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天然の防壁と地雷原

 混乱してしまったが、とりあえず勇者さま御一行が悪意でやっているわけじゃないのは理解できた。まあ余計に性質(たち)が悪い気もする。

 ともあれ、俺たちはあの後すぐに式典の準備と授与式でバタバタとして話は有耶無耶(うやむや)になった。ちなみに授与される物は事前に武王さまが城の宝物庫から選ばせてくれた。しかも全員にひとつずつ。

 これはありがたい。武王の収集している武具は優秀な戦士が武勲(ぶくん)を立てた時に下賜(かし)される一級品で、貴重な材料で作られた装備や魔術の()められた道具ばかりだ。

 ソラが選んだのは今()けている革鎧よりも軽くて鋼より頑丈な、暴君蟹(タイラントクラブ)甲殻(こうかく)で作られた鎧。グレンが言うには魔大陸周辺の海じゃなきゃほとんど棲息(せいそく)していない魔獣だし、騎士団や傭兵団を三十人とか派遣(はけん)して倒す危険な生物らしい。

 剣じゃなくていいのかと聞いたら、これから聖剣を取りに行くんじゃないかと笑われた。(おっしゃ)る通りで。あと頭を()でるな。

 ディランはやたらと頑丈で投げても戻ってくる魔術を()められた手斧。まあメインウェポンは父のお古だが業物だし、他のメンツに回せないから妥当(だとう)な選択かな。

 炎が噴き出る魔術の()めてある大戦斧と悩んでたけど、大きすぎて取り回し辛そうだし長旅に向かないと諦めてた。

 カーライルは折れやすいけど異様な切れ味を(ほこ)る短剣をもらっていた。一応、折れても月の光が当たる場所に一晩置いておけば直るらしい。

 やっぱり癖があるらしく使い勝手を試していたら早速とばかりに折れてた。その時の呆然(ぼうぜん)とした顔と言ったら、可愛いところあるじゃねえかと笑ってしまった。

 グレンはサイズがぴったりだったからと言ってブーツをもらっていた。なんでも頑丈な上に大地との魔力循環(じゅんかん)がスムーズになるのだとか。色々と理論を語ってくれたけど記憶に残らなかった。要約(ようやく)すると地面から魔力吸ったり地属性の魔術を使う時に精度や効率が上がるらしい。

 そして俺はなんと、鞭を手に入れた!

 傭兵時代は鞭も使ってたんだが、使わなくなってボロいから捨てちゃってたんだよな。買おうか悩んでたところに丁度よくあったわけだ。

 これがまた贅沢(ぜいたく)で、鉄蜘蛛(アイゼンシュピンネ)の鋼糸を()った牛追鞭。頑丈さは折り紙つきだし長さも俺としては扱いやすい三メートルくらい。どれぐらい頑丈かと言うと普通の刃物じゃ絶対に斬れないだろうし、たぶん人間を十人やそこら同時に()るしても切れない。

 素晴らしい。一生使えるな。

 そんなわけで俺たちは授与式典から民衆に見送られて、笑顔で手を振りながら街をゆっくりと()り歩き王都を後にした。

 これにはソラと俺以外がぐったりしてた。まあ分かるぞ、俺も聖女さまなんて呼ばれるようになってから一年くらいは辟易(へきえき)したものだ。

 慣れた今でも普段なら疲れるところだが、下賜(かし)された鞭が嬉しくて勝手に笑顔がこぼれる。今朝のことでムカついていたのに、いつの間にか上機嫌な自分の単純さには飽きれたが。

