幕間(4) 自称平凡な魔術師
グレンの語り。
僕というのは、周囲から言われるほど天才でも優秀でもない。ちょっと魔術の才能があっただけで、同じくらいの資質を持つ奴らは学院に沢山いた。つまり魔術師としては平凡だった。
ただ他と僕に実力の差が出来たのは、他の奴らが変なことに時間をかけすぎているからだと思う。
僕は商家の三男坊として生まれた。八つ上の長男は親のあとを継ぐために必死だったし、五つ上の次男も将来は長男の補助か代わり。二人とも丈夫なので病弱な僕はいらない子だった。
別に両親を恨んではいない。というよりも、家族からあまり気にされないで育ったせいかこっちも人を気にすることは少ない。
まあ、ソラと出会ってからは人にも興味を持ち始めたけど。
僕が出来る事と言ったら魔術くらいで、小さい頃は両親に褒めてもらおうと思ったけど商売の役には立たないし、むしろ警戒されたりしてダメだって言われた。
まあそりゃそうだよな。そんなわけで無駄飯食いで、おまけに本の虫という金のかかる僕を両親は邪魔に思っていたみたいだ。
軍に入っても体が弱いならすぐ死んじゃうだろうしな。まあ、今は人並みの体力は付いたので丈夫な両親の血に感謝だな。
兄貴たちも忙しそうにしつつ、僕を見かけても笑顔ひとつ浮かべずに嫌そうにしてた。病弱な役立たずとか不気味な読書小僧とでも思っていたのだろう。
僕もやっぱり子どもの頃は愛とやらに飢えていたので、そんな家族をいつかすごい魔術師になって見返してやるなんて思ってた。『すごいよグレン。お前は自慢の家族だ』なんてね。
まあ僕は単純だったのでそうと決めたらずっと勉強と魔術の特訓ばかりしてたさ。
ソラと会うまでずっとね。今思うに他の人たちは僕がそうやっていた時間の半分くらいを、人との関係だとか色んな面倒事に割いていたのだろう。ただそれだけの差。
ソラに魔術を教えるようにと導師様に言われた時は面倒だと思ったさ。だって、人に教えるのは復習になるのかもしれないけど、僕はもっと勉強したいことがいくらでもあったからな。
まあ禁書庫に一日一時間だけ入っていいって言われたから仕方なく引き受けたんだけどさ。
ソラとの最初の会話はあんまり覚えてない。片手間で済まそうとしてたからな。でも僕をちゃんと尊敬してくれて、魔術の腕が才能じゃなく普通の努力だと気付いてくれて、しかもびっくりするくらい素質があるのに謙虚なソラを僕は段々と気に入っていった。
ソラとはいっぱい話をしたな。僕は口数があまり多くなかったからな、たぶん今までの生涯における会話の七割くらいを占めるんじゃないかな。
いや、本当にそれだけ一人でいることが当たり前だったし魔術と勉強しか見てなかった。生まれて初めての友達が出来て僕は世界が広がったのさ。
家族を見返してやるなんて六歳くらいに立てた目標しか見ていなかった自分を恥じて、ソラの立派な目標に憧れたりした。だから学院もやめて付いてきたしな。
でもやっぱり、人の心っていうのはよく分からない。心理医学とかも軽く勉強してみたけどさっぱりだった。こればっかりは僕と他の人で経験に差がありすぎるし天才的な素質が開花するなんてこともなかった。
僕は人の感情の機微に疎い。まあそれは一度置いておこう。
ツバキに会って最初に思ったことは、女の子って可愛いんだなっていう馬鹿な感想。別に女の子を見るのが初めてとか話したことがないなんていわないけどさ。
こんなに優しそうな美人は初めてだった。なんか自分が男だという事を思い出させられたというか、世間で言うところの一目惚れだな。
しかも絶対にモテて恋愛経験豊富だろうと思ったら、俺は男だとか言っちゃうし周りの人たちは高嶺の花って感覚なのか距離を置いてたみたいで無防備だった。
ディランが横で必死に守ってたのも原因だと思う。過保護はよくない。
まあそれでも直接的に触れたりだとか、向き合って胸や口元を見てたら嫌そうにしてたので、遠巻きに見られてる時の警戒が薄いだけで身持ちは固そう。
でもなんだろう、意識してないであろう仕草がエロい。神力で体が女になってしまったという話を聞いた時の表情と動作がもうなんというか、以前読んだ官能小説っぽくて危なかった。
物憂げな表情で笑って、『体が求める物も変わってしまったらしい』なんて言いながら指に付いた蜂蜜を舐めとる赤い舌。目を細めて満足げな吐息。
犯罪だ。いや、僕が危うく犯罪者にだった。
でも、あの唇に触れてみたいと思うのは男なら仕方ないのではなかろうか。他の男の心情なんてあまり予測できないが、性欲の薄い僕がそう感じるのだからたぶん正しい。
まあそんなわけで僕としてはディランやツバキが怒らない程度に、旅の間はツバキの女の子な部分を見て楽しんでたわけだが、最近になって皆がツバキを心配しているらしい。
ここで話は戻るが、僕は心ってものが未だに全然わからない。ツバキが心の傷に苦しんでいるとか皆がそれを心配して悩んでいるだとか、見ててもよく分からないのだ。
まあ確かに僕も危なっかしいよなとは思っていたさ。
そこでついにソラがキレた。これはさすがに僕でもわかる。表情は普通だけど滅茶苦茶怒ってたね。怒りに我を忘れてセクハラに走ってたからな。感情が振り切って煩悩が無くなってるようにも見えたけど行動はただのセクハラだった。
相変わらずツバキや他の皆がどう思ってるかは分からないけどね。
ソラが体が女なんだから女の子として扱うって言って、皆が驚いていたけど僕としてはその反応がびっくりだ。だって普通の事だろう?
