女がいた。いつの間にか、苦無彩影と実況ゴブリンの姿もある。さらに、その四人を取り囲むヒトたちがいた。


「あの四人は誰かしら? 」


 ボロックスへ尋ねたが、今回は彼女からの答えは無かった。コロシアム上のヒトビトから目を離すこともない。

そんな彼女の態度に今度は私が肩をすぼめた。だが、嫌な気分では無かった。彼女の心情がその表情に現れている。


「来ないなら、こちらから行きます」


苦無彩影がイーサーに近寄った。それを合図に、取り囲む集団が一歩、進み出る。苦無彩影の高慢ちきは知っていたが、イーサーのような少女に対しては余りにも大人げ無い。彼女らの威圧的な態度には私すら怒りを覚えた。


「先生、何をするのですか? 止めてください」


 困惑したクラリスの声が響いた。


「イーサーがなんだって云うの? 只の女の子よ」


「黙りなさい! 」


苦無彩影は容赦がなかった。ピシャリ、と厳しい口調でクラリスを制す。その口調にイーサーはさらに怯え、クラリスに抱き付きついた。

此処からでも細い身体が震えているのが分かる。そんなイーサーをクラリスは背後に庇い、じっと苦無彩影を睨んだ。

私は決心をする。


― 傲慢な手裏剣狂師に鉄槌を!


「止め! 」


 突然、ツヴァイリヒトが叫んだ。何故止めるの、と私は眉を吊り上げ、彼女を見る。


「あんな蛮行は見てられません。野蛮な連中に鉄槌を下すのは常識ですわよ」


「鉄槌は賛成だけれど、クラリス達に近すぎる」


 そうね、思った。実際、バフォメットに向けた雷は、予定外のヒトを巻き込んでしまった。


「そうですわね、じゃあ槌は止めて鎌にいたしますわ」


 私は腕を振り上げた。風を起こし、真空の刃を造り出す。


「私、本当は風使いですのよ」


私は風を苦無彩影に向けた。圧縮された突風は真空の太刀となって、狂師を目掛けて疾走する。が、刃が届く直前、彩影が消えた。刃は無人の空を斬り、コロシアムの床を砕いて離散する。


― チッ!


舌打ちの瞬間、私はふ、ふっと視界の中に影を見た。瞬時に影は輝きを放つナイフへと変わる。

トン、とツヴァイリヒトに肩を押された。予想外だったので、私はバランスを崩した。浮いた髪をナイフが掠めて過ぎて行く。


「危ない先生」


 ツヴァイリヒトは背後の支柱に刺さった小さなナイフを指さした。


「本気で小柄を飛ばしてきたぞ」


「邪魔するなって、事ですわね。マジ狂師ですわよ、苦無彩影」


 切断された髪がふわり、と流れていく。


「掴まって」


 ボロックスが差し出した手を私は握った。薄い掌、細い指先の小さな手だった。だが、至る所に鍛錬の跡を感じる。そして、冷たいようでそこはかと温かい。


「よいしょ」


ボロックスが引き起こしてくれた。こういうの、なんか、いいな、と思う。


「ありがとうございます」


 私の笑顔に彼女は肩を竦めて応えてくれた。私はそれで十分だ。



 コロシアムの上では、クラリス、イーサー包囲網が出来ていた。泣き叫んでいる事は間違いのないイーサーの声は、観客の声にかき消され私達には届かない。こうなると奴らは扇動者でしかない。先程の件も含め、私は我慢の限界だ。


「ボロックス。私は我慢の限界ですわ」


「それは分かるけど。あの先生に先に手を出したのはサタナキアよ」


 既に、私も呼び捨て、ボロックスも呼び捨てになっていた。私には違和感はない。


「そんな些細な事は構いませんの! 殴り込みですわ! 行きましょう! 」


「止めておく」


 彼女はさらりと言い切った。彼女の言葉の明瞭さに私にはショックを受ける。だが、考えてみれば当然だ。ボロックスとは強要から始まった関係だ。しかも、ホカホカ、ほやほやの出来たてだ。むしろ、勝手に盛り上がっていた自分が恥ずかしくなる。

でも、今はゴロピカドンで強要するつもりはない。


「仕方ないですわね。とても残念ですわ」


 真にそう思った。敬語、丁寧語に戻し、私はツヴァイリヒトに別れを述べる。


「それではここでお別れいたします。ごきげんよう」

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