気づいていた、思い。
ぐるぐると、目の回るような暗い光がすうっと開けて瞼の外側が目に焼き付いてくる。まだ目覚めていない頭をどうにか起こそうと、固まり切った首をなんとか横に向かせる。
ロトスの寝顔が見える。あぁ、ようやく実感した。私はあの、優しくて冷たい夢から抜け出したのだ。それが、ひと時のものだと分かっていても。
重い右手を動かして、私のベッドに突っ伏して寝ている彼の頬にそっと乗せる。耳たぶのひんやりとした温度と、頬の確かな温もりが、まだ私が生きていることを自覚させてくれる。
「目、覚めたんだ。」
入り口からシスルが入ってくる。手には薪を抱えている。
薪を暖炉のそばに降ろすと、彼女はロトスを揺り起こした。
「ん……。」
ロトスは目をこすろうとして、私の手に気が付く。
「あ、ようやく起きたのか。全く。」
そういって彼はぐぅっと背を伸ばすと暖炉の方に向かい、先ほどシスルが持ってきた薪をくべ始めた。
私が何日も眠ってしまうことは今までもあったし。これからもきっとあるだろう。それでも彼は、その度に「もう目覚めないかもしれない。」と怯えているのを私は知っている。
「ロトス、ありがとう。もちろん、シスルも。」
「ん。」
ロトスはこちらを見ないで小さく返事を返す。そう、それが彼なりの優しさ。きっと彼は、むすっとした仏頂面のつもりなのだろう。
くすっ、と、つい笑ってしまった。ロトスはちらりとこちらを見ると、小さくため息をついた。
薪はぱちりぱちりとはぜ、丁度良い塩梅まで火も落ち着いてきたころ、ロトスは自分の部屋へと戻っていった。
「シスルは眠らなくても大丈夫?」
椅子にもたれかかっている彼女に尋ねる。
「私なら大丈夫よ。ちょっと前まで休ませてもらったから。」
どこか元気のない彼女が答える。遠く、何かを見つめているような彼女。
「具合は…どう?」
しばらくの沈黙ののち、シスルが口を開いた。こちらに目を向けない彼女の横顔を見て、私も決意を固める。
私は大きく息を吸って、そして、長い時間をかけて吐き出した。
のどの奥が揺れて、なかなか声が出てこない。
「シスル、こっちを見て。」
彼女の肩がぴくりと震え、私に向かって微笑む。でもその笑顔に影が潜んでいるのを私は見逃さない。
「私ね、シスルに会えて本当に良かったと思っているの。」
重い体を滑らせて、ベッドの端に腰かける。そのまま少し身を乗り出して、シスルの手を握った。
「出会って大して時間も経っていないけど、ずっと、初めて会った気がしなかったの。」
「あなたのことを見るたびに、私の中の何かが…誰かが幸せな気持ちになるような…そんな不思議な感じ。」
彼女が、はっとしたような顔で見つめ返してくる。
「いつも夢の中でね、私のことを見守ってくれてる人がいる気がしてたの。でも今度の夢にはね、よく知った人がいたのよ。」
彼女の指先が、私の掌に食い込む。
「あなたよ、シスル。」
私は、私の病気を恨んだ。何も悪くないはずの私たちを、優しかった母を、この村はずれの、寂しいところへ追いやった病気。
なんで私が。なんで、なんで。
ずっとずっとこの病気を恨んでいた。
なのに、どうして。
あるとき、夢の中で私は気づいてしまった。
私の髪を優しくなでるその指に。私を見つめるその瞳に。
夢の中、さらにその奥深くで眠り続ける私に向けられていた温かさに。
なんで、なんで。
私はこの病気を。この誰かを恨めなくなってしまっていた。
「シスル、あなたにお願いがあるの。」
彼女は、私の話が進むにつれて、段々と泣きそうな表情に変わっていた。
そっと、握っていた手を離して立ち上がり暖炉の方へと近づく。そして、古びたナイフを手にして、ぎゅっと手の中で包み込む。
誰かの思いが伝わる。それは大切なものなのだと。
私の中の誰かが、私に向けて伝えてくる。
「このナイフ、返しておいてはもらえないかしら。」
私は彼女にそのナイフを差し出す。
「私は…だけどそれでは…!」
彼女は戸惑いを隠せないでいる。どこまでも、優しいのだろう。
「お願い。」
ああ、きっと今の言葉は私の言葉ではない。
「私を……。」
誰かの思いだ。望みだ。
私の救いだ。
歯を食いしばりながらナイフを受け取った彼女は、ぽろぽろと。ぎゅっと結んだ唇を、涙で濡らした。
気づけば私の頬も濡れていた。
これは私の涙か。
誰の涙か。




