決意の夢
彼女は夢を見ていた。とてもとても、優しい夢を。
色とりどりの花が咲く、小高い丘の真ん中で、鳥と共に唄っている夢を。
彼女は知っていた。これが夢であることを。
あぁ、もう迎えが来てしまった。
影のようにしっとりとした、しかしそよ風に飛ばされてしまいそうなほど軽やかにも見える、そんなドレスを身に纏う女性が丘を登ってくる。
彼女も少し丘を下り、その女性と対峙する。
「こんにちは。素敵な髪をしてるのね。」
彼女がそう言うと、女性は少しうつむいた。
女性の髪は目を奪われるほどに黒く美しく、首元辺りで切り揃えられている。
「そんなに恥ずかしがらないで。私、あなたに会いたかったんだから。」
彼女は少し女性に近づく。
女性はまた顔をあげる。しかしその目は逸らされたままだ。
女性の小さな手には小さなナイフが握られている。
彼女は言う。
「それで私を殺してくれるの?」
ナイフの刃は、女性の人差し指よりも短く、柄は白身の樫で出来ていた。
その柄には控えめに、秋桜の花が二輪彫られている。
「綺麗ね。私、秋桜好きよ。私の大切な人の、好きな花だもの。」
また、一歩、彼女は歩み寄る。
少し女性の顔が陰ったようにみえた。
「お願い。」
女性も歩み寄り、小さく手を動かす。
痛みはなかった。
血も出ていない。
けれど彼女は静かに目を閉じた。
ゆっくりと崩れ落ちる彼女を、女性は支えよう等とはしなかった。
それでも、彼女から目を離すことはしなかった。
黒く、暗く、深いその瞳は彼女を忘れまいと焼き付けていた。
○
「まだ寝てるのか?」
男はドアを叩く。
いくら身体が弱いといっても、もう太陽はてっぺんまで来ている。
「おーい?」
もう一度ドアを叩く。
「入るぞ…?」
何か物が投げつけられやしないかと、ゆっくりゆっくりとドアを開ける。
彼女は静かに目を閉じていた。
まるで眠っているかのように。
しかし男は、理解してしまった。
手が震える。
足が動かない。
あぁ、なんて幸せそうな顔をしているんだ。