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五ノ章 笑顔(前編)

黄林寺 退魔僧伝 五ノ章 笑顔(前編)


 洋の東西交わる地、ガンダーラ。

 都は活気に溢れ、中心部は眠らぬ不夜城、いつどんなときも、往来は賑わい、飲食、雑貨、賭博、そして性と、あらゆるあきないが行われている。

 だが郊外へ足を向けると、未だに切り開かれていない自然が色濃く残っている。

 馬で半日駆ければ、周囲は見上げるばかりの山々と、広がる田畑が、繁栄の都を支える様子として見て取れる。

 そこは、そんな場所だった。

 どこまでも無限に広がるような、広大な麦畑を横に見る、田舎道。

 右に麦畑を、左には、深い森と、その先に続く山があった。

 暮れなずむ夕刻、昼と夜の中間の頃合い。

 どこか、幻想的で、同時に深く郷愁きょうしゅうを誘う懐かしさがあった。

 ひとりの男が、歩いていた。

 飾り気のない平服姿だが、生地の仕立てが善いのは、薄暗がりでもよくわかる。

 歩き方の所作にも、どこか端然とした、品格を匂わせた。

 だがなにより目を引くのは、その顔立ちであろう。

 すらりとした長身に備え持った男の顔は、凍れるほどの美貌であった。

 切れ長の瞳と、天工てんこうの作を思わせる顎、鼻筋の造形。

 年の頃は二十代か、いや、まだ十代かもしれない、判然とせぬのは、身魂の奥に染み付いているような、品のある静寂のゆえか。

 万物創造の神は、彼を作るにあたり、よほど手をかけて作ったのであろう。

 そんなことを、想わせる。

 そうして歩く青年の前に、夕暮れの作る影が、わだかまっていた。

 近づいていくと、おぼろげであった輪郭が、徐々に判然としていく。

 うずくまった、人間であった。

 女である。

 着物を押し上げる肉感は豊かで、近づくほどに、甘やかな香りと共に、男心を惑わす豊熟の美が漂ってくる。

 さらりと流れる黒髪は長い。

 やがて、青年が、すぐそばまで近づき、立ち止まる。

 女が顔を上げた。

「――」

「――」

 夕暮れの薄闇の中、見つめ合う、男と女。

 女は、まだ少女のあどけなさを残していた。

 青年も美しい、だが、女も、素晴らしく美しい。

 白磁の如き柔肌が、目に焼き付くようだった。

「どうかなさいましたか」

 道で膝を突き、蹲っている女に、青年が問う。

 静かで、声にもまた、品格と色気のある響きを持っていた。

 なにからなにまで、美しい男だ。

 女、いや、少女は、恥ずかしそうに顔をやや伏せ、濡れた瞳で視線を彷徨さまよわせる。

「急に、気分が悪くなって……家まで、あと少しなのですが」

 少女の声も澄んでいる。

 白魚の如き指で、彼女は胸元や腹部に触れ、息苦しそうな所作を見せた。

 自然と、服の胸元を千切ってしまいそうな、豊かな胸の膨らみに、視線を誘われる。

 同じ年頃の男なら生唾ものだろう。

 だが、青年の表情には、微塵の変化もない。

「そうですか。よければ、お送りしましょうか」

「いいのですか」

「構いませんよ。急いではおりませんので」

 そういって、青年は手を差し出した。

 まるで芸術家のような、長くしなやかな指だ。

 思わず、その手による愛撫を、彼の美貌と涼しげな眼差しに、連想する女は多いだろう。

 少女も黒絹くろきぬの前髪の奥で、瞳を微かに潤ませる。

 青年の手に自分の手を重ね、握り、引き起こされる。

 握り締める男の手は、思った以上に皮が厚く、たくましい。

「どうもありがとうございます」

「いえ。で、お家はどちらに」

「向こうです」

 少女が指し示す方向を、青年は見る。

 それは正面に伸びる道でも、右に見る麦畑の方向でもない。

 左側方に鬱蒼と茂る森。

 その森の奥へ向かう、細い隘路あいろであった。


 世界は夕から夜へと移り、天より注ぐ星と月の金光きんこうは、木々に阻まれ、僅かしか落ちない。

 薄明かりの中を、ふたりは歩いていた。

 といっても、ふたつの体は重なり、影はひとつ。

 長身の美丈夫びじょうふは、乙女を背負っていた。

 着物越しに大きく柔らかな双丘が押し当てられ、両手は腿を抱え、そのこたえられない弾力を噛み締めている。

 甘い香りと相まって、並の男なら誘惑に血が滾ろうものを、冷たいほど美しい男の顔には、少しの動揺さえ見えない。

 美しすぎる容姿のせいか、どこか、人ならざる妖しさまで、感じられるようだった。

「まだ先でしょうか」

 乙女を背負う青年が、おもむろに呟いた。

 家はまだ先か、そう問うているのである。

「あと少しですわ」

 背後から覗き見る青年の横顔に、魅入られたかのように、乙女はか細い声で答えた。

 ふと、彼に、問いかける。

「あの、もし……」

「なんでしょう」

「こんなお話を、ご存知でしょうか」

「どのような?」

「ここ最近、この一帯で、ひとが化かされるというお話ですわ」

「化かされるというと?」

「あやかしの狐だそうです。それはとても美しい人間に化けると。まさか、あなたさまでは、ございませんわよね」

 と。

 すると青年は、一拍の間を置き、どちらともつかぬ、曖昧な答えを零した。

「さて、どうでしょう」

 

