PARADOX.5 こういうことになったらしい
PARADOX.5 こういうことになったらしい
「そのようにまず斬り結んだと思いましたら、そこから留今さんの二連居合『疾風絶刀』が私に迫りまして、風属性の恩恵を受ける彼の速度は私の観察では追い切れないものでしたから予め後方へ僅かに跳んでいたんですよ。明日実が剣先だけでも割って入ったおかげで居合は当たりませんでしたけど、ベクトルが削がれただけでしたから二人まとめて大きく吹き飛ばされました。それとほぼ同時に暁未来の闇属性レーザー『ソウルイーター』が放たれたんですが『疾風絶刀』の二撃目でそれは両断、そのまま斬りかかって行きましたが例の『アブソリュート=ゼロ』でそれは相殺。そこからはしばらく暁未来のガン=カタ銃撃ラッシュでした。流れ弾もこちらに飛んできますし吹き飛ばされたこちらとしては回避一択です。零距離で全撃全弾躱してみせていた留今さんはさすがでしたね。それで、私は下敷きにしてくれた明日実に対して『毒蜂群』を撃ちつつ回避その他のために外周を走り回り始めたのでそこからの事は割と見えていましたけど、表現しきるには語彙不足になりそうですね。いつか然るべきところでこの戦いを映像化していただきたいものです。ああ、ともかくまず明日実は私のピンポイントに計算して飛ばすナイフ群をアクロバティックに躱しながら留今さんと暁未来の間に割って入って行きました、ウォールハイクして戦う彼らの間に一足飛びです。足の裏で起こした爆発を推進力にしたようですね。そして壁に剣を突き立てて大爆発を魔法で起こした後、当然に距離を取った二人の内暁未来の方に詰めて行きました。恐らく留今さんより身体能力的に劣るであろうと考えての事だったかもしれませんが、その時の暁未来はレベル999、『ブライトレッド・タイラント』や『クロスエアリアル』といった剣技スキルはほぼ回避・相殺され、『ブレイズウェイブ』や『ヘルヴァーナ』といった魔法スキルは元々の魔法防御の高さも相まって通じませんでした。暁未来はそこから容赦無くガン=カタで反撃に出ます。ですが、しかし、まさか足技の時にも銃撃が撃てるというのは想定外でしたね、ドナーの顕現の時とは微妙に履物が異なっていたことに気付くべきだったかもしれません。何せブーツの踵部分に銃口が隠されていましたから、さすがに明日実も初撃は気付けず回し蹴りの回避の直後に脇腹に一発受けていましたね。そこからは明日実は先程の留今さん同様、いえ、手数が増えたのでそれ以上の猛攻に防戦一方にならざるを得なくなっていました。縦から横から、上から下からの打銃撃の嵐です。暁未来の格闘スキル自体は優秀ではあれ一流ではなかったように見えましたが、やはり遠近両用の四刀流もとい四丁流との組み合わせ、そして本人の完全な計算能力がガン=カタの戦闘スキルとしての完成度を上げているんですね。ジリジリと明日実もHPを削られ始めました。そうしたらそこで、まさかの留今さん乱入です。二人まとめて斬り飛ばす勢いでの居合抜きで。あれを撃たれていたのかと思うと私もぞっとしないでもありませんでした、よくあれを防いだものですよ明日実も。勿論その時も二人はその一閃を跳躍して躱したのですが、これで暁未来の注意は双方向に向けられました。奇しくも階下での戦い方が通じてしまった形になったわけですね、もしかしてヒントだったんでしょうか?……それはともかく、留今さんが暁未来を倒すことに加担したおかげで私も仕込みをしながらそこに加わる事が出来まして。階下で意図せず培われた私達の連携はさすがの暁未来でも長時間捌くのは困難だったらしく、一瞬の間を縫って『シャドウダスト』を張って大きく飛び退いたんです、フロアの中央まで。その時はもう、よしっ!って感じになりましたね。その位置はまさしく私が戦闘開始直後から走り回って仕込み続けていた必殺の大技の攻撃範囲だったんですよ。不可視状態にして空中に対象を包むようにばら撒いた五百本以上の麻痺・毒ナイフをウィンドウの操作で一気に叩き込む全方位攻撃『百花繚乱・殺人蜂』。使いどころが限られていた大技で、今回は適度な広さのフィールドで条件も良くこれで仕留められると確信していたんですが、いざ発動してナイフが放射されるまでのほんの一秒、暁未来は武器を持ち替えたんです。デザートイーグルから、ショットガンに。そして……あれは、本当に反則的でした。ナイフ放射の瞬間に跳躍し、ショットガンをヌンチャクのように高速回転させる事で自身の周囲全方位に高威力の散弾を撃ち続ける『ファイアーワークス』、あれで迫る私のナイフを全て打ち落としたんです。普通信じられませんが、本当に。まさに弾丸の結界……、撃たずとも銃の回転だけで守れるのではないかと思う程の速度でしたけど。結局、私の全てを込めた『百花繚乱・殺人蜂』は暁未来にはまるで歯が立ちませんでしたが、『ファイアーワークス』終わりの着地の隙を闇の煙幕から抜け出た明日実と留今さんが一気に挟撃、不完全な回避をさせられて床を転がった暁未来を私の僅かに間合いを詰めて放った『九重麻痺蜂』で即座に追撃しまして、更にそこから飛び退こうとした暁未来に遂にたった一本だけですが麻痺針を左脹脛に打ち込むことに成功したんです!