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じこちゅー達のパラドクス  作者: 雪名ひかる
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PARADOX.4 おきてほしいこと


   PARADOX.4   おきてほしいこと



「あー、次はあたしが懐から行くからー」

「足止め、ばら撒きます。流れ弾に当たっても恨まないでくださいね」

「明日実に当たる分には構わん、俺は適当に刻んでおく」

「おおう、あたし大事にしろやい。ヘイト大体受け持つんだぞ、っとぉ。掠って200ダメってとこやねー」

「では、私は直撃すると死にますね。範囲外からひたすらナイフ投げますから、削りはお二方、任せましたよ」

「こいつなら十分程度で倒せるだろ。HPは温存しておけよ」

「えー?回復薬あるんだから多少は派手にやっていいでしょうよー、時間かかるしー」

「まあ、困るのは明日実ですから。躱し切る自信があるならお好きにどうぞ」

「おっけー。ほんじゃあ、ちょいと派手にやらせてもらうわー!」

 ザシュ、ズガガガガガガ、ブオン、カカカカッ、ザムザムザムザムッ、チュドォォン、ザシュザシュ、シュイン、ドスドスドスッ、シュパッシュパッ、キュゥンドガァァァン!!

 以下、こんな効果音が戦闘終了まで基本エンドレスで継続いたします。最早BGM扱いです。あ、当然本来のBGM担当シャンネプちゃんはきちんと仕事してますよ。おかげで色んな意味で戦闘は快適です。

「お、何か来そうー」

「ん」

 あたしの報告で留今が瞬間移動に等しい速度であたしに近寄り、あたしの襟首をグッと掴んで再びの高速移動。これにより壁際まで退避に成功。何か知らんが魔物の咆哮と共に現れた(恐らく広域殲滅系の)落雷の雨を、回復ポーションを飲みながら見物。その間およそ5秒。おー眩しいのぉ。

「あれ喰らうとさすがに痛いかなぁー?」

「試してみたらいかがですか?」

「んー、いーや。ほいじゃ、戦闘再開でー」

「はいはい」

 目眩まし代わりの爆裂魔法を魔物の顔面にぶっ放しつつ、あたしと留今、再び突貫。……たまに昨夜の投げた麻痺ナイフがあたしの目の前を通過するんだが、マジでちょっと狙ってんじゃないだろな。

 そんなこんなで、戦闘開始から経過する事7分。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ふぃー。終わった終わったぁ」

「あ、買い置きのナイフが無くなりそうですね。この先の戦闘は暁未来に変わりますか」

「ならいっそ暁未来に全投げしたいくらいだな」

「……面白くないから嫌だって言ってますよ」

 終始ピリっとしたムードが無いまま魔獣ボルトガルム(体調5mくらいで全身黄色の虎っぽいの)とのバトルが終了し、次の階への機械仕掛けの大扉が開きました。ちゃららっちゃらー。

「あ、レベル上がったー」

「そうですか、おめでとうございます」

「さすがの経験値だな」

 結構登って来たからねぇ、さすがに外の雑魚とは格が違うって言うか――

「あのですね!」

 急に横から甲高い怒鳴り声が。びっくりするなぁ。

「何よ、ロケ係Sさん」

「え、Sさんとは何ですか!普通にシオンと……、ではなくてですね!!」

 Sさんことシオンが眉間に皺寄せまくりで、薄っすら青ざめた顔であたしらに言う。

「何なんですか、あなた達は!」

「……はい?」

 何なんですかと聞かれても。

「ここまでの、管理塔8階までのあなた方の戦い振り……。はっきり言って異常です!有り得ません!!チートと思われても仕方の無い次元ですよ!!!」

「確かにねー。これ見てる視聴者からもそんな感じのツイートが来てるよー」

 フィアからもそんなこと言われた……ってか、あんたケータイなんか持ってたんかい。あ、有可のか。使いこなしてんねぇ。

 そんで、いつこの番組の公式ツイッターが出来たんですか。仕事早えよ、どうでもいいとこだけ。

 あーさて。皆さん付いて来れてるか心配なので、ここいらで回復がてら現状の解説をしておくとしましょ。

 あたし達は数時間程前、12月24日の夜8時頃から管理塔の攻略を開始した。

 そもそもこのラストダンジョンこと管理塔っちゅう物、霊峰の山頂に無機質に聳え立つ灰色の建造物。外から見た段階で首が痛くなるレベルで見上げなきゃいかん程の馬鹿でかい塔というのは分かったんだけんども(外周も一回りするのに歩いて数分かかった)、中に入るとそのだだっ広さは身に染みて分かることになった。

 だってまさかの、1フロア何も無し空間だったんですよ。

 暁未来解説によると、一つの階が直径50m高さ15m程の完全円柱状の建物らしく、昇降部分を含めると高さは東京タワー並なんだとか。そんなもんよくこんなところに建てる気になったなぁとか思ったんだけど、暁未来に「管理人になる前からあったから知ったこっちゃありません」って言われましたよ。そらそーっすよね。

 それで、さっき1フロア何も無し空間だったと言ったんだけれど、厳密には実はそうではなかった。

 あたし達が塔内部に入ると、真っ暗だった空間に突如電源が入ったかのように壁一面が淡く緑に発光し始めた。どうにもそれは壁面全体に埋め込まれている謎の機械達によるものらしく、キュインキュイン小さく鳴るその光景を見てゲーム機の中に入ったかのような気分になったものである。

 それから突然空間の奥から光が視界全てに迫って来るような感覚に襲われたと思ったら、いつの間にかフロアは見渡せる程明るくなっており、その中心におーきなおーきな魔物さんがいらっしゃったんでございますよ。おかしく思うかもしれないけど本当に見たまんまを表現したらそうなんだもん。

 再びの暁未来解説によると、この管理塔は1フロアに一体ちょっとした強大魔物クラスの魔物が居座っており、それを倒しながら上がっていかなければならない仕様になっているとのこと。しかも一度管理塔外に出ると即座に復活してしまうように設定されており、攻略中は別のパーティーが新たに塔内に入って来る事も出来ないために一気に攻略するしかないんだとか。見事な鬼畜設定にしたもんだ、さすが。

 ちなみに3階と6階は迷路になってるって話で。戦うだけじゃつまんないって事なのかね、暁未来的には。

 そしてそして。入ってすぐの1階であたし達をお出迎えしてくれた魔物、神話でおなじみドデカい弓を構えた半人半馬のケンタウロス系の魔物(正式名タワージャッジメント、推定レベル530。まさしく勝てなきゃお帰り下さい的なネーミングだよ)ですが。

 2分程でボッコにさせていただきました。

 これだけに留まらず、2階のボスであるこれまた神話でおなじみ両手斧を持った牛人ミノタウロス系の魔物(正式名タルタロス、推定レベル590)、4階のボスである全身火に包まれた大怪鳥系の魔物(正式名イミテーション・フェニックス、推定レベル620)、5階のボスである分厚い氷の塊で出来た10m級のゴーレム系の魔物(正式名アイスティターン、推定レベル710)、7階のボスである近接武装仕込みまくりでビームまで撃って来る機械人形型の魔物(正式名デストロイア、推定レベル590)×2に至っても、それぞれ10分以内にフルボッコにしちゃいました☆

 本来強大魔物ってのは大勢で戦略を組んで戦うものらしいが、あたし達はこれをあたしと留今と昨夜の3人(正確にはシャンネプちゃん込みで4人)でクリアしている。それだけでも確かに異常っつーかマゾだが、それ以上にシオンに異常と言わしめたのは、あたし達の戦い方。