 どれほど歩いたか。

 遠すぎず、かといって近過ぎもしない。

 ほどほどの頃合いで、おもむろに森がひらけた。

 一体誰が、いつどのように建てたか。

 森の中に、ぽつねんと、一軒の家があった。

 すでに時刻は夜となり、月の明るい光を浴びる家は、どこか幻想的である。

 裕福な人間が、都会の喧騒を離れて過ごす別荘とするなら、立地からみてもそうおかしくはない。

「ここですわ」

 乙女はそう言い、青年の背から降ろされる。

 家人か家僕か、家の中から出てきた年かさの男女が、乙女を出迎えた。

 それを見つめる青年は、やはりというべきか、感情の色のない、どこか空虚な冷たい目で、相も変わらず、冷然と美しい無表情である。

「では、私はこれで」

「お待ちを」

 帰ろうとする青年を、乙女が引き止めた。

 にこやかな、まるで夜にあって日中のひまわりのような笑顔で、笑いかけた。

「もしよろしければ、どうか夕餉ゆうげにお付き合いください。お礼もまだですわ」

 青年はその言葉を聞き、逆に問いかけた。

「よろしいので?」

「もちろんです。さあ、どうぞ中へ」

 

 招き入れられた邸内は、まさに絢爛のぜいを凝らしたものであった。

 黄金をした龍の像。

 さぞ名のある名工のこしらえたと思わしき水墨画、西洋の油絵などが壁を彩り。

 天井より下がる硝子がらす製の照明具といい、並ぶ家具といい、どれひとつ取っても裕福の一語に満ちている。

 奥の間で、大きなテーブルに腰掛けると、早速家僕が茶を淹れてきた。

 立ち上る湯気を見つめる青年は、やはり、氷結したような美貌を崩さない。

 森の奥の名家の佇まいにあって、驚きも感銘もないようである。

 どこか、人間離れさえしていた。

「さ、どうぞおくつろぎを」

「娘がどうも、お世話になりました」

 家人たちは、にこやかに青年を歓待する。

 美しい娘も、慎ましく、だが艶然と、青年のそばに腰掛けた。

「どうかなさいまして? なにか、お気に障りましたかしら」

「いえ。そのようなことは」

 応えながら、青年は茶杯を傾け、一口飲む。

 静かに、器を下ろし、含んだ茶の香気を味わった。

「悪くないお味です」

 偽りない口ぶりだが、それでも顔に笑顔が浮かぶことはない。

 いや、その美貌には、笑顔よりむしろ、ただ冷たいままのほうが、冴えるのかもしれないが。

 魅入る乙女の顔が、少しずつ、笑顔を変質させる。

 にこやかで、穢れを知らぬような清楚さから、よこしまで悪辣なものになっていた。

「ふふっ、くふふっ」

 目を細める仕草は、まるで狐であった。

 青年の体が、ふらりと揺れた。

 視界が眩み、意識が霞む。

 やがて彼は、どうと机の上に突っ伏した。

 そして全ての夢幻は消え果てる。

 いるはずのない家人も家僕も消え。

 豪奢ごうしゃな家の内装はうす汚れた廃墟となり。

 乙女もまたひとではない。

「あはは♥ おバカさん♥ 美男イケメンなのに、おつむは弱いのかしらねえ」

 くつくつと笑う。

 白い肌と美貌はそのままだが、黒い絹の髪は、黄金色に変じていた。

 頭部からひょこりと伸びる耳も、髪と同じ色の体毛に覆われている。

 着物も派手な色合いに変わり、大胆に肩を出す意匠が艶めかしい。

 そして腰の部分からは、長い、ふわりとした毛で覆われた、幾つもの尾が伸びている。

 見れば誰もが、一目でわかろう。

 その容姿――妖狐のそれであった。

 粗末な木机の上に伏せた青年に、妖狐の美少女はしゃなりと近づき、背を撫で、頬を撫でる。

「ふふ、それにしても、本当に美形だわ。嫉妬してしまいたくなるくらい。ま、それはそうと、なにか金目のものは持ってるかしらね、服といい、けっこう育ちが良さそうだし」

 妖狐はくつくつと笑いながら、一服眠り薬を盛って意識を奪った青年の懐に手を伸ばす。

 術で化かし、薬で昏倒させたうえでの追い剥ぎとは。

 極東和国では神の社にさえ祀られるのが狐のあやかしであるが、同時に国を傾けるほどの悪事を成す大妖たいようともなりうる。

 どうやらこの少女は、悪しき側にあるらしい。

 青年の懐の中、金目のものを求めて這う手は、彼の筋肉の、意外なほどの逞しさに、美しく妖艶な少女は息を呑んだ。

