幕間(3) ブラックリンクスの眼
カーライルの過去と彼から見たツバキやソラ。皆微妙に見えてるものが違い、どうすればいいか各々が悩んでいます。
高地が多く農業が発展している国で、俺は普通の農家の長男として生を受けた。
両親には愛されて育ったし、妹二人と弟が一人いたが関係は良好。口下手な自分でも弟妹の面倒を見るときは饒舌になるなどと、友人たちに笑われる事もしばしばだ。
なんでも余所で暮らす人たちにとって、俺たちの住む村は空気が薄くて寒いらしい。そういう環境だからこそ育てるのに向いてる作物を作るのが家の仕事だった。
生憎と女性には怖がられることが多いので嫁を娶るのはまだ先の事になりそうだが、男友達からは信頼されていたと思う。そんな平凡な人生。俺は故郷を出ることなく村の中で平和に一生を終えるのだと思っていた。
だが数年前から魔族との戦争が激化し、その影響はちっぽけな俺たちの村にまで伝播した。
天然の要塞染みた地形の多いお国柄のおかげか、周辺国との争いなどほとんど歴史にない。それ故に兵力と呼ばれるものは少なく農産業ばかり発展していた我が国は、魔族との戦争に支援する内容として物資を融通することに決めた。
国連に加盟しているなら人族の危機に団結して尽力するのは当然だ。だが、実際には兵を出さない我が国の立場はやや悪く、結果としてかなりギリギリまで搾り取られることとなった。
それでも国王の手腕はかなりのものだったらしく、税の引き上げなどはあっても民の生活が崩れるほどにはならなかった。表向きは。
国王の腕は見事だったのだろうが、各地の領主はピンキリだったのだ。細かな調整に意識を割いていた国から隠れるように、領民相手に無理な税や年貢を納めさせる者が出てきた。
まあ領主だ貴族だと言っても所詮は人間だったのだ。今までの生活水準から下がってしまったのに我慢できず、国に捧げて足りなくなった分はもっと民から搾取すればいいと単純に考えたのだ。
そんなわけで、我らが領主さまも阿呆なクズだったというわけだ。
日に日にやせ細っていく友人や家族、村の連中。俺と友人たちは数か月もかけて決意した。
領主と取引する商人の馬車を襲ったのは、俺と幼馴染に力自慢の男衆が合わせて二十人程度。一度目はあっさりと誰も傷つかず、二度目は怪我人を双方に出し、三度目は大怪我をして逃げ帰った。
それでも得られた成果で食料を買って帰れば村の人間が飢える事は無かった。
全員が覆面などで正体を隠してはいたが、相手の警戒レベルが明確に上がってきていた。それ以降は盗賊団員は家族の元を離れ洞窟で過ごすようになった。
昔から身軽で喧嘩の腕っぷしも人一倍だった俺は、リーダーとして皆を率いて戦い続けた。だが、冷静な部分では分かっていた。領主が本腰入れて殺しに来れば長くは持たないし、きっとそれまでに国の情勢がよくなることは無い。
きっと一時しのぎにしかならないのに、俺は友人や家族同然だった村の男たちを死地に誘ってしまったのだ。
それでも俺たちは止まれなかった。止まれないところまで来てしまっていた。
それから半年ほど経って気付いた。意外な事にと言うべきか、俺には才能があったらしい。盗賊のだ。
護衛を出し抜いて強襲を仕掛けたり、それとなく噂や情報を流して商人の動きを誘導したり、領主の調査網を上手く掻い潜るのも板についてきた。
拠点を何か所か用意して位置を気取られないように立ち回り、小規模な討伐隊は返り討ちにした。
いつしか顔を隠していた俺には髪の色と野獣染みた動きから黒大山猫と呼ばれ恐れられるようになっていた。
仲間たちが言うには目立たないように黒系の服装で固めてる上、短剣を両手に持って戦うさまも一因だろうとの事。親友には夜目が利いて観察眼が鋭いのもぴったりだと笑われた。
結局、俺は有名になりすぎて警戒されるため近隣の村へ食料を届ける役からは外れた。
家族に会えないのが寂しいとは思うが、元気にしていると聞くだけで報われた気がした。
それでもやはり、終わりは来る。俺にとっての終わりは明け方の空だった。
俺の人生を決定的に変える一度目の転機。
夜明け前に拠点へ攻めてきたソラと名乗る勇者。見上げた空と同じ色の瞳、同じ色の髪。まるで俺に下された天罰のように圧倒的な強さで仲間たちを倒し、それでも誰一人として殺さなかった。
俺を処刑するのはかまわない。だが、仲間たちは指示に従っただけだから助けてやってほしいと願えば、ソラは全てを見通す瞳で見つめ返してきた。
リンクスの眼だ。俺のような紛い物ではなく、真に本質を見透かす眼光。