 ぶっちゃけ、ほぼノーダメージで来ておりまーす。

 あたしと留今がひたすら足を止めず全速力で攻撃をし続け、昨夜が敵の攻撃を投擲器で怯ませて止める。それでも止まらない攻撃はシャンネプちゃんの歌で加速したあたし達が全力で回避するという、完全攻撃スタイルにより実現した通常考えられない、しかしあたし達にとっては至極当然の攻略法である。言っとくが、何の打ち合わせもしてないぞ。

 全回避とか何言ってんの?と一般のゲーマーの方々は思うかもしれないが、勘違いしないでいただきたいのが、これはゲームではないって事ですよ。デジタルに制御されているとは言え、あたし達の動きはパラメータと物理法則に則ったリアルなものだ。確実に喰らう攻撃なんか存在しないし、言い換えれば全方位攻撃でもない限りは回避できるポイントが絶対に存在するのだ。敵の図体もデカいし、全方位なら離れればいいんだし。

 そしてソロならともかく今は二人で前衛をしているんだから、基本的には敵の攻撃に狙われるのはどちらかだけ。だったらそいつが攻撃を受けなきゃ実質ノーダメージで勝てる道理でしょ?元々二人ともスピードと火力重視のパラメータだったんで、殲滅、というスタイルが見事にハマったのである。常に攻撃が当たり続けるから敵もちょくちょく鋼体が切れて怯むしね。そこに敵さんからしたら嫌らしいタイミングで昨夜の麻痺ナイフがバシバシ飛んできて動く邪魔をするんだから尚更安定だ。

 ただ、HPだけはあたし達が回避して攻撃する度にスキルを使わなくてもある程度減っちゃうんで回復の必要はあるのである。こんだけ全力で動いてんだから疲れはそらぁあるわい。

 ちなみにここまで攻撃系のスキルを殆ど使わずに戦っているんだが、これはあまり他人に手の内を見せないようにするためだ。忘れてるかもしれんがあたし達はここの最上階でバトルするんだからな、しかも今全世界に中継されてるし。こんな過程で実力を晒し切るわけにもいかんのだ、もどかしい。

 ……さっきちょっとあたしは使ったけど。

 まあそんなこんなで、バトルよりも実は迷路の方に時間がかかってしまっている状態で、現在管理塔8階の攻略が完了したところなんでございます。ご理解いただけましたかな?

「世界の行く末賭けてんだし、次元がどーのこーの言ってる段階じゃ最早ないっしょーよ。それを言ったらこんなんで世界の仕組みが変わるかもしれないって方がそもそも次元のすっ飛んだ話だっつーの。だから気にする必要一切無し、起きてる事が全て、以上!」

 あたしがビシッと言い放つと、シオンもフィアもまだ反論したそうだが押し黙ってしまった。まあ実際バトってる当人の言う事ですからね、素直に従うが吉。部外者だもんな、本来は。

「いやいやしかしだね、未来としても実際ここまですいすい来れるとは思ってなかったよー。設定した当人としては、嬉しいようなーつまんないようなー複雑な気分でありますわい」

 昨夜顔の暁未来が、しみじみとして腕組みしながら頷いていた。やめてやれ、昨夜まだ若いんだから渋い顔さすなや。

 とは言え、あたしも思うところが無いでもなく。

「この上の迷路を越えたら、もうそこが管理人室って事なんでしょ?確かにラストダンジョンとしては物足りない感が無いでもないけど、RPGってそういうもんなの?」

「魔王の気分を味わってる身として言うんだけど、最終ダンジョンってたいてい魔王の居住場所だったりするんだけどさ、そんな馬鹿みたいに広くて深くて住みにくそうな場所に住みたいとは思わんじゃろ?この塔だっていちいち迷路超えるとか魔物倒すとかしなきゃいかんとか思えばこんなもんに落ち着けたくなるさ。未来が建物作ったわけじゃねーけど」

「だが、奥に行くにつれ仕掛けが面倒になると言うのは定石だな。とすると、9階の迷路もより面倒という事になるんだろうが……」

 留今が嫌なこと言った。考えたくなかったのになぁ……。

 すると、暁未来in昨夜が楽しさを堪え切れていない可能な限りの澄まし顔で言った。

「まー確かに、ある意味一番面倒な仕掛けが用意されてるかもしれないけど、どうだかなぁー?行ってみればわかる事だし、言わないでおくけどぉー」

 うっぜー……。

 この話が長引くとストレスが溜まりそうなんで、あたし達はさっさとその9階に行くことにした。

 そして、暁未来の言葉の意味を知ることになる。

「あ……れ?」

 管理塔9階。

 3階や6階のように、来た瞬間天井まで伸びる壁が前面に立っている光景がまた出て来るのかと思いきや、そこには壁どころか仕掛けらしき物も魔物の影も何にもない開けた空間があるだけだったのだ。

「……休憩場所?」

「んなわけあるかい、ほら進みたまえよ」

 暁未来があたし達に先に行くよう促す。何がなんやら分からないまま警戒だけはしつつ、あたし達も反対側の階段に向かってフロアを縦断し始めた。

 4分の1来ても何も無く、半分を過ぎても何も無く、5分の4過ぎても何も無く。

 遂には本当に普通に当たり前に何の苦も無く、階段の前まで辿り着いてしまった。

 が、壁面に埋もれている次の階への機械扉は開かれていない。触っても叩いても怒鳴っても、ビクともしてくれなかった。何なんだこれ。

 すると、最後尾からこの光景を面白がっていたっぽい暁未来in昨夜がいきなりシオンの構えるカメラの前にヌッと現れて、視聴者らしきものに向けて話し始めた。

「はーい、全世界の皆様ー。ここまで異界最大の謎ダンジョン、管理塔の内部を攻略の模様と合わせてお伝えしてまいりましたけど、今回お伝え出来るのはここまででーす。果たしてこの先何が待っているのかっ、それは是非皆様自身の目で確かめに来てくださいねーん。あ。それと昨日お伝えしました世界書き換えイベントの結果は、勝者の宣告と書き換えの結果を持って報告とさせていただきますので、ドキをムネムネさせてお待ちくださいね。ではではー☆」

 バチン。

 シオンのカメラのどこかが、暁未来in昨夜の指鳴らしと同時に火花を上げて壊れる音がした。うわ、可哀想。

「説明してもらおうか、暁未来。ここは何だ」

 留今がシオンのカメラの事を全く気にかけずに話を進めおった。いや、正しいんだけどさ。あたしも聞きたかったけどさ。良いのかそれで?

 ま、いっか。

「無論説明するとも、これも管理人の勤めだからね。ここはね――」

 暁未来が腰に手を当てて次の発言を溜める溜める。はよ言え。

「……仲間割れ、するとこ」

 …………はい?

 皆ちゃんと注目して聞いていたから聞き間違いって事は無いよな、似たような顔してるし。

「キミ達は第一弾目にして異常な構成だからあまり意味を為さなくなってしまったけどね。本来ここは最大で30人、つまりは5人パーティ×6レイドの大人数で攻略出来る。と言うよりはそれが定石だし未来自身もそのつもりでここを設定した。だからこそのこの第9階層の予定だったんだよ」

 勘の良い人はこの時点で何を言おうとしているか気付くだろう。あたしも気付いたが、話したがってそうな暁未来のために黙って聞いておいてやる。

 そして暁未来が、まさにこれから衝撃の発言をしますよ的な悪い顔をして言った。

「ここから先に行けるのは、1パーティのみよ」

 ………………………えーと、言っておいた方が良いか?

