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酒は飲んでも……

 久しぶりに衆目(しゅうもく)を意識せずに酒を飲んでいる気がする。マスター以外は誰もセラと俺に視線を浴びせようとしない。さっきの一悶着(ひともんちゃく)不躾(ぶしつけ)(やから)がどうなるか周知されたからだな。

 横目で俺の倍量はあるレッドステーキを手早く腹に収めるセラを見る。

 軟派(なんぱ)男だけど何となく憎めないのは、その瞳が俺の見慣れた感情――諦念(ていねん)を渦巻かせているからだろう。

 きっと、誰かを傷付ける事に苦痛を感じるのだろう。武技に(ひい)でた魔将なら魔獣の相手だけでなく戦場にも立つのだろうしな。それでも逃げ出さないのは護りたい者があるからか。

 ソラたちと同じ、進んで貧乏くじを引いてしまった男。

 どことなく()かれるのは、俺がそういう性分の奴を放っておけないからだ。その顔から目が離せないのは、油断できない相手だからだ。話してみたいと思ったのは、有益な情報を持っていそうだからだ。

 少し言い訳みたいな事を考えながら俺は改めて口を開く。


健啖(けんたん)ですね。酒の席の戯言(ざれごと)なので軽く流してくださっても結構ですが、貴方は……勇者と戦うのですか?」

「ディオール王子の方ですか? まあ、殺すしかないでしょうねぇ。彼も恨んでいるでしょうし、私も逆らえませんからね」


 顔から笑みが抜け落ち、諦観(ていかん)に曇る。魔王の決定には逆らえないという事だろうか。魔王は自分を殺しうる勇者という存在は最大限の警戒で迎えるだろうから当然か。

 そして、それに罪悪感を覚えながらも実行するのだろうとセラを見ていれば分かる。

 そしてもうひとつ。


「ディオール王子ではない方、とは水の勇者の事ですか? やはりこの近くに潜伏しているのですね」

「失言でしたね。彼は狂人だから近付かない方がいいですよ。憎しみに心を囚われた哀れな勇者。助力を求めても貴方の(あが)める聖女の助けにはならないでしょう」


 セラは目を伏せて、小声で早口に言い切る。

 俺はその悲しげな表情を見たくなくて、ミードの水面を見ながら告げる。


(わたくし)は、説得したいと思っています。水の勇者が多くの命を奪ったのだとしても、彼自身の命を奪うのは嫌ですし、これ以上は殺してほしくないです」

「やっぱり聖女教の人たちは共存派なんですね。(かば)甲斐(かい)があります」


 その言葉には少し驚く。どうやら魔王や他の魔将に聖女教の放置を進言してくれているのはセラのようだ。

 優しげな微笑を見返せば、少し照れくさそうに目を()らして話してくれる。


「私はですね、孤児だったんです。スラムの孤児院で院長先生が亡くなった時、私が最年長で十六歳。警備を()(くぐ)って魔都に侵入した天の勇者が大暴れして、折り悪く魔獣が押し寄せました」


 セラの居た孤児院はスラム――つまり外壁に近く、手薄になった都市防衛態勢のため犠牲になったのだという。

 そして彼は雨露(あまつゆ)すら(しの)げなくなった孤児院に死んでしまった院長、泣き叫ぶ重傷の弟妹。そんな絶望的状況を抱えて必死に街を駆けたのだろう。


「あの時、リガルトが手を差し伸べてくれなければ家族をみんな失ってしまうところでした。もしあの時、聖女教の施療院があればもっと死者は少なかったんじゃないかな、そう思っているんです」


 贖罪(しょくざい)みたいなものかもしれません、そう呟くセラが今にも消えてしまいそうで、気が付いたら彼の手を掴んでいた。

 こいつは俺と同じで、家族が死んでいくのに何もできなかった自分を責め続けているのだ。だから、助けてあげたいと、救われて欲しいと思ってしまった。


(わたくし)が……助けますから、そんな顔をしないでください」


 涙を流しているわけでもないのに、俺には泣きじゃくる子どものように見えるセラ。彼は何度か(まばた)きをして、小さくはにかむ。


「可憐な女性に失礼ですが、まるで物語の王子様みたいですね。あの日、魔獣の群れに囲まれて来てくれるんじゃないかと期待していた救世主。魔王さまも白馬の王子様も、私たちの孤児院には来てくれませんでしたけどね。またちょっとカメルにときめいてしまいました」


