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七ノ章 僧侶のグルメ

黄林寺 退魔僧伝 七ノ章 僧侶のグルメ


 黄林寺こうりんじの朝は早い。

 早朝、午前四時には皆起床。

 だがそれよりもさらに三〇分早く、午前三時半にはその日の厨房僧は準備に入る。

 大鍋にたっぷりの生米と麦、豆、数種の薬草、出汁粉、塩、味噌を投入。

 ぐつぐつと煮られてなんとも得も言われぬ芳香を漂わせて完成するかゆ

 プラス、武芸を鍛錬するものに不可欠なタンパク質を形成する、ゆで卵。

 った豆も加える。

 これが朝のメニューだ。

 朝の鍛錬前、まずたっぷりと食う。


 朝:寺で出される僧侶メシ。 

 中華風の草粥くさがゆ:生米から煮る、量多し、下品にならない程度に胡麻ごまを足す、塩はお好みでかける。

 ゆで卵:ひとりあたり二個分頼んだ、少し食い過ぎか。

 煎り豆:小皿に取る、粥にも豆があるので豆と豆でダブってしまった。


 これを皆がつがつと食う。

 朝の英気養うべし。

 食うべし食うべし。

 寺の大食堂に集まる僧侶、まだ幼い初級僧から寺の運営を担う上級僧、大僧正であるリュウガイ和尚や、ゲンナ大老も一緒に食す。

「また豆がダブったおりますのう」

「そうじゃのう」

 などとのたまう。

 仕方ないとはいえ味気ないというべきか『名目上』肉食を厳禁とする宗派の僧侶ゆえにやむなし。

 こうして朝食を終える。


 朝食が済む、おおよそ午前五時にはそれぞれに各々の業務の準備に入る。

 初級、中級僧の弟子らは当然、鍛錬に入る。

 これは各個の力量、才能によって修行の度合いや内容が大きく異なる。

 初級の小僧らは基本の外功、つまり、型や肉体作りの基礎。

 ただ、初級の中でも才能の芽生えあるものには内功の手解てほどきが加えられる。

 中級僧の青年らは、もう内功の初歩は最低でも始めている。

 肉体作りの筋力トレーニングも高負荷をかけ、実戦さながらの激しい組み手、乱取りに挑むものも多数。

 特に上位の弟子、ゲンコウとライレイの組み手試合の攻防の素早さと巧みさは、上級僧も眼を見張るものがあり、功夫クンフーの足らぬ弟子では一手一手の挙措を認識するのも追いつかぬものであった。

 修練場で武芸鍛錬に励むもの以外にも、屋内書庫を中心に、様々な書物による学識を学ぶものも多数。

 退魔僧として、肉体による戦闘のみならず、真言マントラと法術を用いた妖怪封じ、悪霊などの霊魂への対処も少なくはないからだ。

 寺の外へ出向くものもいる。

 乗馬訓練、弓による遠間の射抜き、騎馬状態での弓撃ち、山野での野営訓練、薬草やキノコの見分け、地脈の見方、エトセトラ、エトセトラ……

 そして、実戦における、退魔のぎょうである。


「この先だな」

 深い山の奥、踏み分けられた草と、土に刻み込まれた足跡を見て、師の言葉である。

 上級僧テンイ師、年齢四五、肉体は筋骨隆々、手には愛用の狼牙棒ろうがぼう

 馬も入れぬ深い山へと踏み込み、率いるは中級僧の弟子らが一〇人、それぞれに武器を手に、汗を流していた。

 農家を荒らし、家畜から人間まで、口に入れば何でも喰らい殺すという妖怪猪ようかいいのししの討伐行であった。

 前日の被害届から、追跡は二〇時間を経過、小休止を挟みながら、着実に距離が近づいている。

 地面を踏んだ足跡が形を崩しておらず、また、山中には妖怪猪のものと思われる糞も散見される。

「ここらで休憩するぞ」

 師の言葉に、弟子らは一息ついて得物を下ろした。

 如何に鍛えていても、一〇時間、二〇時間という単位での行軍は体力以上に気力がものをいう。

 その気力を保つためには、やはり、最低限の休眠、そして、最大限摂取しうる、食が必要不可欠。

「さあ、メシだメシ!」

「おう、腹ペコだぜ」

「早く食おう」

 本当なら火をおこし、煮炊きして食いたいのだが、このような追跡行では火の気に妖怪が過敏に反応し、逃げられてしまうかもしれない。

 ゆえに、彼らはそのまま食す。

 持ってきたのは竹筒の水、そして糧食りょうしょくであった。


 昼:追跡隊の糧食。

 糧食団子りょうしょくだんごいたもち米に、粉末の豆、きのこ、辛みを効かせた味噌に加えたものを丸めた団子、実は味噌の中には業者が乾いた粉末魚肉を入れてくれている。美味い!

