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品定め

「さて、勇者さまにおかれましては本日はどのようなご用件でこちらに?」


 気を取り直して、というか冷静になってもらうために全員分の紅茶を()れてから、改めて問う。

 勇者――ソラはいかにも世慣れていない純朴(じゅんぼく)そうな微笑を浮かべて、はきはきと答える。


「はい、私たちは聖女さまの噂を聞いて今日、ここまで来ました。どうか魔王討伐の旅に貴女の癒しの力を貸してほしい!」

「なるほど……」


 たしかに戦場において衛生兵の確保は必要だ。それも十二魔将の誰かに特攻するのかと思ったら本命の魔王討伐なら尚更だ。

 この世で傷を癒す者は三つ。

 医者と、司祭と、神だ。

 医者は治療を、神は癒しの奇跡を、そして司祭はその神から借りた癒しの奇跡だ。

 問題は、どの神でも癒しの奇跡が起こせるわけでは無い。

 神様はそれぞれ伝承や信仰の中で権能が定義されている。

 なので、実際に癒しの奇跡が起こせるのは太陽神と豊穣伸、地母神と俺、それら四柱の神とその信者たちだけなのだ。

 しかも、その中で医学が専門の神なんて俺が初めてだろうな。

 まあ、まだ半神だけど。

 そう考えるとウチの司祭は医学知識もいくらかあり、下っ端でも他の神に仕える神殿長くらいに癒しの奇跡を行使できるだろう。

 だからティエル村を訪れたのはいい判断なのだが……。


「なぜ、(わたくし)をご指名なのでしょう?」


 もしかして、誰かに入れ知恵されて俺を戦場に引っ張り出して戦死させるのが目的じゃなかろうな。

 すると、ディランも同じような疑念を抱いたのか、間髪入れずに口を(はさ)む。


「そうだぞ、お前ら男三人で聖女さまを連れ出すとかどう考えても間違いがおこr――」

「――ディラン、勇者さま方に失礼なことを言わないでください」


 違った。ディランの懸念は全然方向が違った。

 しかも、お前にだけは言われたくないだろうよ。

 俺の寝こみを襲った上に、返り討ちに遭っても泣き落としで筆卸(ふでおろし)を頼み込んできたお前にはな。

 結局、俺にとっては可愛い弟みたいなもんだし、年頃の性欲の辛さは俺も通った道だったので仕方なく一度だけ付き合ってやったのだが……。

 痛かったし精神的には男同士なので、何この拷問って感じだった。

 もちろんディランが賢者タイムに入ってから(しか)ったし、相手を問わず意思確認せずに襲うような真似(マネ)を次にしたら去勢(きょせい)すると言っておいた。

 俺はその後、数日の間だけ自分でもよくわからずに泣いたり布団の中で震えたりして過ごした。

 まあそれはいいや。要は、お前が言うなだ。

 (にら)みつけるとディランが顔をひきつらせて()()る。


「あ、いえ、すみません。たしかに男だけの集団についていくのは抵抗がありますよね。考えが及びませんでした」

「いえ、(わたくし)は気にしませんわ。皆さん誠実そうですし、間違いなんて起こりません」


 申し訳なさそうに言うソラを適当になだめて笑う。

 こいつには間違いなくそんな度胸ないだろう。それに、この三人が束になって襲い掛かってきても、一蹴(いっしゅう)できる自信がある。

 そんな内心を知りもせず、ソラは照れたように(ほほ)()きながら口を開く。


「信じてもらえて助かります。私たちが聖女さまを頼ろうと思ったのは、純粋に貴女が現代で一番の癒し手だと聞いたからです」

「なるほど」


 嘘はついてないみたいだな。なら協力するのは悪くない。

 けど……。


「今代の魔王は武勇に長け、人族との戦争に積極的と聞きます。いずれ(わたくし)たちの元にも戦禍は伸びるでしょう。その争いの種を摘む事に協力は惜しみません。ですが勇者さま。二つ、条件があります」