「な、何だってーーーーーーーーーーっ!!」

 うう、あたしっていい奴だよね……。

 うわ、暁未来すら申し訳無さそうな顔してくれちゃってるんですけど。何かごめんね、ここにいるのが勘が良すぎてノリの悪い奴と本当に理解が及んでなくて固まってる奴しかいなくてっ!

 ちなみにレベル高いのが前者で、低いのが後者だ。数字って時に残酷よね。

「あー説明を続けると、正確に言うならここから先に行けるのは管理人を含めた5人のみ、それ以外は即刻ご退場いただくことになる。何せ1パーティ以外がこのフロアから上にいるとこの扉は開かない仕組みになってるから、抜け道も横道も無い。どんなに大勢で来ようが、最終的に世界を書き換えることが出来る権利を得るのは4人までって事さ」

 ここまで来てエグい仕組みだよね。これまで協力してきた面々と潰し合えってか。

「いやだってさ、管理人を倒したのが数の力ってのは横暴だろう?それじゃ単なる民主主義か一部の官僚主義と変わらない。管理人は一人の人間なんだから。たった一人で世界を作り上げたんだ、バラバラな連中のバラバラな意識如きに負けて欲しくないし負けられん。それじゃ苦労が報われない。だろ?」

 まあ、そこは分からんでもないな。どんなに強くても確かに1人対30人はどうかと思うし、楽しくも無い。下手ないじめより悲惨だよ。

「ついでに言えば最終的に管理人は一人なわけで、どの道それについての争いは起きちゃうわけだし。だったら管理人に迷惑がかからないこの9階である程度の選別は済ませちゃいましょって魂胆もあるにはあるんだけどさー。あとあと、やっぱり少人数の方が盛り上がりやすいって言うか、ドラマが生まれやすいって言うか、そういう演出的な面も考えての事だったりもするわけですよー」

 あ、本音っぽいのが。もうどれが本音でもいいけど。

「って事で、本来ならこの9階は6つのパーティが血で血を洗う決闘場になるはずだったんだけど、悲しいかな今回はキミ達がハイスペック過ぎたせいでその必要も無くなってしまったって事だぁねぇ。ああ、テンション下がるわぁー……」

 わざとらしく肩を落として、暁未来in昨夜はシオン達に向く。

「そんなわけだから、ここまで撮影ご苦労さん。気を付けて帰りなさいよー」

 ヒラヒラと小さく力無く手を振って、暁未来は三人に対して簡素にお別れのご挨拶。

 当然シオン達は食い下がって来たんだが、

「だったら、キミ達3人がかりでいいから留今と明日実に勝ってみなさいな。それが出来るんなら、未来としては新しい楽しみが出来るから10階に案内するのもやぶさかではないんだけどねぇー……?」

 違う意味でのドヤ顔でシオン達を見返す暁未来。押し黙るシオン達。

 そりゃあシオンはそれなりに強いけど、フィアと有可ならあたし一人でも十分に勝てるくらいだろうからね。ここで無駄にバトるほどこの子達も馬鹿じゃあるまいよ。

「……分かりました、戦いましょう」

「え!?」

 うっかりあたしも声出して驚いてしまった。暁未来も目を丸くしてる、珍しい。

 言い出して一歩前に出たのは、やはりと言うかシオンだった。

「留今や暁未来はともかく、明日実。あなたが管理人になることを私は認めたくない」

「あたし!?」

 何でここで個人攻撃なんだよ。昨夜と暁未来は上に行かなきゃいかんから仕方無いにしても留今は良いんかい。

「明日実。あなたはどのような世界を描くつもりなのですか。それが分からない以上、あなたをこの先に進ませる訳にはいきません。ここにいない世界中の方々を代表して、私があなたをここで試します!」

 あんた試す側の方かよ……。

 とは言え、今あたしがシオンを論破出来るだけのビジョンを語れるかと言えばそれは出来ない。と言うより、勝つまで誰にも言うつもりなんて更々無いんだけど。

 何にしてもこの熱血美女をどうにかして黙らせないといけないらしい。面倒だなぁ。

 シオンは愛用の大剣・ナイトメア(騎士の夢)を取り出して、臨戦態勢になりながら口を開いた。

「私は、世界中の人が手を取り合える世界を作りたい」

「は?」

 何言ってんだこの女は。

「その思いをこの剣に込めて、あなたに挑みます。私に出来る最高の一撃……それが通じないのであれば、私は大人しく引き下がりましょう」

 勝手にルール決めちゃってるし。

「あなたの描く世界が私の想いを超えるだけの意思と想いに溢れている事を、この一合で証明してください。暁未来、よろしいですか?」

 勝手にあたしの気持ちをあんたの熱量に変換しようとすんのやめて欲しいんだけど。

「んー……、まあいんじゃね?」

 オメーもあっさり認めんなや未来さんよぉ。

「……ったくもう、しょうがないなぁ。あたしがあんたの一撃を捌き切れば良い訳ね?」

 あたしももう仕方無く双剣を構える。

「何ですかそのだらけきった態度は!私は真剣なんです、あなたも全力で対しなさい!!」

 シオンに怒鳴られた。理不尽やで。

 これ以上無駄に自分の幸せを逃したくは無いので、表情だけはキリッとさせてみた。するとシオンはそれで満足したのか(バカなのか?)、暁未来に視線で合図を送る。それを見て暁未来も何やらウィンドウを出し操作。少ししてからあたし達にデュエルの申請が届く。

 送られて来たデュエルの条件は、シオンが一度の攻撃であたしに対してガードブレイクを成功させる、というかなり特殊な物だった。成否はジャッジ・システムが判定するから言い訳は通じない、特殊だがシンプル過ぎる勝負だ。

 シオンは迷わず了承をタップしすぐに剣を正眼に構えて集中を始めた。あたしも静かに了承をタップし、カウントダウンが始まる。

 あたししか映っていなさそうなシオンには聞こえていなかろうが、あたし達から少し離れたところで留今と暁未来の間にこんな会話がなされていた。

「素直にシオンを連れて行くことも出来たろうに、何故こんなことをする?」

「……ま、彼女も知ってもいいかと思ったんだよ」

「何を。格の違いをか?」

「ははっ、それも良いけど今更じゃんか。未来が知ってもいいと思ったのは……」

 カウントが、0になる。

「現実だよ」

 と同時に、シオンの剣が白く、揺らめくように輝き出した。そして上段に構えるとその軌跡を追うかのように4つの剣先のようなものがそれを寸分違わず追随する。

 これがさっき言っていた、シオンに出来る最高の一撃とやらってことか。

「行きますよ、明日実。迷いを消し去る、幻光の刃……」

 シオンのお家芸である光属性の魔力を纏う、一撃多斬の必殺技。

「『プリズムセイヴァー』!!」

 宣言と同時、シオンが一足飛びにあたしに迫る。

 攻撃までの刹那、剣が纏う光の魔力が美しい残像を映し出し、あたしの脳天目掛けて振り下ろされようとしているのが目に見えて分かった。確かに並の奴がこの技を繰り出された日にゃ迷いなんて消えちまうかもしれん。迷わせる暇も無く綺麗な残像に切り刻まれてジ・エンドだろう。

