生意気な勇者と、心
「そちらから追い打ちはしないという誓約ではあったが、あのまま放置すれば死んでいたはずだ。……なぜ俺を助けた」
「貴方にはまだすべきことがあるでしょう。確かに魔族側が計画の失敗を知らなければ、引き際を気付けずに総崩れの可能性は高いです。ですが、死兵の恐ろしさは知っているつもりです。ディオールを取り戻すのはセルキアの人々の悲願かもしれませんが、私にとってはそのために亡くなる兵の命ほど大切ではありません」
ソラさんには申し訳ありませんが、と最後に締めてドヤ顔でヘイを見つめ返してやる。さすがに俺が魔族にも死んでほしくないなんて言い出したら、弱点として利用されかねないから本音は半分隠す。
「ふん、慈愛の聖女か……噂以上にいい女だったか。人族でなければ求婚したいくらいだ」
ヘイが顔をしかめて嫌味たっぷりに負け惜しみを言う。俺は思わず笑って返してやる。
「ご冗談を。そんな事を言ってると背中を刺されてしまいますよ?」
ヘイの後ろでいつの間にか目を覚ましていたインが、それはもう爛々と眼を光らせているのを指さしてやると、怪訝そうに振り向いたヘイが硬直する。
なんともまあ、龍の眼というのは不思議で闇の中で黒い瞳なのに、剣呑な光が見え隠れするのだ。これは古の英雄たちも知るまいよ。
「我というものがありながら……否、ヘイが我を娘のように想っているのは分かっているが、あのような出会ったばかりの小娘にぃぃ」
「……すまん、冗談だから許してくれ」
なんだこいつら、さっさと結婚しちまえよ。なんかむず痒いやりとりをする魔将と龍に溜息を吐く俺たち。
「まあ、ともあれ計画の失敗を伝えるのなら急ぐのでしょう? 撤退のためなら害意がないからワイバーンを使役しても誓約の影響はないでしょうし、せいぜい頑張ってくださいませ」
「そうだな、貴様の思惑通りに動くのも癪だがそうさせてもらおう」
そう言って立ち去ろうとする背中に確認してみる。
「あぁ、それと最後に一つよろしいですか? 猟師の男性はこの先の洞窟にいるのですよね」
「……そうだ」
「ありがとうございます。魔王さまに、近いうちに会いに行くからお覚悟をと伝えておいてください」
それには今度こそ返事をせずにワイバーンへ飛び乗り去っていく二人。
振り向けば物言いたげなソラ。
「改めて、ありがとうございます。最良の結果が得られて安心しました……って、もういいか。よくあんな無茶苦茶な戦いしたな、だけどまあ見直したぞソラ」
これにはディランも頷いて笑う。
「ああ、すげえ根性あるよな。ていうか痛かったろアレは」
そう言って脱力した腕を振り回して見せるディランに、ソラは苦笑して言う。
「いや、最後の方は必死だったから覚えてないんだよ。記憶にはちゃんとあるけど現実感が薄いというか……あ、それよりツバキ! 無茶は貴方の方だろうに! 負けたらどうするつもりだったんだ」
「ん? いや俺の方は絶対負けない自信があったし、まあソラが負けたらけっこう厳しい事になっていたろうが、死なれるよりマシだろう」
「だからといって、それで貴方が死んだら……いえ、死ぬより辛い目に合わされるなんて私は耐えられない」
憤懣やるかたないといった様子のソラに思わずたじろぐ。まあ仲間を見捨てるかもしれない結果なんて不本意だろうが、俺だって無い知恵を絞った結果だしなぁ。上手くいったんだから怒るほどじゃないだろう。
「いや、だってよ。ちゃんと説明してなかったかもしれないが、俺は目の前でお前らの誰か一人でも死んだら、たぶんしばらく動けなくなって……そうなったら全滅じゃないか」
勢いに負けて言い訳がましい口調になったところで、さらにソラが詰め寄ってきて肩を掴まれる。
痛い、痛いっておい。
「なるほど合理的な判断だったのだろうけどね、私たちの気持ちも考えて欲しい。仲間を見捨てるぐらいなら一緒に――」
「――それはダメだろう」
「……っく、この、ツバキの分からず屋め!」
「痛いから肩を放せっ」
ちょっと語気を強めて軽く胸を叩いてやる。
少し頭が冷えたのか目を逸らして俺から離れるソラ。普段はもっと大人しい犬みたいなやつなのに、なんだかんだ言って死闘の直後で興奮してるのか?
ディランが頭を掻きながら間に割って入る。
「あー、なんだ。アニキのこれは病気みたいなもんだから許してやってくれよソラ。アニキももう少し自分を大事にしてくれって話だよ。アニキが抜けたらオレも抜けることになって戦力ガタ落ちじゃんよ?」
「……俺が悪いって言うのかよ」
「たしかに打開策のなかった私には、あれが間違っていたとは言い切れない。それでも、ツバキはもっと人の気持ちを理解してほしい」
ソラの気持ち、ねぇ。
そういえば、こいつも両親を守れなかったって思ってるのかな。詳しく聞いてはないけど、一人だけ生き延びたってことは逃がされたってことだよな。
王子が逃げ延びればいつかは王家の再興もあり得るのだから、ディオール国王の判断に間違いはない。それでもソラには辛いことだったろう。
ああ、つまり今の状況がそれに近かったからトラウマを刺激されているのかもしれない。
逃げた俺と違って、自分なりに向き合い乗り越えたのだろう。それでもやはり忘れてしまうものではないよな。
改めて見回せばグレンとカーライルもソラに近い意見なのか、難しい顔をしている。
まあ、ここは年長者の俺が折れておくべきか。
「悪かった。次からはもう少し考えて行動するさ」
「本当に分かってるのかい? 仲間が危機に晒されただけでも自分の全てを賭けてしまうのだから、人質なんてとられた日には……どんな事でも受け入れてしまいそうで怖いよ」
ソラが俯きがちに言う。まあそれは正論なんだが、それをどうにかするには俺の心と向き合う必要があるわけで。
どうすればいいんだろうか。
つい黙り込んでしまった俺を見て眉を寄せるソラ。簡単に治せるわけじゃないんだからな。
「とりあえずここで立ち止まってても仕方ない。ソラ、ツバキ、とりあえず山を下りないか。例の猟師さんが無事かも気がかりだしさ」
グレンが空気を変えるように言って、とりあえずその場は収まる。
ちらりと見たソラの顔は捨てられた子どもみたいで、なぜか胸がちくりと痛んだ。
猟師は拘束こそされていたが無事だった。食事とかもしっかり与えられていたようで、ヘイの対応が良心的だったことも聞けた。
正直に言うとヘイと実際に言葉を交わすまでは、諦めていたので心底よかったと思う。
感謝する猟師一家に一夜だけ泊めてもらった後に、武王に面会し顛末を報告するため王都へ急いだ。
ソラとは若干のぎくしゃくした雰囲気はあるが、互いに冷静になれば大丈夫だろう。
けど、どうしたものかな。俺は自分で何がだよと突っ込みを入れつつも、モヤモヤと形にできない悩みを抱えることになった。
聖女の仮面の下には、父の死を受け止めきれなかった15歳の少年。彼はあの日から一歩も進めていない。その手を取り立ち上がらせるのは難しい。
なにせ、頑固で偏屈なツバキをどう立ち直らせるか作者もソラと一緒に困っているくらいです。