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勇者と魔将

 夜気(やき)に包まれた山の中、勇者と魔将が向き合う。

 互いに夜目は利かないので、気を利かせたグレンが固定式のマジックライトを周囲の数か所に配置した。

 まあ範囲はそう広くないので薄暗さはあるが、充分だろう。


「かかってこい勇者よ。かつては貴様らの父親によって敗北の苦汁を()めたが、今度はそうはいかんぞ」

「強い……だけど、私も今更になって退()きはしない! 魔将ヘイ・ワンロン、ここで倒させてもらうよ」


 左腕を前に出すような半身に構えるヘイ。

 同じように左手の盾を前面に押し出し右手で油断なく長剣を構えるソラ。

 張りつめた空気はまず互いの詠唱から始まる。


「俺、魔将ヘイの名において願う。大地を(めぐ)る力よ四肢(しし)(みなぎ)りて活力となれ!」

「私、勇者ソラの名において願う。吹き荒れる風よ後押す力を(さず)けたまえ!」


 属性こそ違うものの、詠唱自体はさすが魔族だけあってヘイの方が速く上質だ。ソラは質も速度も一回り低いが、その分だけ短い呪文なので魔術の発動はほぼ同時となった。

 人と魔、互いに同族の中でも特に優れた身体能力と魔術を持つ二人が正面からぶつかり合う。

 見たところ、どちらも戦闘中の魔術に関しては身体強化や軽い防御と補助が中心の様子。まあ攻撃魔術を使いながらの白兵戦って、集中力が乱れてどちらも半端(はんぱ)になる事が多いらしいので実力者同士では使わんだろうな。

 それを実戦レベルで使いこなしてるのは今のところ一人しか知らんしな。

 それはさておき幾度(いくど)かぶつかり合った結果、二人の戦いはやはりヘイがやや優勢か。

 右腕が無いとは思えないような(あざ)やかな連撃。肉体そのものを武器としている格闘術だけあって手数に勝り、(すき)(うかが)うソラに反撃を許さない。

 鞭のように鋭く振るわれる回し蹴りは受け(そこ)なえば脳を揺さぶり、決着の原因となりえる。がっしりとした体躯(たいく)でぶつかられると、それだけで骨が(きし)むような衝撃だろう。

 そしてなにより、盾で防ぐソラにとってキツイのは拳を通して伝わる浸透勁(しんとうけい)だろう。

 あれは特殊な身体操術で、衝撃を表面ではなく内側に伝えるのだ。つまり、盾ではなく盾を支えるソラの骨へと威力が蓄積(ちくせき)している。

 だが、ソラとて勇者認定を受けた猛者(もさ)なのだ。ただやられっぱなしではない。

 なにせ、向かい合う当人では気づき辛いだろうが、この防戦一方の流れはソラが用意している流れに見える。なにか(さく)があるのだろう。


「見事だな、俺の拳打を正面から受けてここまで食い下がるとはな」

「ツバキのように完全に避けれるなら、こんなに全身の関節が悲鳴を上げたりはしないのだろうけどね」


 どうやらソラは浸透勁(しんとうけい)をおぼろげながらに理解して、全身のバネで威力を分散させているようだ。初めて受けた攻撃に対してその適応力(てきおうりょく)は正直に異常だと言いたい。

