問:駒鳥は何故森の中で倒れていたのか
「おや、これは大変だ」
その日、カラスは森の中を飛んでいた。散歩だ。
木々の間をくぐり抜け、蜘蛛の巣を突き破って飛び回る。それを見つけたのは、そんな時だった。
「もしやこれは駒鳥ではないか?」
小さな塊。
それは地面に倒れ伏したまま、ピクリとも動かない。
横に降り立って顔を近づけてみれば、その胸が微かに上下していることに気づいた。
「寝ているわけじゃあなさそうだ」
首を傾げて眺めていると、そこにガチョウがやってきた。
「やあ、カラス。散歩かい?」
「おはよう、ガチョウ。散歩だったんだがね、妙なものを見つけてしまった」
ガチョウが見やすいように少し体をずらすと、ガチョウはカラスの体で隠れて見えなかった駒鳥の姿に気づく。
「それはもしや駒鳥かい?」
「そのようだ」
「なぜそこに?」
首を傾げるガチョウに、カラスも再び首を傾げた。
「わからない、私が見つけた時には既にこうなっていた」
「ふうん。とにかく休める場所に連れて行ったほうが良さそうだな」
「君が連れて行ってくれるのか。助かるよ。私は誰かに伝えよう」
カラスはガチョウの背中に駒鳥を乗せると、ガチョウを置いて先に村へと戻ることにした。
ガチョウはカラスが飛び立つのを見送ると、急いで、しかし慎重に駒鳥を運び始めたのだった。
+ + + + +
「おーい、おーい」
カラスが村に戻ってまず見つけたのはアヒルだった。
農具を背負い、畑に向かうアヒルに呼びかける。
アヒルはすぐにカラスに気づき、カラスが空から降りてくるのを待った。
「やあ、おはよう、カラス。急いでどうしたんだい?」
「おはよう、アヒル。実は駒鳥が森の中で倒れていたのを見つけてね。今ガチョウが運んでいるんだが、君は医者を呼んできてくれないか?」
そう言えば、アヒルは目を見開いて驚いた表情になる。そして農具を放り出すと、やや仰け反ってくちばしを鳴らした。
「なんだって? そらあ大変だ。わかったよ、医者を呼んでこよう」
「助かるよ。私はガチョウを探しに行こう。彼が駒鳥を、どこか休める場所に運んでくれるんだ。恐らく役場だろう」
「わかった。医者を見つけたら役場に行くとする」
こうしてアヒルとカラスは別れた。
+ + + + +
「おーい、おーい」
アヒルは医者を探しているうちに、キジと出会った。
庭先で羽の手入れをしていたキジは、アヒルの姿を見つけると自分の美しい羽を拭く手を止める。
「ごきげんよう、アヒル君。どうしたのかね?」
「ごきげんよう、キジ。僕は今急いでいてね、ちょっと困っているので、君の助けを借りたいな」
「よろしい。聞かせてくれ」
キジは焦った様子のアヒルに一つ頷くと、アヒルを庭先に招き入れた。
「カラスから聞いたんだが、実は駒鳥が森の中で倒れていたらしく、僕はこれから医者を探しに行くところだ。申し訳ないけど君は村の鳥たちに声をかけてくれるかい?」
それを聞いたキジは、すわ大変とばかりに頷いた。
「そんなことがあったとは。わかった。この私がみんなに声をかけてこよう」
「頼んだよ、キジ。駒鳥は役場に向かったらしい。ではまた後で」
キジとアヒルは別れると、アヒルは医者を、キジは村の鳥達に声をかけに行く。
こうして、数分後には村は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
+ + + + +
「やあ、みんなそろったな」
カラスが何度か頷いてあたりを見回す。
ガチョウが駒鳥を役場に運び、カラスが駒鳥のことをアヒルに伝え、それを聞いたアヒルが医者を呼びに行き、その途中でアヒルに会ったキジが村の鳥達に声をかけてまわった結果、駒鳥が役場に連れ込まれて数十分後には村の全ての鳥たちが役場へと集結していた。
「医者は?」
村の鳥から声が上がると、医者を呼んできたアヒルが得意気に胸を張った。
「心配無用。既に駒鳥の様子を診てくれている」
そこで村の鳥達はほっと胸をなでおろした。
落ち着いたとき、どこからか一つの声が上がる。
「ところで、一体どうして駒鳥は森の中で倒れていたんだい?」
その問に応えられる者はいない。
しばらく後、カラスがようやく口を開いた。
「恐らく私が第一発見者なのだろうけどね。私が駒鳥を見つけた時には、すでに倒れていた後だった」
この発言を受けて、アヒルは首を傾げながら目を細める。
「病だろうか?」
しかし、駒鳥を運んだガチョウはそれを否定した。
「運んだのは僕だがね、病の臭いはしなかった。恐らく、別の理由で倒れていたのだろうと思う」
「では、空腹で倒れていたのだろうか?」
どこからか声が上がる。
しかし、今度はアヒルがそれを否定した。
「医者が診断を始めた時にそこにいたんだが、医者はそんなことは言っていなかった。怪我もないし、貧血を疑っていたようだけど、その割には血色が良いと言っていた」
「つまり、病でも空腹でも怪我でも貧血でもないということだな」
