武王と勇者と、聖女な俺
「陛下、ご無沙汰しております」
「ソラよ、堅苦しいのは止めよう。……大きくなったな。父親の若い頃にそっくりだ」
なんともまあ、身長二メートルを超すであろう筋肉の塊のようなこの巨漢が武王さまらしい。
横に控える近衛騎士団長もかなりの体格だが、それが小さく見える。
いいなぁ。俺もあれくらいデカかったら今頃は聖女じゃなく聖人さまって呼ばれてたろう。戦闘の幅も広がるだろうし。
というか、さすが自ら進んで戦場に立つ変人という評判だけあって、武王の所作は完全に武人のそれだな。間違いなく強い。
武王は膝を突いて畏まるソラを見るなり、髭面をくしゃりと歪めてソラを手招きすると親しげに抱擁を交わす。
ちなみに俺たちは勇者の従者みたいな立場になるので後ろに控えたままだ。俺の正体を明かせば国賓みたいな対応も望めるかもしれないが、面倒なので今はソラ任せだ。
「風の噂で勇者になったと聞いていたが、よもやこんなに早く戻ってこようとはな。お前を西に逃がした時は魔族の侵攻に耐えられるか分からなかったが、今は拮抗しておる。ディオールへ潜入するつもりならここで英気を養っていくがよい」
「ありがたきお言葉。ですが、今日ここに参上いたしましたのは今賢王国への侵攻を行ってる魔族軍に関してです」
武王は眉根を寄せて頷く。
「やはり聞き及んでいたか。不甲斐ないばかりだが、相手の次の手を読めないでいる」
「そのお心を晴らせるかと思います――」
というわけで、ソラがかいつまんで今までの流れを話すと、武王が破顔する。あー、ていうか面倒だからソラに任せたのに、俺の機転がどうのとかやめろ。嘘は吐けない誓約つきで謁見してるとはいえ余計なことは喋らない方が楽なのに。
「なんと、そなたが音に聞く慈愛の聖女殿であったか。ソラが世話になっているだけでなく深い知略で我が国の危機を救ってくれたこと、感謝する」
「とんでもございません。私は身に余る名で呼ばれはしますがただの村娘、武王さまに頭を下げられては困ってしまいますわ。すべてはソラさまのお力あってのことでございます」
「なんと謙虚な。ソラはよき仲間を得たようだな。……おい大臣、ソラたちの武勲を詩人に書かせよ。これは苦しい戦いを生き延びた我が国民の心に火を灯してくれるだろう」
おお、これは狙い以上にソラへの信仰が稼げそうだな。そして、実力主義の噂通り武王は身分とかを気にしない性質らしい。
俺たちはとりあえず明日になったら功績を称えられて、国民の前で恩賞を渡されるらしいので、今日の所は城に滞在してほしいとの事。
霊峰を出てから三日、けっこう急ぎ足で来たし野宿が続いたから皆も疲れているだろう。お言葉に甘えて今日はゆっくり休ませてもらおう。
あ、でも王城の客室なんて豪華そうな場所だと落ち着かないかな? まあ一度くらいは経験しても罰は当たるまい。
「ツバキ」
「どうしました? カーライル」
見たことないような豪華な晩餐を付け焼刃のマナーで頂いて、肩をほぐしながら自室に戻る途中、珍しくカーライルから声をかけてくる。
ちなみに王城内は大きいけど装飾の少ない、質実剛健を絵に描いたような雰囲気だった。
何かあったかなと首を傾げると、少し言葉に迷った様子で口を開く。
「ソラはきちんとツバキを見ている。もう少し歩み寄ってやれ。俺やグレンにはまだツバキがちゃんと見えていないかもしれないが、ソラには見えているはずだ」
一瞬なんのことかと思ったが、俺とソラの言い合いを気にしてたらしい。
俺を見ている、か。そういえば、雨の日に話した時……俺は確かに聖女じゃない部分を見てくれそうなソラを信じてもいいんじゃないかと思った気がする。