 だが、さすがに限界が近いのか盾を支える腕が(にぶ)っていく。

 そして、その的確な瞬間を狙ったヘイの連撃。盾を(すく)い上げるような左拳、ソラが咄嗟(とっさ)に防げば盾がやや持ち上がってしまう。

 がら空きになった胴体へ(もぐ)り込むような体当たりが炸裂(さくれつ)する直前で、ソラは上体を()け反らせ間一髪(かんいっぱつ)で避ける。

 ヘイはそれを見越して足払いを即座に放っている。ソラは反応しきれずに尻餅(しりもち)を突く。

 トドメとばかりに胸板へ目掛けて足刀が突き立つ寸前で、動作を中断したヘイが籠手(こて)で胴体を庇いながら後ろに飛びずさる。


「風よ荒れろっ!!」


 俺でも銀線が(ひらめ)いた程度にしか認識できなかったが、それは籠手(こて)とぶつかり火花と血飛沫(ちしぶき)を咲かせる。

 ソラが放った一太刀(ひとたち)が暴風を起こし、ヘイは本来の跳躍より大きく飛ぶ。


「なんだとっ!?」

「私、勇者ソラの名において願う。吹き荒れる風よ後押す力を(さず)けたまえ!」


 互いに体勢を整えて身構える。

 ヘイの体には無数の細かい切り傷。ソラは一息で放出した身体強化魔術を再詠唱している。

 そういえば、風の強化魔術を使っているにしてはいつもより速度が(おさ)え目だと思っていたら、あんな風に爆発的に加速するためにコントロールしていたようだ。

 魔術ってそんなこともできるのか。


「……知ってはいたつもりだが、ソラは本当に規格外だな。僕の知る限り魔術の効果時間中に内容を変更するなんて芸当(げいとう)は数百年前に失われた技術だぞ。理論はあっても感覚的に理解できる人間はもういないとされていたんだがな」


 え、なにそれ。あいつのやったことはそんな天才的な技術なのか。たしかにただの強化じゃなく攻撃魔術としての性質も持っていたみたいだし、普段使っていたものとは根本から違うのだろう。

 まあ戦法自体はなるほどよくあるものだ。防御しながら通常の動きにおける限界を相手に慣れさせて、相手が全力で攻めた瞬間にカウンターで必殺の一撃をというわけだ。

 逆にここで()めるべきはヘイか。仕留める瞬間も最大まで気を探って、ソラから放たれる殺気の前兆(ぜんちょう)に気づいたが(ゆえ)の反応だろう。


「正直に言うと(あなど)っていたようだな。ここまで強い人間と拳を交えるのは生涯(しょうがい)で二度目だ。貴様の父と聖女の父に相対(あいたい)した時が一度目、二度目が貴様らというわけだ。つくづく厄介な血筋らしい」

「ディオールは古来よりの勇者の家系。私にもその血が色濃いのだろうね。どうする魔将殿、負けを認めるか(いな)か」

「ぬかせっ! ここで引き下がっては魔王さまに合わせる顔がない。たとえこの左腕まで失おうとも退きはしない」


 堂々と宣言して疾駆(しっく)するヘイ。さっきの一撃で決められなかったのだ、タネが割れてしまえば対応される可能性は高い。ここからは本当に厳しい戦いになる。

 ヘイの強みは積み上げられた鍛錬に裏付けられたひたすら堅実な実力。ソラの強みは未熟ながらも(あふ)れる才能が生み出す予測不能の爆発力か。

 未だに奇襲性のある策には弱いものの、逆に純粋に強いヘイの相手には向いていたのかもしれない。

 今度は盾で防ぐばかりでなく果敢(かかん)に長剣も振るい、傷を増やそうとするソラ。相手がわずかとはいえ出血しているのだから、もう少し傷を増やしてやれば戦況は有利になるだろう。

 だが、ヘイもそれを許さぬとばかりに一気呵成(いっきかせい)に攻め立てる。

 横薙(よこな)ぎの剣撃を拳で叩き落とし、跳躍して首をへし折らんばかりの鋭い足刀。ソラもヘイの体勢を(くず)そうと盾で足刀を逆に殴りつける。具足(ぐそく)と盾が重い激突音を響かせる。

 ヘイは舌を巻くような見事な姿勢制御で斜めに回転し、そのままもう片方の足で踵落(かかとお)とし。ソラが防ぎきれずに肩を打たれ、鈍い音が鳴る。

 不味(まず)い、骨が砕けたな。屈強な戦士でも膝を突いて苦しむような打撃だ。

 だが、そこで恐るべき胆力(たんりょく)を見せたソラが叫ぶ。


「風よ荒れろぉぉぉっ!!」

「――ッチィ!」


 盾は取り落としてしまったが逆袈裟(ぎゃくけさ)に振るわれる長剣から暴風が放たれ、咄嗟(とっさ)に手足を丸めたヘイの体を切り裂く。具足(ぐそく)籠手(こて)で首や胴体は守られたが、後上方に体が飛ばされる。