……しかし、そこで私は油断しました。暁未来は本来魔法に特化した人だったことを失念していたんです。麻痺したはずの脚で高く跳躍した暁未来は『ブラックネメシス』を私達に撃ってきました、しかも部屋を埋め尽くすほどの蝶を一気に舞わせて。その時はさすがに、私以外の二人も戦慄の表情を浮かべていましたね。ですが、さすが明日実は対応が早かったです。一番耐久の無い私の元に即座に近寄り、蝶が爆発する刹那、円形に炎を生み出して炸裂させました。そうしてまず蝶を誘爆させ、そしてほぼ同時に私達を守るように炎の柱を噴き出させて爆風を防ぐという荒業をやってのけたんです。当然、室内は黒い爆炎に包まれ、私達もさすがに無傷というわけにはいきませんでした。そして爆煙立ち込める室内は完全に視界が遮られてしまったのですが、突如その視界を覆う煙が黒い影の飛来と共に猛烈な風で消し飛びました。私その風圧で目を瞑ってしまいまして、気付いた時には私の目の前から一直線に留今さんが暁未来に向かって飛び出して行くのが見えたんです。そして繰り出された瞬速移動の七連斬撃『七星嵐舞』を一、二撃受けた暁未来は、再び留今さんから距離を取ります。で、そこに満を持して待ち構えていたのが、二刀に紅蓮の炎を宿して笑みを浮かべていた明日実でした。舞うように、剣閃で炎の竜巻を生み出す怒涛の連撃『ヴォルケーノテンペスト』を暁未来に対して放ちました。暁未来はやはりそれを二丁拳銃での『アブソリュート=ゼロ』で全て相殺しようと、こちらも僅かに笑みを浮かべて迎え撃ちました。暁未来としては、本気の全力になれて悦んでいたのかもしれません。……一撃、二撃と、剣と銃の火花が散り始めました、明日実の剣を全て暁未来は相殺して行きます。ですが、明日実の剣は止まる事無く舞い続きました。そして明日実の『ヴォルケーノテンペスト』19撃目が、『アブソリュート=ゼロ』を超えて暁未来の体を斬り上げ、最後の20撃目の大火球叩き付けが暁未来に直撃しました。そう、攻撃を相殺する『アブソリュート=ゼロ』の唯一の欠点は連撃だったんですよ。最大相殺数18を攻め切る事こそが唯一の攻略法だったんです。そうして遂に暁未来のHPが1になり、床に叩き付けられた暁未来は気絶したのか起き上がって来ませんでした。ですが、中空にいた明日実はそこから更に攻撃を放ったんです。足先に生み出した火球を回し蹴りで、暁未来に斬りかかろうとしていた留今さんの目の前に飛ばして。そこは明日実の読み勝ちでした。それにより二人は改めて相対する事になり、初めてHPを回復する隙が生まれたんです。……その隙に、私は最後の足掻きとばかりに『麻痺蜂』を留今の背中に突き立てました。突き立てたと言っても留今さんは常に風の鎧に守られていて投擲器が効きにくく、入りは甘かったんですが。それでも振り返った留今さんの表情を見るに少しは麻痺効果が効いていたんでしょう、してやったりです。……それで私のHPがマイナスになろうとも、やらねばならぬと思ったんですよ。私の心も、その時決まりましたしね。そしてそこからは、長刀と双剣の一騎打ちになりました。あ、巌流島の戦いになりそうな図式ですね。勿論戦闘の次元は違いますが。二人は最早小細工抜きで正面から斬り合い、撃ち合い、暴れてくれました。戦場を縦横無尽に駆け巡り、持てる全ての能力を駆使して。『プロミネンスネイル』、『疾空連刃』、『虚空閃牙』、『ノヴァドライヴ』、『フレイムエンゲージ』、『烈風無双』、『アクセルストライド』、『竜風旋穿』、『ガトリングメーザー』、『流星沙雨』、『斬像紫電』、『ヴァンイーグル』、『風花絢爛』、『ヒーティアオブフェアリー』……。見たことの無い技・魔法の連続で、私も身を守る事を忘れる程に見蕩れてしまいました。それほどに二人の戦いは凄まじく、美しかったんです。撃ち合いそのものはそれほど長い時間ではなかった筈なのに、もう何時間も戦っているみたいな感覚に陥ったものですよ。……ですが、二人の戦いは意外な形で決着がつきました。『Rドラゴニアファング』と『絶空天翔』の斬り結び、その時に留今さんの刀が限界を迎えて折れてしまったんです。二人の戦いの結末はスキル使用によるHPの消耗戦になるかと思いきや、ですよ。それでも留今さんは折れた刀で最後まで戦い抜きましたが、やはり最終的には明日実が再びの『ヴォルケーノテンペスト』で留今さんに致命傷を与える結果に終わりました。」
「ああ、やっと終わったんですか」
長かった。とても長かった。
この人の中では映像込みで解説してくれているのだろうけど、その映像が私には伝わり切らないのでその内に秘めた興奮がいまいち理解し切れない。いや、理解が追い付かないと言った方が正しいかもしれない。他人が見た映画の感想を聞いている気分になって来る。
12月31日、もうじき24時。火蓮家のリビングにて。
今こうしてお伝えしている私、火蓮実影の前には、今朝突然押し掛けるようにやって来た蒼衣昨夜さんという方がいらっしゃいます。私と同い年だそうですが、全然そんな感じがしません、雰囲気が大人びています。
これが、異界で生き抜いて来た人だけが得られる貫録というものでしょうか?
