決闘
「ヘイ・ワンロン、取引をしませんか?」
「ほう? この状況で俺が受けるようなメリットがあるのか?」
ヘイは時間稼ぎを警戒しているのか、こちらの隙を伺いつつも続きを促す。それを牽制するように立ち回りながら投げかける。
「そちらのメリットは上手くいけば私の全面協力を得られ、これ以上ワイバーンを損耗させず後顧の憂いを完全に無くせること。逃げられる心配もなく、ただ全滅させるよりは有益かと思います」
「……どういうつもりだ?」
「賭けをしましょう。私とソラさん、貴方と龍。それぞれ一対一で戦い、その結果で今後を決めましょう」
これ以上は確実に死人が出る。俺はそうなってしまうと動けなくなるかもしれない。出会ったばかりの人間の死ですら、父の死を思い出させて立ち眩みや嘔吐などの症状を訴える。
敵のどちらかならともかく、すでに仲間だと思ってしまってる勇者さま御一行に被害が出れば……どうなるか分からない。
困惑した表情で会話の行方を見守るソラとは対照的に、ヘイは笑みを濃くする。自分を鍛え続ける者は使命や信念が根幹にあるが、同時に己を試したいという衝動も抱えている場合が多い。
それは俺やヘイも同じだろう。
「それで、面白い賭け金を提示できるのだろうな?」
「私に勝てば全面協力を約束します。その上で、ここにいる四人の仲間は今後一切、意思疎通の可能な相手を直接間接的か問わずに殺そうとしないと約束します。私が勝った場合は貴方たち二人には全面協力は不要ですが同じく不殺の約束を。もちろん貴方たちにそれ以上の手出しはしません」
「そちらの方が賭ける物が多いな。勝つ自信があるというわけだ」
「こちらからの提案ですから譲歩はしています」
こちらの意図を見定めようとするヘイに軽く返す。だが、ソラは驚いたように声を上げる。
「待ってくれツバキ。それじゃあ貴女が負けたら何をされてしまうか……貴女一人なら逃げられるはずだ、どうしてこんな提案を」
「ごめんなさいソラさん、今は信じてください」
一応は俺も勝算があって言っているし、負けた場合も魔王のもとへ連れて行かれるようだが、ヘイの口ぶりから最悪の事態だけは避けられるのではないかと思っている。まあ口に出すと交渉に影響するので言えないのだが。
「それから、ソラさんが負ければ私は先ほどと同じ不殺の約束をした上で貴方たちに付いていきましょう。ですが、ソラさんが勝てば私の仲間四人を見逃してください」
つまり。
「なるほどな。俺とイン、どちらかが勝てば魔王さまに手土産ができ、貴様らはどちらかが勝てば命だけは助かるという事か。仮に俺たちが負けてもすぐに本隊に合流すれば、作戦は失敗となるが撤退は間に合うタイミングだな。悪くはない、だが勇者だけが勝った場合は見逃すのを三日後とさせてもらおうか。計画の邪魔をされても困るからな」
「それは……分かりました、いいでしょう」
これで俺だけが勝てば、不殺の誓いによって魔族側の作戦は中止。ソラたちはまあ殺されない程度に暴行か束縛を受けるだろう。
ソラだけが勝てば、俺は魔王の奴隷となり勇者さま御一行は無力化、魔族の作戦も決行されるが命だけは助かる。
二人とも勝てば、魔族の作戦も止め全員無事に山を下りることが出来る。
「ツバキ、いくらなんでも条件が相手に有利過ぎる。これじゃあ……」
「なら! 勝ってください。全員でぶつかるより目的を達成できる可能性は上がりました。……仲間ですよね。信じても、いいですよね?」
「……無事切り抜けたら、色々と言いたいことがあるよツバキ」
俺が有無を言わせぬ調子で言えば、深々と溜息を吐いてソラが頷く。
「では魔力誓約を、我ら四者の同意をもってのみ、これは解消される……いいのだな勇者と聖女よ」
「……ああ」
「かまいません」
古の魔力誓約。誓約者全員の同意を必要とするが高い強制力を発揮する契約の形で、誓約に反した行動を取ろうとすれば苦痛や脱力感、逆らい続ければ精神の消失などもあり得ると聞く。
一説によると魂に直接作用する魔術らしいのだが、これは魔術の才が無くても結べる。他人も閲覧することが可能で、犯罪者への処罰以外で隷属させるような誓約を結ぶのを禁じる国も多い。
互いの魔力を結び、誓約の内容が浮かび上がる。ワイバーンが引き揚げ、ディランたちがこちらに駆け寄ってくる。
「お、終わったのか?」