「条件ですか。聞かせてください」


 もったいぶった俺の言い方にソラも神妙(しんみょう)な顔で聴く姿勢に入る。


「まずひとつ、(わたくし)の目の届く範囲では人も魔も絶対に殺してはいけません」

「魔族も……ですか?」


 不思議そうなソラの顔だが、俺にとっては当たり前の事だ。

 魔族も人族も魔力の量や肉体に差異があるだけで、知性がないとか精神性が違いすぎる相手ではない。

 そんな相手を死なせるのは俺にはキツイ。

 俺たちはただ戦争してるから敵同士なだけで、異種族だとかは関係ない。


「魔族もです。ソラ・ディオール王子。貴方の国を滅ぼしたのは魔族ですが、それは戦争だったからに過ぎません。(わたくし)にとっては人族も魔族も愛すべき隣人です」


 俺の言葉にソラは思うところがあったのか、しばし瞑目(めいもく)してからゆっくりと(うなず)く。


「聖女さまの(おっしゃ)る通りかもしれません。すぐには割り切ることはできませんが、今の言葉はしかと心に刻みます」


 素直だな。見た目といい、態度といい、きっと魔族の侵攻さえなければ国民に愛される絵に描いたような王子さまに成長したろうに。

 ディオールが地図から姿を消してまだ二年、きっと魔王への復讐を誓い厳しい勇者への道のりを走ってきたのだろう。

 少し同情してしまうが、俺も自分のアイデンティティを曲げることはできない。納得してもらうしかない。


「そして、二つ目なのですが……皆さまが魔王に勝てるのか実力を見せて頂きたいのです」


 まあこの提案は相手も予想していたろう。勝てない馬に賭けるやつはいない。

 ソラと、それまで黙っていた他の二人はそれぞれ目配(めくば)せし合って力強く首肯(しゅこう)する。


「たしかに、勇者であるというだけでは信頼していただくには不足かもしれません。なにか試練があるのでしたら乗り越えて見せましょう!」


 心強い返事に微笑み返して少し(ぬる)くなった紅茶を飲み干す。

 部屋の薬臭さが一呼吸の間だけ紅茶の香りに変わる。

 三人の後ろで楽し()な笑みを噛み殺すディランに目配せをして、診察室内の物を寄せてもらう。

 出来上がったのは五メートル四方程度の空間。

 怪訝そうな顔の勇者さま御一行に俺は告げる。


「さて、皆さま。ディランは邪魔をしませんので、三分の間に(わたくし)の手を掴むことが出来れば合格です」

「……は?」

「では始めましょう」


 困惑するソラと赤髪メガネの少年――グレン。そして、やっとこちらの実力を(はか)りだしたカーライル。

 それらを尻目に机上にあった砂時計をひっくり返す。

 それを見て素早く動き出したのはやはりカーライルからだった。こいつは実戦慣れしてるな。

 長身に似合わぬ身軽さで側面を回り込むように数歩の距離を詰めて、こちらの手首を掴もうと手を伸ばす。


「いいですね、ちゃんと正面ではなく反応し(づら)い角度を狙おうとしています。でも我流なのですね。無駄が多すぎて通用しません」

「――っ!?」


 軽く間合いをずらして伸びきったカーライルの手を優しく引っ張り、足を払ってうつ伏せに倒れたカーライルの背中に腰掛ける。

 力でこちらを振り払おうとするのを関節を()めて封殺してから、まだ呆気にとられている残り二人に笑いかける。


「さあさあ、時間は待ってくれませんよ。魔法も使って結構なので頑張ってください」


 やっとこさ状況を理解したのか、詠唱を始めるグレンと、こちらに飛び掛かるソラ。


「連携の息は合っていますが、言われた通りに動いても隙を作るのは難しいですよ」


 前のめりにぶつかってくるソラの肩を踏み台にして俺は高く前方宙返り。

 拘束用の魔術を意外と短時間で詠唱し終えようとしていたグレンの頭で倒立(とうりつ)

 そのまま口を手で塞いでやりながら後ろに降りて腕を(ひね)りあげてやる。

 グレンのくぐもった悲鳴を合図に、体勢を整え終わっていたソラとカーライルが左右から迫る。


「いいですね、ソラさんは動き回りながら魔術の準備も出来ているようですし、カーライルさんもそこから注意を()らすように誘導してます。でも、もう少し魔力のコントロールに気を付けないと魔族には丸わかりですよ」