「あの……、それで結局、そこでお姉ちゃんがその戦いに勝ったって事でいいんですよね?」
延々と異界でのことについて一日中話されているのでもう短く纏めたくなってきます。さっきの会話もあそこが最初じゃないんですよ。
「あ、いえ。そこからまた復活した暁未来との大魔法合戦が繰り広げられたり、私と明日実、そして他の二人との三つ巴の戦いになったりと」
わお、続きがありました!
ピンチです。そこをまた語られると本気で年を越しかねません。飛ばせるところは飛ばしてもらいましょう。
「あの、それで結局蒼衣さんはどうしてここに来たんですか?」
この戦いの結果だけは世界中の人が知っています。12月25日の深夜1時頃、お姉ちゃんの名前で世界中の人々に通達がありました。
『異界の二代目管理人には、私、火蓮明日実が就任する事となりました。ただし、先代の暁未来が広報したような文明改革は即座には行いません。残された今という時間を、どうぞ皆様堪能してください。それでは、メリークリスマス&良いお年を』
そうです。お姉ちゃんは遂に神様になってしまいました。そんでもってまだ帰って来ません。
しかしこの蒼衣さん、ここにこうしているという事はその決戦の最中に死んで戻って来たという事でしょうか。
「私は別に死んで強制送還されたわけではありません」
何と、私の思考を読んだかのようなお答えです。
「お疲れのようですので残りの戦闘の話は端折りますが、あの戦いが終わった後すぐ、明日実は文明改定の下準備に入りました。私もどういうつもりか詳しくは教えてもらっていないのですが、明日実から『大晦日には妹と一緒にいてあげてくれる?』という依頼を受けましたので」
「そ……、それで素直にここにいらしたんですか?」
「ええまあ。その時、出来るだけ異界での明日実の様子を伝えて欲しいという事も言われましたので」
この人、素直です。良い人です。
ただお姉ちゃんの様子なんて聞かなくても何となく分かりますし、聞いた限りでは本当に思った通り自由に楽しんでいたんだなぁという印象でしたけど。
体良く追い払われたんではないでしょうか、蒼衣さん。
「ところでその……、蒼衣さんは、ご家族と一緒に年越ししなくていいんですか?」
言ってしまえば、オンラインゲームで知り合った人の家に押しかけて年越しパーティしているようなもので。それは年頃の娘の行動としてはどうかと思うけどな。お姉ちゃんがいるから私が言えた義理ではないかもしれないけど。
「私の事はお気になさらず、どうせ母は病院ですし」
うげ、さらっとヘヴィに返されてしまった。
「それに、明日実が私の家族の事も上手い具合に解決してみせると豪語していましたので。それを信用させてもらっています」
おねーちゃーんっ!!
世界の前に、人ん家の問題の前に、自分ん家の問題解決してよぉ。
「まあ、何やかやで誰もが妥協出来る着地点を見つけたようですから、しばらく待ってみましょう。恐らく年越しの瞬間に何か起きるでしょうから」
どこまでも冷静に話しながらお茶をすする蒼衣さん。同い年として見習いたい反面、不気味というか不思議です。何をどうしたらこんなに悟ったような、諦めたような性格になれるのか。
「……あの、聞いても良いですか?」
「はい。何ですか?」
「……お姉ちゃん、の事、どう思ってます?」
うーん、我ながらぼんやりとした聞き方をしてしまった。お姉ちゃんなら怒るだろうな。
それでも、蒼衣さんはしっかりじっくり考えて私に答えてくれました。
「…………自己中、ですよね」
「そ、う、ですよ、ね……」
「けど、誰かのためになる自己中であることが出来る人、だと思いますよ。自分のために誰かを助けることを認めるのは、意外と出来ないものです。それに自分のためにストイックになれる面も持ち合わせていますし、私自身は一人の人間として尊敬出来ると思ってはいますが」
「あ……、そう、なんですか」
褒められたよ、お姉ちゃん。気持ちとしては何か複雑だなぁ……。
「総評しまして、付き合うには疲れる人ですよ」
上げた後落とした!持ってるなあこの人……。
すると、今思い出したみたいな表情を蒼衣さんがしました。
「いつだったか、こんな事を明日実が言っていましたね。『あたし達みんな勿論違う人間なんだけど、何か五人で一人って気もするんだぁ。……いや違うかな、元々一人のド自己中な人間があたし達五人に分かれた、って方がしっくり来るかもね。だからこそ、好き勝手やってたってどーにかなってんじゃないかなぁ?』とか何とか。あの時は何心外な事をと思いましたけれど、今こうしてどうにかなりつつある現状を見るに、小指の爪の先くらいにはそんな気もしないでもない気がしなくもない気分にはなっている気がします。怖いですね、慣れって」
それって慣れの問題なのかなぁ……。そして凄く薄っすらとした気がしてるんですね、万分の一くらいに希釈されてるやつを。
それにしても、あのお姉ちゃんがそんなこと言ってたんだ。基本的に他人に関心を持たない自己完結人間だったのに。……それだけ、異界で出会った人達がお姉ちゃんにとっては魅力的だったんだね。
「……じゃあ、他の皆さんはお姉ちゃんがやろうとしていることに納得しているんですか」