 本当なら武王さまとゆっくり話をしたいのは全員同じだろうが、俺たちは急ぎ足でディオールとの間を(へだ)てる峻厳(しゅんげん)な山へと向かった。

 急げば急ぐだけ、ディオールの防備が薄い内に潜入できるからな。





 山の(ふもと)で馬は降りる。山道があるわけでもないし鬱蒼(うっそう)と木々の(しげ)った山では歩いたほうがいい。

 山越え自体は二日も掛からないのだが、やたらと傾斜が急だったり危険な魔獣もいるし、霧が出れば(がけ)から落ちる危険も増す。天然の防壁みたいなものだ。

 これこそがディオールとセルキア連合国の拮抗(きっこう)状態を生み出しているのだが、少人数での潜入ならば好都合な環境だ。

 日差しが葉の隙間(すきま)から差し込み濃い樹木の香りが(ただよ)う。遠くから狩鳩(ハンターピジョン)の鳴き声が聞こえてくる。声だけなら可愛いのだが、グレンが言うには肉食で人間の子どもぐらいなら捕まえて飛べるらしい。

 ソラも昔に見たことがあるらしく、身振り手振りで教えてくれる。


「羽を広げるとこんなに大きくてね、ツバキくらいの軽さなら危ないだろうから私から離れない方がいいよ」

「俺が畜生(ちくしょう)(おく)れを取るかよ」


 俺の重さを調べようと手を伸ばしてくるソラを軽く(かわ)して、舌を出してやる。まあちょっと細すぎる自覚はある。ただ食べても太れないのは昔からなので信者を(うら)むのも筋違(すじちが)いか。

 まあ、とりあえず今朝の一件でこいつらが俺の心配ばかりしてるのは分かったので、女の子(あつか)いには抵抗するが気持ちにだけは感謝しておく。

 とりあえず余計なスキンシップを回避するために数歩分しっかり離れて向き合う。


「ありがとうな」

「いえ、どういたしまして」


 満面の笑み。あーあ、ソラってやつは本当にこういうのが様になるんだよな。(うらや)ましい。

 と、そんなことを考えつつもまた前を向いて歩きだした時に視界に違和感。


「……あれは?」


 カーライルも気付いたみたいで立ち止まった俺より先に口を開いた。

 それに(うなず)いて皆を手で制して止める。地面の土が少し不自然に盛り上がってる気がした。


「グレン。探知系の魔術は使えるか?」

「ああ、僕は地属性と火属性のなら大抵の魔術は適性がある。あとは雷がそこそこ、他は初歩ぐらいまでならいけるさ」

「まあ俺はその辺の分類は知らないんだがな、あそこの地面が盛り上がってるところに何かあると思う。広い範囲で魔術を探知できるか?」


 グレンが眼鏡を押し上げて不敵に笑う。


「もちろん、地属性か風属性が得意なら必ず探知系は習得しているはずだ。僕、グレンの名において願う。大地よ自然ならざる魔の力を示せ」


 グレンが呪文を詠唱すると、足元を魔力が()(めぐ)るのが分かる。たぶん、小さな魔力を地面に流してぶつかった魔力から魔術などの自然に無い物を探るのだろう。

 半神化してから魔力を感じることはかなり得意になったけど、魔術の才能は無いままなんだよな。ちょっと(あこが)れてたから残念だ。

 それだけにグレンの魔術師らしいところは見てて楽しい。

 少し考え込む素振りをしてからグレンが口を開く。


「本で読んだことがあるな。これは恐らく魔動地雷だと思う。威力の低い量産品だとは思うけど、探知範囲に二つも見つかったから山中に結構な数がありそうだ。強い衝撃で魔術が発動して、たぶん雷が出るオーソドックスなタイプ」

「やっぱりか。俺は昔いくらか見たことがあるが、厄介だな。気を付けて進もう。グレンが探知して俺とカーライルでそれを避けるように先導(せんどう)をしよう」

「……わかった」

「僕は(いそが)しくなりそうだな。休憩を大目で頼むぞ」


 了解、とそれぞれが(うなず)いたので地雷を避けて歩き出す。これは時間かかるかもな。





 日が暮れてこれ以上の行軍はまずいだろうという事で野営の準備を始めた。周囲の地雷を調べて、そっと掘り出す。踏まないように離れた場所に固めて目印を置いておくと、グレンが声をかけてくる。


