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最強の魔将

今回まではソラ視点です。

 グレンの魔術で生み出された明かりがぼんやりと照らす薄闇の中、魔女の詠唱が完成する。それに一拍(いっぱく)遅れて私の強化魔術とグレンの攻撃魔術が発動する。

 トリスは地面から次々と三本突き出す石の槍を、踊るように最低限の動作で避ける。ディランがそこに横薙(よこな)ぎの戦斧を振るい、私も包み込む風の魔力に後押しされ()けだす。

 振るわれた斧を足の裏に(かす)めるような跳躍で避けながら、トリスが左のレイピアを後ろに突き込み不可解な軌道で戻ってくる手斧を弾き飛ばす。同時に右の長剣が(ひるがえ)りディランの首を()ねんと(せま)るがギリギリで体を(ひね)って回避。

 それだけでも信じられないほどの反応だが、トリスはその間も激しい動きの中で集中を一切乱す事なく魔力を()り上げて口は動き続けている。


「あたし、魔女トリスの名において願う。炎よ我が敵を焼け」

「――っ!? 僕、グレンの名において願う。炎よ散れ!」


 グレンの(あせ)ったような詠唱が同時に響き渡り、間一髪でディランの胴体目掛けて打ち出された火球が打ち消される。

 あり得ない。普通は激しい運動や複雑な動作は集中や呼吸を乱すので魔術を上手く(つむ)げない。だというのに、トリスという少女は下級魔術とはいえ同時進行で行使している。

 いや、もちろんアリスという前例も経験していたが、トリスの動きは完全にそれを上回る技巧(ぎこう)と身体能力だ。

 剣の魔女と言うのは、魔族の女性という白兵戦に向かない生まれでありながら剣技に長けた稀有(けう)な性質を指すのかと思っていた。

 だけど彼女は違うね。まさしく字の通りに、剣を体の一部とするほどの武芸者でありながら魔将たりえるほどに優れた魔女なのだ。

 寝物語の冒険譚に聞き続けた聖剣の勇者セルキアが(ごと)き強さ。

 私は心を折ろうとする恐怖を押し殺して、盾を叩きつけるように踏み込む。


「僕、グレンの名において願う。雷よ彼の者を縛る(かせ)となれ!」

「人族の癖によく()られた魔術ね。あたし、魔女トリスの名において願う。雷よ散れ」


 私の突進を軽やかに(かわ)しながら、詠唱の合間に会話する余裕すらあるというのか。避けた先に振り下ろされる戦斧の強撃を交差した剣で受け止めて笑って、束縛(そくばく)の魔術を打ち消す。

 ディランとトリスは互いに蹴撃(しゅうげき)応酬(おうしゅう)を交わし、私はそこに長剣を突き込む。


「あたし、魔女トリスの名において願う。雷よ我が敵を穿(うが)(くさび)となれ」

「僕、グレンの名において願う。雷よ散れ」


 トリスはディランを蹴り飛ばす事により一歩分離れて私の刺突を避けながら、私の盾を狙って雷撃を放つ。グレンの打ち消しが間に合い魔力が霧散(むさん)するが、次の瞬間には体勢を崩したディランに斬りかかる魔女。

 私は二人の間に盾をねじ込みながら足を払うように長剣で斬りつける。盾を打つ長剣の威力は強化魔術の結果とはいえ女性の威力とは思えないほど圧倒的。それだけ上位の魔術なのだろう、というより複数属性の魔力が宿る魔術など聞いたこともない。

 グレンに解説を頼みたいところだけど詠唱に忙しそうで無理だね。思わず苦笑が浮かぶ。ディランも顔が引きつっている。

 不敵に笑うのは剣の魔女のみ。

 こちらの斬撃を細剣で()らしながら再度長剣で私の盾を斬りつけてくる。


「僕、グレンの名において願う。大地よ()ぜ砕け(つぶて)となり敵を撃て」

「チッ、人族の癖に魔族顔負けの魔術だわ。見たとこ適正属性も三つだし厄介ね」


 地面から噴き出すように無数の石礫(いしつぶて)が飛び出し、トリスは苦い顔で体捌(たいさば)きと細剣のみで防ぐ。その分だけ長剣の威力は弱まり、私が盾で弾いてやれば体勢が崩れる。

