小さな村と病
魔大陸に上陸して五日が経った。凶悪な魔獣にも随分と慣れてきて、非力な俺でも仕留め方が板についている。
特にカーライルなんかは月光短剣の扱いを掴めたのか刃が折れる回数も減ってきた。というか、切れ味だけでいうなら聖剣より良く切れるんだよな。ちょっと借りてみたら、固い甲殻を持つ魔獣もスパスパ斬れた。
まあ刃渡りの都合で大型の魔獣相手だと内臓に届かないし、切れ味がよすぎる上に捻ったりすれば折れるから出血量が少ないんだよな。そしてカーライルが寂しそうな顔で見るのが笑えた。別に取り上げたりしないけどもっと練習しとけよ?
ちなみにアリスは俺たちが魔物と戦っている間に先行している。ひとりで向かわせて大丈夫なのかと聞かれたが、問題ないと答えた。
というのも隠密能力が俺たちの中で最も高いうえに、あの娘は肉食の獣に狙われない。恐らくは薬で変異してしまっている血肉が、食べれば猛毒になる事を本能が伝えるのだろう。
そう考えると、環境次第では最強だよな。魔獣の群れに誘導して戦う事で自分は襲われず、混乱に乗じて相手を一方的に暗殺していくというスタイルが可能になる。まあやらせないけど。
で、そうやって先行していたはずのアリスが戻って来て、困ったような顔をしているのだ。
周囲は林が点在する平原地帯。もはや潮風は遥か遠く、故郷の風景とはまた違った香りのする木花が鼻をくすぐる。
「村でも見つかったか? アリス」
こいこいと手招きしてやれば、すっぽりと腕の中に納まる少女。こちらの胸に顔を埋めながら小さく鼻を鳴らしているのが猫みたいで微笑ましい。
そのあと、上目遣いで口を開く。
「うん。でも人口二百人程度だったからあたしたちが行ったら目立ちそう。一応は西と北への街道があったから大きい街までの道には繋がっていると思う」
「そうか……それで、何か気になる事があったんだな?」
ここまで街道の類にはぶつからなかったのだが、恐らくは本当に誰も住まわぬ地方だったのだろう。中央に存在すると目される魔都から離れれば離れるほどに、魔獣から守ってもらえなくなるわけだしな。
西への街道は港町に続くのだろう。きっと人大陸へ攻め込むための軍船とかがある拠点なので、お近づきになりたくない。北への街道は魔都へ続く道だと推測できる。
そして、アリスが俺にあまり言いたくなさそうな雰囲気を出しているのは、たぶん厄介ごとを見てしまったのだと思う。俺が目で促せば、むーと唸りながらも答えてくれる。
「病気が流行ってるみたいだったの。出歩く姿が少なくて顔色の悪いひとばっかり」
「ふむ……葬儀は?」
「まだそこまではいってなさそうだった」
まだ流行し始めたばかりなのか、それとも症状の軽い病なのか。知ってしまったからには放って置き辛いな。
ここに来るまでの道中で薬に使えそうな野草もけっこう集まってるしな。半神化してから、俺を象徴する権能として動植物の薬効がぼんやりと分かったりするので、使えそうなのは見たことが無くても採取して副作用とか毒性を自分で確かめている。
さすが魔大陸。魔力を豊富に含む薬草がけっこう使い勝手もよくて種類がある。人里離れた地を通ったのも要因の一つかもしれないが。
「ちょっと様子を見てみたいんだが、いいか?」
「うん、言うと思ってたよ」
ソラたちが分かっていたとばかりに頷く。アリスが言いたくなかったのは俺の行動を見越してなのだろうが、全員がそういう反応だと苦笑するしかない。
別に善意だとかそういうので動いているんじゃなく、ただ死者がでるかもと思うと落ち着かないから様子を見ておきたいだけだ。そこのところを分かっているだろうか。
「まあ、そんなわけで警戒されないように俺とあと一人くらいで行ってみて、他の奴らには近くで待機してもらおうかと思う。上手くいけば馬とか手に入るかもしれないし、っていうか馬欲しいな本当」
「そうだね。私がついて行こう」
「あー、オレがついてくからソラは待ってていいぞ」
「あたしが行く。女二人の方が警戒されない」
「……旅の夫婦に偽装する方が違和感がないと思うが」
「なら僕と二人で旅の薬売りなんてどうだ?」
次々と立候補してくれるのはありがたいんだがな、どうしたものか。まず感知力の高いカーライルとアリスは野営組に残しておきたい。次に便利な魔法の使えるグレンもいた方がいいだろうから残したい。あとはソラとディランの二択なんだが、まあ俺の手伝い経験が長いディランの方がいいかね。
「ん、じゃあディランに頼むか。施療院の補助で手馴れてるだろうしな」
「うっし、行こうぜアニキ!」
悔しげな他のメンツにちょっと申し訳ない気にもなるが、もう少し大きい街に着けば皆で宿に泊まっても怪しまれない場所があるだろうからな。許せ。
