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幕間(1) ディランの気持ち

 オレは両親の顔を知らない。オレを育ててくれたのは、拾ってくれた傭兵団の輜重(しちょう)部隊長であるカーナ(ねえ)さんと、アニキだった。

 カーナ(ねえ)さんもアニキも子育ての経験がなかった。それでも周囲の野郎連中が不器用すぎてヤバイってんで、必死になって育児の勉強しながら面倒を見てくれたらしい。

 二人ともオレをちゃんと家族みたいに見てくれていた。それでもオレはなんとなく、居場所がないような気がしていたんだ。

 ぼんやりとこのまま傭兵になって、漠然(ばくぜん)とした目標を探しながら生きて、そこそこの若さで死ぬと思っていた。

 だから最初にアニキの親父さんが死んだと聞いて、副団長と一緒に様子を見に行くとなった時は……まあアニキはそのうち帰ってくるだろうし、そっとしておけばいいのになんて思っていた。

 でも、軽く考えていたオレはまるで人形みたいになっていたアニキを見てしまった。

 その瞬間に、初めて家族というものが理解できた。オレはこの人がいないとダメなんだと気付いてしまった。

 そこからは副団長に頼み込み、アニキの祖父母だという老夫婦を説得してもらった。どうにか一緒に暮らす許可をもらってからがもっと大変だった。

 アニキと暮らし始めた最初の一ヶ月は、色々と遠慮しそうになっていたのだ。だけど、そんな事は言ってられない状態だった。なにせ、放っておくと本当に人形みたいなのだ。

 毎日マメに話しかけて、食事を口に少量ずつ与えて、体を()くのを手伝ってやって、言われたことをゆっくり実行するだけのアニキを見続けた一年は地獄みたいだった。

 でも、そこで(あきら)めたらオレは初めて出来た家族を失うのだと思った。

 一年後に庭の椿(つばき)を見ていたアニキが、ちょっと困惑(こんわく)したように首を(かし)げた。オレは(あわ)ててアニキの顔を(のぞ)き込んださ。

『ディラン? なんだかちょっと見ない間に大きくなったな』

 そう言って、いきなり頭を()でてきたとき、オレは火がついたみたいに泣いてしまった。

 あの一年の事はオレも、村の皆も口にしたがらない。怖かったんだ。

 心の死にそうになっていたアニキが、やっと(とうげ)を越えたのだからそれでいい。時間をかけて元通りになるんだって信じていた。

 なのに、オレは立ち直れそうになっていたアニキにトドメを刺してしまった。突然に蔓延(まんえん)した疫病(えきびょう)。倒れたオレを見た時のアニキの顔はまた人形になっていた。

 熱に浮かされて曖昧(あいまい)だった意識が元に戻った時、アニキはちょっと変わっていた。

 昔と同じようにしているけど、ふとした拍子(ひょうし)に人形になるのだ。でも、人形のまま動き続ける。

 人形は時間をかけて減っていって、代わりに聖女になった。親父さんを守れなかったと()やむあまりに心が死んでしまいそうだったアニキの、過剰(かじょう)すぎる優しさが()められた人形。

 それからまた時間をかけて、アニキと聖女は混ざっていった。

 そうやって今の形に収まった時には、体が女の子になっていた。

 またショックを受けてしまったんじゃないかと恐れていたけど、思っていたよりアニキは普通にしていた。

 そこからは少しずつ安定していった。

 それから四年。十四歳になったオレは困り切っていた。

 清純な少女のようでありながら、困ったような笑顔で他人からの無茶も引き受けてしまうアニキ。本人は自分を優しいと自覚していないのが困りものだ。

 仕方なく(そば)で周囲のちょっとエロい視線とか要求を防いでるうちに、逆にオレが意識しすぎるようになってしまった。

 村の男連中(いわ)く――押しに弱い未亡人、のような色気があるアニキをいつも見続けているのだ。年頃の男としては毒だ。

 こんな劣情(れつじょう)を向けるなんてと、しばらく悩んだのだが……悩みぬいてオレは恋を自覚するに至った。

 オレは多分、小さかった頃から兄としてではなく恋愛対象としてアニキが好きだったのだ。だって、よく考えたらカーナ(ねえ)さんへの想いと全然違うのだ。

 もちろんカーナ(ねえ)さんに何かあったらすっ飛んで行く。いつか恩を返して親孝行(おやこうこう)? してやりたいとも考えていたことに気づいた。

 でも、アニキの事は、触れていたいとか、守ってやりたいとか、笑顔を見たいとか、ずっとそんなことを考えていたのだ。

 一度目の自覚が人形になったアニキを見た時。その真意に気づいたのが十四歳の時だったわけだ。

 自覚してしまってからはもうダメだった。目が合わせられなくなり、声を聞くだけで震えてしまう。

 オレはついに眠れぬ夜、隣のベッドで眠るアニキに口づけをしようとして投げ飛ばされた。

 寝惚(ねぼ)けてるのか、と聞かれてオレは咄嗟(とっさ)に自分でもよく分からないことをまくし立てていた。

 正確になんて言ったかは覚えていないけど恥ずかしくて、好きだけは言えてない。ここぞとばかりに普段の無防備さを指摘(してき)して、我慢できなくなったのをアニキのせいにした事は記憶にある。

 そしたらちょっと気まずそうな顔と、少しして困ったような苦笑。皆の言う押しに弱い未亡人の顔だった。不覚にもゾクリとした。

『ごめん、俺が悪かった。俺もディランくらいの年にはしてたもんな。この体だと目の前で着替えたりしたらどうしてもそうなるか。はぁ……仕方ない、今日だけだぞ。明日からは俺も気を付けるから……おいで』