 ディランがその一瞬を的確に突いて、私の陰から手斧を投擲。それも跳ね上がった足で弾き飛ばされるが、私の刺突とディランのスライディングタックルで挟撃(きょうげき)

 いける! そう思った直後に、魔女の眼を見て寒気が走る。


「風よ荒れろ!」

「――炎雷よ爆ぜなさいっ!」


 咄嗟(とっさ)に強化魔術で(まと)っていた風を全て(しぼ)り出して叩きつけるが、それを真っ向から押し返す紫電と爆風。おそらくは私と同じような魔術。だけど、その威力の差は歴然。


「僕、グレンの名において願う。大地よ我が友を守る盾となれっ!」


 爆風に跳ね飛ばされた私とディランを隠すように石壁が現れ、それで(わず)かに稼げるであろう時間を使って私は強化魔術を再詠唱。ディランが跳ね起きて手斧をキャッチ。二人とも軽い火傷だけで済んでるのは幸いだね。


「あたし、魔女トリスの名において願う。吠え(たけ)る炎雷よその力余す事無く一つに合わせ、全てを貫く魔弾となりて我が敵を(ほふ)れ」

「僕、グレンの名において願う。大地よ我が友を守る盾となれ」

「私、勇者ソラの名において願う。吹き荒れる風よ後押す力を(さず)けたまえ」

「マジかよっ!?」


 何故かグレンが同じ魔術を重ねたと思えば、石壁を打ち砕く轟音(ごうおん)が二度重なり、ディランが戦斧を盾のように構えて何かを弾く。それは燃え盛る雷球。

 平然と石壁二枚を打ち抜いた拳大のそれは、当たれば肉を穿(うが)ち命を(うば)っていたかもしれない。嫌な汗が背筋に噴き出す。


「やべぇ。弾かずに受け止めてたら抗魔鉄の斧でも(ひしゃ)げてたぜコレはよぉ」

「あたし、魔女トリスの名において願う。(たけ)り狂う火焔と迅雷よ我が体の内に宿りてその威を千里先まで(とどろ)かせよ」

「来るよっ!」

「僕、グレンの名において願う。大地よ()ぜ砕け(つぶて)となり敵を撃て」


 砕け散り崩れる石壁を私とディランが踏み越えて疾駆(しっく)する。同時にトリスが強化魔術を再詠唱し、グレンが妨害(ぼうがい)せんと攻撃魔術を放つ。しかし、石礫(いしつぶて)は飛びずさった魔女を傷付けることは(かな)わず、強化魔術の詠唱は完成してしまう。

 振出(ふりだ)しに……いや、ひりつく火傷の感触と彼我の魔力量の差を考えれば劣勢(れっせい)(かたむ)いているね。

 左右から袈裟懸(けさが)けに斬りかかる私とディラン。戦斧には長剣を打ち付けて()らし、長剣と細剣が打ち合い火花が弾ける。


「僕、グレンの名において願う。大地よ我が意に従い姿を変えよ」

「ああもう、高かったのに細剣が折れそうだわっ! パパの剣があればもっと強引にいけるのに」


 グレンがタイミングを合わせてトリスの足元をうねらせるが、少しバランスを崩す程度で私とディランが二撃目を振るっても上手に(さば)かれてしまう。

 もうひと押しが足りない。ここにツバキとカーライルがいればなんて、私らしからぬ弱気が浮かんでしまう。

 相性(あいしょう)自体は(めぐ)まれている。トリスの得意属性であろう炎と雷はグレンの適性が高い属性でもあり、なんとか打ち消しが出来ているから。その上でグレンの地属性を相手は打ち消せないでいる。