 水:竹筒に入っている、ぬるい……


 である。

 味噌は流石に寺でこしらえたものではない。

 なんとこの味噌の中には、味噌の仕入れを頼んでいる味噌屋が、密かに魚肉を入れている。

 これは中級僧のほとんどは知らない。

 何故、肉食を禁じられている僧侶に魚肉を? という疑問がある。

 味噌屋の厚意こういだった。

 激しい鍛錬や戦いを経て肉体作りをするうえで必要な、動物性タンパク質を摂取できるように、という配慮である。

 当然、リュウガイ和尚や上級僧は把握しているが、敢えて見て見ぬフリをするのが、寺での義理として維持されていた。

「いやあ、糧食の団子は美味いなあ。気力が湧いてくる!」

「ああ、今日のはちと味噌の塩気が効きすぎているが、疲れているとこれくらいがちょうどいいな」

「せめて冷たい水で飲み込めればいいんだが……」

 などと、皆口々に言う。

 昨日からの強行軍、持ってきた糧食の団子もこれが最後である、残らず平らげ、小休止の後また出発。

「おそらく今夜あたり出くわすぞ。気合を入れて行け」

「はっ!」

「無論です!」

 武器を担ぎ直し、意気軒昂いきけんこうと滾る師と弟子。

 命がけの退魔行である、これが最後の食事にならぬとも限らない。

 それぞれに不安と興奮とを湛えながら、一行はまた深い山の奥へと分け入って行った。


 一方、寺では修行の合間での昼食が取られる。

 

 昼:寺での食事。

 中華風の草粥:また粥か…… 薬草や野菜マシマシ、茸も入る、当然豆も大量に入れる、味付けは味噌(追跡隊の糧食と同じく魚肉粉入り)で濃いめ、鍛錬の汗で流れたミネラル補給。味は濃いが美味い!

 托鉢たくはつでもらってきた点心幾つか:ちまき饅頭まんじゅうなど、当然肉は入っていない、が、稀にそれらしきものが入っている、退魔僧への地域住民からのサービス。美味い!