むしろソラが抜け駆けしてツバキにキスした方が驚いた。
心が女だ男だって感覚が僕にはよく分からない。僕は僕でソラはソラ、ツバキはツバキで何か問題があるのか。
まあ、場の流れで自分の好意をさらけ出す事になったのは恥ずかしかったが、ソラがツバキのためになるって言うしな。心に詳しそうな奴が言うのだからいいんじゃないのか。
なぜか嫌がってるツバキもまあ恥ずかしいだけだろうし、そのうち慣れるだろう。問題は僕がどうやって他の三人を出し抜くかだよな。
どうやらツバキは女の子の方が好みらしく、しかもアリスと言う娘に好かれているのだとか。スタートで負けてるなら頑張って気を引かなきゃいけない。
でも皆より感情の機微が感じ取れない。じゃあとりあえず僕がツバキにされて嬉しいことをする感じかな。ダメだったら方向性を変えよう。
野宿の準備が出来て、皆から少し離れて魔術の明かりの下。回収した魔動地雷を分解しながらふと顔を上げる。視界の先、焚き火の場所からまろび出てくる影。
ソラたちに疲れたのか、げんなりとしながら一人で歩いてきたツバキに僕は声をかけてみる。
「お疲れ様ツバキ。トイレならあそこの木の影までは調べてあるから、そこでどうぞ。まあ離れても危険はあまりないと思うけど、魔動地雷ってどんな音が鳴るか分からないから無暗に発動しない方がいいだろうしな」
「グレンはあいつらみたいにしてこないのな」
ツバキは助かるけど、と呟いて溜息を吐く。
「僕は皆みたいに気が利かないからな。なるべく嫌がられないように好意を示そうと、僕がされて嬉しいようにしてるつもりだ。僕も本を読んでるときにしつこくされたら嫌だったから、ツバキが嫌がるならあんまり近付きすぎないようにするさ」
笑って言えば、ツバキは驚いた顔。あと、ちょっと嬉しそうにしてる気がする。口元がそんな感じだ。
「お前が一番、女の子の扱い上手いんだな。意外な才能と言うか……いや俺が女の子ってわけじゃなく一般論と言うか」
これは一歩リードしたかもな。
あ、でも一応は言っておこう。ソラの言葉からの推測だけど当たってるなら変えてあげたい。
「ツバキ、僕はソラに会うまで自分を受け入れてなかった。家族が受け入れてくれなかったから、そのまま僕も僕を認めてなかった。認められるようになりたかった。でもソラは認めてくれた。僕は僕なんだ。ツバキはツバキ。だから男とか女とか、気にしすぎない方がいいと思う。ムキになって反応しないで、ありのままの自分を認めて好きにすればいいんだ。まあ、僕は独りが長すぎて人の心ってものがいまいち理解しがたいから、的外れなことを言ってるかもしれない」
「すまん、難しくてよく分からんが心配してくれたことは分かった。ありがとう」
「うん、僕もよく分からない。実は頭がそこまでよくないからな。すべてにおいて平凡すぎてソラやカーライル、ディランにツバキの才能が眩しい」
「それはおかしいだろ」
ツバキが笑う。僕も笑う。
これでいいんだと思うけど、ツバキやソラたちは何で悩んでるんだ?
パーティの頭脳でありながら実は考えるという事が苦手なグレン。深く考えずに感じるまま、まっすぐに生きています。本人はいたって平凡な人間のつもり。