 これはかなりのアドバンテージなのだけど、問題は異常な威力を持つ複合魔術。そして私とディランの二人がかりに拮抗(きっこう)するほどの武技。


「あたし、剣の魔女にして魔将トリスの名において願う。吠え(たけ)る――」

「やべぇソラなんとかしろ死ぬぞ」

「僕、グレンの名において願う――」


 トリスが異様な集中力を見せて魔力を高めていく。攻撃に()いていた意識を、ディランと私の猛攻を(しの)ぐために傾けながら魔術を練り上げていく。

 ディランが戦斧を縦に振りおろし舞うようなステップで避けられ、続けて拳を打ち込むが細剣の護拳で弾かれる。私が横薙(よこな)ぎに振るう長剣とトリスの長剣がかち合い、盾でその腕を殴りつけようとしても蹴り足で押し返される。


「――火焔と迅雷よ、我が身を伝い()でて――」

「――母なる大地と命(つかさど)る炎よ――」


 トリスの蹴り足をディランが下から蹴り上げて転ばせようとするが、残った片足が同時に地を蹴り後方宙返りして空中でバランスを取る。

 私の長剣が直角に軌道を変えて宙に逃れたトリスを斬り上げるが、交差するように両手の剣を振るわれて弾き返される。


「――全てを()がし無に()す裁きの光となれ」

「――我が友を守り害ある炎を退ける壁となれ」


 空中のトリスから恐ろしい熱と魔力の奔流(ほんりゅう)(ほとばし)るが、そこに込められた火の魔力を霧散(むさん)させる不思議な石壁が私とディランを包むように隆起(りゅうき)する。

 落雷が石壁を粉砕する轟音(ごうおん)。弾き飛ばされる石塊(せっかい)を盾で防ぎながらディランと共に後ろへ転げる。

 いくらか身を打たれて擦過傷(さっかしょう)打撲(だぼく)が増えるが、ディランも私も動きが鈍るほどではない。

 さすがに反動もすごかったのか、粉塵(ふんじん)の向こうでは膝を突くように着地して目を見開いているトリスの姿。


「嘘でしょ。人族で複合魔術を使えるなんて、昔の勇者か賢者ぐらいだと思ってたわ」

「僕もそう思ってたんだがね。禁書庫で古い魔術書にいくつも記述があったし、今たっぷり実物を見せてもらったから何とか出来たさ。完全に無力化できない実力差が悲しいところだな」

「信じられないわ。あたしについてこれるだけの力量を持つ戦士と勇者に、魔族の上位に(せま)る技量の魔術師。おまけに(ちまた)で噂の聖女と、上で近衛兵相手に攪乱(かくらん)が出来ちゃうほど優秀な斥候(せっこう)。間違いなく現存する勇者パーティで最強ね。セラ様には絶対会わせたくないわ」


 面白がるような声色と苦虫を噛み潰したような表情で批評(ひひょう)する魔女。疲れたように、でも誇らしげに応えるグレン。

 全員の息が整い、魔力と敵意が張りつめた空気を(きし)ませていく。


「ずいぶんと高く買ってくれるんだね。じゃあ期待に応えられるように頑張らせてもらうよ」

「マジかよソラ。オレはもう逃げたいぜ」

「まあ逃がしてもらえるなら僕も同感だが?」

「ん? もちろんダメよ。舞踏会で女の子を放って逃げようなんて王子さま失格じゃない」

「じゃあ、その死の舞踏( ダンスマカブル)(わたくし)も混ぜてくださいな」


 日の光が差し込んだような(あたた)かさ。その優しげな声で、私たちの顔に力強い笑みが戻る。

 背後の通路から歩み出てきた白衣の少女と長身の男。

 見紛(みまご)う事なき我らの聖女と頼もしき仲間の姿。


「……遅くなった」

「まさかこちらに剣の魔女さんがいるとは思いませんでしたわ」


 さあ、勝負はここからだ。

複数人での戦闘は難しい、でもバトル脳なので書くのが楽しすぎて困ってしまいます。

こういう仲間のピンチに参上するのは、それなりの保険をかけているか運がいいかですよね。

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