 昼飯ともなると皆、朝よりテンションが高い。

 訓練で腹が減っている。

 特に昼以降のメシで出される点心類は、粥よりも美味である、なにせガンダーラの都での托鉢でもらってきたものだ。

 しかも数が限られている。

ぁっ!」

 まずいの一番に席についた、中級僧の青年が手を伸ばす。

 すると横から別の兄弟弟子が突きを繰り出す。

ふんっ!」

 手にしたちまきが宙を舞う。

 席に腰掛けたまま、ひとりが奪い、またもうひとりが奪い返す。

 瞬速の手業てわざ応酬おうしゅうであった。

 だが当然、第三者の介入もある。

「ほい」

 と掛け声ひとつ、恐るべき神速の突きがちまきつつみであるよしの葉を一本指の貫手ぬきてで貫通。

 そのまま指を曲げ、釣り針の鈎の要領で掬い上げる。

「まだまだ遅いぞお前達」

「げ!」

和尚様おしょうさま!」

 すわ驚き隠せぬのは弟子ふたり。

 あろうことか、横合いからお目当ての点心を掠め取ったのは、寺の最高指導者であるリュウガイ和尚そのひとであった。

 和尚は席につくやすかさず、葉を剥いてちまきをむしゃむしゃと食う。

「うむ、美味いな。ゴウジンめ、また腕をあげておるなあ」

 と感想を独り言。

 もち米に卵、なつめと甘栗、さらに、味を隠しているがいた鶏肉が混ざっている。

 寺の仲間へのサービスである。

 このちまき、元黄林寺の僧侶であった、弟子のゴウジンの作ったものであった。

 点心屋の娘婿となって還俗げんぞくした彼は、こうして兄弟弟子や師に托鉢で食を提供している。

 弟子らが羨ましそうに見てくるのを尻目に、和尚はちまきをぺろりと平らげる。

「ご馳走様」

 と、粥も平らげ、和尚はにやりと悪戯っぽく笑ってその場を後にした。


 昼食を終えて午後の訓練、当然激しく濃密な時間を若者らは過ごす。

 拳打ち。

 蹴り打ち。

 肉撓らせ。

 骨軋ませ。

 剣振り。

 槍突き。

 馬駆り。

 矢射抜き。

 術符投じ。  

 真言唱え。

 内勁練り。

 法力高め。

 肉体、技、精神、全てをあらゆる方法で研鑽する、そのレベルの高さと広範な技術の幅は、大国の精鋭部隊とてここまではいかないだろう。

 汗みずくになり、泥だらけになり、限界まで自己を高める。

 日が暮れる頃、ようやく大まかな鍛錬は終わり、夕食の時間になる。

 ぞろぞろと食堂へ押しかける、若者の群。


 夕:本日の〆、一日を締めくくる重大事。

 中華風の粥:またも、粥! 圧倒的に粥。消化を考えればやむなし。いつものように野菜、薬草、大量の豆、メインディッシュとして卵多め。味噌も濃い。飽き飽きしてくるが疲れているのでうまし!

 点心:昼と同じく托鉢でもらってきたもの多数。饅頭まんじゅうなど。

 ゆで卵:粥にも卵が入っているので卵がダブってしまっている。

 茶:特に可もなく不可もなし。一般的中華の烏龍茶。濃いめ。


 である。

「また粥だな」

 とは、ゲンコウ。

 隣に腰掛けている美僧の兄弟弟子、ライレイは、微塵の感情もない冷たい声で応える。

「ですね」

 とだけ言い、文句もなく粥を啜る。

 肉体作りをするスポーツ選手、格闘家は、大量にメシを食う必要がある。

 運動をする肉体へのエネルギーである糖質に、筋肉を発育させるタンパク質。

 このため、黄林寺での食事はとにかく粥と豆、卵が投入されるわけだ。

「たまには肉が食いてえなあ……」

 と言ったのは、中級僧のひとり、ソウヒであった。

 誰に言ったわけでもない独り言である。

 言いたくもなろう。

 黄林寺は宗派として原則、肉食厳禁の法を取っているため、肉類が食えない。

 若い僧侶にはなんとも味気ないメシだ。

「おい、滅多なことをいうものでないぞ」

 たしなめるのはゲンコウだ。

 腕っぷしも一流であるが、心根も真面目一徹の鉄人である。

 戒律破りなどもってのかであろう。

 傍らに座っているライレイは、やはり、一片の感情もない冷たい様相で黙々と粥を啜るばかり。

「あ、ああ。分かってるよ」

 ソウヒは曖昧に頷いて言う。

 口では言うものの、それでもやはり、肉が恋しい。

 こればっかりは仕方ないところだ。

 口の中に夢のように肉の味を連想しながら、ソウヒは粥と饅頭を食い、茶を飲んで席を立った。

 

 夕食を終えると、そこまでハードな鍛錬をすることはない。

 僧侶であるため就寝時間も早めであり、それまでいわば自由時間のような扱いになる。

 基本は法術や諸処の座学に務めるものが多い。

 中には上級僧の師に、高度な技を個々人で教えを乞うものもいる。

 腕前が優れているものほど、師とマンツーマンでさらなる技術向上を目指す傾向が高い。

 ゲンコウは筋骨隆々の凄まじい肉体で外功は筆舌に尽くし難い、そこへ、ここ最近は内功の技倆ぎりょうを高めるべく、ひたすらに呼吸法に励み。

 ライレイは内功の冴えは元より才能豊かであり、そこへ加え、リュウガイ和尚自らの実戦乱取りで、神速の攻防を交えていた。

 過負荷が肉体の限界を超えないギリギリ、翌日の稽古に障らぬ瀬戸際までするのが、中級僧の中でも上位のものである。

 