「それはどうでしょうね。少なくとも私と、まあ新しい物好きの暁未来は納得しているのでしょうが、留今さんとシャンネプさんに関しては分かりません。戦いの結果ですから受け入れてはいると思いますけれど」
話を聞く限り、暁未来さんは嬉々として協力してそうな気がする。お姉ちゃんとタッグを組めば最強最恐最凶最驚最興のシステムを創れるだろうから。何せ現代に生きる天才二人だものね、ひょっとしたら12年後にはまた別の天才が生まれるのかな。
それにしても本当にお姉ちゃんは何をしでかすつもりなんだろう。前回暁未来さんがどれだけの時間を改定にかけたのかは知らないけど、管理人になってから改定に一週間かけているのが果たして長いのか短いのかも分からない。時間をかけてる時点で適当な事をするつもりはないんだろうけどね。
気付けば時間もそろそろ零時。蒼衣さん曰くそのタイミングで改定は行われるとのこと。また12年前と同じように世界中の人間が一瞬ブラックアウトして書き換えが行われるのかと思うと何だか身構えてしまう。
私や蒼衣さんの携帯にも未だに何の連絡も来ないという事は、お姉ちゃんは私達も特別扱いせず改定に巻き込むつもりなのは確定だ。本当にどんな世界に、世界観に連れて行かれることになるのやら……。
「……と言うより蒼衣さん、本当にお姉ちゃんがどんなことするのか聞かされてないんですか?」
いくら拳を交えて戦ったような仲とは言っても、何も知らされずにお姉ちゃんを全面信用出来るほど蒼衣さんだってバ……、もとい、お人好しじゃないだろう。最低でも基本方針くらいは聞かされている筈なのだ。私はせめてそこを知っておきたい。つか出来ればお姉ちゃんから教えて欲しかった。
蒼衣さんは、眉間に少し皺を寄せてから唸りを交えて言った。
「そう、ですね……。強いて言うなら、パラレルワールドを創るとか―――」
――――――――――――――。
あ……、え?
「……んが?」
蒼衣さんがいつの間にかテーブルに突っ伏していて、変な声を上げながら起き上がりました。涎垂れてますよ。
かくいう私も似たようなもので、椅子にもたれて口を開けたまま天を仰いでました。じゅるり。
「まさか、今のが……!」
涎に未だ気付かない蒼衣さんが、急に立ち上がって辺りを見回します。私も見回しますが、特に代わり映えの無い我が家のリビングです。
と言うか、蒼衣さんのこの反応でさすがに私も勘付きました。
「文明の改定、ですか!?」
「ええ、多分。今の一瞬の意識の途切れ、間違いありません!」
不意打ちにも程がありましたよ!何ですか、脈絡の無い!!
テレビを見ると、時間は23時58分。音声は環境音以外何も聞こえて来ない。
それもその筈、画面にはスタジオで倒れ伏している人々の画が映っているのだから。公共のシステムが事象の証明なってくれているため、私達の理解は早めに確実になる。……電車の脱線事故とか起きてないかな?
けど、これが改定か。何だか強制終了されたパソコンの気分だなぁ。前もって情報の備えがあった私達はともかく、他の世界中の皆さんは見ての通り立ち上がりが遅いんだろうね。
「宣告メールは……まだ来てないか」
蒼衣さんが携帯を確認する。私も自身の携帯とホロタブレットをチェックしてみるものの強制DM等はまだ来ていない。お姉ちゃんが送り忘れているんだろうか?
「ジャッジ・システムにも特に変化は無いようですね。という事は、今までの文明は維持したままという事になりますか。……それでどうやって私の事を解決するのよ」
あ、ぽそっと地が見えた。
でも確かに、文明レベルの理不尽的加速なんかは起きていないっぽい。そうなると、一体何がどう変わったって言うんだろう。説明が無いと何も分かんないよぉ、お姉ちゃん早くして欲しい。
と、パタパタ階段を下りてくる音が聞こえて来た。上にいたお母さんかな。
「み、実影ちゃん!」
「どしたのお母さん……、って、目ぇ真ん丸にしてどしたの!?」
どことなくハァハァしながら動揺しているお母さん。何を見たんだ。
「そ、外……」
「外?」「外?」
蒼衣さんとユニゾン。すぐさま二階に駆け上がりベランダから外を確認しました。
すると――、
「!?」「!!」
驚きで私達は絶句です。お母さんの気持ちがよく分かりました。
「そう……来ましたか」
蒼衣さんは、一目でそれがどういうことなのか分かったらしいです。
……木が、生えていました。
とても、とても大きな木。
二階からでも見上げなければ頂点が見えない、空を覆おうとするみたいに巨大な枝葉を広げて、高く、高く伸びた木。
どこから生えているのか定かではないけど、どこからでも見上げればそこにある事が分かる程の、雲を貫いて生える広々とした木が。
「……さしずめ、『異界樹』とでも呼ぶのでしょうか」
「異界樹……」
ユグドラシルという名前の世界樹は聞いたことがある。むしろこの前までやっていた大作RPGにも出て来ていた。世界の安定の象徴みたいなものだ。
それでは、この異界樹(仮)とは、何の象徴になるのであろうか。
決まっている、改定の象徴だ。
あれは、異界そのものだ。
お姉ちゃんは、異界を世界に連れて来た。
……それだけ?
