霧の街と殺人鬼 (2)
用事とか眠気に負けて少し間が空いてしまいました。ナンバリングしてる話なのに申し訳ないです。
「狙われているのは若い女性で一見して共通点は無し。凶器にも共通項がなく、縛られて暴行を受けたうえで殺されている。場所はいずれも人目に付かない暗がりで犯行時間は恐らく深夜から早朝。金品も奪われているらしいが……」
「間違いなく目当ては犯行そのものだろうね」
「下種ですね」
魚のムニエルを口に運びながら情報をまとめたが、まあ余所者が数時間で集められるのは限界がある。分かったことは予想通りの内容。
せっかくのまともな食事も味気なく感じる。皆も苦い表情で淡々と食べる。
グレンが眼鏡をはずして目頭をほぐしながら口を開く。その手元に置かれた皿の中身は、ほとんど減っていない。普段から食が細いのにこいつときたら……。
「おおよその犯行場所から規則性は無し。犯行内容は原始的なのにしっかりと拠点を割り出されないように立ち回っている節がある。知恵のある獣だな。次の出没場所は予測しがたいから各自の希望で散ろう。僕と一緒に動くのはディランでいいかな」
「あたし……南東のあたりに行くわ。色町になってるから夜に出歩いても不自然じゃないし、あの辺はまだ事件が起きてないからそろそろ危ない」
「アリス、無理はしないでくださいね。では私は市場通りを。実は先刻、妙な視線を感じたので確かめてみたいです」
「それって大丈夫なのかよアネキ。オレたちもついて行った方がいいんじゃないか?」
ディランの心配はありがたいのだが、どうやら相手は俺でも見つけられないくらいに気配の消し方が上手かった。それか勘違いという可能性もあるし、警戒されては意味がないので頭を振っておく。
「私は大丈夫です。警戒されてはいけませんし、警備の軍人さんも巡回してくれているとはいえ人数は限りがあります。少しでも多くの場所を把握できている方がいいでしょう」
「……そうだな」
カーライルが神妙な顔で追従してくれた。本当は心配だけど言い出したら聞かないからな、と顔に書いてある気もするが。
とりあえず反対意見は無いようなので続ける。
「じゃあ私は北の住宅地を。今のところ事件が二度も起きているし、広くて巡回の手が足りない地区だろうからね」
「……俺も行こう。俺が東側、ソラが西側だ」
「ん~、となるとオレらはこの辺、中央区だな。酒場とか宿のおかげで人目が多いから巡回も少ないけど、それを狙って路地裏の死角でコトを起こされたら厄介だしな」
ソラとカーライルがそれぞれ北西と北東。
俺が市場通りのある東。
ディランとグレンが今いる中央。
アリスが色町のある南東。
西は港や海軍の施設があるから一般市民は夜に近付いたりしないだろうし、警備もしっかりしているだろう。
南は農場が広がっている。恐らくは街壁の外だと家畜や作物が魔獣に荒らされやすいから、一部を中に収めているのだろう。魔獣に荒らされにくい作物などは壁外だ。
なんにせよ夜にそこをうろつくのは、ご近所に夜這いをかける農家の男連中と畑泥棒くらいだろう。今回は心配いらないはずだ。
「正直に言えば私たちが見回りをして犯人にぶつかる可能性は低いと思います。ですが、十分に用心してください。定期的にこの子を飛ばしますので、何かあったらこの布を咥えさせてください」
そう言って俺とアリスが普段の連絡に使うカラスを撫でてやってから、五色の布を取り出してテーブルに並べる。
これで人手が欲しい時や犯人を捕らえた時なんかは色で判断して駆けつけられるはずだ。
それぞれが自分の色を決めて、互いに記憶する。
「それじゃあ、みんな気を付けてね。特にツバキは人の命がかかると無茶するから」
「分かっています」
いや、言うほど無茶してはいないと思うんだが。ともあれソラの号令で全員が宿を後にする。
あれから三時間。そろそろ酔っ払いも家路につく時間だ。今のところ全員に異常はなし。
市場通りはとっくに人気が絶え、時折ふらふらと帰宅する赤ら顔の男や、巡回中の軍人さんがいるだけだ。
夕方に感じた嫌な雰囲気は勘違いだったのだろうか。今のところ俺が狙われている様子はない。
周囲の気配を探りつつも、犯人に警戒されないように素人らしい足運びを意識する。現役の斥候や工作員でもこれをするのは苦労する。
体に叩き込まれた癖を演技で封ずるのだから当然だが。俺は聖女の演技を長いことしているので慣れたものだ。
ついでに酔いで動けない者などを介抱して歩く。一応は手に薬箱を提げていて、軍人さんに呼び止められれば急患の往診だと言っておいた。聖女教の司祭だと付け足せば納得してくれるあたり、この街にいる司祭は上手くやってくれているのだろう。