「なるほど、これが貴女のやり口ですか」

 だが次の瞬間、その細い手を力強いしなやかな指が握り、冷たく凍った声がそう告げたとき、妖狐は凝然ぎょうぜんと顔色を失う。

「っ!」

 慌てて、振り払おうとする。

 だが青年の指は、まるで鋼でできた輪のように、少女の手首から離れない。

 ゆるりと、青年は立ち上がった。

 冷たく表情を欠いた顔立ちは、美しいだけに余計不気味である。

 まるで、死人からかたどっためんのようだった。

「この! は、離しなさい下郎! でないと」

「どうされます」

「こうよ!」

 きっと睨み、少女は腰から生えた尾を振るった。

 刹那、それは闇夜の森の中、眩い輝きを孕む。

 狐火であった。

 ごうと音を立てた火の球は、たちまち青年を飲む。

 地を震わせ、周囲の木々の葉を焼く焦げ臭さ、黒煙が舞う。

 跳躍した妖狐の娘は、なんとかこれで距離を取る。

 だがしかし、濛々と立ち込めた煙を割って、まるで火炎の熱も感じぬような冷たい美貌は、なんの手傷もなく、月明かりを受けて浮かび上がる。

 そのとき、彼はすでに、いつもの様相と成っていた。

 纏っていた仕立てのいい平服も、被っていたかつらも焦げ、振り払って捨てる。

 下に着ていたのは、羅漢服らかんふく、武門を嗜むものが使う修行衣しゅぎょうぎだ。

 頭は剃髪ていはつされている。

「まさか、あなた……その格好、黄林寺こうりんじの」

 世にも美しき青年は、魔をはら退魔僧たいまそう

 追い剥ぎの如き真似をする妖狐に、如何用いかようがあるかなど、聞かずとも知れていよう。

「そういう貴女は。この頃、付近でひとに悪さをする妖狐で、間違いありませんね」

 互いに正体が知れても、青年は相変わらず、声も表情も凍てついていた。

 この世の何事にも心動かぬようでさえあった。

 半目に開いた切れ長の瞳に見つめられると、せいあるものと会話している気さえしない。

 ただの人間相手であるのに、妖狐の少女は、どこか薄ら寒い気分であった。

 だが、同時に、その冷たさが、青年の美しさをさらに幻妖げんように飾ってさえいる。

「ふん。だとしたらどうなのかしら? それにしても、わたくしの毒が効かないなんて、黄林寺の生臭坊主は噂よりもやるようですわね」

「内功と経絡のやりようで、体内の毒気は除けます。術は最初から警戒していれば、さして効きはしませんよ」

「っ」

 自身の術に自負のある妖狐にとって、後から告げた言葉のほうは、柳眉りゅうびを逆立てるのに十分な嘲弄ちょうろうであった。

 しかし青年の美貌は相変わらず氷結したかにように無表情であり、まるで邪気も嘲りもないのが、余計、しゃくに障る。

「面白い。なら、今度はこちらでお相手さしあげますわ。その澄ましたお顔、どう歪むか楽しみね」

「――」

 無言、返す言葉もなければ、緊張も恐怖も、興奮さえもない。

 なまじ美しいだけに、青年の無表情はどこか妖怪よりもなお不気味である。

 だが、不気味であるが、それでもなお美しい。

 美しいがゆえに、であろうか。

 妖狐の少女は、月下に咲く氷華こおりばなの如き青年の美貌と、感情の欠落した視線に、今まで感じたこともない怖気おぞけに見舞われる。

 かといって、ここで引く女でもない。

「わたくしは金狐きんこの一族が末子まっし、名を伽倻かや。貴方もお名前を聞かせなさい」

 通常、あやかしのものが自ら名を名乗ることは稀である。

 名とは妖怪変化にとって、実体よりもその存在の根幹を成す。

 それを名乗るということはつまり、少女には名を知られた程度では不利とせぬだけの自負があるということだ。

 美貌の僧侶は、一拍の間を起き、静かに口を開いた。

「黄林寺中級僧。ライレイ」

 氷のように冷たく、刃のように冴え冴えとした銀の声だった。

 そして、魔と、その魔をはらうものとの決闘が始まる。

 黄金の髪を揺らし、尾をなびかせ、妖気を高ぶらせる少女。

 ふわりとした尾からは、轟々と狐火が夜気を焦がす。

 青年は相変わらず、戦いの場にいるという緊張さえないように、凍てついた顔のままであった。


 朝もやの冷たさも、その場では熱気に焼かれていた。

 ふんっ!