いえいえ、それだけでも大問題です。
木と私は表現しましたが、実際問題あれは木ではなく、島です。もの凄く俯瞰して見れば木ではなく椎茸に見えてしまうかもしれませんが、それではあんまりなので木と表現したまでで。巨大な島が一本のど太い岩で支えられているのです。
しかも具体的な大きさを推測で表現するならば、高さはおよそ2000m、枝葉に相当する島の部分は何かもう関東地方をすっぽり覆うんじゃないかというくらい空平線を占めています。幹に相当する部分は方角からしてさいたま市方面だと思われ、直径は見た限りでも1kmはくだらない。
そんなものが突然生えてみてご覧なさいよ。幹周辺の建造物は崩壊、異界樹の下には陽の光は届かず、最悪この木が折れでもしたら関東地方がぺっちゃんこですよ。どんな時限爆弾ですか。
それに何より大問題なのは……、魔物とかどうするの!私達一般人なんだけど!?
「ああ……、そういうことだったんですか。パラレルワールドという表現も、あながち間違ってはいないという事ですね」
一人で納得していないで欲しいんですけど蒼衣さんっ!
「暗いから分かりにくいかもしれませんが、よく目を凝らして異界樹を見てみてください」
「は、はぁ……?」
目を凝らしてと言われても……、何も変わったところは無いように思えるんだけど。いや、存在自体が純度100%で変わってるけど。
……………………あれ?
「気付かれましたか」
「いや、気付いたと言うか何と言うかですね。そんな気がするレベルの事ですけど……」
「はい」
「どことなく……薄い、ような……?」
確かに厳然とそこにそれはあるんだけど、私の頭上にも島は広がっているのだけど、圧迫感が感じられないと言うか。言うなれば、ホログラムに近いようなものを見ていると感じられてきた。
「その感覚で間違っていないでしょう。恐らくは、異界というものを視覚出来る次元までこちらに近付けてきたのでしょう。ここにあってここにはない、歩いて行ける隣の世界にしてしまったんです。きっと、あの異界樹には通常触れることも出来ないのだと思います。地球側には何の物理的影響も出していないと思いますよ」
冷静に語っていただいて恐縮なんですが、蒼衣さん。
……何言ってんすか?
ポーン。
「!」
突如、ジャッジ・システムがアラートを告げる。
「…………」
新年、あけましておめでとうございます。
「じゃなくて!」
そんなサブジェクトで始まっているDMが届いて、ホログラフィティで浮かび上がっていた。
全人類待望の、新しい年、新しい世界、新しい仕組みをお知らせする、お姉ちゃんからの本当の宣告だ。
除夜の鐘よろしく108回鳴ってくれも、煩悩を払ってくれもしないけど。
「改定ではなく、宣告の方を零時ちょうどにするとは。あまり美しいとは言えない気がしますね」
「ああー、それは多分お姉ちゃんなりの気遣いなんでしょうね」
つまり、不意打ち的な意識のブラックアウトから全人類が平均的に目覚めるのがおよそ2~3分だろうし、みんな新年は祝いたいだろうから、新年と信念の成就を同時に行えるようにっていう、そんな自分理論の気遣い。
他人から見て美しくなくとも、辻褄が合ってなくても、自分の中では完璧ならそれが正解。そしてそれをいずれ世界の正解にしてしまう。それが天才たるお姉ちゃんの怖いところだ。
バトル漫画っぽく言うなら、それがお姉ちゃんの固有スキル『自己完潔』なのだろう。
なんちゃって。
「……さて、そろそろ皆さんこの状況に混乱し始める事でしょう。少しだけ空気の静寂が薄れてきた様子でもありますし、私達だけでも先に理解をしておくことをお勧めしておきますが」
微妙に蒼衣さんの視線が痛いんですが。でもその通りはその通りなのでその通りにしましょう、言われた通り。
ではご紹介。これがお姉ちゃん発の、初ではない宣告文であります。
『 宣告文 火蓮明日実
おはよう。こんばんは。そしておめでとう。
新しい一日の、新しい一年の、新しい世界の始まり。
そして、夢も希望も関係無い、夢みたいと希望する現実の世界の始まりへようこそ。
ご挨拶を遅らせましたが、この度、世界の仕組みを更に書き換えさせていただきました。第2代管理人を襲名した日本の女子高生、火蓮明日実と申します。以後、お見知りおきどころか必ずご記憶下さった方がよろしいですよ。
さて、先代管理人である暁未来全面協力の元、今回私は二つばかり世界を弄らせていただきました。ああ、12年前と違って、それ程大仰に文明は加速してませんのでそこはご安心をば。
まず、世界中の空に7つの大陸を顕現させてもらいました。これは、もうすっかり皆さんお馴染みの異界を7つに分断して地球上に散らせたもので、最初にこれを見た方が名付けたものがしっくり来るので、これを『異界樹』と呼称する事になりました。覚えといてね。
これまで異界なんて物を信じて来なかった現実逃避野郎共も、これで信じないわけにはいかないでしょう。自分の目で見えるんだから。それでも疑うなら即座にその眼球をガラス球にでも入れ替えなさい。
そしてもう一つ。今後私が管理人でいる限り、異界の魔物達が地球上を闊歩します。地球と異界が一体化したんだから当然ですよね。
ただご安心を。地球から異界に、そして異界から地球には直接関与することは出来ません。関与したければ、ジャッジ・システムを使って此方から彼方に渡りなさい。魔物を倒せば異界での経験値も溜まり、ちょっとした小遣いにもなるからお得だヨ。勿論、下手すりゃ死ぬけどね。その辺の細かい規則は別途添付資料をきちんと確認してからにしてな?