「私、勇者ソラの名において願う。風よ見えz――ふがっ!?」


 カーライルにフェイントを入れつつグレンをぶつけて、走りながら小声で詠唱をするソラには正面から平手で口元を叩いてやる。

 咄嗟(とっさ)にソラがこちらの手を掴もうとするが、遅い。

 俺は最低限の動作で、人間離れした速度でソラが何度も伸ばしてくる手をのらりくらりと回避する。

 横目で見るとカーライルに庇われる体勢でグレンが詠唱を再開している。

 オーソドックスだが悪くない構えだ。


「僕、グレンの名において願う。雷よ彼の者を縛る(かせ)となれ!」

「はい、誤射を避けるために起点指定型の魔術を選んだのは正解ですが、視線が素直すぎて狙いが丸わかりです」


 こちらの胴体を狙った魔術が雷の輪を形成する直前にソラと素早く入れ替わる。


「――っ! ぐっ、そんな」


 狙い通りに雷の輪がソラを拘束し、三人が焦った表情を浮かべる。


「さて、時間ですね」


 状況判断が遅すぎたせいで実質の戦闘時間が三分に満たなかったし、まあこんなものかな。

 思っていたよりは将来有望そうだな勇者さま御一行。

 砂時計の砂が落ち切ったのを見て、悔しげな表情になる三人。


「まあいいでしょう。意地悪な試し方をしてしまいましたが、最初から皆さまが勝てるとは思っていませんでしたし。旅に同行させていただきましょうか」

「……え?」


 何故かディランまで驚いてる。

 いくら俺でも嫌がらせでこんなテストするわけないだろうに。


「というわけでディラン。すみませんがしばらく留守にするとメアリーさんに伝えておいてください。信者の皆さんにバレると引き留められそうなので、こっそり出発しましょう」

「い、いいんですか? こんな、醜態(しゅうたい)(さら)してしまった私たちで……」

「はい、かまいませんよ。経験不足ですが、皆さまは将来有望だと(わたくし)は思いましたから」

「ありがとうございますっ!」


 あぁ、犬耳と尻尾が幻視できるぞ勇者くん。

 輝かんばかりの笑顔でこちらの手を取って喜ぶソラ。


「僕は正直、未だに何が起きたか信じられないよ……」


 顔をしかめつつも安堵(あんど)の息を吐くグレン。


「……ソラを手玉に取れるやつがいるとは思わなかった。これからよろしく頼む、聖女ツバキ」


 不器用な笑みを浮かべるカーライル。

 そして。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよアニキ! そんなの聞いてないって!」

「さっき言ったでしょう?」

「「「アニキ?」」」

「あっ……」


 何故か勝手に大慌(おおあわ)てして爆弾を投下してくれるディラン。

 まあ、しばらく同行するなら宣言しておいた方が面倒がないだろう。


「あぁ、皆さまを信じて明かしますが……俺は男なんでよろしく。だから周囲に身内しかいないときは聖女って呼ぶのやめてくれ。あんまり好きじゃないんでね」


 えー!? とか、はぁぁぁ!? とか三者三様に驚く勇者さま御一行をひとまず置いておいて、ディランが詰め寄ってくる。


「アニキひとりでこんなやつらと送り出せるわけないだろ! オレも付いていくからな!」

「あー、まあ、いいか。悪いけどディランも連れて行っていいかな? 一応、接近戦だけならソラ様くらいには鍛えてあるから戦力になるけど」


 素の口調で話しだす俺に挙動不審になりながらソラは、それでもなんとか言葉を(しぼ)り出す。


「あ、えっと大丈夫です……? ツバキさん? う、えっと、私のことも呼び捨てでいいですよ?」

「ん、そうか。じゃあ人目がないとこではソラと呼ばせてもらう。よろしくなソラ」


 俺がにかりと笑うと、ソラはついに思考停止したのか呆然と立ち尽くしたのだった。

 今回は勇者以外の二人が若干、影の薄い状態でしたが少しずつキャラの背景とか性格にもスポットを当てていく予定です。

 ちなみにお気づきかと思いますが、勇者→ソラ 盗賊→カーライル 戦士→ディラン 魔法使い→グレン となっております。

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