 っ!

 口から迸るは、腹から絞り出す掛け声。

 腕が、脚が、若き血潮を巡らせる、鍛え抜いた肉体が、躍動してぶつかる。

 寺の広い敷地内、中でも特に広く設けられた屋外修練場。

 そこでは、幾人もの若者が、筋骨逞しき体を躍らせる。

 あるものは型稽古。

 またあるものは、組稽古。

 皆、剃髪、羅漢服姿である。

 退魔の聖殿、黄林寺。

 修行に励む退魔僧の中でも、人数において最も多い中級僧の面々だった。

 年の頃は十代半ばから、二十代の頃がほとんどを占める。

 人間の体が特に発育する年代だろう。

 彼らが修行に励むその場は、むっと熱気が立ち込めていた。

 そんな修練場の中央、試合用の円形闘技場において、ふたりの男が、互いに構えて睨み合う。

 稽古の試合である。

 周囲で同門の仲間たちが、幾人か、腰掛けて見ていた。

 円形闘技場は直径三三尺(約一〇メートル)余りもある。

 その中央に、二人が立っている。

 容姿は対照的だった。

 一方は、巨漢である。

 六尺半(約二メートル)もある身の丈で、全身の筋肉という筋肉が、羅漢服を千切るように張り詰めている。

 近代的なウェイトトレーニングも、薬物も使わない、純然たる武芸修行と、体の素質が形成する筋肉の要塞だった。

 顔は、無骨だが、そこが逞しさを備え持った偉丈夫であった。

 そして、隻眼である。

 僧名をゲンコウ。

 先日、日の本の国より訪れた少女との奇縁により、凶悪なる黒虎の妖怪と死闘を演じた男であった。

 そのゲンコウの前に立つ男は、隻眼の巨漢の視線を、何事もないかのように受け止めている。

 美しい、男だった。

 身長はゲンコウほどではないが、六尺三寸(約一九〇センチ)ほどもありそうだ。

 全身の筋肉もまた、ゲンコウほど凄まじい肉量を持ってはいない。

 むしろ、しなやかで細身に見える。

 しかしその実、奥底に力強さを宿し、いつでも緊張すれば、常人を遥かに超えたパワーを生み出せる。

 技を駆使するのに、必要なぶんだけ宿したという体つきであった。

 そして、その顔立ちだ。

 剃髪した僧形そうぎょうでありながら、貴婦人が見れば目を奪われてしまいそうな、玲瓏れいろうたる気品の顔である。

 筋肉の塊のようなゲンコウと向き合うには、到底不釣り合いに見える。

 まさかそんな彼こそが、現在、この寺で修行に励む中級僧の中でも、随一の腕前と呼ばれると知れば、容姿を見ただけのものは仰天するだろう。

 ゲンコウとライレイ。

 周囲で見守る兄弟弟子たちは、固唾を飲んで、向き合う二人を見る。

 どれほどの時間が過ぎたか。

 二人の若者は、どちらともなく、踏み出した。


 ゲンコウとライレイは、容姿のみならず、戦い方、鍛え方も、対照的といえるものだった。

 ゲンコウはどちらかといえば、筋肉を鍛え、筋肉や皮膚を強化する外功がいこうのほうを好んでいた。

 対するライレイは、呼吸法を基本とし、体内経絡によって内なる生命の力、氣を練り上げて心身を強化する、内功ないこうの鍛錬のほうを多く行っていた。

 しかし、時間と経験は、ひとを変える。

 ましてや若者であれば、その一日は老いたものの千日にも値しよう。

ァ!」

 一瞬。

 一閃。

 その動きの素早さと力強さは、昔日せきじつのゲンコウのそれではなかった。

 見ていた仲間たちは、あるものは呼吸を忘れ、またあるものは「おお!」と感嘆する。

 彼らの師である、上級僧の面々にも匹敵するほどだった。

 一歩、大きく踏み込み、中段より放つ正拳。

 体内練気による練りに練った内氣が唸り、速力はさながら飛燕の如きであった。

 山のような力強い肉体でこの速度、他の兄弟弟子である中級僧なら、この一撃を受けるはおろか、見切れもすまい。

 だが、相手はゲンコウと並び立つ天稟てんぴんであった。

 ふうわりと。

 一切のダメージを感じさせぬ、柔らかで軽い動きだった。

 ゲンコウが踏み込んだ時点で、ライレイは次なる一手を予測していたのであろう。

 硬気功こうきこうで硬めたしょうで拳を受けながら、足腰は軽気功けいきこうによる跳躍で一飛びし、拳撃の威力を半減させる。

