暴走勇者さま御一行
下品な表現やBL的な要素などあります。ご注意ください。
昼食代わりにスコーンと紅茶、薔薇のジャムが柔らかい甘味をもたらしてくれる。温かな正午の日差しは眠気を誘う心地よさだし、鳥の囀りも平和な空気を伝えてくる。
恩賞の授与される時間まで二時間程度。まだ準備をするような時間でもないので皆とそのままティータイムに入った。なにせ朝食抜きでお腹が空いていたからな。
穏やかな至福の時間であろう。ソラが妙に近いことを除けば。
さっき床に叩きつけてやったので、どこかおかしくなってしまったのかもしれない。一応は修復を試みたのだが効果は無かった。
結果として俺は今、ソラと肘をぶつけ合えるくらいの距離でティーテーブルを囲んでいる。なぜか真顔なので邪険にも出来ない。というか、不気味で扱いに困っている。
カーライルも同じ感想なのか俺と目を合わせないようにしているし、空気になろうと気配を薄くしている。
グレンは、一周回って煩悩がないのか? いや、しかし言動はそうでもないな。僕には理解できない境地だ、とかよく分からないことを呟きながらソラを観察している。
ディランは困惑した様子で、でもなぜか止めずに見守っている。
侍女のお姉さんは少し赤くなってしまった目元もそのままに甲斐甲斐しく俺たちに給仕してくれていたが、とりあえず内緒の話をすると言って外してもらった。
とりあえずよく分からん空気を変えるために聞いてみる。
「それで、なんで俺が動いてると気付いたんだ? 調子がすぐれないからって伝言は聞いたろうに」
「ツバキが言っていたんじゃないか。神力で回復しているから疲労などとは無縁だと」
ソラが即答。おお、ディランは実感として知ってるからいいとして、ソラがそこにすぐ気付くとは思わなかった。
いや、よく考えればこいつやグレンなんかは教育をまともに受けてない俺より頭いいんだよなあ。カーライルは普段の口数が少ないからまだ測りかねているが、基本的に頭脳労働が苦手な俺とディランが考える事くらいなら、あっさり看破されるのかもしれない。
改めて見直したぞ勇者さま御一行。だからとりあえず俺の手を撫でるな。
軽く叩いて払い除けてから、意地の悪い顔で返してやる。
「あの日だったらどうするんだよまったく。お互い気まずい感じになってたかもしれないぞ」
「いや、それはソラも考えたらしくてオレに聞いてきた。生理の可能性は? って聞かれたから、周期的に十日前とかのはずだから違うと結論を出して今に至るわけだ」
「はっ? え、きもちわる……」
ディランの口から出た言葉に思わず呟くとショックを受けた顔で固まる。いや待てよ当然だろうが教えた覚えもないのによ。たしかに俺から振った品の無い話題だったけど特大の地雷が埋まってるとは思わなかったぞ。
「ディラン、いくら家族や親しい間柄でも普通にゾクっとするから彼女とかには言うなよ。知ってても黙っとけマジで。ていうかどうやって気付いたんだ。あ、いや今のなし聞きたくない」
「う、ごめんアニキ……」
そうなの? って顔のグレンとソラに、俺に同意して頷くカーライル。おい、残念なイケメン率が高いぞ勇者さま御一行。
溜息を吐くとソラが宥めるように肩に手を置いてくるので払い落とす。ダメだ、スルー出来ないので本題に突っ込もう。
「さっきから何をベタベタしてきてるんだソラ。さっきのキス云々(うんぬん)から続く冗談なのか?」
「えっと、さっきの私の発言にも関係することだね。ツバキはもう少し女の子になった方がいいよ」
真顔で馬鹿な事を言うのでとりあえず軽く頭にチョップを入れてやる。あ、こいつ今ちょっと反応して避けようとしたな。少し前なら反応できなかったろうに成長が速すぎないか。
「寝言は寝て言え」
「さすがにそれはどうかと思うぜソラ。アニキは聖女を演じるだけでも負担になってるんだからさ」
一蹴する俺にディランが続いて顔をしかめる。
それでもソラは視線をそらさずに、ていうか顔が近い。少し仰け反る俺にかまわず口を開く。
「思うに、ツバキもディランも誤解しているんだ。聖女を演じているんじゃなくそれもツバキなんだよ。まだ短い付き合いなのに何が分かると言われるかもしれないが聞いてほしい」
