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夢と秋桜  作者: ゆきわた
10/15

彼女の声を、聞けること

 明日、私は旅に出る。

コロンは荷物の確認を終えると、ふうと息をつく。


 明日、私は旅に出る。


 夜も更け、暖炉の火はちろちろと炭を舐めている。

こんこんっ、と小さなノックの音が響いた。こんな夜更けに誰だろうか。

肩掛けを羽織って、扉を開ける。


ーこんばんは。

 耳の先まで寒さで真っ赤になったルーが、はにかみながら立っていた。

もうすぐ春が近いといっても、夜はまだ寒く、それなのに、彼女は慌てて飛び出してきたかのように薄着だった。


ーどうしたの?こんな時間に!とにかく入って!

ルーを急いで暖炉の前に座らせて、自分の肩掛けをそっとかける。


ー良かった、間に合って。

彼女は冷え切った手を温めながら言った。

ー明日、出発しちゃうんでしょう?


 私は、冷め始めていたお茶をもう一度火にかけなおしてから、彼女の隣に座る。


ー出発しちゃう前に、きちんと会っておきたかったから。

ようやく落ち着いたのか、ルーは背もたれに寄りかかるように座りなおす。

ーだから、今日目を覚ますことが出来て本当に良かった。


 本当は、もっと早くに出る予定だったのだけれど、私も彼女に会いたいがために無理を言って伸ばしてもらっていた。

だけどそれでも限界があった。


ー私も、あなたに黙って出ていってしまうことにならなくて良かった…。

彼女の声が聞けただけで、嬉しかった。


ーどこまで行くの?

ーとりあえずは、隣の町へ。そこから山を越えて、北の方へ向かうのよ。

ーどのくらい?

ーんー、多分1年から1年半くらいで戻ってくる予定だって、父さんは言っていたわ。


 ルーの声はささやくようで、一言でも聞き漏らすまいと私は耳を傾ける。

ささやくように小さな声で、なのに歌うように明るく振る舞うその声を、一言たりとも。



ひととき、二人だけの時間が流れる。

彼女は寝ている間の夢を話し、私はそれを聞く。


ー夢に出てきたコロンはね、小さな妖精になって、竜と戦っていたのよ。

 他にも海を越えて巨人と会ったり!

夢に出てきた私の話を、彼女の口から私が聞く。

なんだか変な感じだけれど、彼女はとても楽しそうに話をする。

話をしているときの、彼女のきらきらとした瞳は昔とちっとも変っていない。


ーそうそう、これをね、渡しに来たの。

彼女はそう言って、小さなナイフを2本取り出す。

ーあなたに1本、私が1本。お守り代わりに。

ー時間がなかったから、お父さんのナイフをちょっといじっただけなんだけど…。


ナイフの柄には、花の模様が掘ってあった。

ーこれは…コスモス?

ーそうよ、これなら、私のこと忘れたりしないでしょう?

ルーは自慢げに顎を上げる。


お茶がくつくつと沸く音がする。



私は明日、旅に出る。


彼女がもっと笑えるように。


たくさんたくさん、彼女と話がしたいから。


私は、旅に出る。



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