 着地したときにさえ、ほとんど土煙が上がらぬことから、並々ならぬ体術の功が窺い知れた。

ふん! ァあ!」

 距離を取ったライレイに、休む間も与えんと、ゲンコウの超肉体が躍りかかる。

 巨獣の体に、飛燕の速度。

 悪夢的とさえ言える猛攻であった。

 右拳、右拳、左肘、上段右蹴り、下段蹴り、下段蹴り、上段蹴り。

 見ているだけでぞっとする、一撃一撃が必殺の破壊力さえ秘めた連撃の嵐。

 ライレイの慧眼けいがんと身のこなしでさえ、徐々に裁ききれなくなっていく。

 受け流した拳が、あまりの威力に体勢を崩され。

 避けたはずの蹴りが、道着を掠める。

 見ていた仲間のひとりがぽつりと「とうとうゲンコウが勝つか」と零した。

 かつて、中級僧で一番の腕前といえば、破門されたゴウジンという青年だった。

 彼がいなくなった今、中級僧の中では、ゲンコウとライレイのどちらかが一番の使い手である、というのが、まことしやかに囁かれていた。

 それが今日、覆されるのか。

 ゲンコウの連撃に、徐々に追い詰められるライレイ。

「……」

 その窮地にあっても、美貌には怒りも焦りもない。

 冷たく氷結した顔に、感情という色はない。

 繰り出される拳の合間に、反撃を打ち込んだときでさえ。

「っ!!」

 ライレイのしなやかで長い腕がしなる。

 神速の拳であった。

 それまで果敢に攻めていたゲンコウが、呼吸乱れ、思わず呼気を強く出した。

 ゲンコウの顔の前を掠めたライレイの拳が軌道を変じて、鼻先から視界を遮るように奔る。

 片目を失い、隻眼となった泣き所、限定された視界を瞬間的に阻害され、ゲンコウの動きが一瞬だが遅滞した。

 並の使い手ならばまだしも、この二人ほど卓越した武功を持つもの同士では、大きな隙であった。

 瞬時に防御を固めるゲンコウ。

 それよりもさらに速く、流れるように動くライレイ。

 内懐に踏み込むと同時、正中線のど真ん中に掌打しょうだの一閃。

 内氣を練り込んだ、強烈な衝撃が、全身に伝搬でんぱんする。

「ぐ! ぬう……」

 ずんっ、と、ゲンコウが膝を突く。

 目の前で倒れるゲンコウに、ライレイは拳を向けて残心に構えを取り、一瞬の間を置いて、その構えを解く。

 勝負ありだった。

 それが数秒であろうと、無力化した時点で、武芸者にとっては死を意味する。

 しかし、見ていた周囲の仲間から、声が上がった。

 怒りに染まった声である。

「卑怯な! ライレイ! お前、ゲンコウが隻眼と知って目を狙っただろう!」

 と。

 ひとりだけではない、闘技場の周りの他のものも声を上げる。

「俺たち黄林僧の兄弟弟子は実の兄弟も同然、それをお前、恥を知れ!」

「そうだぞ! ゲンコウの才を妬んでか!」

 次々と、仲間の僧たちが声を怒りに染めて叫ぶ。

 如何に実戦を想定した訓練といえど、仲間同士の技比べとして、相手に礼を持って戦うという暗黙の了解があった。

 だからだろう、ゲンコウが復帰してからの練習試合では、隻眼の顔に打ち込むのを躊躇ためらうものが多い。

 それに、普段からの私的な感情も、含まれていた。

 ゲンコウは生真面目だが、同時に仲間想いで気の優しい熱血漢である。

 そんな彼には、兄弟弟子の皆も心を許し、日々の血の滲むような努力も目の当たりにしているから、嫉妬よりも尊敬と親愛を感じる。

 ライレイは、逆であった。

 非難を浴びながら、相変わらず、美貌の青年僧に表情というものはない。

 ただ美しいだけでもいけすかないのが、氷結した無表情ならなおさらである。

 その天才さも、また癪に障る。

 ライレイも仲間たちと共に修行しているが、この美僧は、一の努力で一〇の力を得るような天賦の才の持ち主であった。

 口数も少なく、他の僧に心を開くことがない。

 命を預けて共に戦う、兄弟弟子きょうだいでしの仲間なのに、まるで胸襟きょうきんを開けた様子がない。

 なにを考えているかわからない。

 日常で会話をすることもほとんどない。

 美しく強くとも、不気味なのだ。

 そんな普段からの感情が、爆発したとも言えた。

