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お題で軽い読み物を(即興習作集)

失踪した親父が女の人をストーカーしてたから全力で追いかけたんだ

作者: 雪海みぞれ

本作は以下のお題を使って書いています。

『殺人事件』『書き出し→「親父が失踪した」』『ヒーロー』『2000文字以内』

「親父が失踪した」

「これで五度目だな。お前んとこの親父が失踪するの」

「ああ、勘弁してほしい」


 失踪した理由はわかっている。

 俺の親父にはヒーロー願望がある。何かすごい事をしてみんなにチヤホヤされたいと公言している。

 今回の失踪は昨日見ていた探偵モノのアニメと刑事ドラマの影響だろう。


『ちょっと厄介な殺人事件の気配がする。見事に解決してくるから。すまねえが留守を頼む』


 朝起きたらこんな書き置きが残されていた。

 お袋も慣れたもので、一切慌てず会社に行った。せっかくだから飲んで帰ってくるそうだ。


 高校の帰り道、親友の良雄にもこうやって話してみたんだが、この通り大した興味も示さない。

 俺としては親父がまた変な事件を起こすのが恐いから、今すぐ帰ってきてほしいんだが。

 どうせ今回もあんまり遠くには行ってないだろうし……


「おいあれお前の親父じゃね?」


「なに?」


 良雄が指をさした先を見る。電信柱の陰から、前方に歩いてる女をストーカーしている親父がそこにいた。

 なんていいタイミングだ。俺は全力疾走で電信柱に向った。


「なにやってんだよ親父!」


「なんだ武か。静かにしろ。今大事なところだ」


「何が大事なところだよ! 親父が捕まっちまうぞ!!」


 こんなところで女に気付かれたらそれこそ通報される。

 俺はできる限り小さな声で怒鳴った。


「何を勘違いしてるんだ。あの女、これから誰かを殺そうとしている。それを阻止するのが俺の役目だ」

「は……?」


 俺は絶句した。


「なんでそんなことわかったんスか?」


 ちゃんと俺の後をついてきたのか。良雄も空気を読んで小さな声で言った。

 そうだ。前にいる女に不自然な様子は見られない。スーツ姿の普通の格好だ。

 仕事でどこかに向っているか、少し早めの帰宅中にしか見えない。


「あの女はさっき包丁を買った。間違いなくこれから誰かを刺す気だ。ホームセンターを張っておいて正解だったぜ」


 俺はもう一度絶句した。


「……いや、包丁くらい買うんじゃないスかね。ホームセンターだし」


 良雄の言うとおりだ。何もおかしなところはない。

 たとえば一人暮らしの女なら料理もするだろうし、何かの事情で仕事帰りに包丁を買う事もあるだろう。


「馬鹿ヤロウ!!」


 だが親父にそんな常識は通用しない。大声で怒鳴りだした。俺らが気を使って小さな声で喋ってたのに。


「あの女の姿を見ろ。スーツだろ? こんな時間のスーツ姿の女は普通、包丁なんかに用はない――違う用途で使うなら別だがな」


 ニヒルに笑う親父を見て俺は若干イラッとした。


「オマケに表情が暗い。フ、完璧な推理だ」


「いやあ、それだけで尾行していたら親父さんが刑務所行きじゃないッスかねえ」


 そのとおりだ。もっと言ってやれ良雄。


「馬鹿言うな、人の命がかかってるんだぞ――あっ! 見失ったじゃないか! クソ、お前らに構ってるヒマはない!」


「親父待てって――!」


 俺が止めるのを無視して親父は走って女を追っていきやがった。


「くそっ! 行くぞ良雄!」


「やめとく、俺帰るわ。俺まで警察になんか言われるの嫌だし」


「なに!?」


 お前それでも親友か!? と叫ぶのはとっさに抑えた。

 そんな言い合いをしてて親父に置いてかれたら大変だ。


「仕方ねえ! また明日な!」


「おう、またどうなったか連絡してくれ」


 挨拶もほどほどに俺は親父を追った。すでに親父は曲がり角を曲がっている。このまま見失うことだけは許されない。

 俺も角を曲がる。親父の背中が見えたが、すぐにまた別の角に入る。

 くそ、あんなでもいつも筋トレしてるからか、全然追いつけねえ。


 だが諦めるわけにはいかないと、必死に走る。しばらくして女の悲鳴が聞こえてきた。

 最悪だ。親父! 早まるな!!

 もはや限界が近かったが、俺は最後の力を振り絞って走り抜けた。


「親父――!! ……は?」


 最後の角を曲がったとき、俺は不思議な光景を見た。

 泣きわめく子どもたち、どこかに電話をしている先生らしき女。

 それに、包丁を持った女を取り押さえている俺の親父――


「どういうことだよこれ……」


 息が苦しい。状況がいまいち掴めねえ。

 いやでも、親父が押さえてる女はさっき追いかけてた奴じゃねえか。

 ってことはまさか……


「おう武! ついに俺はやったぞ!! これが俺の実力だ!!」


 まさか、本当に包丁を持って暴れたのか。それも、小学生を襲おうとして?


 ……すげえ、すげえよ親父。

 俺は親父があまり好きじゃなかった。いつも失踪して、正直、見下していたところもある。

 だが今は違う。さっきは腹が立った親父の笑顔も、すっげえ渋く見えるぜ……




 未然に事件を防いだことで親父は警察に表彰された。

 お袋はやっぱり興味がなさそうだったけど、俺はこの日から親父を尊敬しようと決めた。

 親父は助けた子どもたちのヒーローに、そして俺の目指すヒーローになったんだ。


 これで、親父が失踪することもなくなるだろう。



 ――二週間後。


「親父がひきこもりになった」

「表彰されて満足したんだな」

「ああ、勘弁してほしい」

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