そう言ってキジが顔をしかめる。
また、鳥たちの間に沈黙がおちる。
すると一羽の小鳥が口を開いた。
「まさかとは思うけど、駒鳥は自殺をしていたんじゃないの?」
「理由は?」
カラスに問われた小鳥は身を細くしながらも、恐る恐るといったように口を開く。
「だって、病でもなく、空腹でもなく、怪我もなく、貧血でもないのでしょう? なら、自殺がしたかったんじゃないの?」
誰も何も言わない。
しかし、その場にいる全員がそうなのかもしれないと思った。
「なるほど、確かに一理ある」
「では自殺がしたかったと仮定して、どんな原因であそこに倒れていたのだろうか?」
キジがそう問えば、ガチョウが手を叩いて声をあげた。
「駒鳥は飛べる。全速力で木にぶつかったのでは?」
自信満々にそう言うも、カラスがそれを否定した。
「怪我がないと言っていただろう? 頭に怪我がなければ、失神するほどの勢いで木にぶつかったのはありえない」
「そうか」
ガチョウは顔をしかめながら唸ると、再び首を傾げながら思考を巡らす。
その姿を見たキジが、翼を立てて口を開いた。
「薬を飲んだのではないか? ならばあそこに無傷で倒れていてもおかしくはないだろう」
それはこの場にいる鳥たち全員にとって天啓のように思えた。
「なるほど、それは一理ある」
そう言って全員が頷いていると、部屋のドアが開いて医者が出てきた。
「ああ、お医者様。駒鳥の治療は終わったのかね?」
キジがそう尋ねると、医者は肩をすくめて部屋の中を除く。
「一命は取り留めたよ。だが薬やら医療機器やらがなくなってしまったので、一度家に帰るところだ」
「そうか、それは良かった」
鳥たちの間に安堵の色が見え、医者は薄っすら笑うと役場を出て行った。
「さて、先ほどの続きだが」
医者の姿を見送ったカラスが口を開く。
「僕に一つ提案がある」
「なんだい?」
「駒鳥は自殺をしたと仮定する。そうなると、駒鳥はあのまま死にたかったのではないか?」
これは鳥たちにとって盲点だった。
まさしくカラスの言葉はそうであろうと思える。
薬を飲んで自殺をしようと考えている駒鳥が、医者に助けられて目覚めた時、死に損ねたと気付いたらどれほど絶望するだろうか。
「駒鳥は生きたくないのだろうか」
アヒルがそうつぶやいた言葉に、誰も答えることはできなかった。
「そこで僕の提案だ」
カラスは大きく羽を広げると、少し胸を張って口を開く。
「駒鳥を殺そう」
きょとんとした鳥たちは、やがて思い思いに口を開く。
ピイピイとうるさいそれは、役場の窓を震わせるほどだった。
「静粛に! 静粛に!」
ガチョウが大声で叫び、徐々に役場は静かになっていく。
「色々と意見があると思うが、まずはカラスの意見を聞こう。カラス、なぜ君は駒鳥を殺そうと思ったんだ?」
興奮気味にガチョウがそう聞けば、カラスは一つ頷いて真面目な表情をする。
「死にたいと思っていたのに死ねなかった。それは悲劇だ。この世に絶望して死んだはずなのに、実は生きていた。これはミミズがいると思って穴にくちばしを突っ込んだのに、中には何もいなかったのに似ている」
「なるほど」
納得したように頷くガチョウを尻目に、アヒルが続けて質問を飛ばす。
「でも生きたいと思っている可能性は? 薬を飲んで自殺をしようとしていなかった可能性もある。単純に、フラっときて倒れていただけかもしれない」
「その可能性も考えた」
カラスは再び頷くと、アヒルの方に向き直って尾羽根を震わせた。
「だが考えてみれくれ。医者は間違いなく“一命は取り留めた”と言った。つまり命の危険に関わる何かが起こっていたということだ。フラっときただけでそうなるかい? これはもう、自殺以外にあり得ない」
「なるほど」
納得したように頷くアヒルを尻目に、今度はキジが質問を飛ばす。
「念には念を入れて聞きたい。駒鳥は普段から死にたがっていたのか?」
そう聞いた時、鳥の中から声があがった。
「僕、聞いたことある。駒鳥は確かに“ああいやだ、もう死にたい”と言っていたよ。その日、お気に入りの餌を見つけることができなかったらしい」
誰かがそう言った途端、次々と鳥の間から声があがった。
「そう言えば、昨日は落ち込んでため息をついていたような気がする。表情は暗かったと思う。いや、確かに暗かった。あれは死にたがっていたに違いない」
「夕暮れ時、ボウっと窓の外を眺めていたような気がする。あれは死について考えていたのでは?」
「やたらと故郷の家族の写真を眺めていた。間違いない、あれは死ぬ前に家族について考えていたんだ」
役場は再びピイピイと騒がしくなり、役場の窓を震わせた。
「静粛に! 静粛に!」
ガチョウが大声で叫び、徐々に役場は静かになっていく。
やがてすっかり静かになると、カラスはもったいぶってこう言った。
「では、駒鳥のために、駒鳥を殺すことにしよう」
こうして、一命を取り留めた駒鳥は首を絞められ、森の中に埋められた。