「それ、一つ借りていいか。分解して調べてみる」

「おう、近くもダメだけど離れすぎるなよ」

「うん」


 今日は大活躍だな、スープに入れる干し肉一切れ多くしてやろう。

 カーライルと俺が()き火で簡単なスープを作っている間に、ソラとディランが近くの枝を集めて寝床の用意をしている。

 カーライルがちらちらとこちらを見ている気がして、どうかしたかと聞く。


「今朝の話を蒸し返して悪いが……やはりツバキは美しい。こればかりはソラたちにも譲れないと思った」

「はあ、本来はここまで整ってなかったんだがな顔も。まあ女顔だったのは認めるけどな」

「いや、内面から(にじ)むものがあっての美しさだ。そこは誇っていい。人形の美しさではなく人のそれだ」


 しっかりと目を見つめて言い切られると、さすがに照れる。()められるのは嬉しいし、外見だけ見てるわけじゃないと言うなら尚更(なおさら)だ。

 しかし、ちょっと意外で笑ってしまう。いやそれともやっぱりお姉さん方にモテた百戦錬磨(ひゃくせんれんま)手管(てくだ)なのか。


「そんな顔で口説(くど)くんだな。もっとクールな感じだと思ってた」

「……これでも必死なんだ。女と付き合ったこともないしな」


 顔を赤らめるカーライル。なんだ美形なのにもったいない。あ、見た目がちょっと怖いから女の子は近付き(がた)いのか。

 内気な娘とかゴージャスなお姉さんに好かれそうな雰囲気だな。きっとゴージャスなお姉さんはあまり好みじゃないんだな。

 それはさておきだ。


「まあ、とりあえず俺も困ってるからお手柔らかに頼む。俺自身にその気はないけど同性愛も否定するわけじゃないし、お前の心を無かったことにしようとも思わん」

「それだけ聞ければ充分だ。いつかその気にさせてみせる」


 そう宣言してお互いの作業に戻る。すると枝を集めてきたソラがちょっと()ねたような顔をしている。


「いつの間にかカーライルといい雰囲気になってるねツバキ。いや、女性としての自覚に(つな)がるからいい事なのだけど、そういえば最初からカーライルには妙に甘くなかったかい?」

「俺は実力主義だし、カーライルとは似たようなタイプな気がしてな。けっこう気に入ってるかもしれん」


 ソラがますます不満そうになる。いや別に恋愛的な好感があるわけでは無いんだぞ。

 そしてカーライルと俺の間に割り込むように座る。あー、なんか飼い主に甘える犬みたいな。こいつも二年前に家族を亡くしてるんだから、まだ寂しさとかあるんだろう。

 仕方ないので頭を()でてやる。でもくっつかれるのは嫌なので半歩分だけ距離を取る。


「ツバキは優しいね。まだ悩んでるのに私の事を優先してくれるなんて……ますます()れてしまうよ」

「あーはいはい」

「おい、ソラはあんまりアニキにくっつくんじゃねえ。調子に乗ってまたキスされたら困るからな」


 テントの設営を終えたディランがさらに俺とソラの間に入る。まるっきり手間のかかる弟どもだ。


「お疲れ様ディラン。俺はちょっとトイレ行くからスープの加減を見といてくれ。ついでにソラが変な気を起こさないように見張っててくれ」

「おうよ、オレがいる限り先は越させないぜ」

「え、いや……私もさすがにそんな犯罪者みたいな真似はしないよ?」

「どうだかなっ」


 俺はどさくさに(まぎ)れて手を(つか)もうと伸ばされたソラの手を避けて、ちょっと冷たいかなと思う台詞(せりふ)を言い捨てて立ち上がる。まあ、さすがにソラがそんなことをする奴じゃないのは分かってる。

 まあ頬にキスはされたけど。

 とりあえず道は(けわ)しそうだ。胃に穴が開く心配のない体に感謝だな。

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