男の子の意地とか
鬼熊の毛皮はちょっと傷付いているが丁寧に剥いで、川で洗って脱脂して、なめし液に浸け込んだ。洗剤を買い込んでおいてよかった。
でもなめし液の桶は三日くらい浸けっぱなしだから洗濯と水浴びが不便だな。そしてずっしりと重い。なめし液と毛皮がみっちり入ってる状態で縛って封をしているので当然だが。
なめし液の材料は豊富に生えていたので困らなかった。桶は適当な木で作ったソリに固定して馬に引かせている。
俺とディランとカーライルはこれくらいお手の物だが、グレンとソラは物珍しそうに見ていた。まあソラは一国の王子が狩りはともかく皮を剥いで、なめすなんてしてたら驚くわ。グレンの方も都会育ちだし関わることは無かったろう。知識としては知っていたらしいがな。
しかし体長六メートルもある熊の毛皮だ。状態は完璧じゃないとはいえかなり高額で売れそうだよな。
頭しか損傷していない方は売って、胴体に切り傷がある方は寒い夜に暖を取るために残しといてもいいな。デカいから全員で包まれるし。
「それにしても、ソラは短期間で強くなり過ぎじゃね? 最後の一太刀、あれはオレでも反応できたか怪しい速度だったぞ」
「そうかな? 私も必死だったからね」
鬼熊と戦って疲れていたので予定より早い時間に野営の準備を終えて夕食を摂っていると、ディランが木の匙をソラに向けて言った。ソラは首を傾げるが、たしかに俺から見ても初めて会った頃とは比べ物にならない成長ぶりだと思う。
もともと素質や技量が充分にあったのだから濃密な実戦経験を短期間で積んだことによって、武技がしっかり馴染んだと言ったところか。
それにソラにはここぞという時の爆発力がある。英雄の資質と呼べるような才能。
俺はディランの匙を下げさせて行儀が悪いぞと指摘しつつ、熊鍋をひとくち啜る。熊肉を塩といくつかの薬草で煮込んでオートミールを少し入れたのだが、なかなか滋味がある。
ディランも食事を再開するが、ふと思いついたように声を上げる。
「あ、そうだ。ソラ、腹が落ち着いたらちょっと模擬戦しようぜ」
「うん、構わないよ。先日の襲撃で対人戦の大切さも実感したし、本当に強くなったか確かめてみたい」
「まあ今日は時間があるし疲れを持ちこさない程度ならいいんじゃないか。本当ならグレンにも回避の特訓をさせたいところだけど、病み上がりだから今日は止めておくか? 毎日の反復練習はちゃんとやってるみたいだしな」
「僕は複合魔術が何か掴めそうだからちょっと実験しておくよ。体調崩してツバキに看病されるのは嬉しいけど情けないところばかり見せてられないしさ」
「……なら俺に短剣の扱いを指導してくれ。今日みたいにソラの足を引っ張りたくはない」
なんだかんだ言って俺たちは男の子。強さに貪欲で向上心は高い。休むために早めの野営だったんだが訓練に費やしそうだ。
まあそれもいいことだ。俺だって今日みたいに魔獣相手だと経験が足りてないせいで不覚を取る。そういった各自の弱点を認識して改めていけば、誰一人として脱落せずにこの旅を続けられるかもしれない。
俺を含めて自惚れでなく普通じゃない強さだと思う。それでも油断できないのが現状だ。少しでも強くなりたい。その努力を放棄してはいけない。
「うらぁっ!」
「くっ!?」
ディランが放つ横薙ぎの一撃を盾で受け止めてソラがたたらを踏む。身体強化しているはずのソラが押し負けるのだからディランの膂力は規格外だ。
それを理解していながら避けずに盾で受け流そうとしたのは悪手だな。力の強さに気を取られて忘れがちだが、ディランの技量はソラと同等だ。簡単に受け流せるような攻撃はしていない。
結果として衝撃を流し切れずに上体を揺らされたソラへ、流れるような回し蹴りが決まる。盾を引き戻すのが間に合わずに、かろうじて肘で受けたが嫌な音がして後ろに吹き飛ばされる。
自分から後ろに飛んで衝撃を減衰しているようだが、まだ練度が甘いな。骨に異常が出たわけでは無いだろうが数分は力が入らないだろう。
盾を取り落としたソラに、腰から抜いた手斧代わりの棒を投げつつディランが迫る。素早く立ち上がったソラは小さな体捌きで棒を回避し、ディランの胴体へ最短距離をなぞる様に長剣を突き出す。
今の攻防から反省して防御に回らず攻めていったのは悪くない判断だ。最低限の防具しか着けていないディランは鎧の表面で弾くという事が出来ないので、しっかりと対応せざるを得ない。