 仲間からの面罵めんばに、ライレイは応えた。

「実戦の場でも、妖怪相手に卑怯と申しますか」

「~っ!」

 相手の弱点を突くなど、戦いでは常識である。

 そう言ったのだ。

 妖怪や悪魔、魔性の眷属を相手に戦う退魔僧にとっては、それも真実であろう。

 だが、ひとが常に真実のみで生きるわけでもなく。

 感情というものは、それだけでは割り切れない。

 闘技場の周囲にいた中級僧たちは、怒りに顔を歪めた。

 それを制したのは、当の本人であるゲンコウだった。

「待て! ライレイの言うことももっともだ。油断した俺が悪いのだ。こいつを責めるな」

「しかしゲンコウ」

「俺がいいと言ったんだ。この話はこれで終わりだ、いいな」

「あ、ああ……お前がそう言うなら……」

 ささくれた仲間の感情を、ゲンコウは諌める。

 無骨にして誠実なこの男からすれば、無口で表情もないライレイに対しても、一切他の仲間と別け隔てをすることはない。

 そういう面も、ゲンコウが兄弟弟子から慕われる所以ゆえんであろう。

 空気がぎこちなく固まった場に、まるでその様子をすべて把握していたかのように、一個の人影が、悠然と近づいてきた。

「おお、皆精進しておるかな」

「お、和尚様」

「はっ」

 一同に、礼をして身を正す。

 ずっしりとした量感を、巨躯に宿したのは、袈裟姿の老人であった。

 老成ろうせいした落ち着きの中に、どこか茶目っ気を感じさせるような、微笑を浮かべた老僧。

 無双黄林寺の大僧正、リュウガイ和尚おしょうそのひとである。

「ライレイ、ちと話がある、いいかな」

「はい」

 頷いたライレイは、和尚の後について、修練場を去っていった。

 その後姿を、ゲンコウは静かに見つめた後、振り返って仲間を見た。

「次の相手、頼めるか」

 そうしてまた、黄林寺の広大な修練の広場で、若者たちは心身の修行に励んでいった。


「よっこいしょ、と」

 わざとなのか、自然になのか、大仰にリュウガイ和尚は腰を下ろす。

 彼の私室であった。

 机を挟み、正面にライレイが腰掛ける。

 端然として、品があり、心身に微塵の崩れもない。

 先程、仲間に面と向かってそしりを受けたよすがさえなかった。

 美貌は氷結し、一切の感情はない。

 そんな弟子を、和尚は「ふむ」と零しながら、まじまじと見た。

 まっすぐに見る。

 美貌に見惚れるわけでもなければ、値踏みするわけでもない、ただ見る。

 ぽつりと、和尚は言った。

「お前が来てから、五年か」

「六年です」

「おお、そうか、そうか。どうだ、寺暮らしは慣れたか」

「はい」

「仲間とはどうだ」

「これといって、特に」

「そうか、そうか」

 和尚は笑顔で、大仰に頷く。

 ライレイは依然として、少しの感情も見えぬまま、静かに呟いた。

「用とはなんでしょう」

 ずばりと、本題を切り込む。

 用があると言われて来たのだから、当たり前のことだが、しかし、黄林寺の大僧正、天下にひと呼んで聖拳無敗と謳われるリュウガイ和尚を前に、少しも物怖じがない。

 上級僧の面々でさえ、こうは口をきけないだろう。

 リュウガイは気にしたふうもなく、うむ、と頷いた。

「おう! そうそう、忘れてはいかんな。実はなあ、お前に頼みがあるのだ」

「妖怪变化の退治でしょうか」

「おうよ。その通り。まあ、退治とまでいくかどうか」

「どういう意味です」

「実はなあ、ここ最近、ガンダーラの近辺で、男を狙った物取りがあるのよ」

 和尚は、続けた。


 近頃、ガンダーラ近辺地域で、奇妙な物取りがあるという。

 被害者はどれも、男ばかり。

 死人は、いちおう出ていない。

 彼らの証言を聴いてみると、事情はどれも同じようなものだった。

 夕暮れや夜の道で、女に出会った。

 とても美しい乙女だ。

 その乙女に、あるものは誘われ、あるものは病気だと言われて手を貸す。

 そうして娘の家についていくと、酒や、茶を振る舞われる。

 一口飲めばイチコロだ。

 意識を失う。

 気づいたときには、身ぐるみを剥がされて、朝の道に放り出されていると。