 そんな事を考えるくらい、あたしの頭には雑念的な余裕があったんだな。

「ふっ!」

 シオンの剣を蹴り飛ばすのに。

 さすがに手は抜けなかったけどね。いや、脚は抜けなかったけどね。

「ッ……!」

 斬撃があたしを捕らえる刹那、あたしはシオンの手に思いっ切り回し蹴りを喰らわせてやった。勿論、剣の軌跡を自分から外すように体の軸を僅かに反らしつつ。

 結果シオンの『プリズムセイヴァー』は、全ての斬撃があたしの体の2ミリ横を斬ってから明後日の方向へ剣ごと、地面にぶつかる度に行く先を無くした魔力を派手に爆裂させながら吹き飛ばされて行ったのだった。シオン自身はあたしに全てをいなされて、転んだみたいに倒れ込む。

「……ふぃー、危なかった」

 息をつくあたしの前にウィンドウが現れ、デュエル勝利の知らせを告げた。あたしが勝ったと言うよりはシオンが勝利条件を満たせなかったと言った方が正しいけどな。

 負けた側のシオンはあたしに蹴られたかデュエルに負けたかのどっちか、もしくは両方がショックなのか、意気消沈気味に崩れたままでいた。

「な…………、んで……。……んでなんでなんでなんで」

 何か呪詛っぽい呟きが聞こえて怖いんですけど。

「何でって言われても、デュエルの条件は一撃でのガードブレイクの成否だったからねぇ。あたしがガードしない時点でもう勝負はついちゃったって事だもん、それは正当なジャッジだと思うんだけど?」

 この勝負の設定をしたのは暁未来だからあたしは何にも悪くない。順当に勝ちましたよってだけですからな。

「そういう事ではありませんっ!!」

 あたしの説明に対してシオンは目に涙を浮かべつつも完全に激昂して、一気にあたしの胸ぐらを掴んで来た。

「何で……、どうしてこんな事をしたんですかっ!」

「ちょ、何でってシオンが言い出したことっしょ?」

 正確には言い出したのは暁未来だけど。

「誤魔化さないで!」

 シオンの目力が半端無い。ううむ、まいったな。

「どうして、正面から受けなかったんですか。私が、私の剣が怖かったんですか!?」

「いや、そーいうんじゃないけど」

 まともに受けたら弾き返すのはそこそこ大変だろうなぁとは思ったけどさ。シオンはパワータイプだし。

「そうやって、いつだってあなたは誰とも本気で向き合わない……」

 あたしの胸元が更にシオンによってギュっと締め上げられる。

「……不満?」

「当然です……っ!」

 あたしの熱を持たない問いに、シオンは静かに怒りを燃え上がらせる眼をして返した。

 そんなシオンの手に、あたしはそっと手を乗せる。

「……ね、シオンさ。あんたにあたしの何が分かるの」

「え……?」

「世の中さ、目に見えるものが全てじゃないんだよ。確かにあたしはいつものんびりだらけて生きてるように見えっかもしんないけどさ、だからって、生きてる事に本気じゃない訳じゃないんだ。あたしはあたしのスタイルを貫いて人生を楽しんでるだけ、それが本気じゃないなんて言われるのは心外にも程があるよ」

 さて、シオンからあたしの目に今何が見えるだろうか。

「世間一般の基準に人を当てはめて測るのをあたしは良しとしない。本気であれば何事にも積極的でみんなからの注目を集めて熱いものが目に見える、そうでない落ち着いて消極的にしか動けていない奴はやる気も本気も認められない、なんて、押し付けがましい基準にも程がある。その人が誰にも見えないところで尽力しているかもしれないのに、陰で支えることにこそ力を注いでいるのかもしれないのに、そのために控えていることをやる気が無いだの本気が見えないだの言われた日には傷付くってもんでしょうよ。心の一つや二つボッキボキでしょうよ。熱血野郎はそうやって無自覚に日陰者を自分のために蹴散らしていくんだよね」

 そういう奴は基本的に自己犠牲心が強くなる。献身とは別物だぞ。自分が傷付いて周りを動かすことを良しとする事だ。大抵はその理解を得られない損な役回り、だがいると本当に助かる陰の功労者。

「あたしはさ、まだ16年しか生きて来てないけど、これでも結構世界でいろんな人を見て来たよ。確かにシオンの言う本気の奴ってのは沢山いた。みんなから信頼されて、引っ張って、時に頼って、集団の中心にいた。けど……あたしはそんな奴らに何の魅力も感じなかったよ。協力的でない奴は成功の邪魔だと信じて排除する、それで仲間達と一つになれたと勘違いして、そんな敵とも言える存在がどれだけ貴重でかけがえの無い物かってことも知らないで」

 あたしみたいな学生なら強制的に学ばされることだ。クラスに一人くらい、地味でパッとしなかったり、ドジでノロマな亀みたいなのがいるだろう。でも、そういう奴も輪に加えてやっていかなければならないのが学園生活ですからね、リーダー格の奴は表面上だけ構って、無理矢理どうでもいいポジションにそいつを据えて後は放ったらかしだ。

 社会に出れば、構いすらしなくなる。それで罷り通っているのが今の世界なのだ。

「あたしはそんな排除組(アウトロー)をこそ愛する。本気で消されてくれてありがとう、本気でだらけていてくれてありがとう、本気で負けてくれてありがとう、本気で敵対してくれてありがとう、キミ達がいるからあたしは自分を信じて進んで行けるよって」

 負けが存在するから勝ちがある。劣等があるから優等がある。世の中必要じゃない奴なんていない、ってのはそういう事だ。勝者は敗者に感謝するべきなのだ。

「……結局さ、人間はみんな自己中心的なんだよ。自分の基準でしか考えられない、自分の思考をただ一つの真実だと信じて疑わないバカばっか。本気が冷静なクールだっていいじゃん。力が抜けてたっていいじゃん。それがその人のスタイルならそれを認めるべきなんだ。それを否定する権利なんて誰にも無い。自分が求めることをしてくれなくてもそれはその人がそうすべきだと判断したからだ、それを確かめる術は無くたってそう尊重するべきだ」

「そんなの……」

 シオンが反論しようとするのをあたしは語気を僅かに強めて先口することで封じる。

「さっきあたしに誰とも本気で向き合わないって言ったよね?当然だよ、あたしの本気はそこには無いから。求められたってそんなの知るか、それはそっちの都合であってあたしには無関係。今のデュエルだってシオンは斬り結ぶことを望んだんだろうけどそんなのあたしはしたくなかった、なら一番被害が無く済む方法を取るだけ。こんなことで、あたしの本気を出す邪魔をしないで」

「あ……」

 シオンのあたしの胸元を掴む力が緩む。あたしはシオンの手を払い、制服の裾を引っ張って皺を伸ばした。

「言葉にしなければ伝わらない事がある。でも、言葉にしたって伝わらない事がある。どちらもその通りだよ。それはどれだけ相手の事を知っているかによることだから。あたしが今言った事が本心に聞こえるかどうか、それはシオンがあたしの事をどれだけ知っているか、どう捕らえているかによって変わる。それはあたしには分からない事だしどう捕らえられたって構わない、だってそれがお互いにとっての真実になるんだから」

 言い繕う事は無意味だ。そんな事をしたって無駄に糸は絡み、解れ、みにくくなる。人間にとって、世界にとって、悲しいかな、そこにある事が全てになってしまっているのだから。

「……ま。ここまであれこれ持論を述べて来ておいて何だけど、ここでシオンの知りたがってたことに一応答えておこうか」

 脈絡を無視し、あたしはそう言って動揺が抜けていないシオンの肩を抱き、キスするかのようにシオンの耳元にそっと口を近付けた。

「――――――――――――――」

「え……?」

 言い終えたあたしは、シオンの胸元にそっと手の平を押し当てて呟いた。

「信じるかどうかは、シオンに任せるよ」

 言い終えると同時に、あたしは可能な限りの力とスキルを駆使し、シオンの体をそのまま突き飛ばした。

 衝撃の音と風を実感出来る勢いであたしにぶっ飛ばされたシオンは、ものの見事にフロアの端から端まで一気に横断させられて下の階への階段にゴールインしてちょっと落ちてった。うし、あたしナイッシュ。

 急にそんな事が起きて目を丸くしている他の二人、フィアと有可に、あたしはふんぞり返りながら命令する。

「ほら、あんたらもとっととシオン連れて下に行く!あたしに飛ばされたくなかったら全速りょおくっ!!」

 ちょびっと悪い笑みを浮かべながら言ったら、二人共「はいぃーっ!」とか言いながらダッシュして行った。今の掌底が結構効いたな、よかよか。

「……明日実ーっ!!」

 んお?

