幕間(2) 魔王と龍と、龍使いな魔将
別視点幕間第二弾。その後のヘイとイン。
先代の魔王と比べれば質素すぎる王城の廊下を歩き、インと共に謁見の間に入る。
インが扉を閉め、俺と二人で一礼し跪いた。
玉座に腰掛けて物憂げな表情で視線を宙にやっていた魔王さまが、こちらに焦点を合わせる。
人族に比べて体に恵まれない魔族の中でも一際華奢で色白な体躯。艶やかな金髪に怜悧な印象を与える目鼻立ちだが、その赤い瞳だけは優しげな色を宿している。魔王城の女官や周辺貴族令嬢たちが騒ぐのも頷ける、まさに美貌の貴公子といった青年こそが親愛なる二十一代目魔王である。
魔族の王は十年経過するか魔王が死去した場合に選出され、その基準は単純に実力だ。その時に一番強い魔族が魔王として全国民の信仰を受ける。結果として魔族からの信仰によって半神化し、神力を纏わぬ雑兵からの攻撃全てを無効化する最強の存在となる。
人族の十分の一に満たない数しかいない魔族が世界の覇権を争えるのは、魔術に優れるからだけでなく魔王という規格外の守護者が存在するからだ。
そして今代の魔王――セラ・デウス・エクス・マキナ様は九年前に十六歳の若さで先代の魔王を討ち破った。これは異例の事態だった。
なにせ十年ごとに魔王選抜をするとはいえ、神力で魔力や身体能力を引き上げられている現役の魔王を本当に降したのだ。歴史書にも前例が三度しかなく、その三回は国民からの信頼を失った魔王の末路であって、先代はきちんと信仰されていた。
なので、選抜戦に名乗り出たのは当時の血気盛んな魔将ひとりと、魔将参謀であるリガルト殿に推薦されたセラ様の二人だけだった。
セラ様は当時の魔将で最強だった男を優しく一太刀で切り倒し、その場にいた全員に恐れられた。その際に得た僅かな信仰のみで魔王を倒して見せた。
セラ様の規格外ぶりはまさに神話のごとく、難攻不落と言われたディオールを一夜にして制圧しただけでなく、単独で成体の龍を二匹まとめて討ち取ったなどの伝説を残している。
その生ける伝説にして敬愛する主が、微笑を浮かべて手招きする。
「ヘイ、イン、よく来てくれました。リガルトから報告は受けていましたが、改めて無事な姿を見れて安心しました」
「もったいないお言葉でございます。デウス・エクス・マキナ陛下。このたびの醜態の罰はいかようにも受ける所存です」
インと二人で平身低頭すると、セラ様が微かな怒気を発する。
玉座から立ち上がり大股で近付いてくると俺たちの前でしゃがんで頭を掴んでくる。
「やめてください。今日は周囲に誰もいませんので無礼を咎める者もいませんし、私の名はセラです。デウス・エクス・マキナなどとただの立場で呼ばれては不快ですよ」
そう言って困ったような苦笑を見せながら、俺とインの頭を恐ろしいほどの怪力で持ち上げて立たせる。
もちろん本来の細腕で出来る芸当ではないのだが、セラ様は息をするように信じられないほど強力な身体強化魔術を無詠唱で発動している。なにせ、それ以外の魔術も武術も無くこの立場に至ったのだから異常性も知れるだろう。
インが少しだけ怯えた表情を浮かべる。まあ幼龍であるインには同族の成龍を屠ったセラ様の力が恐ろしいのだろう。
それを見て少しだけ悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしてこちらに背を向ける。玉座まで戻って再度、こちらに手招きをして見せる。
「私は貴方たちの人柄や実力を信頼しています。罰を与えるつもりもありませんし、生きていてくれたことを素直に喜ばせてください。多くの民も貴方たちに恩があることを理解しています。イン、怖がらせてしまったお詫びにケーキをどうぞ。さあヘイも」
「……ごめんなさいセラ様」
「申し訳ありません、セラ様。ですが、俺は……」
「いいから」
なるほど、見てみれば玉座の近くには場違いなティーテーブルと二人分のお茶。セラ様は貧民の出だったからか貴賤の区別が本当に無い。この紅茶もきっと侍女たちが止めるのも聞かずご自分で用意したのだろう。
俺はインと共に席に着くと、セラ様が満足げに頷く。
「貴方たちは一応、今回の責任を取って魔将の立場を剥奪されます。報告では意思疎通可能な相手を殺害不可能になったらしいですが、知能の低い魔獣などから民を守るのなら可能なのですよね? もし嫌気がさしていないなら、これからも力を貸してください」
「はい、魔力誓約の条文ではそのように。もしお許しいただけるなら微力ながら役立てていただきたく思います」
立ち上がって深々と頭を下げるとセラ様が軽く手を振って座るように促す。
今は眦を下げている端正な顔立ちは、普段の無表情なら冷たく見えるが本当にこのお方は優しい。敵を傷付けることにすら罪悪感があるようにも見える。
