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第3話

 金属音がする、鉄の擦れる様な音だ。

 毎朝六時にセットしているアラームとは違う音に違和感を感じながらも寝惚け眼で周囲を見回す。

 硬い地面、薄汚れた空気にびくりと肩を震わせるも、数秒の後、自分の置かれた状況を思い出した。

(あぁ、そういえば誘拐されていたんだっけ)

 と。







 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「いやぁ、お待たせ」


 唐突に開いたドアから入って来たのは一人の二十代過ぎの男だった。

 整えられた髪、パリッとしたスーツ、顔立ちは少々異なるが苦笑いを浮かべる様子はまさに日本のサラリーマンの典型例のよう。


 しかし、こんな所にいる奴が普通の日本人な訳もなく。あぁ、やっぱりここはトンデモない人外魔境らしい。


 俺たち一般市民とは本質がまるで違う。


 昨日の男同様に、この男からも言い知れぬ覇気とも言える異様なものを感じ取れた。なんと表せばいいのか、空気がビリビリするというか、圧迫されるような感覚が伝わってくるのだ。


「ちょっとだけ予定より遅れたけど、元気そうでよかったよ」


 申し訳無さそうにしつつも、どうやら謝るつもりはないらしい。まぁそれはそうか。こんな狂人どもに罪悪感など求めた俺がバカだった。

 と、そんな心情が伝わったのか


「そう睨まないでくれよ、実を言うと俺たちだって心苦しいんだ。大丈夫、君に不利益になるようなことはしない。絶対だ、確約しよう」


 男がこちらに近づいてくる。一瞬逃げなければと思ったが、すぐに無駄だと気づき結局大人しくすることにした。怖気付いたとも言う。


 男がポケットの中に手を突っ込み取り出したのは一本の鍵だった。それを俺の手枷足枷に差し込み次々と枷を外してゆく。そして呆気にとられる俺を見ながら、先ほどとは違う、ハッキリとした笑みを浮かべて男は言った。


「魔王様がお待ちだ。付いて来てもらおうか」


 どうやら俺に拒否権はないようだ。


 本当は逃げ出したかったが、実際に行動するまでには至らなかった。だってそうだろう、俺は十六で死ぬつもりは毛頭ない。死ぬ時は老衰と決めている。


 それに、アイツのさっきの笑い方。バイト先でよく見た笑みだ。脅しや恐喝、服従を強要する時のそれ。


 俺はとあるバーでアルバイトをしていた。一人暮らしにはなにかと金がかかる、諸事情で親にも頼れない俺には何か大きな収入源が必要だった。そこで色々探した結果、とんでもない店に行き着いたわけだ。

 店に来る客の大半は密輸人やら情報屋やら裏のモンやら。店主は店主で何やら怪しい取引をしていたし、俺自身、何度かよくわからない情報の為に脅されたこともある。

 今では多少慣れたが、最初のうちはとてもじゃないが仕事に手がつかなかった。


 そして扉に向かって歩く男はそんなバーのどんな奴よりも上、比べるのすら烏滸がましいと言える。


 俺は今、改めて自分がどれだけヤバいところに居るのかを再認識していた。


 しかし、ずっとこのまま怯えっぱなしと言うわけにもいかない。

 昨日の男のおかげか、はたまたバーの経験のおかげか、今なら多少は落ち着いて会話ができる気がする。

 ......気がするだけなのでまだ一言も発していないが。


 ともかく、情報を引き出さないことには逃げ出しようもない。此処はどこか、時間は何時か、組織?はどれぐらいの規模なのか。最低限どのタイミングで監視が外れるのかぐらいは聞き出したいところだ。