 まさしく、狐に化かされたように。


「我々に退治を乞うほどですか」

 話を一通り聴いたライレイが問う。

 和尚はううむと頷いた。

「まあなあ、他愛もない物取りであるが、しかし、被害者はどれも上等な家のものでな。都の豪族、あるいは貴族のものばかり」

「なるほど」

 治安警護の憲兵隊にねじ込むような、権力や財の保有者なのであろう。

 赤っ恥をかかされては、そのままにしておけない。

 それで退魔の聖殿、黄林寺に助成を申し出たのである。

 ライレイは、事態をよく飲み込み、答えを出した。

「和尚様のお言葉とあれば、断る道理はありません。不肖の身ではありますが、お受けします」

「そうか、頼んだぞ」

 最後に一つだけ、ふと、ライレイは問いかけを投げた。

「しかし、なぜ私なのです」

「ハハハ! それだがな、たぶんうちではお前が一番の適任よ」

 豪快に笑った和尚は、弟子の美貌を指差した。

「その件の妖怪の乙女はな、とんでもない面食いらしく、美形の男しか寄り付かんそうだ。とても他のむさ苦しい連中では引っかからんわ」


 夜の闇が鮮やかな光に染まる。

 炸裂する火花は、ごうと燃え、次々と連続して放たれ、草木を焦がし、土を抉る。

 一発一発が、火薬を仕込んだ榴弾りゅうだんの如き威力を持っている。

 ひとの作った細工や武器ではない、全て、黄金の尾を振るごとに作られる、妖力の塊だ。

 妖狐の得意とする、狐火である。

「ほらほら! 無双黄林寺とはその程度かしら! 少しは反撃して御覧なさい!」

 黄金の髪、黄金の耳、黄金の尾、金狐きんこの一族を名乗るに相応しい美貌の乙女が、嘲笑を上げる。

 妖狐、伽倻、それが名である。

 名家めいかの美男ばかりを狙って、術で騙し、身ぐるみを剥ぐあやかし

 彼女の放つ火炎の息吹を、飛鳥ひちょうの体術で、男は躱す。

 女の中でも、とびきり特上の美貌を持つ伽倻と比べても、遜色ないどころか、上回りそうなほどの美形であった。

 羅漢服らかんふく剃髪ていはつした髪。

 見てくれは粗末だが、それでも彼の美貌は、月下に冴え冴えと輝いていた。

 ライレイ、表情も心も凍てついた、青年の中級僧であった。

「……」

 繰り出される強烈な火球を前に、ライレイは言葉もない。

 余裕があるとも見える。

 逆に、余裕がないのかもしれない。

 だが、心の内はまったく見えない。

 一撃でもまともに喰らえば、大火傷であろう、そんな危機感さえあるかどうか。

 相手の慌て、怯えることを期待した伽倻からすれば、面白くない。

 両手の上に、轟々と巨大な火の玉を妖気で練り上げ、伽倻は柳眉を逆立てる。

「さあ、今度はもっと強力なのを差し上げますわ。避けられるかしら」

 くつくつと笑う伽倻。

 そんな妖狐の少女を前に、ライレイは、ようやく口を開く。

「ひとつお聞きしたいのですが」

「あら、なにかしら。命乞い?」

「いえ。貴女は、なぜあのような真似をなさるのです」

 理由、行為のゆえを問う。

 それを聞き、伽倻は一瞬、あっけにとられた。

 まさかそんなことを聞かれるなど想像していなかったのだ。

 しばし、彼女は首を傾げ、答えた。

「なぜって、そうね。宝石や綺麗な服、香水や髪飾りを買うお金が欲しいから、かしら。それに、如何にも名家の出でございっていう美男を笑い者にするのは、楽しいじゃありませんこと?」

 少女の答えは、明快で単純だった。

 ただ楽しいからやっているのだ。

 邪悪な妖怪の所業だが、同時に無邪気で幼稚でもあった。

「だから、ひと死にまではしないと」

「ええ。だって殺してしまうより、素っ裸にして放り出したほうが、笑いものにできて楽しいじゃありませんこと? ふふ、でも貴方は下手に腕が立つせいで、殺してしまうかもしれませんわね♥」

 ふふんと、不遜に、見下すように笑い、伽倻はさらに強烈な火炎の剛球を放った。

 今までの倍ほどの大きさであり、威力である。

 ライレイは、やはり、微塵の表情の変化もなかった。

 迫りくる火球へ向けて、美しき青年僧は、懐から取り出したものを、放つ。

 