また前方に酔っ払いが座り込んでいる。眼を閉じたまま商店の壁に寄りかかって手足を投げ出しているが、不規則に胸が上下していて怪我などは見当たらない。
中肉中背で栗色の髪、特別整ってもいないが不細工でもない地味な顔立ちをした魔族の青年だ。一応は警戒するが、殺気もないので犯人ではなさそう。
声をかけようとしたところで、横の通りから現れた巡回中の軍人が先に接触する。こちらは真面目そうな魔族の女性で、カラスの濡れ羽色をした長い髪と泣き黒子が控えめながらも美しさを伝えてくる。
雲間から差す月明かりを浴びて照らされた顔は、自然と目が引き寄せられる。
「もし、そこの方。このような場所で寝ていては初夏とはいえ風邪をひきますよ」
「う……ううぅぅ?」
俺がこれは放っておいても大丈夫そうかなと通り過ぎようとすると、軍人さんが振り向く。俺の顔を見て靴の先から頭のてっぺんまで見て口を開く。
「聖女教の司祭殿ですか。申し訳ありませんが、この方の様子を見て頂けませんか。どうやら調子が悪そうなのです」
俺から見れば、青年は弱っている部分も特筆すべきところは感じられないので酔っているだけだろう。むしろ潰れるほどは飲んでないようにも思えるが、眠気に負けたと言ったところか。
まあそれを言っても納得はしてもらえないだろう。
横目で女軍人の様子をうかがいながら、青年の脈や顔色を見ていく。そして、ぼんやりと目を開いた青年の視線が俺を射抜く。抑えられていたのであろう殺気が瞬時に噴き上がる。
咄嗟に転がって避けるが、横腹をざっくりと短剣で裂かれて呻いてしまう。つい意識を女軍人に向けていたのが災いした。
そして、神力を使って傷を塞ぎながら転げていると素早く覆いかぶさってくる女軍人。動揺している隙に関節を押さえようというのだろう。
だが、奇襲くらいかつては日常茶飯事。逆に伸ばしてきた腕に手を絡めて入れ替わるように引き倒して押さえ込む。そのまま流れるように首元へナイフを当てようとして、青年が振るう短剣を受け止める動きに変更。
力で押し負けて飛び退いた。口の中に込み上げた血を吐き捨て彼らを睨みつけると、数歩の距離を開けて対峙する。
「まいったな。出鱈目な回復力だ。内臓まで達したのに機敏に動けるとはな」
「卓越した気配のコントロール。私に殺気を直前まで悟らせないほどの手練れは初めてお目にかかりますね」
これは殺人鬼ではない。青年の実力は本物だし、軍人の服装は偽物ではなく正規の装備だ。
どちらも動きは暗殺者のそれ。おそらくは、そういう部門の魔将と手下だろうな。
俺はローブの下から鞭を取り出して構える。背中を見せて無事に済む相手ではない。
「勇者はともかく、お前の命までは奪わない。大人しく同行してくれ」
「御冗談を。それではソラさんが死んでしまうではないですか」
「魔王さまに弓引くのですから、当然の末路です」
こいつらはソラじゃ相性が悪い。一人では危険だろう。
青年の感情を殺した冷たい瞳と、そこまで完璧ではないが怜悧な女軍人の視線が突き刺さる。
「それに、今頃は死んでいるから心配しても無駄だろうさ」
「別働隊ですか。状況は悪いようですね。……お名前をうかがってもよろしいですか?」
俺が諦念の籠った声を出せば、二人が油断なく退路を断つように動く。
「こちらの役職は察しているようだな。俺は魔将エルフォード・シュバルツハイドだ。こいつは副官のジルフィール」
「ご丁寧にありがとうございます。私はツバキ……ヘイから聞いているのでしょうね、色々と」
俺は溜息を吐く。これは運が悪かったな。まさか殺人鬼を探すために散ったところを各個撃破なんて想像もしていなかった。
そろそろ暗殺者が来るかもしれないとは考えていたはずなのに、やはり人死にが関わると視野が狭まるのかもしれない。
副官だという女軍人――ジルフィールが長剣を構えて威圧してくる。魔将――エルフォードはこちらの隙を見逃さぬよう目を光らせている。
「大人しくしていてください。魔王さまが貴女にお会いすると仰っています。これ以上は痛めつけられたくはないでしょう」
たしかに、さっき腹部を切りつけられた熱さが残っている。脂汗が額に浮かんでいた。麻痺毒が塗られていたようだが、それは傷と一緒に治療済みだ。
不利かもしれない。痛い目に遭わされて喜ぶ趣味もない。
だが、さっさと片付けて皆の援護に向かわねばならない。
「残念ですが、魔王さまにはこちらから会いに行きますので……よろしくお伝えくださいな!」
俺はジルフィールに鞭を振るった。