……さて。何であたしがこんな書き換えをしたのかって事だけど。
あたしは、今までの世界に飽きた。
何の興味も沸かない、目指すものも何も無い、怠惰と無力に堕ちた世界に。
なんで、もういっそ世界観ごと作り替えることにしました。
もっと楽しく、誰もが自由に、生きたいように生きれる世界に。
虐げられていた人は、あたしの手を取ればそこから解放されるだろう。
腐りきっていた人は、あたしの手を取れば新鮮な世界が待つだろう。
恵まれていた人は、あたしの手を取れば一からのスタートを切れるだろう。
ただ、確かにあたしは新しい世界観を提示したけど、それを受け入れるかどうかはあんた次第だ。
今までの温い緩い世界から抜け出たくないならそれもいい、あたしは何も強制しない。世界観は書き換えちゃったけど、その書き換えを無視するならすればいい。それも自由だ。
だけど、あたしはこの書き換えが正しいと信じてる。あたし達の遺伝子が次の次元にシフトするためのものだと確信してる。
だから、付いて来ない奴は置いて行く。あたしは勝手に進ませてもらうから好きなだけそこにいればいい。あたしはちゃんと提示したからな?
……けど、いつまでも選択に時間はかけさせない。付いて来ようが来るまいが、12年経ったらこの世界観は強制終了だ。
誰もあたしに文句を言いに来ないなら、あたしを超えようと思う奴が現れないなら、あたしは間違ってると誰も思い知らせられないなら、もうそんな世界に用は無い。要らない。消してやる。地球も、異界も、全部揃って消滅だ。両界の主も了承済み。
脅しでも何でもない、あたしはやるよ。もうそれは始まってる。
まあ信じないならそれでいい。いつまでも勝手にこの世界が続くと思っていればいい。それも自由だ。事実から目を背けて生きることは恥じゃない、あたしはそれを否定しない。
ただ、あたしに信じさせてくれ。この世界は楽しいんだと。生きる価値があるんだと。
このあたしがありのまま……、自己中に生きてて笑っていられるって事を。
タイムリミットは12年、あたしは異界の何処かにいる。逃げも隠れもしない。新しい世界を楽しみたいから放浪はするけど。
それまでにあたしを捕まえて、異界にある管理塔までおいで。そうしてあたしに勝てば、晴れてこの世界は継続だ。あたしからこの世界を救ってみせな?
当然、異界に行かなきゃ始まらない。そのための手段は与えてやった。
でも、これは決してゲームじゃない。一度死ねばそれまでだ。二度と自分の手で世界は変えられない。
自分の手で物語の主人公になるか。陽の当たらない穏やかな脇役になるか。
ここから先は……自分で決めな。
そして亜人さん方、あたしの欲望に付き合わせちゃって悪いね。恨むんならあたしを恨みな。
でも、まあまあ異界も生きたし、あんたらにも選択肢をやったつもりだ。
今まで通り殺伐とした楽しい世界を生きるも良し。地球で穏やかな世界を生きるも良し。
けど、やっぱりタイムリミットは同じだ。そして本当に地球に渡るなら、二度と元の生活には戻れない。あんたらにとっての選択はそういうことだ。勿論どうしようと自由だけどね。
自由……。素敵ながらも残酷な言葉だよ。
誰もが自由に生きてきた結果、地球は自由に生きられない世界になったんだから。
……さて、あたしから伝えたいことは以上だ。
あたしはあたしが楽しむためにこの世界を創ってこの世界を消す。
そんな自己中なあたしのパラドクス、皆もついでに楽しんでくれ。
決して、悪くは無い筈だ。』
……相変わらずです。
お姉ちゃんらしく、お姉ちゃんらしくない。
似合ってて、似合ってない。
結論。お姉ちゃんは崇められる神様ではなく、倒されるべき魔王になってました。
「……あなたのお姉さんは、随分と思い切ったことを無断でするものですね」
同じくらいに読み終わったらしい昨夜さんが溜め息交じりに言いました。それもそうでしょう、二つの世界を統合するなんて大それたことしたんですから。夢と現実をごちゃ混ぜにしたようなもんです。
「何か……、スミマセン。愚姉がご迷惑をおかけしまして」
「迷惑ではありませんよ。可能性としては考えていたことです。むしろ、こんな世界観が大好きな方は多いのではないでしょうか。そもそも異世界に飛ばされて大冒険の結果、ヒロインと恋の一つでもして都合良く元の日常にもマジカルでリリカルな設定を持ち帰る、なんてものは、鉄板かつ人気なお話ではないですか。誰もが一度は妄想見る事ですよ。その可能性を強制的にとは言え齎した明日実に対して感謝する者は少なくないでしょうね」
悲しいことに、私もそちら側の人間だったりします。身内が原因でなければですが。
