ファーストコンタクト
太陽が真上に鎮座する頃、診療室の机で他の医師――当然と言っていいものか分からないけど全員が熱心な聖女教信者だ。の書いた診断書を眺めながら、今後のことを考える。
多くの命を救ってきた。結果として俺を慕う人の数は増えに増えて、ただの信者ではなく手伝いを名乗り出る者が後を絶たなかった。
いくら金を積んでも治らなかった病を癒された商人が、薬品や食料の管理を。
医者にかかる金すら無かった若者たちが、俺の助手や医師に。
暴力でしか糧を得られなかった元ゴロツキたちが警備員に。
このティエル村で太陽神を祀っていたはずの司祭様が、いつの間にか聖女教の大司教に。
みんな自分から言い出してくれたことで、俺は人に迷惑をかけるなよとだけ言い含めて好きにさせてきた。
今となってはティエル村には何故か俺の診療所の別棟として十軒の建物が並び。連日のように難病を抱えていたり金のない病人が押しかけている。
もちろん俺一人で全員を診られるわけもなく、他の医師では難しい場合は俺か副所長のメアリー嬢、または聖女教の司祭たちの所へ回されて治療されていく。
そんなわけで、今の仕事と言えば隠れて悪事を働いてるお手伝いさんを窘めたり、重症な者を癒すだけだ。
まあ、それも他の人に任せて大丈夫なレベルにまで来ている。
「時間を持て余すならいっそ傭兵業を再開して資金調達するべきか」
寄付金はけっこう集まってくるけど、それはあくまで信者が善意で出してくれてるだけだから頼り切りもよくない。
「いけませんわ。聖女さまが戦場になど行こうとすれば、何も知らない信者の方が卒倒してしまいます。そもそも、聖女様は人を害する事なんて出来ないでしょう?」
考えを口に出していたせいか、隣で診断書を整理していたメアリーがダメ出しをしてくる。
短く揃えた金髪に切れ長の目、ちょっと怜悧な印象を与える外見のメアリー。長い付き合いだしいい人なのは分かっているのだが……。
「俺を女の子あつかいするのはやめてくれメアリー嬢。俺の心配よりも三十路まで五年を切った自分の将来の心配をしたらどうだ?」
「大丈夫ですよ。男に興味ないからずっと聖女さまと一緒にいますわ」
彼女は女の子としての俺が好きらしい。
「俺を男として見てくれるなら生涯の伴侶になってくれてもいいんだがね」
「無理ですわ、可愛すぎて」
「あっそう」
本当は男の尊厳にかけてガツンと言って聞かせるべきなのだろうが、恩があるし三つ年上なのでどうにも強く出れない。
ため息を吐いてまた思考の海を漂いかけたところで、ディランの足音が玄関からこちらに向かってくる。
聖女の肉体に変化してから筋力はだいぶ落ちてしまったが、感覚は鈍っていないので遠い足音だけでも知り合いなら判別できる。いつでも現場復帰できるな。
「アニキ、勇者さま御一行が面会をご希望だとさ、どうする?」
ちょっと乱暴に扉を開いて、七つ年下の弟分であるディランが部屋に入ってくる。
昔は俺にオシメ取り換えてもらってピーピー泣いてたのに、今じゃ身長百八十過ぎのがっしりした体。ブラウンのぼさぼさ頭とちょっと愛嬌のある顔つきで村のお姉さま方に人気者だ。
お前本当に十五歳か、その男らしさを半分でいいから俺に分けてくれ。
「古いんだからドアは静かに開けろと言ってるだろうディラン。あとお前ちょっと汗臭いぞ、ちゃんと水浴びしてるのか?」
とりあえずお決まりの小言を返すと、ディランは少しばかり顔を赤らめて頭を掻く。なんだ、まだ可愛いとこ残ってんじゃないか少年。
「う……今ちょっと訓練中だったんだから仕方ないだろぉ。あと、ドアの事は忘れてた、ゴメン」
「まあいいや、それで勇者さまねぇ。最近になって話題に出た隣国の御一行か? 確か魔族との戦争で滅んだ小国の王子だとかっていう」
勇者というのは国家連合体から推薦を受けた高い魔術と武術の実力を持つ人間で、魔族との戦争中の人類にとっては切り札的な存在である。
たしか現在の勇者は六人かそこらだったろうか。
