ナンパ冒険者とヤキモチ勇者
太陽の恩恵だけは大陸の東西を問わずに与えられる。穏やかな日差しで初夏の熱気を微かに覚えて、空を見上げたまま目を細める。
街道を北上する旅は順調で、整備されているから魔獣も少ない。街道警備の騎士隊とすれ違う時は少し緊張したが珍しそうに見られるだけで済んだ。
どうやら田舎だから騎士隊の巡回も完全ではないので冒険者を雇っているらしい。街道沿いにぽつんと建っていた小屋で休んでいた冒険者たちが教えてくれた。
なんでも街道警備は魔獣の討伐ではなく出没時における近隣への連絡や、襲われている者を逃がすのが仕事らしい。
まあそれもそうか。大人数で常に見て回るのは人員が足りないだろうし、数人で倒せる魔獣などたかが知れている。それなら非戦闘員でも簡単な魔術くらいは使えるので近隣の男衆を集めて対応した方がいいのだろう。
初歩の攻撃魔術っていっても、村人全員で一斉に放てば矢の雨を降らせるようなものだからな。
魔族っていうのは例外なく魔術の才能がある。そのおかげで皆かならず初歩の魔術くらいは習っているのだ。魔力も人族の数倍を誇る。それがこの過酷な土地で生きていける理由でもある。
その反動なのか身体能力は人族よりやや低く、華奢な体格の者が多い。女の子なんか触れたら折れちゃうんじゃないかと心配になるような娘もいる。
まあ、それでも個人差があるから筋肉達磨みたいなのもいるんだが、そこまで鍛える前に強化魔術の練習するよな普通は。
危険が多いため魔大陸では強いことは美徳とされるのだが、弱者へそれを振るう事は普通に忌避されている。もちろん喧嘩っ早い考え無しがいるのも人魔問わず常なのだが。
そんなわけで、俺は今ナンパされている。これも世界共通という事なのだろう。
目の前に立つ冒険者は人族の傭兵くらいに鍛えられた精悍な顔つきの男なのだが、どうにも俺が気に入ってしまったらしく野営の準備中ずっと付きまとってくる。
話してくれる自慢話は魔獣との手に汗握る死闘なので聞いてて面白いのだが、普通の村娘なら退屈するぞ。いや、魔族的に武勇伝はセックスアピールとして常套手段なのかもしれない。強さを美徳とするがゆえの文化だろう。
実力もそこそこありそうだし傭兵団に居た頃ならスカウトしていたぐらい魅力的だが、ソッチのお誘いは断りたい。なのでやんわりと窘めて触れてくる手を退けるのだが、しつこい。
というか、お仲間が野営の準備してくれてるのにサボるな減点一だぞ。
「いや、本当にキミのような女性は初めてなんだ。どうか俺と生きてくれないだろうか。きっと不自由はさせない!」
「ごめんなさい。私にはすべきことも帰るべき家もありますので」
夕飯のスープを混ぜながら困ったような聖女スマイルであしらう。
男がどことなく憎めないのはそう言いながらもタイミングよく薪を火に追加してくれているからか。意外とマメな働き者らしい。横目で見れば彼の仲間たちがコッソリ応援してるのが見えた。なるほど仲間の信頼も厚いようだ。
「もしかして将来を誓った相手がいるのか?」
「いえ……それはいませんが、娘がおりますし」
「そ、それなら俺が娘さんごと養ってやる!」
「はぁ……」
困った。いっそ、俺より弱い男はお断りだとでも言ってしまおうか。いやあんまり聖女教のシンボルである白ローブで荒っぽい雰囲気を出したら今後の布教に影響がありそうだ。
聖女さましてた頃は畏れ多いって感じで言い寄ってくるやつも少なかったから、上手な断り方が分からんぞ。
のらりくらりと手や言葉を躱しながらスープを仕上げると、ちょうど追加の薪とメインになる野兎を引っさげて勇者さま御一行が戻ってくる。
本当はカーライルの作るスープが美味いんだが、魔獣との戦闘経験を少しでも積ませたいから俺が食事当番として残った。魔獣みたいに基礎能力で上回っている相手と戦うのは技術を磨く上で重要だ。ソラやディランほどになるには数年かかるだろうが、危険な実戦でならば成長も早い。
素質はあるし直観が鋭いから今でも戦力としては一流だが、ただの一流で乗り切れるほど安全な旅じゃないはずだしな。
「おかえりなさいませ皆さん」
「ん……っと、おいアネキにあんまり近づくなよオッサン。オレたちのだからな」