「こちらがお願いしているのですけどね。あと、もっと砕けた口調で結構ですよ、私のコレはリガルトに口を酸っぱくして言われたせいで癖になってしまいましたが。ともあれ気になるのは……あ、食べながらでいいので教えてください。勇者と聖女はどんな人物でしたか? 誓約の内容に引っかかりがあるのですよね」
「いえ、俺もさすがにこれ以上の無礼は落ち着きませんので。それで、誓約の内容と言いますと?」
そろりとケーキを突き始めるインを横目に、小首を傾げるセラ様へ問い返す。
「そうですね、なぜ『人族』ではなく『意思疎通の可能な相手』なのかと思いまして」
「条文を簡略化するためにこちらが勝った場合との兼用にしただけでは?」
「そんなに横着で浅はかそうな相手でしたか?」
否。それは無いか。たしかにあまり気にしていなかったが強かな聖女にしては妙だ。だが、殺害できない範囲を広げてどう利用できるだろうか。
龍を従えるならばそれもまた有効かもしれない。しかし、龍は基本的に人族にも魔族にも肩入れはしていない。魔族のスパイでも放っているという事か? それなら俺だけが殺したり死ぬように誘導したりはできないとしても、他の者が気付けば終わりだから関係なかろう。
「提案した聖女は強かで一筋縄ではいかない相手でした。ですが、狙いは分かりませんね。自分自身を賭け金にしてしまう無謀とも言えるな大胆さ。勝負のあとに俺やインを治療する武人としての気高さ……聖女と呼ばせておくには惜しい戦士でした」
「……治療。そうですか。もしかしたら聖女は……いえ、ますます欲しくなりましたね。勇者はどうでしたか。私を殺せるくらい強かったですか?」
セラ様が聖女の事を聞いて何か一瞬だけ考え込むが、すぐに気を取り直したように勇者について言及する。
聖女を脅迫して癒しの奇跡を魔族のために使わせたいとは以前から言っていたが、何か別の事も考え付いたのかもしれない。あと勇者について気になるのは分かるが、最後の不穏な発言は他の魔将には絶対に聞かせないでいただきたい。
「負け惜しみのように聞こえてしまうでしょうが、まだ俺より弱いかと。しかし、その爆発力と得体の知れなさは計り知れません。魔術の才も異質な部分がありましたし、油断は禁物かと思います」
「へぇ、まあセルキアの三王には深手を負わされたし勇者の危険性は理解していますよ。勇者ソラ・ディオール……きっと父の仇である私を恨んでいる事でしょうね」
「セラ様……どうか俺たち魔族の罪をお一人で背負わないでください」
儚いセラ様の表情は、その優しさと魔王としての使命で板挟みにされて苦しそうに見える。
だからこそ今回の無理な作戦には内心で首を傾げている。たとえ成功しても犠牲は今以上に増えていたであろう侵攻作戦。もちろん、その結果として戦争の決着はかなり早まるだろうが……セラ様には深いお考えがあるのだろう。
この方を俺は信頼している。絶対に魔族のためにならない選択はしないだろう。
だからこそ、きっと多くの命を左右する自分の立場に重圧を感じているであろうセラ様を、少しでも支えて差し上げたい。
俺は立ち上がって玉座の正面まで歩み寄る。無礼を承知で微かに俯き震えているセラ様の手を握り、跪いた。
セラ様は少し驚いた様子で目を丸くしていたが、婦女子に人気があるという優しい笑みを浮かべて頷く。
「ありがとうヘイ。大丈夫です。時間はありますからもう少し勇者たちの話を聞かせてください」
「はい、では順を追ってお聞かせしましょう」
謁見の間を辞した後、廊下を歩きながら不機嫌そうなインにどうしたのかと問う。
横を歩くインは拗ねた時のジト目でこちらを一瞥した後、ぼそぼそと呟くように言う。
「ヘイとセラ様の距離が近すぎる。なんでセラ様は……なんでもない」
「そうだな。もう少しお立場に相応しい威厳を大切にしていただきたいところだが、臣下にも砕けた態度なのはやはり魔王という立場が重すぎるのかもしれないな。どうにかお心の荷を軽くして差し上げたいのだが……早く横で支えられるほどのご令嬢でも娶られればよいのだろうが、どうにも女性に対しては奥手なところもあるしな」
「……そうじゃない」
「む、と言うと?」
「……いい。ヘイは一生気付かない」
それだけ言うと早足になるイン。この子は時々こういう感じだ。龍の成長は数十年から百数十年かかるので子どもっぽい期間が長いのは仕方ないのだろうが、俺が死んだあとが心配になってしまうな。
「何を怒っているんだイン。セラ様に何か他に問題でもあるのか?」
「……ヘイは問題外」
デウス・エクス・マキナは魔王が継承する名前です。つまり魔王に求められるのは超戦力による窮状の打開というわけですね。
ヘイはアラフォー渋めナイスガイ。魔国内では男女問わず人気な、天然たらし魔将(魔性)の男。