「くっそ、ソラてめぇいきなり抜けやがって、グレンがミンチにならないようにオレがどんだけ頑張ったか分かってんのかコラ」
「……状況はどうなっている?」
振り向けば、全員なんとか酷い怪我は負っていなくて安堵する。
ソラが全員に頭を下げてから、俺の代わりに説明をしてくれる。
「決闘で片を付ける……って、本気なのかツバキ。たしかに僕らはピンチだったが、君にばかり重荷を押し付ける不利な誓約なんて正気の沙汰ではないぞ」
心配そうに言うグレンを手で制してやる。カーライルも何か言いたげにこちらを見ているが、頭を下げれば口は出さないでいてくれている。ディランは俺を信じきっているのか、負けるわけないって目で語っている。
ソラの父親は、かつて俺の父と肩を並べて龍使いたちと戦った。妙な縁があったもんだ。
好条件とはいえヘイがすんなり勝負を受けたのも、因縁を感じてのことかもしれないな。
じゃあご期待に応えて十年前と同じに追い返してやるよ。
「では、私からでよろしいですか? どちらがお相手をしてくださるのでしょう」
「インに任せよう」
「わかった、勝利を主に捧げよう。我を人間の小娘扱いした礼もする」
一歩前に進み出るイン。まあそう来るか。技量で言えば俺に劣るものの、その頑強さは攻撃力の足りないこちらには有効だ。そしてソラとヘイなら目算ではヘイの方が上手。
俺に勝てる見込みはヘイとインのどちらでも大差ないが、ソラに勝てる見込みが高いのはヘイの方だ。つまり、こちらの予定通りだ。
「では、女の子を傷付けるのは気乗りしないのですが、私が何故に貴方を少女呼ばわりしたかを理解させてあげましょう」
俺は聖女の笑みを浮かべて自然体で構えて見せる。どこまでも舐めた態度だと思ったろうよお嬢さん。そこが限界だ。
「……減らず口を」
「イン、冷静にな」
顔をしかめてこちらへ間合いを詰めてくる。あと数歩まで迫った瞬間、ひときわ強く地面を蹴り一足で数歩の距離をゼロに。
繰り出される貫手の側面を叩いて少しだけずらす。出来た隙間に身を捻りながら踏み込み背中を相手の胸にぶつける。
恐ろしい速度ゆえにこちらもよろけるが、インは息がつまった音を喉から出して数歩後ろにたたらを踏む。
その胸へ鋭く細剣を突き出せば、素早く振り回された爪に弾かれて上方に流れる。
その跳ねあげられる慣性に逆らわず上半身を上向けてスライディングキック。しっかりと足首の切り傷に叩きつける。
小さな悲鳴と苛立ち交じりの蹴撃を軽く流して、再度傷を狙って踵を突き刺す。
めちゃくちゃに振り下ろされる爪。俺はしゃがんでいる姿勢から上半身の動きだけでその連撃を避け、捌く。横殴りの四発目が振り切られる前に腕に手をかけてやり、振り回される勢いを利用して逆上がりするように足を跳ね上げる。
逆さまになった視界の中で的確に足首へ細剣の斬撃、それを避けるために意識を裂いたインの頭を両足でがっちりと挟む。そのまま全身のばねを使って地面に勢いよく落としてやる。
頭が揺れて少し平衡感覚が狂っているのか、インはやや緩慢な動作で両手を地面に突いて立ち上がろうとする。
もちろん待っていてやる義理もないので素早く腕に組みついて、振り払おうとする爪での斬撃を転げて避けながら肩を外してやる。
やはり見た目より皮膚や筋肉が強靭なため、斬りつけるよりも関節への攻撃の方が有効性が高そうだな。不満があるとするなら少女に激痛を与えるような攻撃は躊躇われるというところだ。いや、傷を重点的に狙うのも相当だが。
「ぁぁあああ!!」
「降参ですか? 負けを認めれば治して差し上げますよ」
「人間ごときがっ!」
左腕をだらりと下げたまま、目を血走らせて右の爪を横薙ぎに振るうイン。
こちらが一歩下がって避ければ、独楽のように回転して回し蹴りでさらに追撃してくる。どうやら動きを止めないようにしているようだが、その分コントロールが甘くなっている。
俺は後ろ手を地面に突いて旋風のような蹴りを避けつつ、両足で尻を蹴っ飛ばす。
重心がぶれていたせいでよろけるインの背中にナイフを投擲しながら立ち上がる。
ナイフは少しだけ刺さるが、インが振り向く時に抜けて落ちる。やはり硬いな。
手負いの獣そのものな獰猛さでこちらに飛び掛かるイン。その背中の翼が空気を打ち、滑空しながら爪で斬りかかってくる。
その姿でも飛べるのか!