 そこからはもう(ひど)かった。翌日になってから童貞だったことを後悔した。

 いや、それとも好きな人を初めて抱くと、経験なんて関係なくああなっていただろうか。

 ともあれオレはその日、アニキが目を背けていた女の体になってしまった事実を突き付けてしまった。

 女になったのを気にしていなかったのではない。目を()らして逃げていたのだ。

 オレがその事に気づいたのは翌日、調子が悪いからと言ってベッドから出なかったアニキが静かに泣き続けていたのを見たからだ。

 きっと覚えていないだろうけど、うわ言のように『ごめんなさい』とか、『俺はツバキだ』とか。

 オレにとってアニキの性別は別に関係なかったのだけど、本人には親からもらった体が違うものになってしまったのが許せなかったらしい。

 それ以来、今まで笑顔で流していた身内からの女の子(あつか)いを嫌うようになり、男への警戒は少し上がった。

 オレは二度も傷つけてしまったことが許せなくて、自分の気持ちは後回しにする決意をした。

 中身を見ないで聖女を求める人間からの盾として生きる。

 いつかアニキが自分の変化に折り合いをつけれるまで、その時までオレの恋心は封印するのだ。

 オレは毎度のように地雷を踏んでばかりだから、心を癒すのは時間に任せるしかなさそうだけど、何十年だって見守ろう。

 いつかきっと気付いてくれる。その優しくて気高い心こそが貴方の家族が(のこ)したツバキという人間なのだと。器は変わっていっても、心だけは昔から同じだったと。

 そんな貴方が好きなのだと。





 ちなみに、自分の恋心を自覚する前に実はそれに気づいていた奴がいた。

 二年前にアニキが拾ってきた少女――アリスだ。

 なにせ紹介された時は(さぐ)るような目で視てきた上にそっけない挨拶。翌日に一人でいるところに近づいて来て警告をしていったのだ。

『今のところは貴方しかツバキを見ていない。安心した……けど、貴方は邪魔。絶対に渡さないから……』

 これである。まあ言われた時はよく分からなかった。でも、今思うにアリスは聖女じゃなくアニキに()れてる同類みたいで、それを一目で見抜いてライバル認定されたらしい。

 なのでオレも容赦(ようしゃ)はしない。でもまあ、それを差し引いてもアニキが自分の体を(ないがし)ろにするモチベーションを与えちまうから遠慮してもらいたい。

 アリスとのアレも、自分の体に起きた変化を受け入れる時間を遅らせてしまってる気がするのだ。

 それでもまあ日常をゆっくり重ねていけば癒されるはずなのに、またアニキは厄介ごとに突っ込んでいく。今度は勇者さまだぁ!?

 勇者さま御一行の初対面はなんというか、ああこいつら聖女に一目惚れしたろうという反応。

 なので容赦なく放り出そうと思っていたのに、なぜかアニキの方から同行するという。まあたしかに今の魔王はキナ臭い動きしてるがアニキが行かなくてもと思ってしまう。

 そんなこんなでオレとしては勇者さまが気に食わなかったんだが、なんだかこいつは(かん)がいいのか聖女に一目惚れしてたはずなのに、いつの間にかアニキにも惚れてる。

 しかも、その感覚の鋭さみたいなのでアニキの心を動かそうとしてる。自覚はないみたいだが、こいつは救いの手を伸ばしているのだ。

 そうなってくると話は別で、アニキにいい影響があるならソラは重要人物だ。どうやらオレも勇者ばかり見てソラを見てなかったんだろう。

 まあ、まだ聖女に鼻の下を伸ばすこともあるのでその時は遠慮なく蹴っ飛ばす。いい影響は期待してるけど、悪い影響はごめんだからな。

 ああでも、悔しいな。オレにもソラみたいな感覚があれば、地雷を踏まずにアニキの心へと手が伸ばせたのだろうに……。

 くそ、でも将来の恋愛だけは負けねぇぞ。聖女の呪いから解き放たれたアニキになら地雷を恐れず近付けるんだからな! それまでは(ゆず)ってやるよ。

 そんなわけで、アニキが魔将との決闘をすると言った時はチャンスだとも思った。

 アニキはまず負けない。こと戦いにおいては絶対の信頼がおける。

 そしてソラだ。こいつは実力だけならきっと負ける。

 オレはアニキほど強くない代わりに、どっちが強いかの鼻だけは()く。だからこそ断言できる。

 ソラは負ける。でもその事実を押し退()けるくらいアニキに()かれているなら、きっと風が吹き始める。

 あとは、ソラが手を伸ばしていることを自覚して、アニキがそれに気づけばいい。

 と思ってたんだが、なんで喧嘩してるかな。アニキが悪いのか、それとも踏み込みの浅いソラが悪いのか。最初の一歩にすらもう少し時間がかかるみたいだ。

 あーもう。いっそアニキを見始めているグレンとカーライルも()き付けてみるか?

 本当は急がなくてもよかったはずなのに、こいつらの旅に巻き込まれたせいで今のまま行けばアニキがどうなってしまうやら……。オレって頭悪いのにこんなに考え事ばっかりしてたらハゲそうだな。

年齢の割に思慮深いディラン。その思考の9割はツバキに割かれているので、周りからはただの脳筋だと思われています。実はツバキ本人より心の傷を正確に把握しているので、いつもやきもき。

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