「それにこれは、私達三人との契約の結果でもあるのですよ。暁未来の未来、風見留今の現在、私の過去を叶えるための明日実なりのウルトラC、それがこの世界観なのです。元々ぶっ飛んだ手段で書き換えられた世界観ですからもっとぶっ飛ぼうが構わないということですね。真っ当に修正する必要も常套な対応をする必要も無いんです、変化球だろうが危険球だろうが最終的に瑕疵無く綺麗に終わればいいのですね。まあ、私の過去に関してはこれだけでどう解決したのかは知りませんが……」
そう言うと、昨夜さんの携帯が鳴りました。通話のようです。
邪魔するのもあれですので、その間に頭の中で情報を整理しましょう。
お姉ちゃんが添付した資料によると、ジャッジ・システムに新たに組み込まれたDimension Positioning System略してDPSで一時的に地球から異界に行けるようになりました。いえ、干渉出来るようになりました。逆もまた然り。
そうして互いの世界を体験し、体感し、その結果どちらの世界でどう生きるかを決めろという話です。決断のリミットは12年、干支一周分ですね。
そしてそれまでにお姉ちゃんを、お姉ちゃんの志を誰かが倒さないと、世界は終わりです。お姉ちゃんがそう言うなら本当にそうなんでしょう。あの人は冗談は言っても嘘は言わない人です。冗談と嘘の違いはよく分かりません、本人の中での線引きがどこかにあると信じましょう。
でも、そこがよく分かりません。何故お姉ちゃんを倒す必要があるんでしょう?
お姉ちゃんは、誰がどういう選択をしても構わないと言いました。否定しないと言いました。なのに付いて来ないなら置いて行く、自分を超えられないなら世界を消すなんて矛盾を堂々と言うなんて。お姉ちゃんの中でどう繋がってるんでしょう、アホなんでしょうか?
……もしかしてお姉ちゃんは、世界を敵に回してみたいだけなんじゃないでしょうか?
いや、いくら何でもそれは無いか。他人の事なんてどーでもよくて上から目線で何でも一人でこなして認めた人しか信用しないお姉ちゃんがまさかそんなこと考えるわけ……。
………………あれ、ありそうだなぁ?
本当にそんな欲求のために世界を消すつもりなんでしょうか。身内にさんざん心配と迷惑をかけてまで?
だとしたら、さすがに自己中で許される範囲を超えていやしませんでしょうかね。
きっと、さすがにこんな事態になれば世界中のお偉い様方が黙っていないでしょう。私も謂れの無い追及をされる事をちょっと覚悟しておかなければならないかもしれませんね。
「――そうですか。ではそのように、ええ。そちらもよろしくお願いしますよ」
電話を切った昨夜さんは、一瞬だけ口元が緩んでいました。可愛いな。
「すみません、私呼び出しを受けまして。お暇させていただきます。」
けど、こっちを向いた時には元の凛とした雰囲気に隠れてしまいました。つまんないな。
「呼び出し、ですか?」
「はい。明日実から」
お姉ちゃんかよっ!?
心の中で華麗なツッコミを決めました。95点です。
「では、折角ですのでDPSの検証をしながらでも向かいたいと思います。能力は以前のままですから、ここから新宿までなら走って三十分もかからないでしょう」
さらっと言いますが、時速四十キロを維持したままひた走るんですか。もう人間技じゃないですよそれ、言うなれば異界技ですかね。
「ジャッジ・ディメンジョンポジショニング」
迷い無く昨夜さんはシステムコールします。すると昨夜さんの体がふんわりと一瞬光って半透明になってしまいました。言った本人もさすがにちょっと驚き気味で目を丸くしています、それはそうですよね。
昨夜さんは妙に納得したように、
「……ああ、物事は多面的であると言うのはこういう風にふと感じるものなのですね。これは冒頭から幸先が良いではないですか」
言い終わって軽く手を横に振ると何かしらのウィンドウが浮かびました。そして幾度かタップすると、昨夜さんの体にブーツや胸当て、ナイフなどが瞬時に装備されます。異界仕様になったわけですね。屋内土足も気になりません、こちら側は汚れないみたいですから。
昨夜さんはベランダの縁に足を掛けたところで、私の顔を見ました。
「立場上、表だって実影さんの支援はしにくくなってしまいますが、私としましてはあなたとは良い友人でいたくなりました。これからの生活で何か困り事がありましたら、いつでも言ってくださいね」
言葉は固くとも年相応の微笑でそう言ってくれる昨夜さんに、私は素直に嬉しさを感じてしまいました。
「はい、頼りにさせてもらいますね」
DPSを使う前に握手でもしておくべきでした。仕方が無いので手を振るだけです。
昨夜さんはそれに手を上げて応え、颯爽と飛び出して行きました。あ、本当に屋根の上を車並みの速度で走って行きますね、実際こうしてみると本当に驚きです。半透明ですけど。
ところで、立場って何でしょうね?