細剣で受け流しながら交差すると、インが木を蹴り反転。まるで矢のように飛び交いながら次々と爪を繰り出してくる。
追い詰められた本能的なものなのか、頭に血が上るほど合理的な動きになるのかは知らないが、複雑な軌道で先ほどまでと違って反撃の難しい連撃を重ねてくる。
だがそこに秘められた殺気が弱い。ふと差し込んだ月明かりと強まる殺気。
つまり今までの攻撃は注意を引くためのもので、本命は空飛ぶインが月明かりを受けて俺の足元に差した……イン自身の影から飛び出した影の槍衾。
インを目で追っていた俺。それを見返して会心の笑みを浮かべる少女。表情薄いやつが笑うと威力あるな。
俺は槍衾を見もせずに跳んで避ける。生憎と半神化して以来、魔力の流れには魔族よりもさらに敏感なのさ。
驚愕に目を見開きながらこちらに飛んでくるイン。動揺のあまり咄嗟に制動をかけてしまったようで失速している。
この速度ならいけるな。俺は正面から細剣を振るわれる右手に投げつけ、その柄に全力の蹴りを入れて杭のようにぶつける。
かつて剣魔将が愛用していたこの魔剣は、異常な能力もないし切れ味も普通だ。だが決して折れず欠けない。ならば相手の突進速度とこちらの全力を正面から合わせれば、龍の身にすら突き立つ。
手の平を貫き、肘まで貫通する細剣にインが絶叫する。
衝撃を殺して着地する俺とは対照的に、空中でバランスを崩して墜落。木の葉を巻き上げて派手に地面へめり込む。
ヘイが駆けだす。勝負は着いたという事だろう。
相手を格下と侮って本性を現さなかったのが敗因か。いや、ヘイがその指示を出さなかった以上は、この環境では巨体が邪魔で逆に動き辛いのか。
地の利が大きな差を生んだなお嬢さん。
それにしても、インを抱きかかえるヘイの様子は真剣で、ただの主従でないことを伝えてくる。まあ気難しそうな龍があんなに忠誠を誓うんだ。いいやつなんだろう。
俺は隙だらけのヘイの死角に音もなく歩み寄る。背後で仲間たちの息を呑む気配がする。
まあここでヘイを殺そうとすれば魔力誓約に邪魔されて動けなくなるだろうから安全なんだが、そんな打算すら頭から飛んでるなこの男は。
「気絶しましたか。本当はここまで傷付く前に降参してほしかったのですけれど……」
「――っ貴様! ……否、誓約に基づいた勝負だった。戦士として覚悟すべきことだったな。この仇は勇者で晴らす」
自分の読み違いを攻めるようなヘイの表情に俺は好感を覚える。魔族も人族も戦争なんてやめちまえばいいのにな。
まあ、焦燥するのもわかるさ。治癒の奇跡が使える高司祭でも後遺症が残るような傷だからな。おとぎ話みたいに欠損すら癒すレベルの人や魔はいないだろうよ。
なので神の出番というわけだ。
俺はインに突き刺さった細剣を痛みが少ないように素早く抜く。少女の痛ましい呻き声と共に体が跳ね、ヘイの視線が射殺さんばかりにこちらを向く。
「大切な者が傷つけられて殺気立つのは分かりますが、あまり殺気を向けると誓約に苦しむことになりますよ。それから、私は何度も言うとおり女性を傷付けるのは不本意です」
俺はちょっと強引にだがインへ触れて、神力を流し込む。粉々になった骨も、千切れた肉も、破れた皮も全部が元通りに回復する。目を見開くヘイ。
「これが貴方たちの求める聖女の力です。おそらく後遺症もありませんよ」
「なぜだ? こんなことをしても手心は加えないぞ」
「はぁ、さっきから言っています。女性には優しく、私は女尊男卑が信条ですわ」
戦闘は次回まで続きます。