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十二魔将――『剣の魔女』 トリス

ソラ視点です。

 ツバキと別れ私たちは物陰(ものかげ)を忍び足で走り抜ける。(なつ)かしの居城は市街地の中心にそびえ立ち、城と言うにはかなり小さい。

 昔日(せきじつ)に聞いた父様の話。この地が(せま)かった事やご先祖様である聖剣の勇者――セルキアが贅沢を好まなかった事にあやかった初代聖王が小さい居城を考えたと言っていた。

 セルキアが我が心と称した聖剣を聖王が、それを振るうための武技を武王が、剣の力を最大限に活かすための魔術を賢王が大切に伝えてきた。

 今では武王国で考えられた武術は世界中に広がり、賢王国で生み出される魔法論文は世界中の魔法学院で教材とされている。

 そして聖王国が伝え続けるは、人を守り愛する心。だからこそ初代聖王は武王と賢王の反対を押し切って、もっとも危険なこの地で盾となる事を選んだ。

 ここは城にして(とりで)。魔族の侵攻に対する防波堤こそがディオールの役目だ。

 父様は無念であったことだろう。だけど、私が必ずや聖剣を(たずさ)え魔王を倒してみせる。どうか見ていてほしい、父様。

 そしてツバキ。セルキアのような心を持つ臆病な女性(ひと)。誰かを助けるだけではなく支え合える人になってほしい。

 きっと今の関係にストレスを感じているだろうし、もしかしたら私たちを嫌ってしまうかもしれない。それでもどうか気付いてほしいし、彼女なら耐えられると信じている。

 そんな風に想いを馳せつつ、私たちは不慣れな隠密行動にもたつきながらも城の裏門に到着する。分かっていた事だけどツバキやカーライルみたいに無音で走るのは無理だね。それから数分で城館内から聞こえてくる怒号。

 裏門は庭と使用人(とう)が近く、人ひとり分の幅しかない鉄扉(てっぴ)で閉ざされている。脇に立つ見張りは一人。にわかに聞こえてくる騒ぎの音でそわそわとしだす見張りの魔族。

 私はディランと(うなず)き合い、建物の影から飛び出す。相手が(あわ)てて構えた槍を打ち払うと、並走(へいそう)していたディランが鳩尾(みぞおち)に強烈な蹴りを叩き込む。鈍い音をたてながら鎧をひしゃげさせて体を()の字に曲げた兵士。すかさずその頭へを(ひじ)打ちを落として気絶させる。

 驚異的な脚力に戦慄(せんりつ)したのは私だけではないはずだ。すかさず近付いてきたグレンも(ほお)を引きつらせながら鉄扉(てっぴ)に手をかけて詠唱に入る。


「僕、グレンの名において願う。鋼よ我が意に従い姿を変えよ」


 小さな金属音と共に開錠される扉。外見上はほとんど変化がないが、中の鍵だけ動かして見せる繊細な魔術行使はさすがの一言だ。ディランがさりげなく気絶している見張りを物陰に引っ張って行ったのを確認してから、私は扉を静かに小さく押し開けて中を(のぞ)いてみる。

 庭に人影はなく、使用人(とう)も扉は閉ざされている。城館の倉庫と厨房に(つな)がる勝手口は見張りの女が一人。せわしなく左右を見回しているがこちらを目視できる位置だし、距離があるから声を上げられたら不味(まず)い。

 いや、ここで迷っていてはツバキたちの危険が増す。あまりゆっくりはしていられないね。

 扉を開けて一気に走り出す。目を見開いてこちらを認識、すぐに口が開き声を上げる――直前にその頭上で景色が揺らめく。

 見張りが衝撃を受けたように震え、声もなく倒れる。不気味な威圧感に足を止めて警戒すれば、背後から()けてきたディランも咄嗟(とっさ)に立ち止まり身構える。


「どうした? ふたりとも」


 グレンが扉を(くぐ)って小さく声をかけてくる。

 すると倒れた見張りの横に、忽然(こつぜん)と小さな白髪の少女が現れる。病的な雰囲気は体の華奢さだけでなく、内面の不安定さも(あい)まってのことだろう。少女は不機嫌そうな表情で言う。


「さっさと行って、ツバキが心配するから」

「貴女はたしか、アリス……?」

「……無暗(むやみ)にライバル増やしたこと、許さないから」


 そこにいたのは、たしかツバキの義理の娘だという少女だった。彼女は一方的に告げるとまた空気に溶けるように消えていった。


「ソラ、今の子は知り合いか?」

「うん、まあ。あとで説明するよ」

「おう、とりあえずアリスの事はいいから急ごうぜ。見つかったらヤバいしな」


 グレンに答えながらとりあえず庭の()れ井戸まで走る。花壇はしっかりと手入れされていて、かつてと植わっている花こそ違えど郷愁(きょうしゅう)めいた気持ちを誘う。

 ここはもう私の暮らした場所ではないんだな。寂しく思いながら木陰(こかげ)の井戸を(のぞ)き込めば、薄暗い中に落ち葉が積もっていて釣瓶(つるべ)は外されたのか切れたのか見当たらない。