 冗談のように締めくくる。見た目だけなら間違いなくセラの方が白馬の王子様だから、自虐的な冗句(じょうく)(たぐい)だろうが笑えない。

 俺はぐっと腹に力を()めて、宣言する。


「今すぐには無理ですが、必ずセラを助けに行きます。(わたくし)たちがこの戦争を終わらせます。だから……待っていてくださいますかお姫様?」


 今度こそ呆気(あっけ)にとられた表情のセラ。俺もちょっと恥ずかしい事を言ってると思うが、幸いにしてこっちを見る客は少ない。それにまあ、綺麗な顔をしているし線が細いからドレスでも着せればセラもお姫さまって雰囲気だろうからいいだろう。

 まあ骨格が間違いなく男なのは、沢山の患者を診てきた俺の眼には明らかなのだがそこはご愛嬌(あいきょう)

 マスターが俺たちから顔を()らす。肩が震えて(うつむ)いているが、笑いを(こら)えているのは確実だ。恐ろしく強い軟派(なんぱ)騎士が女の子(あつか)いとなれば、まあ気持ちは分かる。

 たっぷり一分近く放心していたセラが、小さく息を吐いて顔を(ほころ)ばせる。


「……はい。お待ちしていますね」


 俺の心臓が跳ねるくらい、その顔は想いの他……お姫様だった。





「あぁ! やっと帰って来たねツバキ。私たちを()いてしまうなんて悪い()だ。不満や申し開きがあるなら聞くよ?」

「そうだぜアニキ、何が悲しくてソラと買い物しなきゃならないのかと。あ、でさぁ見てくれよこれさすが冒険者用品は品揃(しなぞろ)えがいいと言うか、ちょっと値は張るけど野営用に便利な魔道具がいくつかあってさ」


 宿の部屋に戻れば犬のようにじゃれついてくるソラとディラン。グレンとカーライルは何故か酒を片手にボードゲームに(きょう)じていて、おかえりと挨拶(あいさつ)だけして勝負に戻っている。

 俺は皆の顔を一通り(なが)めてから、ちょっと確認のため口に出してみる。


「最近、男を相手にどきどきする事がある。あと、気になる男がいる」

「……どういう、意味かな。ツバキ?」

「あ……アニキ?」

「……誰だ?」

「ちょ、ちょっと、待ってくれ。僕はいつの間にか酔って寝ていた可能性がある。カーライル、ちょっと頬を(つね)ってくれないか」


 慌てだす勇者さま御一行。俺も自分で言っていることを再認識して落ち着かなくなる。


「体に引きずられているのか、ソラの言うとおり性別なんか関係ないのか、とにかく分からないけど距離が近いと妙に意識してしまったり、迫られると緊張する。それから、今日あった男に一目惚れのような感覚があった」

「私たちでは……ない、男!? 正気かいツバキ、いや今気付いたけどかなりお酒臭いね。酔ってるよね」

「えぇぇぇ、でも酔ってるからこそ嘘とかじゃないはずだよな」

「……相手は?」

「そ、そ、そ、そうだ、相手を、相手を分析するんだ。僕らが負けるなんて、偶然ツバキのウィークポイントに刺さる要素があったんだ」


 酔っているかと言われれば、酔っているかもしれない。久しぶりで飲みすぎたし、結局あの後はしばらく酒と言葉が途切れることは無かった。

 ぼんやり思い出していると、いつの間にか皆がすぐ近くに居て相手の名前と特徴を(たず)ねてくる。ちょうど思い出していたのですぐに口から転がり落ちる。


「セラ、線が細くて綺麗な顔でさらさら金髪のちょっと軟派(なんぱ)な多分……魔将。白馬の王子様みたいなのにお姫様だった。鬼熊(オーガベアー)より力持ち。大食い」


 つらつらと答えれば、皆が首を(かし)げる。まあ言葉にすると変な男かもしれない。


「今日は眠いから寝る……」


 俺はさっさとベッドに入って、落ちるように夢の中へ旅立った。

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