 フロアの半ばでフィアが急に振り返る。何ぞや。

「…………行って来いっ!」

 満面の笑みと、グッと立てた親指をあたしに向けた。そしてそのままもう振り返らないでフロアから走り去って行く。

 プシュン、と、それからあたし達の背後で扉が無機質に開く音がするまでそう長くなかったろうが、どれだけあたしはぽけんと突っ立っていたんだろうね。分かんねーや。

「にゃははー、お疲れさん。いやいや、心に染みる演説でしたなぁー」

 暁未来in昨夜が、茶化しっ気満々の顔であたしの肩をポンと叩く。

「あんな一方的論理が染みたの?随分とカッスカスになってたんですなぁ、先生?」

 あたしも対抗するように普段通りのノリと顔で返してやる。実際問題随分中身の無い話をしてしまったもんだ、反省。

「次世代がきちんと育ってくれたようで先生は嬉しいのだよ。このメンバーこそが、あたしの次世代育成研究の結果なのかもしれへんのぉ」

「俺も昨夜もシャンネプも、こいつほどアウトロー好きではないと思うがな」

「うあー、あたしの他人に知られたくない部分を曝け出しちまった気分だぁー」

「キミはいつでも曝け出しまくりじゃないか。いっそ真っ裸になっちまえよ」

「どこまであたしを辱めれば気が済むかっ!」

 そんなどーでもいいやり取りしかそこからは為されなかった。この先の探りも牽制も無い、単なる談話。

 あたしとそんな会話が出来る。そんなこいつらも立派な変わり者(アウトロー)だ。

 ……笑って、恥じて、からかって。時間もそろそろ深夜0時。

 なあなあなこんな空気のまま、満場一致であたし達は最上階への階段を上り始めた。

『……一番の自己犠牲者(アウトロー)は、誰なんでしょうかね』

 って誰かの声が、聞こえませんでした。



 何故かこの9階から10階に上る階段だけ今までの三倍くらい長かったのは半分どうでもいいけど、上り切った10階がこれまでと違う物々しい金属の大扉で入口が仕切られた部屋になっているのだけはスルー出来なかった。

 いかにもここで準備してラスボス戦に挑めや、って感じの造りだよな。親切設計だよねぇこういうのって。

「よーやくここまで来たって感じになるよなー、いくら何でも」

「足掛け2年……、私にとっては人生の中でかなりの部分を占めることになってしまいました」

 自分に戻った昨夜が感慨深そうに虚空を見上げ始めている。まあこっち来たのが小学校出てすぐだったろうから長くも感じるわな、あたし以上に。

「何だって良いが、回復と武器のリペアが済んだらとっとと入るぞ。ぼーっとするのはもう充分だろう」

 うわ、この期に及んで実務的な男がここに。さすがにあたしでももうちょっと情緒的になるのにねぇ。

 ああ今更だが、異界では武器は一応消耗品であり、使い過ぎると切れ味は落ち、最悪壊れてしまう。勿論地球製の刃物とは耐久の仕組みは大きく異なるが(安物は大体木を千回斬ると刃毀れし始める)、根本は同じ事。硬い物を斬れば刃毀れもより進む。で、ある程度消耗したら修理に出さないといけなくなる。

 そんで、こういうダンジョンにいるときにリペアが必要になる時はリペアパウダーというアイテムを使う。戦闘中に使うことになると色々悲惨なんで(一瞬じゃ直んないし)、こういう合間合間にやっとかないとまずいのだ。

 見たとこ留今が今使ってるのは中でも最高ランクのやつだな、壊れかけの武器ですら新品同様まで回復出来るまさに魔法のようなアイテムだ。昨夜も言われたからか、市販の安物パウダーを使い捨てじゃない方のナイフに使っとる。ちなみにあたしは使う必要無し。

「……ところで、暁未来はどしたの?こういう時率先して仕切りそうなもんなのに大人しくなっちゃって」

 9階を後にしておおよそ真ん中まで上ったタイミングで、暁未来は昨夜のドナーに戻ってしまっていたのだ。それまで一番やかましかったのが急にいなくなったもんだからそこから何となく会話も減っちゃったんだよね。

「私も先程からアクセスを試みているのですけれど、何の反応も返さないんですよ。どうしたんですかね、あの無駄話の鬼が黙るなんて」

 反応が無いからって凄い事言うねぇ。つか、そんなこと思ってたんだな昨夜も。その無駄話に助けられたのと迷惑被ったのとどっちが多いんだろうか。

「雰囲気造りか何かだろどうせ。気にするだけ無駄だ、早くしろ」

 うわ、これだから経験豊富なゲーマーは。先読みをあたしみたいな初心者にばらすなよ、嫌われるぞ。まああたしも同感だけど、こそこそ下らない事考えてそうだあの天才。

 話してる内にリペアも回復も終わり、いよいよこの謎の空間(管理人室なんだよな?)の扉にあたし達は手をかけた。何でここだけ機械仕掛けじゃなく押す度にゴゴゴゴ言う古めかしい扉になってんのかはもう敢えて突っ込むまい、残念な解答しか返って来なさそうだ。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

「鐘?」

 扉を開けると同時に、鈍くも澄みやかな鐘の音が部屋中に鳴り響いてくれる。きっちりしっかり12回鳴り響いたそれをバックにこれまでと大差無い室内を見回してみると、正面奥に唯一備え付けられた異物が目に入って来た。

「随分立派なコンソール……、さすが管理人室っていうところかね」

 電源が落ち何も映ってはいないが七つものモニター付きの作業用デスク。椅子は一つしかそこに無い。考えようによっては広々としたネット喫茶だ、料金は半端無く高いが。

「……注目すべきはそこじゃない気がするがな」

 そんな事を言いながら目線が上を向く留今。その目線を追って部屋奥の上部へとあたしも目線をスライド出せてみると、そこには宙に浮く透明なガラスケースのようなものがあった。大きさは離れているから何とも正確ではないが、人一人が入れるくらいかと思う。

「……と言うよりも、人一人が入っているように見えますね」

 うん。昨夜の突っ込みの通り、ガラスケースの中には人影が見えていた。大きさや形から見て女性の影。

 部屋の中央まで来ると、その姿は鮮明に色を持ってあたし達の目に飛び込んで来た。

 子供じみた未成熟な肌色の肢体に不釣り合いな発達具合の胸元と、上手い具合に局部を隠すように伸びる腰下までのクリーム色のゆるふわウェーブヘアを持ち、人形のような可愛らしさとどこか壮麗さを湛えてそこに眠る、この世界の管理人――。