そこからは自分でも信じられないほどあっさりと事態が解決した。ソラは俺を信用すると言って領主の悪事を調べ上げてから国に直訴した。
俺を無罪放免にできなかった事を申し訳なさそうにしていたが、死ぬ予定だったのに条件付きの国外追放で済んだのだ。破格の待遇なんてレベルじゃない。
だから、俺はソラに命を預けることにした。
そして、二度目の転機はきっと聖女だ。
俺はソラとの旅路が無事に済むとは欠片も考えていなかった。救われた命を返す瞬間が確実に来るだろうという予感があった。昔から死の予感にだけは敏感だった気がするが、それが少しずつ迫っているのを冷静に理解していた。
ソラには決して言わない。甘いこいつの事だ、俺のために悩み苦しむだろう。もしかしたら道を曲げてしまうかもしれない。
だが、聖女に会ってから死の予感は急速に遠のいた。
最初に会った時の印象は、自分でも驚いたことに理想の女だった。素朴な村娘のように清純で底知れぬ母性や包容力を感じさせる、その上で意図せず男を誘うような危うい色香を放っている。この女が手に入るなら己の心を捧げていいと思ってしまうような。
グレンやソラも同じような印象を受けたのか一様に息を呑んだ。俺はかろうじて聖女を護衛するディランが放つ敵意で正気を取り戻したが、数日経ってもツバキの匂い立つ色香は頭から離れなかった。
それから数日は見た目を裏切るような言動と実力で振り回され、すっかりツバキのペースになってしまっていた。年上だけあってこちらを引率するように常に動いてくれる。
その強さと知識は心強く、俺たちの生存率は確実に高まった。
だけど、次第に違和感が増していく。まるで弟妹を見ていた時のような不安な気持ち。どこか危なっかしいのだ。
壁一枚隔てた世界に生きているというか、地に足がついていないというか。
そして別の違和感も。本人は過去の話をして男だと告げたが、ソラが最初から女性として見ていたのだ。
まだそこまで長い付き合いではないが、ソラが本質を見る目と言うのは正直に言えば異常だ。それがツバキを女性として見ている。
おまけに、女扱いするなと言われてからも変わらないのだ。もしかしたらツバキは男勝りな女の子という人格なのかもしれない。
ディランにそれとなく過去の話を聞けば、男にしては細やかな気配りに芯の強さ。ずっと傍にいた人間でも気付かなかった本質、そこにツバキが抱えた危うい心の闇を払う鍵があるのでは無いかと思う。
そんな折、ついに訪れた危険。末の弟を思い出させるような少年を庇って得た情報から、飛竜の霊峰に向かった俺たちの前に現れた魔将。
多くの場合に堅実な勇者が最終目標とする敵。魔王を狙うのは理由か自信のある勇者だけで、魔将を暗殺するのですら難しい。それが、実際に目の前にいた。
闘いはこちらの分が悪く、死が近づく感覚は強い。ワイバーンの鳴き声より大きく頭の中で響く警鐘は、すでに臨界点に近く煩かった。
それがピタリと止んだとき、ツバキはまた危うい雰囲気を増していた。
死の気配は一切ないのに、勝てるのかは全く見通せない決闘。もしツバキが死にはしないとして、魔王の元へ連れて行かれたらどうなるのか。
ツバキは自分が男を狂わせる存在だという自覚がない。悪い想像が頭を過る。
ソラも俺と同じ気持ちだったのか意地を見せて辛くも勝利を拾った。
だが、これは時間の問題かもしれない。無意識でだろうが周囲の支えを拒み危険に踏み込んでいくツバキ。
行きつく先は不幸な結末だ。止めなければいけないのだが俺にはツバキの本質が見えてこない。ならば、ソラの眼に見てもらうしかないのだ。
俺は少しでもソラとツバキの距離が縮まるように釘を刺しておく。きっと二人とも心の深いところでは、心の闇に触れる必要性に気付いている。
だから、俺は自分の不甲斐なさに歯噛みしながらもソラなら解決できると、そうツバキに伝えた。
だというのに、その翌日にまた危ないことを独断でしていた。
溜息を吐く事も出来ない。重症だ。これはもうソラから強烈に押すしかない。
自分たちより強いツバキに頭を下げて同行を願ったせいか、あまり強く出られず従ってしまいがちだが、仲間ならぶつからねばならない時もある。
ソラも気付いて覚悟を決めたのか真剣な表情で呟く。
『まったく……次に心配させたらキスでもしてやろうかと考えてしまうよ』
どういうことだ? ソラに見えているものが分からなくなって俺はますますモヤモヤすることになった。
それぞれのキャラが勇者さま御一行に参加する前の武勇伝とかも書きたいですね。でも本編も進めたい。時間がいくらあっても足りないくらい書きたい事も書かなきゃいけないことも有って困ります。




