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個別面談 (4)

 夕刻には分厚い雲も流れ去り、湿った空気も少しは不快感を(やわ)らげてきた。

 夜の(とばり)が降りて寒さが増したので、いつもより紅茶の進みが早い。

 次の紅茶を()れていると、焚き火を(はさ)んで向こう側に腰掛けていたソラの(うつむ)いた顔が目に入った。

 火に照らされる顔は(うれ)いや苦悩が渦巻いているように見える。


「イケメンが台無しだな、うっとうしいぞ」


 思った言葉がそのまま口から出る。

 ソラが苦笑しながら顔を上げて、迷子になった子どものような声が口から出る。


「ごめん……」

「冗談だ。いや、半分本音だ。……話してみろよ。お前よりは長く生きてるし人生経験の密度もいい線いってると思うぞ」


 ソラが不思議そうにこちらを見つめ返してくる。


「なんだその顔は。意外か?」

「いえ、なんだか本当に年上の男性に見えまして」

「見た目以外はその通りだっての。今更になってまた敬語とかやめてくれよ。それこそ鬱陶(うっとう)しい」


 紅茶を渡して、焚き火に枝を数本つまみ投げ込んでから(うなが)す。

 焚き火の近くで乾かしてるとはいえ、まだまだ湿ってやがるな。


「で、何を悩んでるんだ?」

「うん、カーライルや昼に会ったアリスの事を考えていたんだ。私の使命は魔王を倒すことだけど、本当にそれだけ目指していればいいのだろうか……」

「魔族よりも怖い人間がいる、それは確かだな。例の領主やアリスを(さら)って育てた組織みたいにな」

「そんな人たちを野放しにして、魔王に向き合えるのかな。私は正しいと思える道を歩いてきたつもりでも、もっとしなければいけない事があったのかもしれないと考えてしまうんだ」


 ソラは夜明け前の空みたいな瞳を、どこか遠くに彷徨(さまよ)わせる。

 魔族は敵というだけで悪とは限らないからな。たしかに人を助けるなら内側の(うみ)に対処するのも大切なことだ。


「どうだろうな。勇者が務まるだけの武芸や魔法の才があるのに、(まつりごと)の手腕まで天に恵まれてるとは思えないな。それなら得意分野で当たる方が利があるんじゃないのか」

「そうだね。すべての人を救えるとは思っていないし、自分に大それたことが出来るとは思ってない。それでも、目の当たりにすると考えてしまうんだ」


 遠くで悲しみの声じみた風の音が通り過ぎていく。

 雨に洗われ透き通っていたはずの空気が、黒く()し掛かっている。

 いや、ソラに釣られて感傷的になってるだけか。


「三十九人だ」

「……え?」

「俺が十五歳になってから目の前で死んだ人間の数だ。顔も名前も状況も死因も声も触れた時の感触も覚えている。傭兵時代に殺した相手の顔も覚えてないのにな」


 何千人と病人や怪我人を診てきたことから考えると、理屈としては恐ろしく少ない数だろう。だが俺にとっては違う。


「なぜ、ツバキは聖女でいられるんだい。誰も死なせないなんて無理な目標に向かって、どうしてそんなに走り続けられるのか私にはわからないよ」

「俺は別に聖女なんかじゃない。その方が癒しの奇跡を使えて便利だから、フリをしてるだけだ。ろくに知らない誰かのために行動しようなんて思っていない。ただ近くで、目の前で死なれると俺はどうしようもなく苦しいんだ。両親の死から逃れるための現実逃避が結果として誰かの死を防ぐ事だっただけだ。そこに優しさや思い()りはない。最悪、死んで(・・・)さえいなければそれでいい」


 俺の心は、父の死から立ち直ろうとした日で止まったままだ。死と向き合う事が出来ないうちに疫病や忙しい日々との戦いに逃げ込んでしまった。

 だから俺は死に(おび)え。直面すれば震えて嘔吐(おうと)までする始末だ。診た時にはとっくに手遅れだった相手すら、何度も夢に見る。

 俺は人の死から逃れるためだったら何でもする狂人だ。

 だから断言できる。


「あまり手が届かない理想で自分を傷付けるな。お前はきちんと国や家族の事と向き合ってから、その道を歩み始めたはずだ。俺と違って逃げる必要はない。物語の英雄みたいに、見も知らぬ誰かのために(いきどお)るのもいい。だが、そのあとはそんな奴らのことは忘れて幸せに笑うべきだ。そもそも、自分に責任のないことで傷付き引きずるのは不健全だ。英雄とて忘れて生きる」

「そんな生き方を続けてきたツバキが言うのなら、それはよくない道なのだろうね。でも、それならツバキだって……」

「お人好しめ。まあ別に仲間を心配するのは不健全じゃないさ。俺は自分では癒せないほど傷を重ねてしまったが、聖女じゃない俺を見たお前たちが、俺を心配してくれる分には有り難く受け取るさ」


 ああ、口に出してから気付いた。こんな放っておけば魔王軍に殺されていたであろう勇者さま御一行に付いていこうと思ったのは、こいつらに助けてもらいたいという想いがあるのかもしれない。

 ソラは俺の言葉にほっと息を吐いた後、そういえばと首を(かし)げて問う。

 その仕草が微妙に愛嬌があるというか、どうでもいいがこいつ本当に犬っぽいよな。


「死んでさえいなければいいと言っていたけれど、ならどうしてアリスを娘に? それに、あんなことまでさせて……」

「ばっかお前、そんなもん泣いてる女の子を抱きしめて、優しくしてやるのは男なら当たり前だろうが。んで、家族になったからには全力で可愛がるだろ」

「えぇぇぇぇ!? そんな無駄に男前な……というか、もしかしてアリスとはその、アレな関係だったり……?」

「無駄じゃないし俺は昔から女の子は大切に(あつか)う紳士だ。あと、何を想像してるか知らんが子どもに手を出したりはしねえよ。まあ来年には十五歳だから、そうなったらきちんとしたレディーとして接してやるつもりだが」

「はぁ、本当に見た目詐欺なんだねツバキは」

「勝手に(だま)されるやつが悪い」


 鼻で笑ってから温くなった紅茶を飲み干して、俺は優しい香りに目を細めた。

ソラには少年漫画の主人公みたいに、義憤に駆られるけど過ぎ去ればカラッと忘れる都合のいい英雄像が求められています。人間としても忘れる事は必要なことです。じゃないと心が持ちません。

でも、あっさりモブが死ぬ少年漫画の主人公が笑っているのを見るとちょっともやもやしますね。


典型的なワンコ系王子様の口調が書いてて難しいです。難しくないですか?

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