 暁未来が、そこにいた。

「なっ、何ですか!?」

 不意に昨夜が声を上げたかと思うと、昨夜を謎の光が包み込んでいた。本当に何事かと思っている内にその光はまるで昨夜をスキャンするように全身を覆ってから、やがて吸い寄せられるように宙に浮く暁未来の元へと飛び去って行く。そしてガラスケースの中に入り込んだ光は縦横無尽に飛び交い、次々と発光の面積を増やして中を満たして行った。何ともクソ眩しい。

「まあ……、あれだよね」

「そう、なんでしょうね」

「ああ。恐らくこれで……」

 間違うなと言う方が無理な現象だろう。

「暁未来の、お目覚めだ」

 言った途端、光の飽和を超えたガラスケースが派手に砕け散った。霧散した光とガラスの塊の中から重力を無視するゆったりとした速度で、足の先から順に見慣れた装備を書き重ねるように身に纏いながら、その女は地に降り立った。

 砕けたガラスに光が反射して、正に、降臨、と言える光景だ。

「……………………」

 寝覚めの彼女はゆらりと瞳を開き、そして口を開く。

「……ふわ、あぁぁぁぁぁっ」

「……おはよ、先生」

 一瞬にして、神々しさ、消滅。まあそんなもんだよね。

 長い欠伸を終えて、目に溜まる涙をこすり落としてから暁未来はあたし達に向く。

「やあやあ皆の衆。改めまして初めまして、私が異界の現管理人、暁未来だ」

 ドレスよろしく腰の防御布を撮み、脚を僅かに交差させ、優雅に挨拶をこなす暁未来。なるほど、初めましてという扱いになるんだな、本体では。

 そこからはやはり以前と同じように暁未来は不遜に腕を組み、以前と同じように話し始める。

「まずはここまで未来を、もとい昨夜を連れて来てくれたことに礼を言わせてもらおうか。キミ達のおかげでこうして自分の体に戻れる事も出来たし、予定通りリミットにも間に合った。ここまではまあ万事順調と言えるかな、むしろ順調過ぎたと言えるかもしれん」

「順調過ぎって、あたしと留今が予想以上に強くなっちゃったって事が?」

「それもある。そこに関してはちょいと説明もせにゃいけんかな」

 言うと暁未来は昨夜に視線をずらす。

「昨夜。ステータスを確認してみるといい」

「は、はぁ……?」

 ウィンドウを開くと、昨夜の目が驚愕に開かれる。何だい何だい。

「レベル……187!?」

「うえぇ!?」

 昨夜のレベルはついさっきまで二桁だった筈なんだが。それにさっきの光、下がるならまだしも何故上がる?

 暁未来が楽しそうに語り出す。

「そもそもだ、昨夜は短くもキミ達、特に留今と長くパーティを組んでいた。だったらもっとレベルが上がっていても良い筈だがそうはなっていない。それは未来が昨夜の経験値をほぼ吸っていたからなんだよ、ドナーとして寄生している間中ずっとね」

 んなことしてたのか。んじゃ昨夜は完全に貢ぎちゃんになってたんだな、可哀想に。

「さっきドナーとしての契約解除に伴ってその吸った経験値を回収させてもらったわけだけど、思いの外余っちゃってね。礼と詫びと思惑を兼ねて昨夜にプレゼントしてみたという事だよ。これまでプレゼントなんてしたことなかったからなぁ、未来なりのサプライズだよ。気に入ってくれたかな?」

 気に入るかもしれんが喜びはしないだろうよ。本来自分のなんだから。

 だが当の本人は意外と冷静だった。

「……まあ、今更何をしたところで驚き慣れてしまいましたよあなたには。その思惑とやらもどうせあなたが楽しくなるようなこちらにはどうでもいい事なんでしょうし」

「正解。だが不正解。キミ達にも多少は関係のある事だ。あくまで多少は、だがね。けどその多少が運命を左右しかねない、物事は往々にしてそんなもんだ」

「はあ。……ところで確認したいのですが。ここでは暁未来は反則モードが使えないのですよね?」

 おお、そう言えばそんな設定があったな。管理人は基本異界では死なないんだったっけ。

「その通り。元々死なないと言うのは未来がドナー体であったからであって、こうして自分の肉体にデータが戻った今は当然死の危険に晒される。キミ達とそれでも異なるのは、結構ガチで危ないって事だな。何せ使うのは本当の肉体だ、データ保護をされているキミ達一般人と違って亜人と同じ扱いなわけであるからして。ま、楽しく実験させてもらった代償って事で覚悟はしているよ」

 ん?引っかかる口振りだな。

「先生、その理屈だとあたし達は今肉体ごとこっちに来ていないって事になるんだけど?」

「ああそうだ。キミ達の肉体は変わらず地球側に存在しているよ」

 え、ちょ、どゆ事ですか?

「超常的な話で申し訳ないがね、まあ今更キミ達がそこを気にするとは思わないけど。キミ達が『異界流し』と呼ぶあれ、あれは実のところやっているのは空間凍結とデータ構成だ。トランスポーター、あれの途中で止まっている状態と思ってくれればいい。あれは存在の書き換えを二か所でほぼ同時に行っている原理だからな。だから異界から戻るというのは厳密には正しくない、何故ならそもそも渡っていないから。同じ座標設定で転移しているに過ぎん。そしてその転移の刹那のラグを利用してキミ達のデータを解析、異界に合わせて仮想具現しているのが今ここにいるキミ達というわけ。で、異界側で死んだと判断された場合にのみ致死ダメージを解析してそれを地球換算し元の肉体にプログラミングして空間凍結を解除すれば、仮想ゲームオーバーの出来上がりだ。これが未来の創った異界渡航プログラムの真相だよ」

 ふーん、成程ね。小説とかアニメの世界ではよくあるファンタジックな話であろう異次元世界への行き来なんてものをどう実現しているかってのは甚だ疑問ではあったけど、あたし達の世界ではそういう理屈になっているのか。

「これを知ったところで何も変わらんし、説明も面倒だし、頭追い付かん奴もいるだろうから、一般人に敢えてそこは説明しないんだけどな。んで、勿論これにもジャッジ・システムと異界から齎される汎用エネルギーを利用している。まあ肝心のその汎用エネルギーに関して詳しく説明してやれんのは申し訳ないがね。だって未来にも理解出来てないんだから」

 ああ、やっぱそうなのか。本当に訳分かんない技術で支えられてんだな、今の世界は。けどまあ、

「未知を恐れるな、未来は常に未知の先にある。……でしたよね、先生?」

「まあそういう事、使えるもんは使わせてもらうさ。それによるカタストロフは全て未来が責任を取ればいいんだからね」

 それの第一号が、ここにいる昨夜になるかもしれないってこったな。いや、自分の都合のついでに埋め合わせとしてそれをして来たんだろうけど、足りるかどうかは昨夜の判断だ。

「ああそれと、その異界の汎用エネルギーの事なんだけど。未来は分かり易く親しみ易く『マナ』と呼ぶことにしてるんだ」

 急に何を言い出す。

「固有名詞があった方が未知感も減るだろう?そのうち浸透させて行こうと思ってるんだがね。人間は言葉の流行に弱いから、誰かが使い始めれば勝手に広まるだろ。広まって、当たり前に使うまでに脳に、体に染みた言葉が、如何にも厨二染みたものだと知った時の二次元趣味忌避派の何とも言えない歪んだ顔を見れる日が非常に待ち遠しいねぇ」