「そんなわけで、他の皆は村の東側で野営をよろしく頼む。村から近いし魔獣は少ないだろうが、その代わりに街道警備とか軍関係の巡回がいるかもしれないからな。情報収集まで一週間程度で済ます予定だが気は抜かないでくれ」
「わかった。ツバキとディランも気を付けてね」
「……連絡はどう取る?」
「あたしのペットが手紙を運ぶから大丈夫」
そんなこんなで、俺とディランは村に向かった。
とりあえず口裏合わせて、聖女教の司祭と従者ということにした。何を隠そう、実は二年前くらいから信頼できそうな司祭を数名、布教活動のため魔大陸に向かわせていたりする。
最初は魔族相手に? なんて言っていたが、まあ俺の言う事を申し訳ないくらい信じてくれる方たちだったので、口外せぬように口止めしつつ魔族に対する認識を隠さずに語っておいた。
本当は俺との交信ができるぐらい高位の司祭を送りたかったんだけど、そこまで神力行使に長けてるのは二人しかいないから中堅どころの体力がありそうな方にお願いしたんだよな。
元気にしているかな。そして、布教は上手くいっているだろうか。これで石を投げられたら笑えないぞ。
そんなことをつらつら考えながら村に辿り着く。
どうやら港町と接続する宿場みたいな立ち位置なのか、畑や家畜はあまり多くない。まあそれでも村の中だけは賄っている感じかな。
宿と交易品の取り扱いで外貨を仕入れて、その金で食料を買う。食料を売った農民は金で交易品を買うというサイクルができているのだろう。
村の入口で自警団らしき魔族の青年がこちらを見て首を傾げる。
「うん? あんたら人族か。こんな田舎に珍しいな」
「はい、私は聖女教の司祭、ツバキと申します。こちらは従者のディラン。旅をしながら病に抗う術を広めています」
「あー、風の噂に聞く物好きな連中か。よく魔大陸までこようなんて思ったもんだな。聖女さまってのは魔族の血でも引いてたのかねぇ?」
そこそこ平和なのか、退屈しのぎに喋りたがる青年との会話は弾んだ。どうやら人族への差別はなさそうだ。もちろん、家族を奪われた者や確執のある魔族もいるだろうが、基本的には敵対しなければ争う必要もないとの事。
「あの宿の看板にある剣と弓は、武具屋か? それとも武器の整備をお願いできるサービスとか?」
「そうかあんたらは渡ってきたばっかりって言ってたな。あれは冒険ギルドの看板さ。たいていは宿に組合員が場所を間借りしてやっててな、近隣の魔獣退治やら薬草の採取やらの仕事を斡旋してるのさ」
「なるほど、傭兵の組合みたいなものなのですね」
「人大陸の連中と違って傭兵団なんて作るくらいなら軍に入るだろうし、大所帯が嫌なら冒険者になるのさ。まあクセのある連中だからモメ事が嫌ならあまり関わらない方がいいかもなぁ」
この広い大陸をひとつの国として治めているからか、傭兵みたいな商売はあまり成立しないのだろう。その代りに軍の手が届かない面倒事を冒険者と呼ばれる連中がやってくれる、と。なるほどなぁ……。
「そういえば、先ほどから顔色の悪そうな方が多いですが流行り病でもありましたか?」
「ん? ああ、大した事ではないんだがな、腹を下す病が流行ってしまってなぁ。命に関わるほどではないんだが、ちょっと困っているんだ。何か分かるのかいお嬢ちゃん」
「診てみない事には分かりませんが、聖女教の司祭として捨て置けませんね。少し調べてみましょう」
その後、俺たちは宿で部屋を取って村中を問診して回った。結論としては、流行り病の正体は一部の作物が原因の食中毒だった。
動物にかかる病ではなくいくつかの作物にかかる病で、魔都から来たという医師と話し合っても初めて聞く事例だったという。俺も初耳で、あちこち聞き込んで病人から食べ物の好き嫌いや畑の様子を聞いてもしやと思ったのだ。
医師はえらく感謝していたが、俺としては命に関わらんならこんな苦労してまで調べて回らなくてもよかったかなと思ってしまった。いやまあ、子どもや年寄りにとっては致命的になる場合もあるからな。
あちこちで診察ついでに世間話をしたので、現代魔族の常識についてはいくらか知れた。
ただ残念なことに馬はこの村では手に入らなかった。売るほどの余裕はないとのことで、北に十日ほどの街なら手に入りそうなことも分かった。
あと、残念ながら定期馬車みたいなものはここまで来ないらしいので、足を確保するなら商人の馬車に乗せてもらうとかなのだろう。だがちょっと人数が多いから今回は諦めて歩くか。
収穫はそこそこあった。あとは大きい街についてから勇者の人相書きが出回っているかどうかだな。ヘイから魔王へと報告は上がっているだろうしな。龍使いの真価は機動力だよな。龍は三日三晩休まずに飛ぶことも出来るらしいと聞くから、その通りならとっくに報告はいってるだろうな。
ここからはますます気を抜けないな。そう決意を新たにして、俺たちは村を出た。