勇者なんて字面だと聞こえはいいが、魔王や魔将とかに差し向けるゲリラ部隊か暗殺部隊のリーダーといった存在だよな。
最近この辺に滞在してたのは、その六パーティでは一組だけだったはずだ。
「なんだアニキ、知ってたのかよ。あの勇者、ソラとか名乗ってたけど噂通り強そうだったぜ」
「ふぅん。んで、連れが怪我でもしたとかか? あ、いいや。とりあえず会ってみるから案内してやってくれ。悪いけどメアリー嬢、人払いと午後の仕事任せていいか?」
ちょうど診断書の整理を終えて伸びをしていたメアリーに頼むと、かまいませんわ、と請け負ってくれる。
「放っておくと寝ずに働き続ける聖女さまの負担が減るならいくらでも。あ、でもご注意を聖女さま。ソラって勇者、噂だとイケメンらしいので一目惚れとかしないように……」
「はいはい、もう行ってくれ」
ちょっと有り難い言葉の直後に連なってきたありがた迷惑な忠告を手を振って払い除けて、俺は余所行きの穏やかな微笑を顔に貼り付けてからディランを促す。
「ではディラン。申し訳ありませんが勇者さま方を案内して差し上げて」
「あいよアニk――いやさ、聖女さま」
俺は基本的に公私をしっかり分ける。聖女としてしっかり振る舞えば信仰心が集まり、その神聖力は俺と司祭たちの治癒の奇跡を高めてくれる。
助かる人が増えるなら演技くらいどうということはない。
笑顔で送り出したディランが三人の男たちを連れてすぐに戻ってくる。
十八歳くらいで暗い空を溶かしたような藍色の髪と瞳が印象的な、優しげな顔立ちの少年。動きやすそうな服に隠れた引き締まった体と足運びは武術を高いレベルで修めている事を窺わせる。
同じく十八歳くらいの神経質そうな赤髪ツンツン頭とメガネが特徴の少年。瞳と同じ茶色のローブに身を包んでおり、いかにも魔術師といった体格だ。
そしてさらりとした黒髪に黒瞳の二十歳くらいの若者。均整のとれた顔と体には細かな傷が多く、山猫のようにしなやかな逞しさを匂わせる。
試合で強いのはメガネ、騎士に向いてそうなのは青髪、戦場で一番役に立つのは黒髪だな。
「聖女さま、勇者さまをお連れしましたよっと」
「「「失礼します」」」
「ありがとうございますディラン。さあ狭いところで申し訳ありませんが椅子にお掛けになってください皆様」
努めてお淑やかに声をかけると、三人ともこちらをまじまじと見て動きを止めていた。おい見惚れてんじゃねえだろうな餓鬼ども。
まあ経験上、不本意ながら俺が美人に見えるのは理解してるので対処法も分かっている。
信者の理想が混ざった肉体は、俺の母をさらに美しくしたような姿だ。
仕方ないので、さも困惑したような表情で上目遣いに問う。
「あの……どうかなさいましたか?」
ディランがそれに合わせて笑いを堪えつつ咳払いをすると、勇者さま御一行が再起動を果たす。
「し、失礼しました。その……聖女さまがあまりにも美しかったもので。私は勇者ソラ・ディオールと申します。この二人は私の仲間で――」
青髪の勇者が慌てて自己紹介をすると、横の二人を指し示す。
勇者よりも一瞬早く立ち直っていた黒髪が冷静に一礼。
「――すまない。俺はカーライル。このパーティで斥候の役割を務めている」
それからメガネが顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに続く。
「ぼ、僕はっ……グレン。魔術師だ」
おいおい大丈夫か勇者さま御一行。勇者は余計な一言を吐くし、メガネは耐性無さすぎだし、まあカーライルって男はマシかねぇ。
「まあ、ソラ様はお世辞がお上手なのですね。私は恥ずかしながら世間で聖女などと身の丈に合わない呼ばれ方をされておりますが、この村で普通に診療所を営んでおります医師、ツバキと申します」
俺は内心で盛大にため息を吐いた。
短くて申し訳ありません。次も早めに書けるよう頑張ります。
次で勇者PTに参加してその次くらいで旅立ちますので冒険を心待ちにしてくださってる方は今しばらくお待ちください。