俺が困っているのに気付いてディランがフォローに入ってくれるが、喧嘩腰になるな。あと誰がお前らのモノになった。
ディランが冒険者を引き離している間にソラが横に腰を下ろして、どこか不満げに見つめてくる。
「ツバキ、ずいぶん仲良くなったんだね。もっとハッキリ断らないと流れで唇を奪われたり危ないよ」
「私はそこまで呆けてはいませんよ。皆さんじゃなければ叩いてでも避けています」
段々と顔を近付けながら本気で不機嫌そうな顔のソラに、咄嗟で妙な言い方をしてしまった。
案の定、一瞬驚いて顔を赤らめながらも嬉しそうにニヤける面。幻覚の犬尻尾を盛大に振りながら口を開く。
「え、それってつまり――」
「――違います。それだけ皆さんを仲間として信頼しているという意味です。そうでなければ不意打ちなんて受けません」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! き、キミたちはもしや嫌がるツバキさんに関係を強要しているのか!」
ディランの肩越しに聞こえていたのか、勘違いして叫ぶ冒険者に彼の仲間たちが驚きながらも聞き捨てならないと寄ってくる。頭が痛い。話を拗れる方向に進めないでほしい。
「あの、違いますから落ち着いてください」
「いや、もし彼らに脅迫されているなら俺たちが助けるから頼ってくれ。必ず助ける!」
「オレらがアネキに無理矢理そんなことするわけねぇだろがっ」
ディランが怒る。まあ男四人で一人の女を嬲る鬼畜と思われれば不本意だろう。
兎を解体していたカーライルもちょっと顔を顰めていて、グレンが顔を赤らめている。おい変な想像してんじゃねぇぞエロガキこら。
ソラは関係を強要できるくらい優位に立てればいいのだけど、とか不穏な事を呟いている。俺は聞かなかったことにする。
「とにかく、私は自分の意思で皆さんに同行しておりますし、仲間を悪く言われるのは不快です。誤解を招くような彼らの雰囲気も悪いかもしれませんが、あまり失礼なことは言わないでください」
「ぬ……う、すまない。同意の上なら俺が悪かった。……ちなみに、その、やっぱりもう彼らとは?」
「ツバキに手を出すような男は、あたしが後悔させてやるわ」
冒険者の失礼な発言に答えたのは俺ではなく、気配すら感じさせず俺の膝に収まっていたアリスだ。魔力感知に優れた魔族の冒険者でも、せいぜい揺らぐ魔力が近くにあったとしか感じていなかっただろう。皆が一様に目を瞠る。
というか俺は悪女でもないぞ。
俺の胸に後頭部を擦り付けながらナイフでジャグリングを始める姿は、ちょっとした威圧感を放っている。
妖艶な笑みは歳に不相応だが、それだけに威力は抜群だ。
「ふふ、彼らは私なんかを好いてくださっていますが、こちらにそのつもりはありませんので。さて、これ以上はアリスの機嫌が悪くなるから止しましょう。ウサギを焼いておきますから皆さんは今のうちに水浴びしててくださいな」
なんだかんだ言って冒険者からベタベタされるのは回避できたので結果オーライだが、アリスだけじゃなくソラとかもけっこうヤキモチ焼くようだから気を付けないとダメだな。焚き付けられて暴走しそうな雰囲気だった。
またキスされたら堪らないからな。
そうやって横目で見ると、ふと目が合う。
「ツバキ、信頼してくれて嬉しいよ。触れるぐらいなら許してくれるかな?」
「ダメっ」
安定の守護者アリスにより、頬に伸ばされたソラの手が弾かれる。
「うーん、まあ皆さんに触られるくらいなら最近は嫌悪感も無くなってしまいましたが、とりあえず汗を流して身綺麗にしてからでないと嫌ですね」
言外に汗臭いぞと指摘してやれば、傷付いた顔になる。うん、すまん。だけどこの体になってから男の臭いって気になるんだよ。
犬だって定期的に水浴びやブラッシングしてこそ触り心地がいいのであって、野犬を撫でる気にはならないしな!
アリスが勝ち誇った笑みを浮かべて、ソラはすごすごとグレンの方へ向かう。
まあ女から臭いと拒絶されればショックか。お詫びに食後の紅茶と秘蔵の蜂蜜を分けてやろう。残り少ないから特別だぞ。
そんなこんなで、目立ったトラブルもなく概ね平和だ。