 キャハハハと込み上げて来るものを堪え切れないご様子の先生。確かにニュースやバラエティ番組で使われるBGMにそこら辺が出典の物があるらしいけど普通の人は気にせず体を通り抜けているからな。そして知ったら知ったでドン引きするんだろう。

 しかして、マナという言葉は確かに厨二病の範疇かもしれないし二文字で親しみ易く覚え易いかもしれないが、元々はメラネシア語であり、超自然的な力という観念を表したものなんだからそれほどおかしかない気もするが。

「自然、機械、石油、システム、エネルギー、現象、生命力。望めばあらゆるものになり、どこにでもありどこにでも移りどこにでも伝染(うつ)る。そんなものがマナと言う名前なのは、おかしくなくて可笑しいな。未来の可能性に満ちた力があの時の過去からしたらここまでの未来を作って来たんだから、誰も否定なんかしないさ。存在も、名前もね」

 と言うよりも、誰も深くは考えまい。

「話を戻しつつ、少し巻こうか。地球側の人間で全身生身で異界にいるのは、さっきも言った通り未来一人だ。これは未来が異界の主に直接こちら側に引きずり込まれた事と、その時はまだ異界渡航プログラムが出来ていなかったからからによる。で、この場合、未来の扱いは亜人と同じ扱いになるから、未来の肉体がHP0になっちゃうとガチで死にかねないんだね。かと言って今のシステム上、ほいほい地球にも戻れない。だからこそ、未来はもう一度システムを弄る必要があるんだわ。これがまあ、未来がここに来なきゃいけなかった大体の理由だよ」

 そう言えばだが。あたしがここに来る前に、異界から無傷で帰るにはある場所に行く必要があるとかいう噂が流れていたが、それってある意味これだったんじゃないのかと思う。システムから弄ってしまえば自由に行き来も出来るかも知れないしね。

 そんなみみっちい事、ここにいる誰もしないんだろうけど。

「……さて、いつまでも設定資料集にしか載ってなさそうな裏話的な事を話し続けているのもまあ楽しそうではあるけど、そろそろキミ達がここに来た目的を果たさせてあげないとだね。折角のクリスマスの夜に世界中に書き換えというプレゼントを届ける時間が無くなっちゃうかもだし」

 暁未来はそう言って、何か複雑にウィンドウを操作し始めた。

 そうなのだ、何だかんだでさっきその事実を確認していた筈なんだがどうにもあたし達はすぐ思考と会話が横道に反れる。まあ、とか、ところで、とか言って。

 あたし達は、世界を賭けて喧嘩しに来ているのである。

「昨夜。未来は今この時よりキミの味方をしなくなる。過去を求めるキミの願いは未来(ミク)の未来の上には存在しないから。そこは納得良いかい?」

 ながらに問う暁未来に、未だに自分のステータスを確認していた昨夜もながらに返す。

「……そうですね。私としましては、最後まであなたが味方でいてくれればと思わなくもない所ではありましたが」

「それは、初めから有り得ない未来だったろう?」

「そうですね。そうでしたね。そうであるべきでした」

 次いで、もう一人の時の奴へ。

「留今。未来の創ったこの世界を愛してくれて、守ろうとしてくれて、感謝はしている。けどそれはもうキミだけの願いだ、未来の願いとは相容れない」

 対してこっちは前を向かすとばかりに目に睨みを利かせて正面から返す。

「知るか」

「……はは、そうだったな。キミは今の幸せを留めたいだけだ。そのためだけに未来に抗うのだから、どうしてくれるのか楽しみだよ」

 淡々と言うもんだからどこまで楽しみか推し量るのは難しいが、性格から言って結構楽しみなんだろう。

 そうして、いよいよ暁未来からあたしに触れて来る。

 操作をやめて、真っ直ぐに。

「明日実。結局キミは最後まで付いて来たね。過去にも、今にも、未来にも行けるように、自由な立ち位置で。自由な意思で。それがどれだけ難しい事か未来は知っている、けどそれはキミの自由意志によることだから未来は誉めも感心も叱咤もしないよ。ただ、見たいものは見たいってのは分かってくれると思うんだよねぇ」

「そらそうよね。いい加減そこんとこはあたしも表明した方が良いとは思ってたよ」

 一応シオンにだけは屈辱ながらフライングで教えてしまった事だけど。

「じゃあ聞かせてもらっていいかな。キミは、ここへ、何のために来たのか。過去、現在、未来、どこに進むために来たのかを」

 暁未来だけでなく留今と昨夜、シャンネプちゃんの目までもがこちらに向く。

 サスペンスの主人公たちに同行している犯人の気分とはこんな感じなのかね?ここから開き直って全部ぶっちゃけるのはかなりの解放感を味わえる事なんだろう。

 では、その疑似体験と行こうか。

「……過去に回帰するのは論外。時間の無駄にも程がある。積み上げたものを壊すことも、思い出に浸るのも。あたし達人間ってのは所詮手持ちの材料で前に進む以外に生きる選択肢は無いんだから、それを放棄するのは人間性の放棄。そんな事あたしはしたくない、ましてや世界をそんなもんに巻き込まないで欲しい。」

 昨夜の瞳が色を深くする。ごめんね、あたし嘘はつけないからさ。

「今は確かに楽しいよ。この異界だって、12年待ってようやく来れた場所だ。1年ぽっちで満喫なんてとても出来たとは思えない。こんなにも広くて深い世界だ、まだまだあたしの知らない楽しさがあるんだろ。……けどさ、今だけで満足出来るほどあたしはぬるくないんだよ。今このままを書き直してしまえば、少なくともあと数年……下手すればこのまま世界は停滞したままになる。あたしはそんなの嫌だ。楽しい今がずっと続けばいいなんて言葉は可能性から目を逸らす逃げの言葉だ。世界は日進月歩でも急展開でもいいから常に進化していて欲しい、あたしをワクワクさせて欲しい。だから、この今を守るためだけにあたしは努力をしたくない」

 留今のあたしを見る目は変わらない。分かってるだろうからな、この男は。

 そしてこの女も、分かっていたというように笑みを浮かべて言う。

「なるほど、実にキミらしい。論理的にはいくらでも欠点はあるものの、一本の芯の通った意見だ。未来に希望を持った、未来(ミク)と同じく未来に生きようとする素敵な意思だよ」

 そんな先生にあたしもあたしで、最後の表明を笑みをもって応える。

「だからって、あたしは暁未来の描く未来にはもうこれ以上興味が無い」

「っ!?」

 お、目を丸くした。どんだけあたしを誤解してたんだよ。

「大体想像出来るし、あたしは科学者でも研究者でもないからな。観察キットみたいに作ってある今のこの地球と異界の関係はあたしとしては理想じゃないの。もっと自由に、もっと伸びやかに、もっと混沌(カオス)に、世界を満喫したいんだよ」

「そ、そんな事未来がそうすればいいだけじゃないか。キミの願いに沿うように文明レベルの進行を……」

「分かってないなー先生。いや、分かった上で言ってるのかな?」

 大っきく息を吸い込んで、世界中に聞かせるつもりで、あたしは堂々と言い放つ。

「あたしの世界は、あたしが作んなきゃ意味無いだろうがあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 自分の耳にもキンと来る程に響き渡るあたしの金切り声。こんだけ叫んだのは久し振りよ。