 ふぅ、と一息。

 頭の中で考えるのは簡単だが、いざ行動に移そうとすると踏ん切りがつかないものだ。


 ...よし。この石の監獄を出たら、扉を通り過ぎたらすぐに問いかけよう。それまでに呼吸を整えて、最善をシュミレーションしておこう。

 なに、いつもの面倒ごとと対処の仕方なんて変わらないじゃないか。想定して対処する、ただそれだけだ。


 一歩、また一歩と、扉に近づいていく。扉に向かうにつれて、足が床に張り付くような錯覚に陥ってゆく。しかし男がそれを待ってくれるはずもなく光の壁の外へ消えていった。


 消える、というのも逆光したカメラに映る光のように、外の光が壁となって見えるだけだ

 だがまぁ、踏ん切りをつけるという意味でも薄暗闇を脱出するという意味でも正しい見え方なのかもしれない。


 ──行こう。

 なんでもない気を装って、でも少し拳を握りつつ、俺は大きく一歩、扉の外へと足を運んだ。











 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






 足に感じるのは先程までと同じ石の感触。しかし今度のはざらついたレンガではなく、滑らかな丸石のような感触だった。


 目が光に慣れてきた。細く目を開けると少し先、前方をあの男が歩いている。


 小走りで追いつこうと足を動かした時に気がついた。...服が寝巻きのままだ。普通、宗教だったら自分の宗派の服を着せるとか階級を表すナニカを施したりとかするはずだ。


 ...ならそういう集団ではない?じゃあコイツらは、と始めて辺りを見回して漸く俺は自分の過ちを悟った。



 石の通路は断崖に沿って作られていた。崖上には此処からでは目に収めきれないほど巨大な建築物が建てられており、その美しい白の塗り壁に燦々と陽の光が降り注いでいた。眼下に広がるのは、教科書で見たローマのような街並みだ。小さすぎて見え辛いが、確かに赤煉瓦や噴水広場、石で舗装された道が見える。そしてなによりも目立っている建物があった。

「コロッセオ」だ。日本で円形闘技場と表されたそれは、国民のストレスを発散させる為の娯楽の一環としてとても重要視されていた。なんでも刺激的な血生臭さが人々の心を魅了したとか。

 そのコロッセオが別々の方向に......四つもあった。


 明らかに、おかしい。

 コロッセオを模した建造物を四つも作る意味ははっきり言って無い。確かローマは観光事業として都市と建造物の保存をしていたはず。それを承知の上でこれをやっているのだとしたら、此処の政策は三流もいいとこだ。

 それに、それ以外にも何か違和感を多数感じる。


 ふと、昨日の男の言葉を思い出した。


『そこの所、“異世界人”のお前はどう思う?やはり私がおかしいのだろうか』


 異世界人。確かにそう言っていた。

 最初は聞き間違いだったんじゃ無いかと考え、次に何かしらの隠語だと考え、それ以来思考を放棄を決め込んでいた単語。それが今になって強烈に頭をよぎっていた。


 “もしかしたら本当に異世界なんじゃ無いか?”


 馬鹿馬鹿しい。平時でなくとも一蹴するふざけた考え。

 しかし、不意に思い至ったその考えを、あり得ないと否定しつつも断言しきれない気持ちが俺の心の片隅に生まれていた。


「どうしたんだ?」


「うおっ⁈」


 背後からの声に肩を大きくびくりとさせ、咄嗟に振り返る。気がつけば結構な時間眺め回していたらしい。先導していた男はこちらが気になったのか戻ってきていた。


「......この街の名前はなんて言うんですか?」


 確かめなければならない。


「何処までの範囲を指して言っているのかな?」


 否定しきらなければならない。


「此処から一番近い街の名前は?」


 そんな一心で必死に問いかけた。


 これまでの人生も、確かに不幸と言えるものだったかもしれない。だが、それは俺が変えようと行動しなかったからそうなっただけで、それによってもたらされた結果に文句などありはしなかった。要は自分自身で納得が行っていたのだ。

 それに、俺は俺で結構変わったつもりだ。

 以前と比べて学校を楽しむようになった。コミュニケーションを取るようにもなった、相手の心を理解する努力もした。


 だから、


「一番近い街、か。それなら......王都“アウラム”だね。今いるのが“積み石獄”で、ほら、向こう。あそこがアウラムさ」


 こんなのってあんまりだろう。

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