ナイフ
暖炉では、小さな火が白くなった炭を舐めている。
シスルは暖炉の上に飾られた小さなナイフを手にとる。
―このナイフは…
「気になる?」
アニモニが、手元の編み物から顔を上げる。
あれから、アニモニの家に世話になることとなった。
村に居座る理由もすでになく、何より、彼女の眠り病が気になった。
そして、彼女の母の真実が。
ロトスは鹿狩りは出て、数日は帰ってこない。
シスルはもう一度ナイフに目をやる。
小振りのナイフ。
木製の柄には彫り物の跡がうかがえるが、すれ切っていて、何が彫られていたのかも分からなくなっている。
「それはね、母の形見なの。」
アニモニは持っていた編み物を脇に置くと、熱いお茶をカップに入れて小さく息をつく。
「母は、祖母から受け取ったらしいわ。祖母は、またその母から。」
入れたお茶を一口飲むと、彼女は話し出す。
細く白いその指は、カップの縁をかりかりと引っ掻いている。
「母も、はっきり聞いていたわけではないらしいのだけれどね、母の家系にずっと伝わるものらしいの。ずうっと昔のご先祖様の、大切な人が落としていった落とし物、らしいわ。」
ナイフは丁寧に扱われているのだろう。
とうの昔になまくらになっているだろうに、錆止めの油は切らさず塗ってある。
シスルはナイフを元に戻すと、アニモニの隣に腰掛けて自分の分のカップにお茶を注ぐ。
乾燥し保存してある香草で出したお茶に、樹皮を燻して粉に挽いたものを入れてある。
指の先まで温まるという、アニモニがその母から教わった飲み方。
「落とした人に、いつかまた会えたら返したい。きちんとお礼を言いたい。そんな言葉と一緒に、ずっと伝わっているものなの。もう返す相手も、生きているわけはないのにね。」
そう言ってアニモニは少し笑った。
私もつられて微笑み、また一口お茶を飲む。
確かに身体の隅々まで温まる。
落とし主。私はきっとその人を知っている。
その人が、アニモニの眠り病に深く関わっていることも。
シスルはもう一度、カップに口をつけて、深く息を吐いた。