彼女の声を、聞けること
明日、私は旅に出る。
コロンは荷物の確認を終えると、ふうと息をつく。
明日、私は旅に出る。
夜も更け、暖炉の火はちろちろと炭を舐めている。
こんこんっ、と小さなノックの音が響いた。こんな夜更けに誰だろうか。
肩掛けを羽織って、扉を開ける。
ーこんばんは。
耳の先まで寒さで真っ赤になったルーが、はにかみながら立っていた。
もうすぐ春が近いといっても、夜はまだ寒く、それなのに、彼女は慌てて飛び出してきたかのように薄着だった。
ーどうしたの?こんな時間に!とにかく入って!
ルーを急いで暖炉の前に座らせて、自分の肩掛けをそっとかける。
ー良かった、間に合って。
彼女は冷え切った手を温めながら言った。
ー明日、出発しちゃうんでしょう?
私は、冷め始めていたお茶をもう一度火にかけなおしてから、彼女の隣に座る。
ー出発しちゃう前に、きちんと会っておきたかったから。
ようやく落ち着いたのか、ルーは背もたれに寄りかかるように座りなおす。
ーだから、今日目を覚ますことが出来て本当に良かった。
本当は、もっと早くに出る予定だったのだけれど、私も彼女に会いたいがために無理を言って伸ばしてもらっていた。
だけどそれでも限界があった。
ー私も、あなたに黙って出ていってしまうことにならなくて良かった…。
彼女の声が聞けただけで、嬉しかった。
ーどこまで行くの?
ーとりあえずは、隣の町へ。そこから山を越えて、北の方へ向かうのよ。
ーどのくらい?
ーんー、多分1年から1年半くらいで戻ってくる予定だって、父さんは言っていたわ。
ルーの声はささやくようで、一言でも聞き漏らすまいと私は耳を傾ける。
ささやくように小さな声で、なのに歌うように明るく振る舞うその声を、一言たりとも。
ひととき、二人だけの時間が流れる。
彼女は寝ている間の夢を話し、私はそれを聞く。
ー夢に出てきたコロンはね、小さな妖精になって、竜と戦っていたのよ。
他にも海を越えて巨人と会ったり!
夢に出てきた私の話を、彼女の口から私が聞く。
なんだか変な感じだけれど、彼女はとても楽しそうに話をする。
話をしているときの、彼女のきらきらとした瞳は昔とちっとも変っていない。
ーそうそう、これをね、渡しに来たの。
彼女はそう言って、小さなナイフを2本取り出す。
ーあなたに1本、私が1本。お守り代わりに。
ー時間がなかったから、お父さんのナイフをちょっといじっただけなんだけど…。
ナイフの柄には、花の模様が掘ってあった。
ーこれは…コスモス?
ーそうよ、これなら、私のこと忘れたりしないでしょう?
ルーは自慢げに顎を上げる。
お茶がくつくつと沸く音がする。
私は明日、旅に出る。
彼女がもっと笑えるように。
たくさんたくさん、彼女と話がしたいから。
私は、旅に出る。




