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野盗

「機嫌を直せよカーライル。昨日の事をまだ怒ってるのか? もう関節を締め上げられるのにも慣れただろうに」

「……いや、自己嫌悪だ。昨日は必死で気付かなかったのに、こうして後ろから触れられると体が感触を覚えているなんて」


 快晴の空、腰くらいの高さに茂った草花が街道を侵食しつつあるが、(かろ)うじて石畳が押さえ込んでいるようだ。

 今日はカーライルの後ろに乗っているのだが、どうにも避けられているような気がして問えば、返ってきたのは不明瞭(ふめいりょう)な答え。

 首を傾げていると、少しすれば慣れるとカーライルが(かす)れた声で続ける。それで何となく合点(がてん)がいった。グレンみたいに照れているのだろう。

 言われてみれば前回もこうだったかもしれない。胸を当てるなと言われても難しい姿勢だしな。我慢してもらうしかあるまい。

 何気なく周囲を見回せば、ディランとソラがお腹を空かせた子どもみたいな顔でこっちを見ていた。お前らはどうしてそんなに美形のくせして……。

 まあ実際に相乗りしてる時は、二人とも普通の表情をしているのだが。

 とりあえず勇者さま御一行の旅路は現状、何の問題もなく進んでいる。鬼熊(オーガベア)を仕留めて早一週間。なめした毛皮は見事なもので大満足だ。

 明日には次の街に着くはずだから、売った金で少し贅沢をしてもいいかもしれない。結局、毎日のように全員で特訓をしているからご褒美も必要だしな。

 そんな皮算用(かわざんよう)をしながら、青空を横切る白い雲に視線を投げていると街道脇の草むらから魔力を感じる。ここ数日で遠距離魔術を使う魔獣との遭遇にも慣れていたので、俺より一瞬早く魔力に気付いていたらしいグレンが声を上げる。


「右前方の草むらに何かいるぞ!」


 各自が馬の手綱を引いて止めると、草むらから飛び出してきたのは魔獣ではなく数本の矢だった。


「野盗です! 皆さん、馬を守ってください」


 矢には反応できなかったグレンをディランがフォローして、こちらに飛んできた矢はカーライルがそつなく手綱を()って避ける。ソラは一瞬だけ硬直してから素早く盾を手にして弾く。

 正確な狙いは恐らく風の魔術で矢を誘導しているのだろう。

 俺とカーライルが挟撃(きょうげき)を警戒して周囲を探っている間に、ディランが単騎で突っ込んでいく。


「馬が怪我をすると厄介だね。私、勇者ソラの名において願う。風よ見えざる壁で守りたまえ」


 第二射が放たれる直前にソラの魔術が完成し、風の防壁が矢の軌道を()らす。

 これは防御をソラに任せて全員で攻めてよさそうかな。


「ソラさん、そのまま防衛お願いします。カーライルと(わたくし)は反対側から忍び寄っている六人を。グレンさんは――」

「ディランの援護だろう、任せてくれ。僕、グレンの名において願う――」


 詠唱が始まったところで、ディランは草むらから跳ね起きた敵の前衛と接触。槍で突きかかってくる二名を軽くあしらいながら伏せている後衛の何者かに手斧を投擲。短い悲鳴と同時で第三射を補助していた風が魔力の乱れと共に消える。

 これに焦ったのは、俺とカーライルが馬から飛び降りて向かった先。射手とは反対側に潜伏していた敵だろう。風で制御されていたから誤射する危険が無い、それゆえの配置だろうからな。

 そして隠密能力はそこそこだが、俺とカーライルから隠れられるほどではない。

 俺たちが駆ける背後ではグレンの声と雷撃の音。


「――雷よ、その舌を()い伝わせ蹂躙(じゅうりん)せよ」


 一瞬だけ振り向けば地面を紫電(しでん)が走り、三人ほどが小さく体を痙攣(けいれん)させて膝を突く。その近くでは野盗のひとりが、槍を弾き飛ばされたうえで(あご)にディランの裏拳をもらって転がる。

 向こうは恐らく十人近いだろうが、あの調子なら任せても大丈夫そうだな。顔を戻せば作戦が崩れて動揺している様子の野盗たち。

 剣と槍で武装した集団の先頭、不恰好に突き出された槍を俺が鞭で絡め取ってやれば、その隙にカーライルが踏み込んで両手首を短剣で斬りつける。

 血が飛沫(しぶき)を上げてもんどりうつ男。

 俺は手放された槍を奪い、大剣を構えた大男に仕掛ける。首を狙ったフェイントに慌てて大剣を合わせてきたので、手首のスナップで槍を回転させて容赦なく石突(いしづき)を股間に叩きつけてやる。