ここで長剣を戦斧で弾くのは簡単そうに見えるが、取り回しの都合でソラの刺突の方が先に決まってしまうだろう。狙われたのが喉とかなら軽く体を捻って避けれたのだろうが、あえて胴体を標的にしたからディランも突進をやめて回避せざるを得ない。
一応とばかりに長剣が届かない絶妙な位置でブレーキをかけつつ戦斧を振るうが、リーチに大きな差がない以上は掠るような半端な攻撃となる。ソラは手首を狙われた一撃をしっかり籠手で弾く。
暴君蟹の甲殻で作られているという鎧はさすがに丈夫で、受け流し方が上手なのも相まってか傷一つ付かない。
ディランが次の攻め手に迷った一瞬をソラが察して、即座にスライディングで脛を蹴りつけて長剣で地を這うような斬り上げ。片手が上手く動かない以上は守勢に回れないので、ソラは果敢に攻めることにしたようだ。
しかしディランの足は地に根を張ったが如く揺らがず、革の脛当てだけで強化魔術こみの蹴りを受け止めきる。そして跳ね上がってきた長剣の一撃は戦斧を盾のように操って綺麗に逸らす。
即座に反撃の戦斧が振り下ろされるだろうと予想したのか、ソラが転がって攻撃範囲外に出ようとする。
しかし、ディランは斧を振りかぶる一瞬の時間を嫌って手を離す。そして素早くソラの足を抱え込んで関節を取って締め上げる。
これには完全に不意を突かれてソラが悲鳴を上げる。たしかに戦斧を振り下ろすのなら、ソラの回避は間に合ったのだろうがコレは無理だろうな。
「ぅぎぎぎ、ちょっと待ってくれないかディラン本気で痛いってば」
「んお? なんだ降参か。アニキ相手だと今の一瞬から逆に押さえ込まれるパターンがあったから警戒してたんだが、上手くいったみたいだな」
「あー、今のタイミングだったら俺も怪しかったな。ディランも地味に腕を上げたなぁ」
技量で上回っていても単純な腕力の差がありすぎると、関節技を返すのも一苦労なのだ。ディランもいつの間にか器用さが磨かれていて技量差が縮まっているから侮れないな。いつまで兄貴面していられるだろうか。嬉しいような寂しいような複雑な気分だ。
「今みたいに装備がしっかりしている相手には鎧が意味をなさない攻撃も有効だ。もちろん薬とかで痛覚が鈍っている相手も想定すれば反撃を警戒するべきだが、薬で感覚が鈍っている相手は細かい部分に粗があるからカーライルなら隙をついて無力化できるだろうし今みたいな展開にはならないな」
「……なるほど。俺にも出来るようになるのか?」
「おうよ。喧嘩で取っ組み合いしたことあるなら何となく分かるだろうけど、そこを捻られたら痛ぇってとこを押さえるだけだからなっ」
「うん、私もそういえば昔に護身術として少し習ったけど覚えるのは難しくないから、あとは咄嗟にできるように反復練習かな?」
横で一緒に観戦していたカーライルに教えれば、ディランとソラも頷いている。武器がない時の護身用として考えられた武技でも、不意を突けば武器を振るうより効果的な事もあるのだと理解しただろう。
ディランには昔みっちり教えたし、ソラは今しっかりと体に刻まれた。カーライルには今からじっくり教えてやろう。
「さて、短剣の扱いという話だったが、今のように体術も交えてしっかり覚えてもらうぞ」
「……わかった。つまり取り回し易くて動きを妨げない短剣だからこそ、今のような技術を合わせれば戦いの幅が広がるということだな」
そこからは短剣片手に取っ組み合いの猛特訓だ。普段は声を荒げる事のないカーライルの悲鳴が三桁に突入する頃にはかなり覚えてもらえたと思う。
後半はちょっと普段聞けないカーライルの声を楽しんでしまった感がある。いい声してるよなコイツ。腰に来る低音と言うか。羨ましい。
訓練が終わってから恨めしそうな顔をしていたカーライルの機嫌を直すのに夜中までかかった。
対人戦能力 ツバキ>アリス>カーライル>ディラン>ソラ>グレン
対魔獣戦力 グレン>ソラ>ディラン>カーライル>アリス>ツバキ
人間相手だと器用さや戦闘の幅、感知能力などが重要ですが、魔獣相手だとそもそも攻撃に威力がないと厳しいためこんな力関係になっています。魔術の有無も重要だったり。
カーライルが教わっていたのは傭兵仕込みの、現代で言うCQCみたいなものです。きちんと調べていないので密着するような距離での格闘戦と言う程度の認識ですが。長身で素早いカーライルには似合うかなと。




