進路確認
「それじゃあ、後のことは頼むメアリー嬢。何かあったら司祭様の『声』なら届くだろうから、司祭様に言ってくれ」
司祭は神に呼びかけ、啓示を受けることが出来る。遠距離で話せるって便利だよなぁ。
旅装を整えた俺は、背負い袋を持ち上げてメアリーにひらひらと手を振る。
簡素な白ローブのフードを目深に被り、腰に差した細剣とあちこちに隠した暗器を服の上から軽く叩いて確認。
問題なし。
「はぁい、無茶しないでくださいね~」
ちょっと不満そうに見送るメアリーを置いて、さっさと玄関を出る。
春とはいえ肌を撫る早朝の風はひやりと冷たい。
朝露に濡れた椿の花が朝日を受けて光っている。
「お待たせいたしました。さあ行きましょうか皆さん」
外で待っていた勇者さま御一行とディランに声をかける。一応、人の耳目があるかもしれないから外では猫を被っておく。
革鎧と使いこまれた外套が意外に似合うソラは、腰に長剣、背中のリュックに引っ掛けてある中型盾。
グレンは昨日と変わらない茶色のローブに、魔力増幅用のワンドを腰からぶら下げている。
カーライルは動きやすさを重視しているのか鎧と呼ぶには頼りない最低限の急所を守る革製防具に、ベルトに差した数種類のナイフ。
ディランは愛用の戦斧を背負って、金属製の胸当てと関節を守るプロテクターをしっかり固めたいつものスタイル。
みんな準備は万端。
やる気に満ちた勇者さま御一行とは対照的に、まだ気乗りしないのかディランはソラをジト目で見ている。
「足引っ張るなよ、勇者さま?」
「む、キミこそ。ツバキさんの弟だからって特別扱いはしませんよ」
「こらディラン。すみませんソラさん、いくつになっても子どもなんです」
「んなっ! 子ども扱いしないでくれよ、もう十五だぜ」
「はいはい、それでソラさん、今後の方針を教えて頂けますか?」
ぶつくさ文句を言っているディランを適当になだめて、やっぱり女にしか見えないとコソコソ話し合うグレンとカーライルも放置してソラに尋ねる。
「ええ、本来なら魔族の侵攻拠点となっているディオールを避けて北回りにカシナート王国の港から船で魔大陸へ……というのが順当なのでしょうが、このまま東のセルキア連合国を抜けてディオールに潜入したいと思います」
海を隔てて西が人族の大陸で、東が魔族の大陸だ。
セルキア連合国は現在、魔族の侵攻を受けている戦の最前線である。少人数で敵を避けて進むなら迂回すべきだろう。
「ふむ、理由を聴いてもいいでしょうか?」
「あー、ソラは別に感傷とかでディオール王国を通ろうって言ってるわけじゃないからな。僕らが調べたところによると、ディオール王家に伝わる神器の封印は破られてないらしい。手に入れば魔王に挑むのも無謀とは言わせない聖剣だ。危険を冒すだけの価値はあると思う」
少し気遣わしげな様子でソラを一瞥し、グレンが説明してくれる。なるほど、さすがに無策で魔王に挑む気はないらしい。
ソラも真剣な表情で首肯する。
まあ俺としては是非もない。
「なるほど。いいと思いますよ。むしろ日和見してカシナート方面で進むつもりなら反対しているところです」
これには怪訝そうな顔でカーライルが首を傾げる。
「……何故だ? ツバキは魔族ですら死ぬところを見たくないと言っていた。それなのに迂回しない理由があるのか?」
「ええ、かなり過酷になりますが誰も死なせないつもりで動いていただきます。ところで、皆さんは古今東西の勇者たちが何故に数多の伝説を築いてきたか分かりますか?」
本来的には勇者というのは暗殺部隊だ。それなのに標的以外に関する逸話なども多く伝わっているのは何故か。
ソラが慎重に考えて答える。
「それも使命だから、ではないのですか?」
「違います。勇者の使命はあくまで魔王や魔将といった要人の討伐です」
カーライルも少し唸ってから答える。
「魔王を討てるような実力者なのだから、見過ごせない局面に介入してしまうのは当然じゃないのか?」
「それはある意味では正しいです。ですが、順序が逆です」
俯き考え込んでいたグレンが、こちらを見つめて何かに気づいたように答える。
「逆……? まさか! 伝説を築いたからこそ魔王に勝てるようになった?」
「そう、神力の仕組みを知っているなんてグレンさんは博識ですね。私のように神格を得るほどでなくても、その武勇に対する信仰心を受けた勇者は、その信仰を体現する神力を纏い始めます」
「そうか、勇者は偶像としての役割も必要だからこそ少数精鋭なのか……。僕らは先祖の考えた合理的な仕組みである勇者制度の根底理論を遺失したまま、形だけ伝えてしまっていたわけか!」
グレンと俺の会話にソラは首を傾げる。
「でも、それだともっと勇者から神になった者が多くなるのでは?」
実は戦神だの武神だのというのは今のところ世界に一柱しか存在しない。かつていたとしても、今では信仰されなくなっているのだから存在を保てず消えているだろう。
「勇者の武勇を強く信じるのは戦場に立つものが主です。ですが、その半分である敵はその勇者によって討たれ、残りの半分も戦が続く限りは死に続けます。勇者に対する信仰は長続きせず消えていくのです」
「飢饉や疫病なんかに苦しむ人にとっては勇者は無力だからな。信仰が集まる数には限界があるというわけか」
実感の篭ったようなカーライルの呟きに微笑み返して肯定する。
「その通り。ですので、ソラさんにはセルキア連合の最前線で魔族を殺さず撤退させるという偉業を成して、魔族と人族から信仰されてもらいたいのです」
そう、戦いにおいて誰も殺さないというのは難しい。それを実現しうるほどの実力差があると敵も味方も信じれば、その信仰は具現化した時に強大な力となる。
まあ、半分は俺の目の前で死なれると困るからだけどな。
「わかりました。とにかく目指すはセルキア連合国ですね!」
元気よく宣言して、馬に飛び乗るソラ。他の面々も馬に乗ったのを確認して俺は言う。
「あ、ちなみに信仰を稼ぐために勇者ソラ様の名で人助けをしながら進みますよ。まずは南東のリゲル村の近くにオークの群れが住み着いたらしいので、被害が出る前に退治していきましょう」
「え、あっはい……」
行き先の確認だけでけっこう長くなってしまったので今日はここまで。
次回はファンタジーの基本、オーク退治です。