 不利だがトドメは刺されずに済んだし、仕切り直せる距離は稼げる。というのが普通なのだろうが、ソラは強化魔術の掛け直しもしない。

 空中のヘイが落下する前に取り落とした盾を蹴り飛ばす。頭に激突しそうになった盾を拳で弾くヘイ。

 ソラがそこに()け込んで長剣を直突き。上体が()け反ったヘイは足で横に打ち払う。強化されていない握力では保持できず、吹き飛んで真横の木に突き立つ長剣。

 だがソラは止まらない。ついにがら()きになったヘイの腰に、豪快なサマーソルトキックを叩き込む。

 強化された肉体は頑強で、なおかつ身を(よじ)って衝撃を軽減していたために腰骨が折れるというほどではない。だが確実にダメージは入ったのが分かる一撃だった。

 ヘイが受け身を取り身構えるが、その動きが少しぎこちなくなっている。対するソラは激痛に耐え荒い息を吐く。(ひたい)脂汗(あぶらあせ)を浮かべながらも、木に刺さった長剣を回収して魔術の再詠唱に入っている。


「私……勇者ソラの、名において願う。吹き荒れる風よ後押す力を(さず)けたまえ……」


 苦しげな詠唱を止めようとヘイが走るも、やはり体術の(かなめ)である腰椎(ようつい)へのダメージが動きを鈍らせて間に合わない。

 詠唱が完成してソラが素早く剣を振るう。その動きは驚いたことに俺の模倣(もほう)で、刺突と急所を(かす)めるような斬撃の連続。なるほど盾や片手が使えない状態では悪くない選択肢で、意外に完成度が高いな。

 しかも、どうやら今度の強化は普段の物と同じらしく先刻より速い。

 ヘイが顔を(ゆが)めながらも籠手(こて)で攻撃を(さば)き、足を止めようと小さな動作でローキックを放つ。それをソラも足さばきでなんとか避けて、まだ攻める。

 避けるためのステップの勢いを殺さず、体を(ひね)っての回転切り。

 迎え撃つヘイは鬼気を(みなぎ)らせ、それを(ひざ)(ひじ)(はさ)んで止める。強化魔術で身体能力が跳ね上がっているとはいえ、どれほどの鍛錬を積めばあの剣速で振るわれた回転切りを挟み取れるというのか。

 まさに達人の技を()の当たりにして、見ていた皆も息を呑む。だが、ソラは冷静に動き続けていた。

 長剣はまるで最初から投げ捨てていたと言わんばかりにソラの手は離れ、体が回転し、肩が砕けて上がらないはずの腕が遠心力に持ち上がる。

 その手が打ち抜くは、ヘイの(あご)。鞭のように振るわれたそれをギリギリで避けきれず(かす)める。本当に(わず)か、ヘイの脳が振動に耐えられず朦朧(もうろう)とする。

 しっかりと(はさ)んでいた(ひざ)(ひじ)拘束(こうそく)(ゆる)み、そこにソラの手が帰ってくる。(こぼ)れ落ちる直前の長剣を(つか)み取り、胴を()ぐ。

 血の花が咲き、ヘイの体が地に()す。


「見事だ……」

「私の……勝ち、なのか……?」

「ありがとうございますソラさん。貴方の勝ちです」


 倒れそうになるソラを支えて、傷を癒してやる。近くで診れば予想以上に肩の傷は(ひど)かった。なにせ肉が(えぐ)れて骨が砕けてるせいで、千切れる一歩手前だ。こんな状態で振り回そうなんて誰が考えるのか。

 ソラの潜在的な闘争本能に驚嘆(きょうたん)しつつ、俺は手早く処置を終えてヘイにも触れる。

 (こぼ)れ落ちる腹の中身を押し込んでやり神力を注げば、顔色は悪いものの死相(しそう)が消えていく。

 振り向けば仲間たちがソラに()け寄り抱き着く。


「ソラ!」

「やるじゃねえか勇者さま。マジで見直したぞ今のは!」

「……無茶をしたな」


 途中で何度も負けるかと思ったので、俺も思わず嬉しくなって皆と一緒に抱き着く。さすが勇者さま! 本当に期待しちまうから覚悟しとけよ!


「か、勝ったんだな私は。って、わわ、ツバキ!? む、胸が当たってるって」


 お前は下手したら死んでいた勝負の直後だってのに余裕だなおい。俺は真っ赤になったソラの顔にチョップを入れてやった。

やっぱりいつもより長めになりましたが、戦闘はここで一段落です。次回からはちょっと会話パートかな?

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