なんとなく有無を言わせぬ真面目な顔に、つい黙り込んでしまう。
ソラは紅茶で少しだけ唇を湿らせる。
「これでも私は王族として、小さな頃から人を視る目を養うよう鍛えられてきた。数少ない私の自信がある特技だよ」
ソラの深い空のような眼が俺を射抜く。何故だか胸が苦しくなる。俺が自分自身にすら隠している心の何かへ触れられるような感覚。
「ツバキが聖女を嫌いなのは分かってるよ。でも聖女なんていないんだ。だから貴女をツバキでなくしてしまう者なんて居ないんだよ。ツバキが聖女を蔑ろにするのはただの自殺にしかならない」
「何を言ってるんだよソラ。聖女なんて信者の想像にしかいないのは確かだけど、アニキが聖女してる時の別人ぶりは知ってるだろ。アニキはきっとそんな別人になってしまうような感覚が嫌なんじゃないのか?」
よく分からない俺の代わりに、ディランが疑問に思ったことを投げかけている。しかし、ソラは頭を振る。
「別人? 私にはまったく同じに見えるよ。行動理念も好きなものも嫌いなものも変わらない。口調と仕草を繕っているだけだ」
「そんなの昔のアニキを知らないからそう感じるだけじゃないか」
ディランの目付きが鋭くなっていく。あまり記憶にないが周囲の人たちから聞いた話では、俺はたまに人形みたいに感情が抜け落ちている時間があったらしい。
「たしかに昔のツバキを見たわけでは無いけれど、ここにいるのはその昔とやらを生きたツバキ本人だよ。では聞くけど、昔のツバキは優しくなかったのかい? ちょっと強引だけど面倒見がよかったのではないのかい? 仲間に無防備な笑顔を見せて、大切な人の死を悲しみ泣きじゃくり、女性に無礼を働けば怒る、さばさばとした好ましい人物ではなかったのかい?」
ソラがまくし立てるとディランが黙り込む。俺も何と言っていいか分からずに不安で視線が彷徨ってしまう。
「ツバキの本質は変わらないよ。聖女を演じてるつもりの時も同じ。ツバキとディランには見え方が違うのかもしれないけれど、私にとって心というものに性別は無いよ。性別と言うのは体や立ち位置に付随するもので、屈強な体なら男らしいと言われるような心根でいれば上手くいくという程度だ」
「なるほどな……たしかにオレがアニキを好きなのは女だからとかじゃなく、ただその心が温かくて触れていたいから好きなだけだ。難しいけどちょっとソラの言いたいこともわかるような気がする」
ディランが俯き顎に手を当てて考え込む。そのまま思考に没入したのか唸りだす。
そこから目を逸らせばソラが俺を見つめ続けている。
「でも、俺はずっと男で……」
「別に男らしくありたいと願うのはかまわないと思うよ。お父上に憧れていたのだろうし、紳士的な振る舞いもさまになっている。でも、性別と言うのはあくまで心とは関係ないんだ。だから、ツバキは男らしい女の子になればいいよ」
ソラが微笑む。俺は言葉の意味を量り兼ねて首を傾げる。
「ツバキは心を大切にするあまり、体や立場を軽視しすぎているんだ。だから、自分以外の女の子にするみたいに、自分を大事にしてみて。きっと可愛いって気付けるから」
ソラが優しく囁いて俺の頬に口付ける。完全に油断していたせいでモロに食らって椅子から転げ落ちる。
わけもわからずそこに手を当てれば、熱くなっている。魔術ではない。
慌てて駆け寄り支えて立たせてくれるディラン。目を見開いたグレンの間抜け面と無表情で両目だけ見開いたカーライルの顔が、妙に恥ずかしさを助長する。
俺は自分の無様な醜態に沸いた頭を押さえながら、よろけつつソラに怒鳴る。
「何しやがる! 俺は男だって言ってるだろがっ」
「分かっているよ。ツバキは格好いい男前だし、頼りになる。でも、男じゃなく女の子なんだからこれでいいんだよ。自覚してもらえるように、これからはちゃんと女の子として扱う。それに私としては初恋は実らせたいからね」
俺は口を開くがパクパクと開閉させるだけで喉から声が出てこない。そうだ、もし仮に百歩譲ってソラの言うように心には性別がなかったとしても、俺は女が好きなんだからこいつのやったことはダメだ!