 あたしは勢いそのまま、自信満々に続けていく。

「あたしが望むのは、昨夜(過去)留今(現在)未来(未来)も全部ひっくるめた、ここから更に枝分かれする第四の選択肢、可能性の世界(パラレルワールド)の実現よ。歴史の礎の上に、今を続け、未来を広げる。あたしの望んだままに、誰もが自分で選んで願えば楽しめる世界に書き換えてみせる。それが、あたしの出した結論だ!」

 ビシッと、決めてやったり。

 ……でも、場は静寂の支配下。とーぜんだわな。

「…………キミは、もう少し利口な娘だと思っていたんだけどね」

 暁未来は、呆れた目であたしを見た。

「ここに来て綺麗事を言うとは、想定外です」

 昨夜は、残念そうな目であたしを見た。

「夢でも見ているのか」

 留今は、よく分からない目であたしを見た。

 誰だってそう思うだろうね、あたしの性格を知ってれば。現実の極地を歩いてるような奴がいきなりそんなご都合主義な事を言っちゃあ。

 でもさ、あたしはやれない事は言わない主義なんだよ。

「何とでも言えぃ。けど、あたしはこの意見を決して曲げない。気に入らないなら全力であたしを潰すことだね。ぜってー負けてやんないけど!」

 愛剣・『ジェミニブライト』を勢い良く振り下ろし、あたしは三人を煽る。

 それが効くか効かずか、暁未来はあたし達に通知を出した。

「それもそうだ。結局未来達は自分の理想を押し通すためにここにいるんだし、四の五の言う必要も無いね。阻止させてもらうよ、その願い」

 それぞれの前に、決戦のための画面が浮かぶ。

 ジャッジメントデュエル・ルール。

『火蓮明日実、風見留今、蒼衣昨夜、暁未来、以上四名によるサバイバルバトル。HPが0になった時点で脱落(ただしスキルの使用によるHPマイナス状態はそれに該当しない)』

『回復アイテムの使用は10個までとする。その他のアイテム、スキルの使用に制限無し』

『最終的に生き残った者に、管理人の顕現が与えられる』

 以上が、暁未来からあたし達に送られて来たデュエルの内容だった。回復アイテムの使用に制限があるのは長期戦の防止だろうな。あたし達たんまり持ってきてるからガチでやっちゃうと無駄に時間かかるだろうし。

 しかし、サバイバルね。確かにただ一人の管理人を決めるんだからそうなるのは必然だ。

 ……けど、それじゃ困るんだよね。

「ね、先生。悪いんだけどさぁ、ルールの追加しても良い?」

「ん?自分が有利になるような条件は認めんよ?ジャッジ・システムそのものと言えるこの管理人室での、管理塔での戦いだ。それこそフェアに行こうじゃないか」

 フェアが聞いて呆れるな。どれだけ四人でレベル差があると思ってんだ。

「じゃなくて、あたしだけに適用する特殊勝利条件の追加だよ、ついでにそのためのシステムの追加だ。それくらいここでの先生なら出来るんだろ?」

「まあ、出来るけど。で、その条件ってのは何だい?」

 これは、あたしの願う世界のために必要な条件だ。それを分かり易く具体化すると思っていい。

「あたし以外の三人のHPを1にする。それがあたしの特殊勝利条件だ」

 言ってすぐにはこの意味を理解されなかったが、やがてこの条件の意味するところに各々が気付き始める。

「待ちたまえよ、それってつまり……誰も死なせないって事だろう?」

 その通りだ。

 あたしは全てをひっくるめた世界と言った、だからここから誰一人として欠かす訳にはいかんのよ。

「他の誰かに倒される事すら、敗北の条件にする訳ですか……?」

 その通りだ。

 システム上、さすがに加減が出来ないんであたしの攻撃ではとどめを刺せないようにする。だが、他の三人にその適用の必要は無い。だって他の人は要らんわけだし。だから、あたしは仮に誰かをHP1にしたとしても、その人が他の二人に倒されないようにしなければいけないのだ。倒した後に守り切る、それがあたしの条件だ。

「何でそんな面倒な条件を付ける」

 どこか苛立ちを込めた風に留今が聞いて来るんで、あたしは爽やかに返した。

「だって、あたしの世界にはあんたらが必要だから。最後までいてくんなきゃ困るんだよ」

 敵を愛し、屈服させ、守り、こき使う。あたしはそれに一切の迷い無し!

 それからしばらく三人は目線だけで是否のやり取りをしていたようだが、やがて暁未来がやれやれといった風にウィンドウを操作する。そして短く打たれた何かがあたし達に届いた。

『火蓮明日実勝利条件:風見留今、蒼衣昨夜、暁未来のHPを同時に1にする』

『火蓮明日実敗北条件:四人の中から戦闘不能者が出る』

「これでいいのかな?」

「んーそうね。まあいっかな」

 これで仕込みは上々、完了だ。

 後は、具体的な事を突っ込まれる前に勝ってしまえばいい。まあそれが一番キツそうなんだけどね。何せ相手は異界最強の剣士と、(恐らく)レベル最高の異界の管理人と、その愛弟子である異界屈指の観察眼の持ち主だ。手も気も抜く暇など有りやしない。

「じゃ、もうよろしいかな皆々様。それじゃあぼちぼち、世界を書き換える戦いを始めるとしようじゃないか」

 暁未来が、こんな時でも軽いノリのままで全員に促してくれる。さすがに先生はこの辺りは分かってくれてるな、戦り易いぜ。

 留今が長刀を、昨夜がナイフを、暁未来が二丁拳銃をそれぞれ構えたところで、いよいよデュエルのカウントダウンが始まった。今までで一番長い60秒だ。回復アイテムの選定やら、フィールドでの開始の位置取りやらしておくことはままあるものの、一番重要なのはやはりこれ。

「シャンネプちゃんも、準備よろしく。ラストバトルにふさわしく派手で盛り上がるやつをね☆」

 ご指名されるあたし達公認BGM担当シャンネプちゃん。ここまで一切行動でも横槍を入れなかったこの子だが、さすがにこの時だけはおずおずと保護者の方を見た。

「……頼んだ」

「……にゃ」

 結局、交わされたのはこの言葉だけ。だけどそれで二人にとっては十分過ぎる程だったらしく、シャンネプちゃんは部屋の入口へと退がって行った。

 そしてシャンネプちゃんの全身がふわりと光ったと思うと、その周りに突如、派手な音を立てながらアンプにスピーカー、ドラムセットにキーボードにベースがゴロゴロ現れ始め、遂にはシャンネプちゃんまでもがその手にエレキギターを携えてしまっていた。

 まさかの、ロックバンドスタイルである。こりゃあ興奮するわ。

 誰もいないドラムからスティックのクリック音が弾かれると、残りカウント10からシャンネプちゃんの奏でるエレキギターの轟高音がスピーカーから流れ出る。それをきっかけに全ての楽器と歌声が音を弾けさせ、ラストバトルにふさわしい壮大かつ最高にノリの良いサウンドが始まった。

 曲に導かれるように心臓の鼓動も早まっていく。剣を握る力も否応なしに強く強くなる。んで終いには顔に笑みまで浮かんで来ちゃって。あたしだけじゃなく、他の三人もそんな感じみたいだ。

 ……ああ、やべぇ。今究極に楽しんでるわ!

「3……」

 これまでのあたしの生き様に感謝。

「2……」

 全力で戦えるあんた達に感謝。

「1……」

 何よりあたし自身に感謝!

「0!!」



 決戦開始と共に、四方の四人が一直線に戦場の中心で斬り結んだ。


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