「お、壁の上から見えるじゃねえですの。グヘヘ、良い体しやがってよお……っ、たまらねえですわっ」

 じゅるりと涎を垂らし、黄林寺の外周を覆う土塀の壁上に、一個の妖しく美しい影があった。

 さらりと長い金髪を流し、容姿はさながら西域の貴人の如く。

 だが、人間ではない。

 頭部からぴょこりと耳が、そして、腰のあたりから幾つもの、ふわりとした尾が伸びている。

 妖狐である。

 先日、ライレイと出会い、かの美僧の魅力とその奥に秘められた寂寥に魅せられている、金狐の妖狐、伽倻かやであった。

 あれ以来ライレイにつきまとい、彼を落とすべく虎視眈々と狙っている、文字通りの女狐。

 ちょうど土塀の上から見れば、修練場で師と手を交えるライレイが見えた。

 遠間から見ても、ライレイの美貌と、しなやかな手足が繰り出す技の華麗さは凄まじい。

 冷たい美貌が、またそんな技に冴える。

「はぁ~♥ 美形イケメンが汗だくになって……あんなに激しく……見ているだけでドキドキしてしまいますわねえ……」

 などと呟きながら、酒盃を傾け、月夜を肴に一献。

 美形と美酒、素晴らしい組み合わせである。

 ついでに持ち合わせたツマミを取り出したところで、稽古を終えた人影が近づいてくる。

「何をしているのですか」

「あら、見学ですわよ。いけなかったかしら」

 ライレイであった。

 伽倻は、うふふ、と妖しく微笑し、身をくねらす。

 その美貌に加え、着物の合わせ目から見える白い豊かな谷間は、世の男を狂わすに足る淫靡さを匂わせる。

 が、この心の凍りついた青年が、一顧だにするわけもない。

「いえ」

 とだけ言い、踵を返す。

 それを伽倻は呼び止めた。

「お待ちになってくださいまし」

「なんでしょう」

「差し入れですわ。どうぞ♥」

 そう言って投げ渡したのは、笹葉を龍のひげで包んだものである。

 少し開けてみると、実に美味そうな匂いが広がった。

 素晴らしい芳香だった。

「どうですかしら」

「ありがたくいただきますが。これはいりませんね」

 ライレイはそのうちのひとつをひょいとつまみ上げる、かと想うと、ぱっと素早く投げた。

 伽倻の口に中に入る。

「ぶへへっ!? ちょ! なにしやがりますの、げええ! あひいぃん♥ ああ♥ やだ、体が熱く♥ おほぉぉ♥」

 転げまわり、伽倻は塀の上から、外へ向かって転げ落ちた。

 ライレイはその中の一つに、強力な媚薬催淫剤と惚れ薬が入っていると見抜いたので、伽倻の口に投げ入れただけのことである。

 あひんあひんと塀の外でのたうつ伽倻は放置して、彼は手にしたものをどうするかと考えつつ、寺の中へと戻っていった。


 黄林寺は夜になると、基本、門を締める。

 正面玄関では不寝番の中級僧が立ち、みだりな出入りは禁止されている。

 が、裏門はそうでもない。

 閉じてはいるが、まあ、出ようと思えばこっそり出ることは叶う。

 鍵はかかっているのだが、中級僧で幾らか寺の内部に精通した頃になると、この鍵を持ち出す手管を覚えるやつが出てくるのだ。

 ソウヒもそのひとりだった。

 抜き足差し足、若者は皆が寝静まった中、こっそりと裏門から寺の中へと戻る。

 なにやら紙包を持っている。

 後生大事に手にしたそれを、彼はどこへ持っていくのかと思えば、食堂へと入った。

 がさごそと動き回り、湯呑と皿を出す。

 薬罐やかんから冷たい茶を淹れ、皿の上に紙包を置く。

「うへへ」

 と笑顔になり、紙包を開けにかかる。

 そこへ呼びかける声。

「あ! おいソウヒ! お前なにしてるこんな時間に!」

「ゲゲ! ゲンコウ! お、お前こそ」

「俺は水を飲みに来ただけだ。それよりお前、それは」

「これは、その」

 しどろもどろになり、ソウヒは言葉に詰まる。

 申し開きもくそもない。

 ゲンコウはすでに包の中を見ていた。

 彼はそれを暴く。

 美味そうな肉汁の匂いが、むわっ、と広がった。

「お前、こんなもんを買いに勝手に出かけたのか。お師匠らにどやされるぞ」

「い、いいじゃねえかよう。毎日粥と豆ばっかじゃあやっていけねえぜ」