「――っこんの、ホモ野郎!」
俺が平手で頬を叩こうとしても昔より短い手は、あっさりソラを圏外まで逃がしてしまう。というか、平手じゃダメだった。こんな女みたいな……でもグーで殴ると俺の華奢な手じゃ痛める。
躊躇う俺に余裕の笑みを浮かべるソラ。温厚な大型犬みたいに見えていた笑顔が、今では獲物を見つけた猟犬のそれに見える。
「さて、私が言いたいことはとりあえず言ったけど、言いたい事や協力を申し出たい者もいるんじゃないかな?」
意味ありげに仲間たちを見回すソラ。俺がつい縋るような情けない目を向けると息を呑む。
俺を支えていたディランが言う。
「ずいぶん荒療治になりそうだけどよ、オレもソラの鋭さは信じたいからな。これがアニキのためになるって言うならオレも乗るぜ。アニキ、七年前から家族としてだけじゃなく愛してる。いつかは話そうとは思ってたけど、こんなタイミングになるとは思わなかったぜ」
「はあ? う、え……ディラン?」
俺はディランから数歩の距離を後ずさる。
ティーテーブルに腰がぶつかってカップやソーサーが微かな悲鳴を上げる。ふと横に立つカーライルは俺を心配そうに見ながらも、申し訳なさそうに口を開く。
「……俺は、ソラのようにお前の本質までは理解できていないと思う。ディランのようにずっと傍で見続けたわけでもない。だが、ツバキ。お前と言う女に興味がある。魅力的だと思っていた。みすみす目の前で他の男にくれてやる気はない」
なんでお前までそうなる! 普段は口数少ないくせにいきなり本気の滲む低音で耳を刺激するな。ご婦人がころりと靡くようないい声しやがって。
背筋がゾクリとしたのは生理的な反応だ。俺はもはや最後の砦となったグレンを盾にして乱心した奴らから距離を取る。
グレンも困惑しているだろ。もうやめろ。むしろグレン、やめさせてくれ。
俺が視線でそう頼み込むと、やれやれと中指でメガネを押し上げ肩をすくめる。
「僕にはなんだかよく分からないが、ソラたちがツバキを心配そうに見る理由はよくわかったさ。まあ僕としてもいいことだと思うな。ありのままの自分を認めることの難しさは知っているから、手伝うのも吝かではない」
爽やかな笑顔で俺に振り向くグレン。初対面の時の赤面くんはどこに行った。
その向こうでディランが苦笑いする。
「どうせ一目惚れしてたくせによく言うぜ」
「う……うるさいな。僕はただツバキのためにだな」
どうやらここに味方はいなかったらしい。俺は周囲を見回す。
お姫様を迎えに来ましたと言わんばかりの笑顔を浮かべるソラ。
底知れぬ想いを瞳に宿して見返してくるディラン。
常には無いような熱っぽい眼差しと微笑を浮かべるカーライル。
ちょっと照れたように斜に構えながらも、ごく普通の事であるかのように好意を向けてきているグレン。
俺はとりあえず精一杯の抵抗として、大きく息を吸って一喝。
「寄るなホモ野郎どもめ、俺はノーマルだ!」
「聖女さま!? どうかなさいましたか!?」
騒ぎを聞きつけて飛び込んできた侍女のお姉さんを皆で誤魔化しながら思う。
いや、やっぱり男は生理的に無理だろう。
ソラに触られて気持ち悪くならなかったのは、たぶん勢いについていけなくて現実感がなかったからだ。次も平気とは限らんぞ。むしろ思い出してから泣くかもしれん。
……俺が女の子なんて、ありえない。
心や魂に性別はあるのか。もちろんソラとツバキ、どちらの主張が正しいとも限らないです。それでも一行が選んだのはソラを信じてみる道。
乙女ゲーのような物語が始まるかもしれません。
基本的にはキャラのイメージに任せて一人歩きさせてるような書き方なので自分でもどうなるかは分かりません。