 横でカーライルがうめき声を上げるが、視覚的に痛いだけのようだったので放置する。

 こちらが見た目通りの優男と村娘ではない事を理解したのか、残った四人が二人で組をつくって油断なく武器を構える。横目でカーライルに問えば、涼しい顔で大丈夫だと(うなず)く。

 頼もしいな、俺はそれを見て上機嫌に笑う。こういう鉄火場での仲間との信頼ある連携は、傭兵時代の血を呼び覚ますようだ。

 カーライルと左右に分かれて突進すれば、二対一がふたつ。斧槍の男が牽制(けんせい)して曲剣使いが隙をついて斬り込んでくる。思いの(ほか)、手馴れているというか場数を感じさせる連携だった。

 斧槍に穂先を切り落とされないよう槍を繰って対応するが、反撃のタイミングを曲剣が斬りつけてくるせいで逃してしまう。

 仕方ない。あまり神力を無駄遣いしたくないので、傷を付けずに無力化したかったのだが贅沢は言っていられないな。まあカーライルが普通に斬りつけているから今更か。せめてもう少し筋力があればなぁ。

 俺は斧槍を飛びずさって避けた後、飛び掛かってきた曲剣使いの意識が弱い部分を狙って槍を打ち込む。きっといきなり脇腹に槍が刺さっていたような気分だろうよ。驚愕(きょうがく)のあまり悲鳴も出ないのか顔色を悪くして尻餅を付く。

 握力が足りなくて槍を持って行かれたが、俺は素早く鞭で斧槍使いを打擲(ちょうちゃく)する。鞭の相手は初めてだったのか、柄で受け止める。しなった鞭がそのまま肩口を叩き、痛みに『ぎぃ』とも『ひぃ』ともつかないような情けない悲鳴を上げた男。

 その隙に素早くスライディングタックルを仕掛けて、股下を(くぐ)りながら内腿(うちもも)をナイフで斬りつけてやる。動脈から勢いよく噴き出す血を浴びないように一息で抜けて、カーライルと対峙(たいじ)していた最後のひとりに前後から胴体へ蹴りを放つ。

 カーライルの長い脚が鳩尾(みぞおち)(えぐ)り、俺の靴裏が背中側からその衝撃を押し返すようにぶつかる。衝撃を逃がせずに肺から空気を吐き出して気絶した男を尻目に、俺とカーライルがディランたちの方を見遣(みや)れば、向こうもちょうど片が付いたようだ。





 とりあえず野盗には最低限の手当てと、魔力誓約で今後ひとを傷付けないという約束をしてもらった。


「まさか生かしてもらえるとは思わなかったぜ。あんたらお人好しだな」

「んだよ、死にたかったのか? アネキは聖女教の人間だからな、殺生(せっしょう)はご法度(はっと)だぜ」

「まさか、せっかく助かった命だ。約束通りこれからは真面目に生きるさ」


 それにしても、男たちの雰囲気は戦い慣れしてはいるが、野盗と言うより傭兵のように見えて内心で首を(ひね)る。


「それにしても、なぜこのようなことを? 貴方たちのような実力があれば冒険者として普通に稼げるのではありませんか?」

「ふんっ、水の勇者がこの近くまで来ているらしいからな。下手したら魔王さまもお仕舞(しま)いだ。そうなる前に急いで金を稼いで、船を買って人大陸に逃げるつもりだったのさ」

「水の勇者? グレン、聞いたことあるかい?」

「たしか……僕らより二か月ほど早く魔大陸へ旅立った勇者じゃなかったか。一匹狼で仲間も連れていないとかで噂になっていたな。水の魔術が得意で小舟ひとつで魔大陸を目指すとかなんとか」


 随分と魔族から恐れられているらしいが、よくひとりで魔大陸を歩けてるな。それほど規格外の勇者なのだろうか。


「あれは化け物だ。雨の日に、百人の軍隊が正面から挑んで負けるような相手だ。それに、魔族を憎んでいる。一度でも目を見れば分かるさ、奴に村がふたつは潰されている……」

「それはまた、恐ろしい勇者ですね」


 男が体を震わせて呟く、どうやらかつてどこかで遭遇してしまったらしい。

 それが事実なら確かに強い。しかし、魔族への恨みで暴走しているなら止めてやりたいところだ。

 さりげなくソラの顔を見れば、小さく(うなず)く。


「よし、とりあえず次の街に着いたら水の勇者について調べてみよう」

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