 開き直る兄弟弟子に、ゲンコウは怒るやら呆れるやら。

 と、そこへ、もう一つ人影が近づく。

「どうしたのですか」

「ライレイ。実はソウヒのやつが、勝手に外へ肉を買いに」

「す、すまねえ、お師匠には言わないでくれよお」

 とやり取りを交わす。

 そんな中で、さらに、ガヤガヤと話し声と共に、幾つもの僧形がやってきた。

「なんだなんだ、ゲンコウたち起きてたのか」

「おや。テンイ師。皆も帰ったのか。無事でしたか」

「ああ。大事ない。なんとか片付いたよ」

 そう応えるのは、狼牙棒ろうがぼうを担ぐ上級僧の師、テンイ。

 そして弟子の中級僧一〇人たちである。

 今しがた、妖怪猪を退治し終え、探索行から帰ってきたのである。

 死人、怪我人、こそ出なかったものの、山野での死闘を演じ、また山を降りるという行程に、全員疲労困憊の有様だ。

 泥だらけで、弟子たちはもう我慢ならず、ソウヒが手にしていた薬罐を手繰り寄せると、がぶがぶと茶を飲みだした。

「ひいい……疲れたぁ……」

「それに腹減ったぜえ……」

「なあ、それすげえ美味そうな匂いすんな。どうしたんだ」

「見せてくれよ。あ! ソウヒ! お前なに肉なんか持ってんだよ!」

「なにっ!」

 兄弟弟子が声を上げ、師匠のテンイもぎょっとする。

 ソウヒはとうとう師匠に買い食いがバレて、あわわ、とへたりこむ。

「す、すいません師匠! その、どうしても我慢できなくて……」

「むう……」

 皆が、師のテンイを見た。

 彼の言葉ひとつで処遇が決まる状況である。

 テンイは悩む。

 彼は視線を泳がせた。

 すると、食堂の戸の付近に、一個の大きな影が潜んでいた。

 シワを深く刻んだ老僧の姿、リュウガイ和尚である。

 目が合うと、かの名僧たる師は、にっと笑って、そのまま踵を返して去っていった。

 となると、テンイも苦笑せざるをえない。

「お前ら、内緒だぞ」

「え?」

 ひょい、ぱくり。

 なんと、弟子を諌める立場である上級僧テンイ師が、自分からソウヒの買ってきたものをつまんで食う。

 弟子たちは目を見合わせた。

「どうした、お前らも食え。ソウヒの奢りだ」

 と言ってくれた。

 やった、と歓声、彼らは次々に手をのばす。

「よければこれも」

 と笹葉の包を差し出すのは、ライレイだ。

 彼の持っていたものも、寺の中ではまず食えないしろものである。

「おい、ライレイお前もどうした」

「貰い物です」

 美僧はそう言ったきり、あとは皆に渡して去る。

 ゲンコウは仕方ないなと肩をすくめ「皆には黙っておきます」と師へ一礼して去る。

 さて、残されたテンイ師と一行、ソウヒは夜食をやっつけにかかった。


 夜:寺では禁断のご馳走! ここに集う!

 串焼きの肉:羊と山羊の肉を竹串で刺して炭焼きにしたもの。この時代贅沢にたっぷりの胡椒こしょうがかかっている! 果実を用いたと思われる甘辛いタレが肉汁にからんで堪らない。実に美味!

 小籠包と餃子:共に蒸した点心料理。ライレイが持ってきた、貰い物らしい。誰から? これも肉汁たっぷり。西域産の牛肉も混ぜてある。最高。

 茶:食堂にあるいつものお茶。夜なので冷えている。舌の肉汁を洗い流す爽やかさ。良き。


「いやあ、美味い! やっぱ肉は美味いなあ!」

「俺肉食ったのいつぶりだろう……美味くて涙が出るなあ」

「こっちの小籠包もすげえいい具合に蒸してあんぞ」

「ライレイのやつ、冷たい野郎かと想ったけどいいとこあるなあ」

「あ、お茶取って」

 深夜、許されざる肉食、禁断の美味。

 しかも山を上り、野を駆け、魔物を斃し、汗だく泥だらけで帰って食う夜食。

 不味いわけがない。

 皆が食う姿を見つつ、自分も串の肉を貪り、ソウヒ想う――

(罰を受けずに済んだと、ほっとするべきか、それとも、食う肉が減って悔やむべきか……そんな考えを抱いてるようじゃ、まだまだ修行が足らねえなあ)


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