『そんな生き方を続けてきたツバキが言うのなら、それはよくない道なのだろうね。でも、それならツバキだって……』
『お人好しめ。まあ別に仲間を心配するのは不健全じゃないさ。俺は自分では癒せないほど傷を重ねてしまったが、聖女じゃない俺を見たお前たちが、俺を心配してくれる分には有り難く受け取るさ』
ああ、確かに心配されたら受け入れると答えたのに、先日はつい逃げてしまった。ということは、俺は少し反省するべきらしい。
「カーライルも心配してくれたのですか?」
「……当然だ」
恐る恐る聞く俺に、憮然とした表情のカーライル。こいつが思いっきり表情に出すんだから余程のことだろうな。
ディランも自分を大切にしろって言ってたか。
あの時そんなつもりはなかったのだけど、仲間が死ぬ可能性を前に俺は焦っていたのか。もう少しいい手もあったのかもしれない。
「ん、気を遣わせてしまいましたね。次からは気をつけます」
「……そうしてくれ」
それだけ言うと踵を返して去って行く。
むぅ、俺もまだまだだな。でも、自分を大切にってどんな感じだ?
今でも充分に自分のために生きてるし、誰かのためって動機で考えてるわけでもない。
上手く頭が働かない。俺は宛がわれた自室に入って髪を梳きながら考える。
心配されるのはちょっと嬉しい。でもなぁ、聖女じゃない俺ってなんだろう。自分でも最近はよく分からないな。
女の身嗜みや振る舞いも板についてきた。これに関しては根気強く教え込んでくれたメアリー嬢に感謝か。感謝していいのか?
信仰のためとはいえ理想の聖女を演じるうちに、俺は変わってしまっていないだろうか。ソラが見ている俺は昔と同じなのか?
あいつは昔の俺を知らない。
自分を見失ってしまっている気がして、膝を抱えてベッドに横たわる。広い部屋が不安を煽る。
考えないようにしていたこと。
やっぱりまだ考えたくない。
今はとりあえず、皆が心配するから不安にさせないような立ち回りに気をつける。それだけでいいか。
明日からはまた強行軍だ。ディオールの魔族が混乱状態にある今のうちに、山を越えてディオールに潜入したいよな。
正面から軍隊とやりあえば俺たちがいくら強くても逃亡すら危うい。なら隙のあるうちに隠密行動するに限る。
問題は聖剣の封印場所がディオールの王城ってことか。侵入経路はソラに土地勘があるから任せられるとしても、ある程度の陽動とかも考えなきゃいけないな。
そして一番の懸案事項は『剣の魔女』か。剣魔将の娘で、魔王に次ぐ単独戦闘能力って評判だ。ディオールが規模の割に奪還できてないのは間違いなくヘイと魔女のせいだろうな。
龍使いはずっと表には出てなかったから、実質は剣の魔女が支えていたという事だ。
地形の都合上、ディオールを巡る攻防は少人数での戦闘が多い。それも魔将の驚異的な戦闘力が猛威を振るう原因だな。
封印の解除はソラしかできないから本命はソラとグレンにディランで、俺とカーライルは陽動や工作。その上で、できれば剣の魔女は俺が抑えておきたいよな。
ちょっと話してみたいっていうのもあるしな。
でも、また怒られるかな。
男なんだから守ってもらう必要はない。でも心配させるのはダメなんだろう?
ワケわからなくなってきた。
勇者さま御一行は俺の生存能力を甘く見てるんじゃなかろうか。
それともやっぱり俺の事を女だと思っているのか?
ふくよかに育ってしまった胸に手を当ててため息を吐く。
ダメだ。なんかこのまま考え続けてたら変になりそうだ。さっき考えるのをやめたはずなのに……。
俺は結局、作戦とか自分の心とか、ソラたちの気持ちをグルグルと明け方くらいまで考えていた。