 用意していたロープを木に()わえて、十メートルほどの深さを一息に降りる。そこには(かが)めば通れる横穴。


「さあ、こっちだ」


 上に声をかければグレン、ディランの順番で後に続く。横穴は数歩進めば高さも幅も大きめな地下洞窟に繋がっている。

 (かす)かに潮の香りが(ただよ)う湿った洞窟を、グレンの魔法で闇を照らしながら進むこと五分程度。そこは二十メートル程度のドーム状の空間で、奥には封印の大扉と……魔族の少女が立っていた。

 私よりは頭一つ分くらい小さい、健康的に引き締まった体には革鎧と金属製の胸当て。褐色の肌と肩に届くぐらいの金髪は(つや)やかで、勝気そうな緑の瞳はこちらを品定めするように見つめている。

 腰に差した長剣と細剣、そしてにんまりと(ゆが)められた口元が、彼女の正体を如実(にょじつ)に伝えてくる。


「剣の……魔女?」


 グレンが私たち三人の困惑を代表して声に出してくれる。

 少女は可憐な笑みを浮かべて右手で長剣、左手で細剣を抜き放つとこちらに構えて堂々と答える。


「その通り! あたしこそが魔王セラ様の忠実なる(しもべ)にしてアンタたちを討ち取る者――魔将トリス。ようこそ勇者さま御一行。聖女と斥候(せっこう)がいないのは陽動(ようどう)のために別行動だからなのね? 兵たちに被害を出したくないから、ちゃんと勇者さまがこっちに来てくれて助かったわ」

「こちらの動きを読んでいたという事だね」

「ヘイからディオールの王子が来たって聞いたからね。きっと聖剣を取りに来る予感がしてたわ」


 この直観の鋭さも剣の魔女たる所以(ゆえん)なのかもしれないね。私は覚悟を決めて剣と盾を構える。横にディランが歩み出て戦斧を、後ろでグレンが数歩下がりながら短杖を構える。

 少女は、いいねと笑う。


「強いね。あたしはやっぱり指揮より断然、戦いがいいわ」

「気持ちは分かるけど、私たち相手にひとりだけなんて随分(ずいぶん)な自信だね」

「ふふ、噂通りなら大切な部下が無駄死にするだけだし、あたし一人いれば過剰(かじょう)戦力だからね」

「……ソラ。無理なら逃げるぞ。こいつ化け物だ」


 剣の魔女――トリスの自信に満ちた言葉と、ディランの緊張した声に冷や水を浴びせられたように硬直してしまう。彼は私たちより実力を(はか)るのが上手い。その言葉はきっと無視してはいけないものだ。


「へぇ、分かるんだ。さっすが勇者さま、仲間もちゃんと一流なんだね。でも、あたしが逃がすと思ったら大間違いよ」

「っち、しゃーねーな。ソラ、お前の爆発力に期待してるから最初は無理しないで相手の動きよく見てろよ。オレじゃ決定打は絶対に与えられねえ」

「そんなに強いのか。僕も出来る限り援護するが、死なないでくれよ」

「ディラン……わかった。でも無理だと思ったらすぐに下がるんだよ」


 私たちが互いに声を掛け合い作戦を決めたところで、トリスが恐ろしいまでの威圧感を放つ。


「じゃあ、始めようか。……あたし、魔女トリスの名において願う。(たけ)り狂う火焔と迅雷よ我が体の内に宿りてその威を千里先まで(とどろ)かせよ」

「うぉぉらぁっ!」

「私、勇者ソラの名において願う。吹き荒れる風よ後押す力を(さず)けたまえ!」

「僕、グレンの名において願う。大地よ隆起(りゅうき)し敵を貫く槍となれ」


 トリスが詠唱を始めて全員に走った戦慄(せんりつ)。恐ろしいまでに複雑で高度な魔術をこちらの誰よりも速く詠唱してのける。しかも詠唱開始直後に投げ付けられた手斧を、詠唱をしながら軽々と避ける。

 投擲(とうてき)モーションから距離を()めるために走り出すディラン。こうして当代最強の魔将との戦いは幕を開けた。


次回は書くのを楽しみにしていた剣の魔女戦。長くなるかも、むしろ一回じゃ終わらないかもしれません。

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