 ――ヒュぅ


 軽やかな風切り音だった。

 伽倻が両手から放った、二つの火の玉が、四つに分裂して、見当違いな方向へ飛んで爆裂する。

 それぞれに、斜め上方、斜め下方から一閃した斬撃による分割され、軌道を逸らされたのだ。

 炸裂しなかった理由は単純である。

 斬撃のあまりの鋭さと速さに、込められた妖気の熱が爆ぜることを忘れたのだ。

「な! それは……剣!? そんなものどこに」

 伽倻は仰天した。

 ライレイの手には、月光を吸って濡れたが如く光る、銀の刃が握られていた。

 彼は腰に何一つ下げていなかった、帯刀していたなどありえない。

 それが、懐から手を出した瞬間、諸刃の片手剣が出現したのである。

腰帯剣ようたいけん、氣を込めればこのように、尋常の剣となりますよ」

 無感情な声が、ぽつりと告げた。

 腰帯剣、それは、宮中などの警護でも用いられる剣の一種だ。

 遥かインディアの地では、ウルミンという名で同じような武具を用いられる。

 極めて薄く柔軟な刃の剣であり、振れば鞭のようにしなる。

 腰に巻きつけておけば、目立つこともない。

 だがその柔らかな剣身は、ライレイの手に握られ、通常の剣の如くぴんと刃を立てている。

 内家ないかの武芸者の、氣を込めた内気功の賜物だ。

「面白い、なら、これはどう!」

 自慢の狐火を斬られ、なお妖狐の矜持を見せて、伽倻は尾を振った。

 五つ、それも、先よりもなお大きな火炎の塊。

 獄炎の如き、熱の奔騰ほんとうであった。

 生かして恥をかかせるのが愉快と語った乙女だが、ライレイの凍りついた無表情から、自分の技を嘲られたと感じたのだろう。

 妖狐の一族は、気位が高いというが、彼女もその例外ではない。

 迫りくる火炎の塊に、ライレイは、氷結していた。

 永遠に冷気を失わぬ、氷の彫像のような顔だった。

 正面から迫りくる火を、彼はどうするか。

「――」

 言葉もなく、彼は地を蹴った。

 ゲンコウは、巨大な筋肉の要塞の肉体に、飛燕の動きを有していた。

 彼よりも軽くしなやかなライレイが、本気で内功を練ればどうか。

 飛燕を空へ運ぶ、疾風しっぷうと成った。

「な!」

 伽倻は天を仰ぐ。

 極大の火炎を悠々と飛び越え、空を飛ぶように舞うその姿。

 身を捻り、刃を翻す。

 月光を浴びる顔の、なんと美しく冷たいことか。

 一瞬、自分を技を回避されたことも、反撃に移ることも忘れ、伽倻はライレイの美貌に魅入られた。

 そして気づけば、着地したライレイの手が、ぴたりと首筋に白刃を添えていた。

「っ……!」

 ようやく、敗れたことへの危機感に蒼白となる伽倻。

 ライレイは、やはり、表情に変化はない。

 勝利した余裕も愉快さも、なにも。

 このまま、首を刈られて死ぬのか、伽倻は額に汗を流す。

「ど、どうしたのです、殺さないのですか。それとも、ふふ、貴方もわたくしの体に興味がおありかしら」

 ふふん、と、伽倻は艶然と微笑し、胸元を僅かにはだける。

 まともな男が見れば、舌なめずりしそうな豊かで白い乳房だ。

 丸々と熟れた西瓜のように大きい。

 ライレイは、しかし、やはり変化はない。

 だが刃は動かず、伽倻はそこに好機を見出した。

「はっ!」

 瞬間、胸元から、白銀の輝きがはしる。

 ライレイは身を翻して躱した。

 血は流れなかった。

 代わりに、じゃらりと、何かが落ちる。

「……っ」

 青年は、自分の体から離れたものを見た。

 無表情であるが、僅かに目を開き、驚きが垣間見える。

 伽倻が胸元に隠していた、飛び道具のひょう、それが切り落としたのは、首から下げていた数珠じゅずだ。

 僧侶なら、さして珍しいものであるまい。

 しかしよく見れば、数珠の玉ひとつひとつに、緻密な筆で、経文が書かれている。

「な、なによ、そんな数珠くらい」

 それまでの冷徹で不気味なほどの強さのライレイが、動きを止めて、自分の首から切り落とされた数珠を見つめる様子に、戦いの緊張も忘れて伽倻は問う。

 なにか、酷くいけないことをしたような心地だ。

 それは、決して間違いではなかった。


 ――オオオオオぉぉぉ!!


 夜の闇のどこかから。

 輝く月も届かぬ暗黒の底から。

 憎しみと怒りに満ちた、異形のなにかの声が響いた。

 おぞましい雄叫び。

 呪いの言霊。

 肌を刺す強烈な邪気に、伽倻は慌てて周囲を見渡す。

「な、なに! なんなの!?」

 妖怪の彼女が、まったく感じることもできなかった。

 突然の、妖気の奔流。

 凝縮された邪気の塊。

 立ち並ぶ木々の梢の向こうから【それ】は近づいてきた。

 爛々と輝く双眸で、伽倻と、その傍に立つ、ライレイを睨んで。

 気づいたときには【それ】の攻撃は放たれた。

 幾筋もの銀条ぎんじょうであった。

 禍々しい、白刃の群であった。

 もしそのまま立っていれば、伽倻の首は飛んでいたろう。

 そうならなかったのは、ライレイが瞬時に彼女の手をつかみ、跳躍したからである。

 着地と同時に、若き青年僧は、乙女を抱えて走り出した。

 二人を追い、闇から現出した狂気は走った。

 じゃかじゃかと、無数の節足で草木を踏み分け、鋼鉄の胴で太い木をへし折りながら。


続く


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