次第にあちこちからざわつきが聞こえてきます。ブラックアウトから目覚めた人達が、訳の分からない理不尽で自己中な消滅宣告に十人十色なリアクションをし始めているんでしょうね。それとも、半異界化した世界に順応してひゃっほうしてる声でしょうか。
かく言う私ですが、これが意外と動揺してません。いえ、さすがに異界樹を見たときは驚きましたが、その後のお姉ちゃんからの宣告を見ても大して何とも思いませんでした。感じたのは、いつも通りのお姉ちゃんに対する何とも表現に困るもやもやです。
……そうですね、例えて言うなら。皆さんは、学校のテストで満点近くを掻っ攫い続けるような優等生に対してこんなことを思ったことは無いでしょうか。
『いいよな、出来る奴は。出来ない奴の気持ちなんか分かんないんだろうな。』
その通りです。出来る人に出来ない人の気持ちは分かりません、出来ない事の劣等感とは基本的に無縁なのですから。
ただ、その出来る人からしたらこう思っているんです。
『いいよな、出来ない奴は。気楽で。出来る人の気も知らないで。』
当然です。出来ない人に出来る人の気持ちは分かりません、追われる、落とされるプレッシャーとは基本的に無縁なのですから。
両極端にある両者は価値観が違い過ぎて相容れることは基本無い、そんな風に思う事でしょう。大体の人がそう思います。
ただ、私のような人からしたらこう思うんです。
『いいですよね、普通じゃない人は。』
出来が良いとか悪いとか、そもそもそんな次元にいない。普通で、平凡で、否比な、いてもいなくても構わない何でもないもの。いくらでも替えが利くもの。ありふれ過ぎて一つ一つの物語など取り上げてなんかいられないもの。
そんな私からしてみれば、どちらの気持ちも分かりますし分かりません。劇的なのです、私からしてみればどちらも。そこからどうこうなっていくことが物語になるのです。
それの何が不満なんでしょう、生きる上での楽しみが溢れていると言うのに。
そしてそんな事を言い出せば、そういう人達はやんわり否定してくれるのです。誰だって自分の物語の主人公だよとか言いやがるのです。確かにそれはその通りではあります、全く同じ生き方をする人なんて存在しませんから。
ですがその中身はそんな人達に比べ価値が低いのです。少なくとも売り物にはなりませんし、誰も楽しませられません。視聴率も印税も取れないのです。これまでのお姉ちゃんの人生と私の人生だったら間違いなくお姉ちゃんの方が波乱万丈です、ベストセラーです、密着取材ドキュメンタリーで高視聴率です。聞きたいですか、私の地味な話なんて?
そんな最高なまでに輝いて、自覚は無くても楽しくてドラマティックな人生を歩んできているお姉ちゃんの傍で14年間生きて来た私は理解したんです。
誰が誰にどんな事を思おうが無意味、与えられた役割からは逃れられないんだから。と。
だから、私がお姉ちゃんに対して感じるあれやこれも誰かに見せる必要の無い事で、最終的には自分の中で消化してしまうどーでもいい事なんです。放っておけばいつの間にか何もかもがどうにかなってしまって、私が何かする必要なんかないんです。世界なんてそんなものなんですよ、然るべき人が然るべき事をするように出来ているんです。私のような一般庶民はつつがなく日常を過ごしてさえいればいいんですよ。
例え非日常の種を与えられたって、わざわざ芽吹かせる事は無いんだ。
「……楽しんでおいでよ、お姉ちゃん」
もうここからは何てことはありませんよ。寝て、起きて、朝御飯です。ちょっとお母さんに事態を説明するのが面倒ですが、すぐ分かってくれるでしょう。今年はお年玉に期待ですね。
あ、携帯が鳴りました。
メールです、こんな時間に。私の数少ないお友達からでしょうか?
部屋に戻ってちょっとベッドに横になりながらそのメールの送り主を確認すると、それは何となく感付いていた相手からでした。
ええ、お姉ちゃんからです。
しかし電話ではなくメール……。そうですかそうですか。
いっその事消去してしまおうかとも思いましたが、それだったら初めから着信拒否にしておくべきであり、届いたものは見なければなりませんしね。ええ人として当然なのです。
さて、今更何を私に話すことがあるんでしょうか?
『SUB:助けて 〈このメールに本文はありません〉』
「………………………………………………………………………………………」
数分の間、その文面を見てから、私は電話を掛けた。
「…………もしもし、夜月ちゃん。あけおめ」
そんな私の声は、どこまでもどこまでも、平坦で、冷静で。
「……初詣なんだけどさ、ちょっと遠くのとこに行ってみない?」
どこからかどこかからか、ほんのり熱っぽかった。